ペンダントの真実
その日から旦那様は変わった。同じベットで寝起きして、朝起きると私を抱きしめるのだ。なーんて事はなく、いつも通りの日々が続いた。
ライナス様は忙しく蟲狩りにいく日々だった。
昼食後、日課の書簡に一通り目を通したあと、自室で読書をしていた。
読んでいるのは珍しく恋愛もの。
異国へ嫁ぐ令嬢と幼馴染の男との淡い恋が描かれている。
宮中にいた頃は時折読んではまだ見ぬ未来の婚約者へ心踊らせていたっけ。
まさかこんな未来が待ち構えているなんて、あの頃は夢にも思ってなかった。そして恋愛小説をまた読もうと思える日がくるとはね。
「奥様、よろしいでしょうか」
部屋の外でアールの声がした。
「旦那様がお呼びです」
ライナス様は今日は非番だった。先ほど一緒に昼食を食べ、残りの雑務をすると自室へ戻られたいた。
何かしら?
一応、領民からの陳情書や出入りする業者からの領収書には目を通してお渡ししていたけど。気になる事があったのかしら。
「旦那様、エリーナです」
「入れ」
ライナス様は背を向けて何やら机の上で作業していた。
「シイラは下がれ。他のものも」
すすすっとシイラがさがり、パタンと扉の閉まる音がした。
「なんでしょうか。旦那様」
くるりと振り返ったライナス様は美しい装飾が施された赤い箱を抱えていた。
指で近くにこい、と伝える。
「なんですの、この箱は?」
見慣れぬ箱だった。
ぱかっと箱を開くと、そこには眩いばかりの首飾りとイヤリングがあった。
これでもかと言わんばかりにダイヤを散りばめている。箱の底が黒地の布が敷かれているのも相まって、まるで満点の星のような輝き。
こんな美しい装飾は宮中でもなかなかお目にかかれる品ではない。
首飾りは3連にも細かいダイヤが連なり、先には一際大きなダイヤが鎮座している。
イヤリングは雫の形していて、きらりと高貴な光を放っている。夢のような美しさだった。
あまりの美しさに言葉を失っていると「気に入ったか」
「え?はい、とても美しい品かと思いますが、これはどうされたのですか?」
「この家に代々伝わる宝飾だ」
「家宝ですね」
「次の舞踏会にこれをつけるといい」
「そう簡単に私がつけてよろしいでしょうか。似合うかどうか・・・」
普段は地味な装いが多いし、こんなでかい宝石をつけても私なんかじゃ釣り合いが取れないのでは。
はたから見たら、宝石が歩いているように見えるんじゃないの。
仕立て屋が今度仮縫いしたドレスと共に、小ぶりなアクセサリーを持ってきてくれると言っていたから、それで十分だと思うのだけど。
「似合うか似合わないかはつけてみないとわからんだろ。ならつけてみるといい」
「で、でもあまりにも高価な品じゃ・・・」
ライナス様は私の言葉を最後まで聞かずに、箱から首飾りを取り出すと「つけてやる」
断る間も無く、私の胸元に首飾りを回す。首飾りはずしりと重い。
イヤリングも持つと、耳元に着けようとしてくれた。ただつけ方が慣れてないのか、手元がもたついている。
自分でつけますので、そう言おうと思ったが野暮な気がしてそのまま静かに時を待った。
距離が近い。
ライナス様の体温を感じて、胸の鼓動が早くなる。
「できたぞ。鏡で見てこい」
姿見に映るのは儚さとは無縁な永遠を彷彿とさせる美しさだった。
豚に真珠、なのはわかっている。
でも思わず頬が緩む。角度を変えて何度も姿見を見入ってしまう。あーこの時代に写真があったらなと思ってしまう。
やっぱり私も女なのね。
美しいものに包まれると幸福を感じる。
祝宴が設けられると嬉しそうに着飾っていた母。そんな母はとても美しかった。皇后よりも派手で着飾るのはいい事ではなかったが、他の妃嬪を黙らせるだけの圧倒的な美しさがあった。
懐かしい思い出が胸に広がる。
「どうだ気に入ったか?」
ゆっくりと頷く。
「はい、とても綺麗です」
「ああ・・・確かに。よく似合っている」
驚いて顔を上げる。
今似合っているって言ってくれたの?
