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翌朝

 目の前に並ぶ出来立ての朝食に全く食欲がわかず、手をつけないでいた。


「昨夜の出来事、エリーナ様にご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」


 主人に代わってアールがまたもや床に頭をつける勢いでペコペコと謝る。

 この人も苦労が絶えないな。


「奥様、昨夜のことは一部の使用人しか知りません。また彼らにもきつくきつーく口止めを致しました。もしその事で無礼な態度を取るものがおりましたら、すぐに教えてくださいませ。私アールが厳しく注意を致します」


 初夜に送り返された花嫁となれば、使用人から軽く見られることもあるだろう。だからアールも昨夜のライナス様もその点について触れていた。

 

!!??


「美味しい・・・」


 何気なく口に運んだコーヒーだが、びっくりするほど美味しかった。

 すっきりとした味わいで変な苦味がない。


「どうでございましょう。お口に合いましたでしょーか」


 横でアールがニコニコとしている。まるで飼い主に褒めてもらいたい犬みたいに。


「ええ、とても美味しくて飲みやすいわ」

「そうでございましょう。こちら東部のドナリド地方産のコーヒー豆を使用しております。変な雑味がなくすっきりと飲みやすいのが特徴で、寝起きの朝にぴったりのコーヒーでございます。私アールが一杯一杯丹精こめて入れております」


「へえ、すごいわね」

「・・・失礼ですがエリーナ様、インイでもコーヒーは嗜まれていらっしゃったのですか。使者からはインイは茶がメインで、コーヒーを飲む文化はないと伺っていたのですが」


 アールが笑顔だが疑うような顔で私を見ていた。

 そうだ、朝食のお飲みのは何にしますかと聞かれ、今は前世の記憶が鮮明だったので、ついコーヒーと答えてしまったのだ。

 確かに中国や韓国の宮廷ドラマでコーヒーを飲んでいるシーンはない。日本の時代劇も必ずお茶だ。


「えっと・・・嫁ぐ前にこちらの文化を学んでいたので。一日も早くクエル国になれようかなって・・・えへへ」


 うまく誤魔化せただろうか。

 心配していたが、アールはそうでしたかと笑顔を見せた。

 とりわけ「一日も早くクエルになれようかなって」という言葉に敏感に反応を示した。


「そうでございましたか!!我々使用人たちも奥様が不自由な生活にならないよう精一杯、心を込めてお世話させていただきます。おっと、ちなみにですが午後には私が複数の産地の豆をブレンドした、アールドリームスペシャルをお出ししております」

「ドリームスペシャル?」


「ドリームスペシャルは深い味わいと強い香りが特徴で、少し眠気を感じた時にはぴったりのコーヒーです。お茶菓子などとの相性もバッチリでございます」

「す、すごいわね」


「恐れ入ります、バリスタの資格を持っておりますので、ご希望のコーヒーがあれば何なりとお申し付けください」


 流石名家の執事ともなれば、様々なことに精通しているみたいね。


 そのコーヒーのおかげが、全く食欲がなかったのに胃が空腹を訴えだした。ふんわりと焼かれた丸いパンに手を伸ばす。

 うん、やはり美味しい。

 昨日も食べたけど、このお屋敷のパンって本当に美味しい。いい小麦を使っているのかしら。

 パンだけじゃなく食事の質が高い。宮殿の食事にも引けを取らないレベルの高さ。

 気づけばあっという間にペロリと平らげていた。


「うふふ、食欲なかったはずなのに全部食べてしまったわ」

「お口にあったようで何よりでございます。我々も食事の質はそこれへんの貴族に負けないと自負しております」


「そのようね」

「旦那様の指示なのでございます。食事においては金に糸目はつけず、いい物を選べと。蟲狩りは体が資本です。その為にはバランスが取れ、栄養価の高い食事が必要です。ですから、我が屋敷では旬のフルーツや上質な調味料や新鮮な野菜や肉を取り寄せております」


