結婚相手の男
そのあとはドラマの画面に登場せずに、皇后は最後に皇帝の愛を貫きハッピーエンド。
エンドロールのナレーションで「エリーナは同盟国との縁談のために宮殿に戻され、年の離れた醜い男の元へと嫁がされた」とだけ登場していた。
まあ、それを見た時は胸がスカッとしたんだけどね。
二人は結託して主人公を苦しめていたから。
派手好きで豪華な宝石や衣装を買い漁り、当時タブーとされた皇后よりも豪華に着飾っていたライラン。
そして宴の席で実の子である皇女や皇子を差し置いて、皇帝そばの上座に座らせるように強要したわがまま令嬢のエリーナ。ある時は皇后に献上された白粉を奪い取ったり、ある時は邪魔になった側室を排除したりとやりたい放題のとんでもない悪役だったんだもの。
でもまさか自分がその悪役令嬢に転生するとは。思わずため息が漏れる。
私ったら前世・・・じゃなかった前々世もしくは前前前世でそこまで悪いことしたのかしら?
前世は若くして不慮の事故で亡くなってるのよ。哀れじゃない?
むしろご褒美にヒロインの皇后か、その友人の側室にでもしてくれてたらよかったのに。今頃、宮殿で何不自由のない生活を送れていたわよ。
それか、せめて物語の途中で転生させてくれたら、きっとバッドエンドを修正できたわ。
転生したのがまさかのエンディング後、だったなんて。
今まさに、エンドロールの「年の離れた醜い男の元へ嫁がされた」の最中よ。もう、どうしようもないじゃない。
流刑となり宮殿から追放されると、エリーナは絢爛豪華な宮殿生活とは程遠い、貧しい地方での生活を余儀なくされた。
そんな生活が一年を過ぎた頃だった。
突如皇室からの使者が訪れ、宮殿に戻るようにと命じられたのだ。
言われるがまま、皇室が用意した馬車に乗り宮殿へと戻ると皇太后からこう告げらえた。
「あなたを貴族の身分に戻します」と。
そして「西国との縁談を受けてもらいます」とも。
なんてことはない。
条件の悪い縁談を押し付けられたのだ。
身分を剥奪した皇女を復権させてまで嫁がせるということは他の娘や家に敬遠され、候補がいなかったということだ。さぞかし難のあるお相手なのだろうと予想してはいたが、予想を遥かに超えた内容だった。
皇女や名家の令嬢となれば、政略結婚は義務と言ってもいい。宮廷ドラマでも何度もそういった場面で恋人と引き裂かれ、望まぬ相手と結婚をするシーンを見てきた。
ただ、どんな相手に嫁ぐかは重要だった。
見知らぬ土地に一人で嫁ぎ、生涯をそこで過ごすとなれば、女の幸せは嫁ぎ先次第でもあるから。
ドラマのエンドロールでは「年の離れた醜い男」とだけだったが、実際はそう単純な話ではなかった。もっともっと、難ありだったのだ。
お相手の身上書を見て、あまりの難敵に思わず「マジでっ?」と声が出てしまった。
まずこのお相手。
同盟国クエル国の名家のライナス・スペード。将軍の息子で年は30半ば。
クエルは辺境の国で、インイからはかなり離れている。里帰りなどは期待できる距離ではなく、片道切符の輿入れだ。
それから職業。女性にとってはいつの時代も、そこはやっぱり大事なところ。公爵と地方の下級官僚の長男じゃ雲泥の差があるもの。
縁談相手はまさかの蟲狩り部隊の隊長を務めている。
正直、女性受けは良くない。
蟲狩りとは、古くからこの世界にいる蟲と呼ばれる異形の魔物を狩る者の事。
ちなみにこのドラマは宮廷ファンタジーなので、魔物や魔術師、念力を使う巫女なんかも出てくる。
蟲と呼ばれる魔物は凶暴で知性も高く、今でも多くの人間や家畜が犠牲になっている。
蟲狩りは人々から尊敬を集める一方で、蟲は時に蟲狩りの家を襲撃しその妻子も殺すこともあると言われ、縁談相手に喜ばれるとは言い難い。
男はその蟲がりの中でも圧倒的な強さを誇り、数多の蟲を倒し、難攻不落といわれた蟲の巣穴を初めて制圧した鬼才だった。
ただあまりの強さと執念ゆえに、時には部下を囮や見殺しにしても蟲を倒すという噂もある冷酷非道な男とのこと。気難しく冷淡な性格と言われている。
まあ、ここまでですでに条件が厳しい相手だとはわかるだろう。でも本当に難点はここ。
その容姿。
もはや悪いとかそういう次元じゃない。
「こちらが婚約者様の肖像画でございます」
すぐにいなくなる皇女への最低限の敬意だけを払いながら、役人がすっと肖像画を渡す。
どんな方かしら、そう思いながら受け取る。
!?
・・・え?
そこに描かれていたのは、とても凛々しい狼だった。
上質な紙に、高価なラピスラズリまで使用して丹精に描かれているが、どうみても狼だった。
「失礼、どうやらこちらの肖像画間違っているようですわ」
突き返そうとするも、役人はそっけなく「いえ、そちらでございます」
そちらでございますって、これ狼よ。
そもそも人でもないんですけど。
戸惑っていると役人はめんどくさそうに「ライナス様は常にこの狼の仮面を被られているそうです」
役人の話では婚約者はこの狼の仮面を被り誰にも素顔を見せないそうだ。
なのでどのような顔をされているかはクエルの使者もわからない、と。
白銀の狼の仮面を被った大柄の男。
役人に他に知っている情報はないのか、知っていることがあれば全部吐けとしつこくせがみ続けると、言いにくそうに「噂話ですが・・・」と教えてくれた。役人が聞いた話では仮面の下の顔は目が三つあるとか、蟲の体液で顔のほとんどは焼けているとか、蟲に喰われて鼻がないのを隠す為に仮面をつけているなんて様々な噂があるんだそうだ。
遠方で、蟲狩りで、狼の仮面を被った奇人。よくもまあ、ここまで揃えたもんだ。
この条件を聞き、どこの家も娘を差し出すのを渋っていた。
とはいえ、クエルは北方諸国と隣する国で西では重視すべき同盟国であり、縁談に応じないわけにもいかない。
そこで目をつけたのが私だった。
年は17、復権すれば表向きは皇女の身分。正式には貴族の令嬢だが、この際皇女に格上げしてもいい。
この条件ならクエルも文句はあるまいと。
当然私には断る選択肢はなかった。
断ればまた地方での貧しい生活。何かのきっかけで死罪を命じられる可能性もある。
その縁談を受け入れ、はるばる遠いクエルまでやってきたのだった。
蟲狩りか・・・。
実際に会うことはほとんどなかった。
インイにも蟲はいるが幸いにも被害が少なかった。
宮殿で大半の時間を過ごしていたので、人を襲う魔物と呼べるような蟲をこの目で見たことはなかった。もちろん日本でも。そもそも蟲なんて存在してないし。
冷血非道な仮面を被った蟲狩り。
一体どんな男なのだろうか。
バッドエンド後の世界なのだ。今ジタバタしたってバッドエンド回避など、できない。ただ流れるままに受け入れるしかないのだ。
はてさて、鬼が出るか蛇が出るか———。
窓から目を逸らし、静かに目を瞑る。
母譲りの亜麻色の髪が、光に反射してキラキラと輝き、瞑った目を照らしていた。
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