ライナス様は静かな瞳で私を見ていた。ドキドキしてすぐに目を逸らしてしまう。ライナス様の靴が視界に入る。
でも繋がっていたい。
そっと手を伸ばした。一瞬の間があったが、ライナス様はその手を握ってくれた。
改めて顔を上げる。ライナス様の目は真剣だった。
ああ、緊張で息ができない。逞しい胸元にそっと身を委ねた。そしてライナス様の手が私の腰に添えられる。
これってライナス様と抱き合っているの。どうしよう、こんなにライナス様と触れ合うなんて初めてだ。
ライナス様の手に力が入る———。
「旦那様!!!コーヒーの準備ができました!!」
ノックと共にアールの元気な声が部屋に響く。
ハッとして互いに手を放す。まるで密会を見つかった者のように慌てて離れた。
どっと冷や汗が溢れ出て、心臓がバクバクする。
返事がないのを妙に思ったのか、アールが再度声をかけた。
「??旦那様」
「は、入れ」
心なしか、ライナス様の声もうわずっていた。息切れして変な汗をかいている私たちを見て、アールが不思議そうに首を傾げる。
「どうかなさいました?」
「い、いやなんでもない」
「おや、奥様アクセサリーをおつけになったのですね、なんとも美しいことで」
「ありがと」
慌ててアクセサリーを箱へ戻すと部屋を後にした。
「どうされました?頬が真っ赤でございますが」
「な、なんでもないのよシイラ。紅茶をお願い」
私ったら何緊張しているのよ。だって夫婦なのよ。
抱き合ったり、手を握るくらいなによ。
当たり前じゃない。そう強がっては見たけれど。
「ん?エリーナ様、なにニヤニヤされているんですか?」
だめだ、頬が緩む。
仕事がひと段落したライナス様と部屋でお茶を飲みながら談笑をしていた。
「ですから、体調は良くなったのですが、なかなか臭いが取れなくて苦慮しました」
先日からずっと目眩や立ちくらみが続いていた。医師に見せるも安静でと言われるばかりで原因がはっきりとしなかった。
そういえばと灰薬に関する書物に目眩や立ちくらみに効く灰薬があったと思い出す。急いで図書室で探すと、見つかった。
セイゴウと呼ばれる蟲の干物を煎じて飲みと、体内の神経の不調が整い、目眩などに効くとあった。
地下の薬品庫にはなかったので、アールに言って仕入れてもらう。
だがそれはそれは強烈な臭いだった。
なんていうのかな。
ドブくさい。下水道の匂い。
そんな感じ。
こんなの飲めないと捨てたかったが、わざわざアールに頼んで取り寄せてもらい、おまけにそれはとても高価だった。無駄にするには惜しい。こんなんだったら、大人しくアロマオイルや薬草で解決しておけば良かったと、後悔したほどだった。
オエオエとえずきながら、書物の通り煎じて飲んだ。
が、さすがは灰薬!!
効果はてきめん。
灰薬を処方するといつも実感するのだが、本当に悩んでいたのは嘘のように、効果抜群なんだ。
現代の日本の薬よりも効果てきめんよ、ほんと。
目眩が消えたのは良かったが、あまりにも臭いが強く、鼻の奥を刺激され数日は臭いが取れずに苦労したと話していたのだ。
「だからか」
「? 何がですか?」
「花嫁の息がな・・・その・・・臭っておったのはこれのせいか」
思わず口を押さえる。息が漏れないように。
嘘でしょ。うそ、うそやっぱり臭かった??
私も飲んだ後、あまりの悪臭にしばらく気持ち悪くなったけど。
にんにくを食べた後みたいに、ひどい臭い撒き散らしてないか心配になってアールやシイラに何度も正直に言ってちょうだい!って確認したのよ。
でも二人とも「特には何も」というだけだった。
何よ、だから安心してたのに。嘘じゃない。口臭があるなら、ライナス様とはしばらく会わないようにしてたのに。優しい嘘は時に人を傷つけるのよ!!
息を漏らさないように口元を押さえる。顔は恥ずかしさと息苦しさで真っ赤になる。
臭い消しの灰薬とかあったのかしら、調べて処方しておけば良かった。そんな私の様子を見て、ライナス様はポツリと。
「驚くほど素直だな花嫁は」
その言葉の意味がわからず、ポカンとしてしまう。
「?」
こちらを黙って見つめているが、仮面の奥の目が笑っている。ライナス様の周囲の空気も楽し気に和んでいる。
あれ、これってもしかして・・・?
