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なぞの生き物

私は目の前にいる生物を指さして言った。


「これは何?」


 屋敷の隅に小さな小屋があった。

 そこは物置らしく、庭掃除をしたり、畑仕事をする使用人が時々出入りしていた。物置ということで興味も用事もなく、今まで中に入ることはなかった。

 たまたまその近くを通り、何気なく物置の中をチラリと見ると、それがいた。


 ブランケットの上で舌を出してふがふがと気持ちよさそうに寝息を立てている。

 その生き物を前に立ち尽くしていると、タライを持った使用人がきたのだ。


「これは何?蟲?それとも豚?」


 豚という言葉に上機嫌だった生き物がギロリと鋭く私を睨む。既視感。あ、シイラの視線だ。

 私の問いに褐色肌の若い使用人の男は笑顔を見せた。


「あはは・・・奥様何をおっしゃいますか。これは単なる猫ですよ。猫」

「え?猫???」


 これが猫?

 本当に??デカ過ぎない??普通の猫の3倍はあると思う。

 なかなかのわがままボディ。

 

 猫は丸々としていて、見るからにずっしりとした図体をしている。太り過ぎてお腹が出ているせいなのかしら。手足が妙に短く見える。白い毛並みにところどころ茶色い縞模様が入り、緑色の瞳で太々しくこちらを一瞥した後、すぐに自分の世界へと戻っていった。

 

「おい風呂の時間だぞ」


 声をかけると、ぶみっと鳴いて大きな欠伸をした。

 男が用意したタライに水を入れると、猫は慣れた様子でちゃぽんと浸かる。

 そして石鹸を男から受け取ると、モコモコと体を洗い始めたではないか。

 ほっぺたは両手でくるくると、次にお腹もぐりぐりとマッサージするかのように洗う。片手を上げながら脇の下まで丁寧に洗っている。

 当然、背中なんて肉が邪魔して届くわけもない。すると近くにあった棒を使って、器用にゴシゴシ洗っている。


「ぶみー」とひと鳴き。


 わかってる、わかってると苦笑しながら使用人が猫にジョウロで水をかける。

 気持ち良さげにうっとりとして水浴びを楽しんでいる。その姿は優雅な貴婦人にさえ見える。

 体が洗い終わると、濡れた体をタオルで拭いてもらい、ヨタヨタと元いたブランケットの上に収まった。


「ちょっとこの豚ちゃん・・・じゃなかった猫は何なの?」

「カロリーナですか?」


「え?カロリーナって言うのこの子。似合わなっ・・・」そこまで言って感じる視線。


 ぶみ。


 こちらをチラ見しながら猫が鳴く。


「何でもないわ。可愛い名前ね」


 その言葉を聞くとまた眠りの世界へと戻っていった。


「最初はデブっちょだから、ブー子って呼んだんですよ。でもそれで呼んでも絶対振り向かなくて。試しにいろんな名前で呼んだんです。そしたらカロリーナって名前にだけ反応したんで、それでカロリーナって名前になりました」


 彼女にとってお気に入りの名前だったのね。


「カロリーナは綺麗好きなんですよ。二日に一度はこうして水浴びしてます」


 水浴びさせないと、させろさせろってねだってきてうるさいんですよと苦笑していた。

 名前といい、綺麗好きなところといい、なかなか意識高い系の猫のようだった。


「ところで、どうして猫がここにいるの?え、まさか食用・・・?」

「まさか。飼ってるんですよ」


 いくら肉づきよくても猫は食いませんよと笑っている。一瞬でも食用と思ってしまって申し訳ない。


「旦那様が飼っているんです」

「え??ライナス様が」


 あまりにも意外な言葉に大きな声が出てしまい、慌てて口で覆う。

 でも意外すぎる。

 ライナス様がペットを飼うなんて。

 それもこのわがままボディの猫なんて。もっとこう狩猟用の大型犬とか、スリムでつんとした猫なら分けるけど、このカロリーナ?!

 俄かには信じがたい・・・と訝しがっていると、「あ、ペットじゃないですよ」

 え?やっぱり食用?


「番犬です」


 このわがままボディの動物がライナス様のペットも信じがたいが、番犬なんてもっと信じ難い。向いてないと思うんですけど。


「向こうの小屋のゴン太見ました?」

「ゴン太って、あのおじさんみたいな犬?」


「そうです、そうですおっさん犬。あ、ちなみにあれでも一応犬じゃなくて狼です」


 先日いびきが聞こえるので、てっきり使用人が寝ているのかと小屋を覗くと、そこにいたのは昼寝した犬だった。

 お腹にタオルをかけて大の字でいびきをかいていた。そこらへんのおじさんよりでかいいびきだったわよ。


 ぐおーん、ぐおーん、ふがっ!

 一瞬起きたかと思うと、大きな欠伸一つしてまた眠りに入った。

 あれもなかなか太っていたわね。


「あのゴン太とこいつは旦那様が拾ってきたんです」


 蟲狩りの最中、共に親や兄弟を蟲に殺され、泣いていた赤ん坊だったゴン太とカロリーナをライナス様が家へと連れて帰ってきたそうだ。

 そんなことをなさるの。ライナス様の意外な一面を聞いて、不思議な気持ちになった。


 自分や蟲以外には興味なんてなさそうなのに。

 まあ、ライナス様が直接お世話をしたりはしないだろうけど。


「でもあの二匹は本当に番犬なの??」


 どー見てもいざと言う時も寝てそうですけど。


「正確には違います」


 あ、やっぱり。


「番犬じゃないです。番狼と番猫です」


 どっちでもいいから、そういうの。

 カロリーナは石鹸の匂いをさせながら、ふがふがと寝言を言っている。安心しきった寝顔で、ここでの生活を謳歌しているようだった。


 



少し短めでしたので、本日か明日には次話を投稿できればと思います。


ブックマークなどありがとうございます。

大変嬉しく励みになります!

いいねも頂けると嬉しいです。



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