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銀のペンダント

 コンコン。

 

 ノックをするも返事がない。

 あれ?確かにお部屋にいると思ったのだけれど。

 先程まで部屋で書類に目を通すとおっしゃていたので、茶を持ってきたのだけれど部屋の中から返事はない。

 もう一度ノックをしても返事がなかった。いないのかしら。


「旦那様、失礼致します」


 ゆっくりと扉を開ける。

 部屋の中にライナス様のお姿はない。どうしたのかな。席を外されているのかしら。

 机の上には読みかけの書類が広がっている。ライナス様は几帳面な性格だから、読み終えた書類などは毎回きちんと仕舞われている。

 片付いてないということは、ちょっと席を外しているだけだ。すぐに戻られるだろうから、ここで待っていよう。

 机の隅にカップと茶菓子を置いた。


 ふと、机の脇にペンダントが置いてあるのに気づく。

 これはライナス様がいつも身につけられている銀のペンダントだわ。

 シルバーでスペード家の紋章である百合と鷲が丁寧に彫られている。 


 ライナス様は野暮ったい格好などはしていないが、おしゃれなど着飾るタイプではない。それでも肩身離さずにいつもつけているというのは、これは形見とか代々家で受け継がれている物なのか。


 4センチくらいでペンダントにしてはやや大きい。こうして置かれていると、結構厚みがあるのね。

 ペンダントに手を伸ばした時。


「それに触れるな」


 鋭い声がして顔を上げると、部屋の入り口にライナス様が立っていた。腕を組み、険しい目をしてこちらを見ていた。

 急いで伸ばした手を引っ込める。


「申し訳ありません」

「そこで何をしている」


 ツカツカと部屋の中に入ると、こちらに向かってきた。

 私は慌てて弁明をした。決して悪意があって、主人の不在の部屋に入ったわけではないと。


「お、お部屋にいるとアールから伺ったので、紅茶と茶菓子を持ってきました」


 ほぅと言いながら、私が置いたティーカップと菓子に目をやる。嘘は言っていないなと確認すると少しだけ空気が柔らかくなる。


「勝手に部屋に入ってしまい、申し訳ございません」


 再度、謝罪をした。ライナス様はそこはあまり気にしている様子はなかった。


「ちょっと席を外していただけだ。わざわざ茶を運んでくれてご苦労」

「・・・いえ」


 私はチラリとペンダントに目を向ける。

 ライナス様も私の視線に気付いたのか、ペンダントを取り上げた。そしてじっとそのペンダントを見つめた後、いつも通り身につける。そして「いいか、花嫁はこれには決して触れるな」


「あ、はい・・・」

「もし俺がペンダントを落として花嫁が見つけたとしても、触れるでない」


 ライナス様はそこまで念押しする理由はわからないが、ライナス様が言う以上それは絶対であり、規則であった。だから私はそれに従う。


「はい、承知致しました」

 




「舞踏会??」


 連日の任務の合間、珍しくライナス様と一緒に昼食をとっているとアールが王家から届いた手紙を読みあげた。


「はい、左様でございます。来月に王妃様の誕生日を祝い舞踏会が開かれるそうです。その招待状が届いたのでございます」

「まあ、舞踏会なんて素敵ですわ。王室の舞踏会ともなれば、さぞかし華やかなんでしょうね」


 シイラが身を乗り出し目を耀かせ、浮かれた声をだす。シイラは強面の外見とは違い、美しい花など華やかなものが好きだった。


「ええ、シイラ。それはそれは美しい光景ですぞ。何度か旦那様のお供で行ったことがありますが、夢のようなひと時でしたな」

「いいですわね」とシイラはうっとりしている。


 が、二人の呑気なやりとりをよそに不安が心をよぎる。


 舞踏会って事は踊るのよね?