私はむすっとして口元から手をどかす。
「・・・からかうなんてひどいです」
ライナス様は声をあげて笑う。
「はははは・・・すまない。だがあまりに真剣に受け止めるから、ついからかってみたくなったのだ」
「息が臭いって言われたら焦りますよ」
100年の恋だって一瞬で覚めるってもんよ。そりゃ焦ります。
「おい、そうむくれるな。ただ可愛くなるだけだぞ」
ニヤニヤと笑っている。
「で、でも臭いだなんてひどいですよ」
「すまない」
私の肩をそっとさすった。目が合うと、二人して吹き出して笑った。
「臭いはしなかったさ。ただ蟲独特の臭いがしたので、何か灰薬を煎じたんだろうとは思っていたが。ま、これは蟲狩りにしかわからない程度の微量な臭いだがな」
そういえば以前火傷をした際に灰薬を塗った。その夜もライナス様は会うなり「怪我をしたのか」と尋ねられたっけ。あの時も、灰薬の臭いがしたと言っていたわ。
どうやらライナス様の五感は蟲に関してはとても敏感みたい。
「セイゴウという蟲は、蟲にしては小さく野うさぎ程度の大きさだ」
「やはりかなり臭いんですか?」
「いや、それが不思議と生きている時は匂わないのだ」
「そうなんですか?」
「ああ、だが死ぬとそれは強烈な匂いを放つのだ。狩りを終えると、周囲が強烈な悪臭となり、付近の住民が住めなくなる。だからセイゴウはその場で焼却する決まりになっている」
そっか、それでなかなか手に入らなかったんだわ。
灰薬の入手の難しさはそういう点にもあった。蟲は死後に悪臭を放ったり、毒ガスを放出するものもいて、多くはその場で焼却されてしまうのだ。
匂いか・・・・
私が黙っていると「どうした?まだ怒っているのか」
「あ、いえ・・・その・・・」
「なんだ?」
「ライナス様は香水か香を焚かれたりはしませんか」
意味がわからないといったように、口元をギュッと結ぶ。私が何が言いたいのかわからず、質問の意図を考えているようだった。
「いや・・・ライナス様から時々香りがするんです。とても濃厚で・・・沈んだ・・・」
沈んだエロティズムを感じるような香り。流石にそう言えるわけもなく、そこで言葉に詰まった。
でもライナス様がそんな香りを纏うわけはない。わかっている。でもあの匂いはそれ以外表現できない香りだった。
「ハハハハ・・・」
突如ライナス様は笑った。
呆気に取られていると「花嫁が言っているのはおそらくこの事だろう」
ライナス様はチェーンを引っ張り、シルバーのペンダントを外した。
よく磨かれた美しいペンダントは窓から入った光に反射して、きらりと光る。
「匂いの元はおそらくこれだ。嗅いでみろ」
ペンダントを乗せた手を私の方に差し出す。ライナス様に言われるまま、恐る恐る顔を近づけた。
「あまり近づきすぎるな。決して深く吸ってはならん」
「はい・・・」
くん。
!!!
少し離れて、くんと静かに嗅いだだけなのに、強烈な香りが私を包む。
一瞬にして一面の花畑に行ったかのような、濃密ないい香り。その花畑の先で天女が歌い、こちらへおいでと誘っているような、争いがたい香りだった。
「花嫁」
ライナス様が私の肩をゆすった。
はっとして、現実に引き戻される。
「強烈だっただろう。俺のは特に強いからな・・・」
無言で頷いた。鼻の奥にまだ匂いが残っている。一瞬だけだったのに、頭にモヤがかかり夢を見ているような錯覚を起こした。
「蟲の毒ですか?」
「その通りだ」
ライナス様はペンダントをかがげ、説明をした。
「これは軍が独自に配合した毒が入っている。蟲が放つ毒の中には、酩酊作用や意識の混濁を引き起こすものもある。毒によって兵士が意識を失い、一つの部隊が壊滅することもある。その為、蟲狩りの兵士は毒を常に嗅いで、少しづつ耐性をつけるのだ」
そーいえば、時代劇でも見たことあるな。お殿様が幼少期から毒を少しづつ摂取して毒に対する耐性をつけるってやつ。
「俺のは、中でもかなり強いからな。耐性の全くない花嫁であれば、身につけば1分を経たずに意識を失うだろうな」
そっか、だからあの時ライナス様は厳しい口調で触れるなと言っていたのか。
怒っていたわけじゃなかった。そうわかると、胸の奥がキュンとした。
お立ち寄りありがとうございます。感謝感謝です。
とても嬉しいです。
よければブクマやいいねを頂けると泣いて喜びます。