 調味料一つにしても妥協はしておりませんと、えへんと胸を張っていた。




 アールに案内されて図書室へ行く。


「こちらは様々な本がございます。どうそご自由にお読みください」


 本棚は天井付近までの高さがあり、図書室は壁一面、本で埋め尽くされていた。

 ざっと見渡すと恋愛小説から異国の語学の本まで揃っている。

 確か昔って本ってかなり貴重だったのよね。それがこんなに沢山揃っているというのはスペード家の財力を見せつけられたようだった。


 部屋の壁に飾られていた、ひときわ大きな肖像画。

 精悍で顎髭を生やした兵士が描かれていた。

 じっと見つめているとアールが横に並ぶ。


「こちらは7代目の当主様でございます。蟲狩り部隊の基礎を築いた方と言われております」

「この方も蟲狩りでしたの?」


「元々は軍の隊長をされていました。当時はまだ蟲狩りの地位が確立しておらず、蟲狩り同士横の繋がりもなく、ある者は家族を殺された恨み、ある者は金の為とバラバラの活動でした。それを統一し、蟲との戦い方を兵士に訓練したそうです」


 それまでは一介の兵士が任務で蟲狩りを行っていたが、突然化け物と戦えと命じられて戦えるものなどそうそういない。

 兵士の脱走や死者が増え、蟲の被害も増えていた。


 そこに現れたスペード家の当主ブライト。

 彼が蟲狩り専用の部隊を築き、兵を訓練し蟲の弱点、蟲の特徴、武器を伝えたと言われている。

 屈強で誰よりも強い意志を感じさせる眉。すっとした鼻筋、太い首。緑色の瞳に銀色の髪。その佇まいから豪傑で明快な性格が伝わってくる。己の剣術に絶対の自信を持つ手練れだったろう。


 ライナス様のご先祖様か。

 ライナス様にもこの方の面影があるのかしら。

 仮面の下の顔を思い描く。




 私の知らない内に僅かな食事と仮眠をとったライナス様は、夜に蟲狩りへと向かっていた。

 遠方ゆえ、おそらく2、3日は戻らないだろうと朝食の時アールが教えてくれた。

 

 クエル国の蟲狩りは軍の所属だが、特殊な活動内容ゆえ軍とは別れて活動している。

 複数の部隊で、ライナス様は第一部隊の隊長。

 蟲の被害や出現情報が現れると、各部隊が赴き滅殺する。

 蟲の数や種類によってはすぐ片付くこともあるが、数日かかることも多い。

 時には大きな蟲の巣などに遭遇すると、複数の部隊で数ヶ月かけての駆除作業になることもある。


 蟲狩りは戦に駆り出される軍人同様に家を不在にすることも多く、蟲との戦いで命を落とすことも多い。

 クエル国では近年蟲による被害が増えているとアールは言っていた。元々クエルは蟲の発生が多かった。理由は定かではないが、クエルの南部に位置している砂漠が原因だとか、大きな湖が発生源ではないかなど様々な憶測が飛び交っている。


 それに比べてインイの発生は少なかったが、ここ最近はクエルと同じく増えていた。今まで出なかった地域に蟲が出現したり、見たこともない蟲が現れたりしていた。ドラマの中でも、突如蟲が現れ、皇帝が討伐に向かうシーンがあった。

 

 今回の私との縁談にライナス様が選ばれたのも、蟲が理由だ。

 インイとしては蟲狩りの知識や技術が欲しかった。そこでクエルからの縁談を持ちかけられると、相手に蟲狩りの隊長をしているライナスを選んだのだ。

 私の結婚は国同士の同盟のためだけでなく、蟲討伐のためという理由があったのだ。


 輿入れ前に皇太后より「蟲の知識を得て、民の平穏な生活を守らなければなりません。この婚姻は民のために国のために非常に重要ななのです」


 ふんっ。

 そんなに重要な婚姻ならお気に入りの皇女や令嬢でも嫁がせれば良かったじゃない。何も気に入らない側室の娘を送りこまなくたっていいじゃないの。

 引き取り手のない相手を私に押し付けただけなのに。

 


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