美しい衣装
午後になり馬車いっぱいに生地を積んだ仕立て屋が持ってきた生地は、どれも一級品だった。
「まあ奥様、ご覧下さい。こちらなんと真珠が縫い付けられております。しかも北東の海で取れた最高級の真珠をこんなにも贅沢に・・・」
シイラは用意された美しい生地に感嘆のため息をついて、頬を上気させた。
普段ポーカーフェイスのシイラが興奮するのも無理もない。逸品ばかりだ。
ハリウッド映画で出てくるような、スターが授賞式などで身にまとうような生地だ。少なくとも前世の私が服屋では見かけることなんてない品だ。
だからこそ、躊躇していた。
コンコン。
「奥様、アールでございます。入ってもよろしいでしょうか」
「いいわよ」
「おお、流石見事な生地ですな。どうです、舞踏会用に仕立てる生地は決まりましたか?」
上機嫌なアールをよそに、私はいいえと首を振る。
アールはきっと素晴らしい品ばかりで選びきれないわ、という嬉しい悩みだと思っているようだ。でもそれは違った。
「どれも最高級の品よ。母国では皇后たちに献上されるようなものばかりよ」
「はい、最高の品を持ってくるよう仕立て屋に伝えましたので」
「そこが問題よ。こんな高級な品、とてもじゃないけど私なんかのドレスにもったいなさすぎるわ」
はははとアールが軽快に笑う。鮮やかで美しすぎる品々に囲まれていて、目眩がしそうで目をそらす。
私はこの屋敷の主であり、正妻だ。
でもそれは政略結婚をして得た地位だ。母国での私の立場を考えれば勿体なさすぎる品だ。
あの日の光景が嫌でも蘇る。
『お母様っ!!!いやよ、お母様!!!』
『エリーナ!エリーナ!!!陛下は?陛下はどこ??』
母は両脇を兵士に捕まれ、今部屋から引きずり出されようとしていた。抵抗した母は唯一の希望である夫の皇帝に会わせてと叫んでいた。
兵士との揉み合いで髪飾りは落ち、髪は乱れた。これから先の地獄への恐怖に顔は引き攣り、青ざめていた。
そんな母を前に私は泣き叫んだ。今すぐ母の元に行って抱きしめたい。でも私の体もまた兵士に拘束されていて動くことができない。
『何かの間違いよ!!』
私は何度もそう叫んだ。
だが誰もその言葉に耳を傾けるものはいない。お抱えの侍女たちも泣き叫びながら拘束されて、連れらされていた。
『放しなさい!!!母は高貴な妃嬪よ。そして私は皇女なのよ!!』
何度も言った。その言葉に役人は笑った。
『あなた様は残念ながら、もう皇女ではありません・・・・罪人です』
役人はそう言い放った後『服を着替えさせろ!!髪飾りなども全て取り上げろ』
私と母は兵士と共にやってきた侍女たちに服を取り上げられ、肌着姿にさせられ、代わりに持ってきた白い粗末な服を着させられた。
唖然としている私と母に役人はゆっくりとした口調で言った。
『申し訳ございません。罪人は高価な服や宝石は纏えぬ規則でして』
そしてニヤリと笑った。
嫌なことを思い出してしまった。
だから怖かった。
こんな立派な服を纏い、笑われないだろうか。後ろ指を刺されるのではないだろうか、そんな不安がよぎる。
私の本当の姿は、血塗られた悪役令嬢なのだ。
だから躊躇してしまう。
アールはゆったりと微笑み私に語りかける。
「何をおっしゃいますか。これは全て旦那様の指示なのですよ」
聞き間違いかと思い、反射的に顔を上げる。今なんて。旦那様の指示って?
「ドレスに関しては金は気にせずに最高の品であつらえよ、との指示なのです」
「本当に旦那様が・・・」
アールが私に気を使わせないように適当な嘘を言っているんじゃないの?疑っていると、アールはキッパリと否定した。
「まさか、金銭絡みは全て旦那様の指示がなければ動けません。旦那様は私に直接奥様のドレスについて指示を出したのです。このアール、旦那様の指示を間違えるようなことはございません」
このスーパー執事が言うのなら、本当だろう。
横で聞いていたシイラはまあと、乙女のように目をうるうるとさせる。
アールは嬉しそうに微笑んでいた。
嬉しい。
目の前にある生地にそっと触れる。
滑らかな肌触りだった。
ライナス様が私のためにこんな高価な品を・・・。
あの無機質な瞳にずっと疎まれているとばかりに思っていた。少しの関心もないと思っていた。
胸の奥がぽぅっと暖かくなる。
素直に嬉しかった。
それでもまだ迷っている私にアールは「領民の生活が安定していれば領主は生活安定した収入を得られるのです。ご覧の通り民は平穏で飢えのない生活をおくれております。我が屋敷の蓄えは十分ございます」
「そうなのかしら・・・」
「それに財を見せるのもまた名誉な事ですぞ。領民は奥様が日頃慎ましやかな生活をしているのを存じております。それゆえ、晴れの日くらい華やかな装いでお出かけくださいませ。領民もせっかくの機会に地味な姿の主は見たくないはず、ですぞ」とウインク。
「そうですわ。エリーナ様もご存知ではないですか。かつて質素倹約を掲げていた皇太后様がおりましたでしょ。あまりに行き過ぎた倹約ゆえ、妃嬪も地味な装い。それに伴い民の生活も暗くなり、税収が大幅に減り治安も悪化しました。行きすぎる倹約は時に生を失います」
聞いたことがある。何代前かの皇太后だった。
行き過ぎた倹約により宴会や祭り、高価な衣類は禁止。贅沢、娯楽は全て禁止され違反した者は厳罰に処された。
すると人々の鬱憤が溜まり犯罪が増え、日々の活力を失った結果、農作物が壊滅的な打撃を受けたのだった。
生を失う、か。一利あるわね。それにライナス様の横で名家スペード家の嫁が中途半端な装いも失礼にあたるだろう。
「わかったわ。あまりに見窄らしい格好ではスペード家の家紋に泥を塗ることになりますわね」
「そうですとも!スペード家の威光を城で見せつけなくては」
アールは大きく頷いた。
私は仕立て屋に美しい生地でドレスを作るように指示を出す。
「ええ、それがよろしゅうございます。それに美しい装いの奥様を見れば旦那様の心をきっと燃え上がる事でしょう」
そそそと近づいてきたアールが耳元で囁く。
「ちょっとアール、そんなつもりは!!!」
そう言い返そうとした時にはアールはそそくさと部屋を出ていた
全く、歳のくせに逃げ足は早いんだから。
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