 踊るって言われてもなあ・・・。

 嫁ぐ前に少しだけ教えてもらったけど。とても王様たちの前で披露できるレベルじゃないわ。

 令嬢として最低限の芸事は習っていた。けれどインイでは舞を舞うのは踊り子や遊女たちの仕事で身分の高いものが舞うのは恥、はしたないとされていた。

 不安に顔が曇った私に心配はいりませんとアールが声をかける。


「ご安心くださいませ。私アールが指導いたします。私は社交ダンスのインストラクターの資格も持っております」

「あ、相変わらず多才ね・・・」


 この最強執事のスペックに驚きつつ、ライナス様の方を思わずみてしまった。 

 ライナス様は我関せず、一人黙々と食事を続けていた。

 アールはにっこりと微笑み「ふふふ、旦那様は名門スペード家のご出身ですから。当然ダンスは一通りこなせます」


「余計な事言うな、アール」


 肉を食べていたライナス様が食事の手を休め、饒舌なアールを遮る。


「俺はいかんぞ」


 おーっと、いけませんぞ、とアール。


「招待状には新婚のライナスと花嫁に会えることを楽しみにしていると王妃様直筆の手紙が添えられておりました。参加せぬ訳には参りません」


 ライナス様は「ちっ」と舌打ちをした。食欲が失せたのか、食事を下げろと使用人に指示を出す。流石のライナス様も好むと好まざるに関わらず、政治や権力とは避けて通れないようだった。


「では奥様には私が明日からダンスの稽古を致します。よろしくお願い致します。あとそれと・・・」


 まだ何かあるのかしら。


「舞踏会に着て行くドレスと靴を新調致しませんと。奥様のドレスはいかがいたしましょうか。エリーナ様は肌も白いし淡いピンクも似合うかと」

「それでしたらアールさん。奥様は黄色もマリーゴールドの様で華やかで美しいのでは」


「ああ、それも素晴らしい。いや、まてよ深い緑なんかも森の妖精のようで良いのでは」

「さすが、アールさん。深緑なんて発想私にはありませんでしたわ」


「ほほほ・・・私はカラーコーディネイトの資格も持っておりますから。旦那様、奥様には何色のドレスがよろしいでしょうか?」


 突如話を振られたライナス様は、食後に飲んでいた紅茶を吹き出しむせていた。

 俺に女のドレスのことなど・・・とぶつぶつ呟いていた。


「旦那様?」とアール。

「あー、そこら辺はお前に任せる。善きにはからえ!」

「では、ぬかりなく」


 満足そうに微笑むと、アールはすっと頭を下げた。



  

 次の日から、暇を見つけてはアールのダンスレッスンがスタートした。


「違います。奥様、ここはもっと優雅に。このダンスは女性の優美な美しさを表現しているのです。もっと手をこう・・・そう、このシイラのように」


 アールはインストラクターの資格を持っているだけあって教えるのは上手い。ちょっとスパルタな部分はあるけど、王室での初めての舞踏会。スペード家の妻として惨めな姿はさらせないので、それは良かった。


 予想外だったのはシイラだ。

 シイラは西国の踊りにも精通していた。それもかなりの腕前で、お手本で踊る姿はそれは見事なものだった。踊っている姿はまるで天女が舞っているのかと錯覚させるほどに・・・。

 失礼だが見た目のごつさを打ち消すだけの技量があった。

 芸事の嗜みは多少はあったが、思ったより難しいものね。

 アールの集中レッスンの成果で、それなりに形になったと思う。


 肝心のライナス様とのダンスは叶わないでいた。

 ライナス様は相変わらず蟲狩りに精を出していて、そんな時間は取れなかった。というか、取りたがっていなかった。


「ダンスなど男のやることではない。ステップ一つ踏む時間があれば剣を振っている」


 と追いかけ回すアールを一喝していた。

 アールはライナス様のダンスを褒めているけれど、私はまだその姿を目にできていない。

 狼の仮面を被った男が正装姿で音楽に合わせて踊る姿。

 エレガントな野獣、そんな言葉が頭に浮かぶ。

 ライナス様は勇ましい蟲狩りの顔と優雅な貴族の二つの顔が時折入り混じっている。

 早くライナス様の踊る姿を見て見たかった。


「やれやれ旦那様はつれませんね。なかなかの実力の持ち主ですのに。それはそうと、奥様午後には仕立て屋がきますので舞踏会でのドレスを選んでくださいませ」


 そっか、ドレスか。

 服を仕立てるなんて、いつ依頼だろうか。


お立ち寄りありがとうございます。感謝感謝です。

とても嬉しいです。


よければブクマやいいねを頂けると泣いて喜びます。

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