真の花嫁
舞踏会当日。
私は仕上がったドレスに首飾り、イヤリングをつけて馬車に揺られていた。
隣にいるのは爽やかな青の軍服に身を包み、普段以上にキリリとしたライナス様、のはずだったんだけど。
「いやー城に行くのは久しぶりですな」
「私は初めてですので、とても楽しみですわ。素晴らしい絵画、立派なシャンデリア、あー期待が膨らみます。ねえエリーナ様」
隣にいるのはおしゃべりに花が咲いているアールと普段よりきつめのチークをしたシイラだった。
なんでこうなってしまったのか。思わずため息がもれる。
舞踏会の会場に着くとすでに多くの貴族や王族が談笑していた。
みなこれでもかと言わんばかりに着飾っていて、アールのいう通り地味な格好では非礼に当たっていただろう。
王妃様が現れ、今宵集まってくれた感謝と日々の功労へのねぎらいをみなに伝える。
王妃様は50代と聞いていたが、年の割には白髪も少なく肌にシミもなくずっと若く見えた。
「ライナス・スペードの家のものは?」
「はい、ここに」
王妃様の言葉にひざをつく。
「そなたが東国より嫁いだ娘か」
「はい、エリーナと申します」
「はるばる異国の地からご苦労であった。美しい装いね。その首飾りはスペード家の」
うんうんと王妃様は昔を懐かしむように頷く。
「はい、代々伝わる家宝だと聞いております」
「今日はライナスは残念ながら来れなかったみたいね」
「正装に着替え準備までしていたのですが」
寸前まで出かける準備をしていて、青色の軍服に袖を通していた。スラリと背が高いライナス様は狼の仮面を差し引いても正装がとてもよく似合っていた。立っているだけで絵になる男だった。
王室にも仮面はつけていっていると聞き大丈夫なのかと心配したけれど、王もスペード家の家柄とライナス様の功績に免じて、許されていた。
準備万端!さあ、馬車に乗って、というところで伝令蛍がやってきたのだ。
任務に向かっていた蟲狩りたちからの応援要請だった。かなりの苦戦を強いられていたようで、隊長であるライナス様に応援要請がきたのだ。
通常の依頼であれば他の者を向かわせることもできたが、今回は難敵だったためすぐに飛び立ってしまった。
「仕方あるまい。仲間の命を救うためならば、かような舞踏会など出席している場合ではないでしょう。それよりもライナスの無事を祈っております」
「王妃様、お心遣いありがとうございます」
「で、パートナーがいないようだけど、踊りはどうするつもりで」
「はい、執事のアールと踊ろうかと」
「うーん、使用人と主人が踊るというのもアレだけど。まあまだクエルに来て日も浅く知り合いもいないでしょう。あなたの好きにしないさい」
「お気遣い感謝致します」
では、と横にいた侍女に目で合図すると控えていた雅楽隊が楽器を奏始める。
会場にいた人々がみなガヤガヤと楽しそうに会話を始めて、手を取り合う。
「では奥様、失礼致します」
「よろしくね」
こうして華やかな舞踏会はスタートした。
夜もすっかりふけて、月が静かに道を照らす。
もうすぐ屋敷へ着く。
あの後、アールと踊っていた。毎日の練習の甲斐もあり、悪目立ちしない程度には踊れていたと思う。
途中から疲れたので休んでいたんだけど、久々の晴れの場に上機嫌なアールとシイラが踊り始めた。
最初はシイラの見た目から冷ややかな笑いを浮かべていた者もいたけれど、一度踊り出すと空気は一変。
一曲終わるごとに万雷の拍手。最後は王妃様から褒美までもらってしまった。
流石に疲れたのか、はしゃぎすぎた二人は馬車の中でうたたねをしていた。
屋敷に着くと、眠そうなシイラとアールには休むように伝える。
「少し疲れたから休むわ。着替えはその後で」
代わりにきた侍女たちを下がらせる。
窓を開けて、風を感じる。
うふふ、なんだかんだ言ってたけど結構楽しかった。
最初は王室での舞踏会と聞いて緊張していたけど。
人々が着飾り、笑いあい、喜んでいる姿はいいものだわ。
シイラのいう通り過度な倹約は生を失うって言っていたけどその通りね。
あの瞬間、私も、使用人のアールやシイラも、貴族も王妃様もみな一様に楽しんでいた。シイラがあんなに生き生きとした姿、輿入れしてから見たことがなかった。
きっと彼女にも沢山の我慢しいていたのだろう。今後はもっと彼女にも羽を伸ばせるようにしよう。
いい夜だった。
でも、贅沢を言うならばライナス様と一緒に踊りたかった。
あの真っ青な軍服を来て凛々しいライナス様と手を取り踊りたかった。
そんな感慨にふけっていると、ある人影に気がつく。
あれ、あそこにいるのは旦那様?
