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初めての顔合わせ

 長い旅もようやく終わり、目的地へと着いた。


 ちなみにインイはアジアの宮廷が舞台だったが、嫁ぎ先は西域の中世ヨーロッパのようだった。

 東洋から西洋へとエリーナは嫁いで行ったのか。エリーナは西洋の血が混じっていて顔立ちも彫り深いし、ちょうど良かったのかもしれない。

 

 国を出た時はインイの民族衣装の漢服を着ていたが、クエルに入った時点で鮮やかな水色のドレスに着替えさせられた。こうして着替えると、遠い異国に嫁いだのだと実感させられた。

 髪飾りやネックレスも全て新しいものを与えられた。与えられたと言えば聞こえはいいが、実際はクエルに入った時点でインイの物は全て身につけることを許されなかったのだ。それが異国へ嫁ぐということだ。


 大きな石造りの屋敷に着くと、外には使用人と思われる人たちが並んで出迎えてくれた。

 庭は丁寧に手入れされ、季節の花々も植えられている。


 冷血非道と言われる貴族の家にしては可愛らしい。てっきり、薄暗く荒れ果てた庭を想像していたから。

 出迎えてくれた使用人たちもみな笑顔で、想像していた家とはだいぶ違い、少し拍子抜けしてしまう。

 

初老の口髭の男性がうやうやしく私を出迎えると、中へと招いた。彼はアールと名乗り、旦那様の執事長をしていると言っていた。


「エリーナ様、長旅でお疲れだったでしょう。ささ、早く中へお入りください。えーとこちらは・・・でかっ」


 隣に立つ侍女を見て、小声でアールが呟く。

 百戦錬磨と思われるベテラン執事が思わず口にしてしまうのだ。これは誰もが通る道なのだろう。私だって同じだった。


 第一印象━━━、でかっ。


「エリーナ様お付きの侍女、シイラでございます」


 うやうやしく下げた頭を上げる。その身長は私の頭二つ分は高い。

 おまけに肩幅もあり、でた頬骨に鋭い目、女性にしてはハスキーな声。凛々しく髪を頭の上で一つにまとめている。

 彼女もまたクエルに入った際に、服を着替えていた。いわゆる黒と白のエプロンのメイド服だ。


「お付きの方ですか・・・護衛官とかではなく?」

「何かおっしゃいました?」


 ギラリと瞳を光らせたシイラにアールが怯えてなんでもないと訂正した。

 ちなみにドラマにはシイラは登場していないので、彼女についてはよくは知らない。


 政略結婚で嫁ぐ際、見知らぬ土地で苦労しないようにと気心知れた侍女が同行することが多いが、流刑になった際に侍女たちとは離れてしまい、今はどうしているのかわからない。


 宮殿の宮女というからには独身の女なのだろうが、どうみても女装した男に見えてしまう。

 厳しい宮中の規則だから、性別を偽ってなんてことは無理だろうけど。

 なんかの策略で可能性はゼロではないが、こんな皇女と共に辺境の地へ送られるなんてきっと何か事情があったのだろう。




 応接間でお茶を飲んでいると、ザワザワと人の気配がした。

 アールは「失礼致します」と廊下に顔を出すなり、すぐに戻ってきて微笑んだ。


「旦那様です」

「ライナス様がいらしているの?」

「はい、急な呼び出しで今から任務に向かわれるようです。どうぞご挨拶を」


 この屋敷の主、つまり私の夫となる男。

 否が応でも頬がこわばり、体が硬くなる。

 それは即ち残りの人生の明暗がわかるからだ。これ以上ない幸運を賜るのか、一生地を這う人生なのか。


 旦那様と挨拶。

 背筋を伸ばす、努めて柔らかい表情を作ろうとした。


 笑わなきゃ。人間第一印象が肝心よ。笑顔、笑顔。

 ━━━。


 体がこわばる。難しく考えなくていい。口角を上げるだけでいい。

 とにかく笑うの。笑うのよ。


 シイラに手を引かれて廊下へと出る。

 主人の支度をする為に、慌ただしく行き交う使用人。彼らにアールが冷静に指示を出していた。


 「エリーナ様、旦那様がいらっしゃいました」


 カツカツカツ━━━。その存在感がそうさせているのか、廊下に足音が響き、彼が歩く一歩一歩がゆっくりとスローモーションのように見える。

 廊下の向こうから現れたのは、噂通り仮面をつけた男だった。


 白銀の狼の仮面。


 顔全体を覆っていて、辛うじて口もとだけは覆われていなかった。

 生きた狼を思わせる生々しい仮面。遊園地の着ぐるみのような仮面だとばかり思っていたので、想像以上にリアルな仮面に面食らってしまう。


 大柄ときいてはいたが、背丈は標準的な兵士と大差なさそう。しかし背筋がピンとのび、堂々としているので実物以上に大きい印象を与えていた。 


 金色の瞳と目があう。孤高を貫くような瞳。

 仮面も相まって、さながら狙いを定めた狼がこちらに向かってくるかのようだった。

 射るような強い視線に、挑むような目で見つめ返してしまう。

 その視線を受け、ライナス様はにっと笑った。 

 

 魔物。

 一瞬、彼の後ろに多くの魔物が見えた気がした。その背に多くの魔物を従え歩く様は、地獄の番人のようだった。


 ライナス様の姿を目にして、恐怖で体が固まる。鉄のような表情、無機質で物を見るような瞳、死神のような闇を纏う姿。

 その姿を見たものに、心の底からの恐怖を与えた。


 この人が私と結婚をするの━━━?


「お初にお目にかかります。私はエリーナ様お付きの侍女、シイラでございます。そしてこちらのご令嬢が・・・」


 澱みなく流れるようなシイラの挨拶で、はっと我に帰る。

 シイラは仮面をつけた男の登場にも全く動揺してない。流石だ。


 いけない。笑顔、笑顔。

 微笑みながらゆっくりと膝を曲げる。


「エリーナでございます。ライナス様にご挨拶を」


 多分、2秒。長くても4秒。その程度。

 ライナス様は黙っていた。

 きっと知らぬ間に息を止めていたのだろう。この時間がとても長く感じた。


「私が屋敷の主、ライナス・スペードだ。長旅ご苦労であった」


 丁寧な言葉だったが、抑揚の無い口調。そこにはどんな感情も見えない。

 言い終わるなり、もう用は済んだと言わんばかりに使用人から手袋を受け取り、背を向ける。

 ハグも握手もない、ときめきのない顔合せ。


「取ってつけたような笑顔だな」


 背中を向けたままのライナス様が言った。冷たい背中だった。


「ハリボテの不自然な笑顔だ。見るにも値しないな」


 それだけ言うと私の方を見ることもなく、スタスタと使用人と共に玄関の方へと歩き去っていった。

 呆気に取られているとアールが慌てて何かを言いながら、その背を追いかけていく。

 力強い足音が遠ざかっていくのがわかった。




ブックマークなどありがとうございます。

大変嬉しく励みになります!

頑張って完結まで突っ走ります。

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