庭のベンチに腰掛けている旦那様がいた。
もう蟲狩りから戻られていたの?
急いで庭へと向かう。
やはり旦那様だった。
「旦那様、もうお戻りだったのですか?」
出立前に蟲狩りで汚すといけないので、いつもの隊服に着替えて出掛け他ので、あの軍服姿はわずかな時間しか拝めなかった。
「ああ、いざ向かうと複数に応援要請をしていたようでな。俺たちがついた頃にはすでに別の部隊が鎮圧していた。屋敷に戻ったはいいが、戦闘態勢で血がたぎっていてな。夜風で体を冷やしていたとこだ」
「そうでしたか」
ライナス様の視線が上から下にいく。
「綺麗だな」
顔が一気に熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます」
「どうだったか?」
「楽しかったです」
王妃様がライナス様の任務を案じていたことや、アールとシイラのダンスについて話す。
「ははは、それはよかった」
愉快そうに声をあげて笑っていた。
「ええ」
静かに俯く私をライナス様が案じる。
「どうした花嫁」
「あ、いえ」
頭に浮かんだ考えを慌てて取り消す。言えないわ。
ライナス様と踊りたかったな、なんて。踊りがあまりお好きではないのだ。機嫌を悪くさせてしまう。
「踊るか?」
「え?」
「嫌ならいいが」
子供みたいにプイッとそっぽをむく。
「いや、踊ります、踊りたいです、踊らせてくださいっ!!」
急いで立ち上がって手を差し伸べた。
ライナス様は必死な私の様子を見て笑っていた。
「必死な女だ」
すくっと立ち上がると私の手をとる。
互いに寄り添う。
「でも・・・」
「でも?なんだ?」
「いや、なぜ私が一緒に踊りたがっているとわかったので?」
「簡単だ。顔に書いてある」
思わず頬を触れる。書いてあるわけなんてないのに。
「お前の目が、そう語りかけていたさ」
言葉にしなくても、伝わってしまうのね。
流れに任せて、なんとなく足を動かして踊ろうとした時。
「待て」
とライナス様が動きを止める。
「いかがされましたか」
ライナス様が仮面を取った。
若い青年が私を見ていた。
「よ、よろしんですか。仮面を取って」
「ああ」
「でも」
「なぜ慌てる?」
なぜって言われても。だって素顔は晒したくないんじゃ・・・。
「俺の素顔を見えるのは真の妻だけだと伝えたはずだ」
口調は穏やかだった。だけどとても熱い思いが伝わってくる。
「さあ踊ろう」
仮面をベンチに置くとライナス様は私を抱き寄せて、踊りだす。
アールの言った通り、とても上手だ。体に無駄な力がなく、それでいてリードが上手い。
今日の舞踏会でもこんなに上手い人はあまりいなかったわ。
幸せな気持ちで満たされ、顔を上げる。
ライナス様もまたこちらを見つめていた。顔は笑ってはいない。けれど目は笑っていた。
遠くの物陰からアールとシイラが微笑ましく見つめているのも知らずに、私たちは寄り添いながら踊り続けた。
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