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食事

「降りるぞ」


 店の外からも賑やかな客の声が聞こえる。なかなか繁盛しているお店のようだわ。

 それはいいにしても、店の外観からしても大衆酒場のようだ。領主が食事をするにしてはいささか庶民じみている。

 などど思っているとライナス様は慣れたように店に入って行く。もちろんエスコートも何もありはしないので、おいてかれないようにその後ろを早足でついていく。


 店内は思ったより広く昼だというのに、仕事が早く終わったのか男や妙齢のご婦人方も酒を飲み、伴侶や主人の愚痴をつまみに大声で笑っていた。

 隣の男がばんばんとテーブルを叩きながら大声で笑う。


 その喧騒に呆気に取られていると、カウンターの奥にいた店主がこちらに気づき「ライナス様。さて、本日は何にいたしましょう」


 店主に指示された女の店員が私たちを席に案内しオーダーを尋ねる。おそらく店の中で1番いい席と思われる広めのテーブルで奥まった席だが、それでも店員の声が時折かき消されるほど賑わいでいた。


「赤ワインとスープにソーセージ、後は肉料理を」

「はいかしこまりました。お連れのご婦人にデザートは?」


 ライナス様が私を見る。


「あ、私は別に・・・」

「ピーチパイは?うちのは絶品ですよ」

「じゃあそれを」


 ライナス様がそう答える。

 これって私のためにピーチパイを頼んでくれたってことかしら。まあ、ただめんどくさくて店員のおすすめを頼んだだけかもしれないけど。

 落ち着きなく店内を見渡していたからだろう。


「珍しいか、こういう店は」

「えっはい」


「まあ、高貴な令嬢の身分で下々の店になど行くわけもないか。落ち着かんだろう」


 クククッと笑う。

 それきり会話は途切れてしまった。相変わらず世間話というか、雑談をするような関係にまだなれない。


 ちょっとした会話ばかりで、一向にライナス様がどういう人物なのか見てこない。

 何に喜び、悲しんで、熱く燃えて、心の支えにしているのか。

 曇り空のように、ぼんやりとしていて見えてこない。

 それは私にも原因があるのだけれど。


 ライナス様がこちらに関心を持たない、歩み寄らない。

 それは仕方がない、だってそう宣言していたし。

 それだけではないのだ。私もまた、己の保身のためにライナス様に近づいているだけなのだ。決して、好奇心や好意で彼を知りたいと思っているわけではない。ただ、知ることが好都合なだけなのだ。


 今のこの人生はバッドエンドのその先、なのだ。よくあるネット小説の死亡フラグを回避したり、ループする話ではない。

 おまけみたいなもの。


 母は死に、私は罪人の娘であり、また元罪人なのだ。

 今の私がすべきなのは生き残ること。それだけ。

 だから私たちにはいつまでも距離があり、近づかないのだ。


 店員がワインを用意した。

 赤ワインか、こちらの人はよく飲むのよね。時には水代わりに飲むって聞いてびっくりしてしまった。

 宮殿でも西域の葡萄酒として献上品の中にワインはあったけど、高価なので寵愛を受けた妃たちにだけ振る舞われていた。

 おまけにこのワイン、グラスじゃなくって木でできたマグカップに豪快に入っている。

 これ本当に赤ワイン?ブドウジュースだったりして。

 恐る恐るマグカップを手に取ると。


「花嫁」


 顔を上げるとライナス様がマグカップを片手に持ち、軽く掲げて乾杯の仕草をした。

 私もそれに合わせて、マグカップを掲げた。

 ライナス様は頷くと飲み始める。

 こんなところで飲んでいるけれど、育ちの良さがところどころに見え隠れする。

 やっぱり掴みどころがない人だわ。


「いただきます」


 ワインは屋敷で飲むのに比べると、フルーティーで軽い口当たりだった。

 そうしているうちに食事が届き、テーブル一杯に並べられた。

 盛り付けなんて概念のない豪快に皿に盛られた食事たち。見た目だけなら屋敷の食事とは比べ物にならないけど、ほかほかと湯気を出しいい匂いを放つ食事は食欲をそそった。


「遠慮なく食うといい」

「ありがとうございます」


 ステーキがウェルダンで私には固かったのを除いて、食事はどれも文句なく美味しかった。

 新鮮な肉は貴族や王族などしか口にできないようで、感染予防に庶民はしっかり目に火を通すのが通常らしい。肉が硬くて飲み込むのに苦戦しているとライナス様が教えてくれた。


 ピーチパイは宣言通りの味だった。おいしーい。

 食事を終えたライナス様がワインを飲みながら尋ねた。


「それで、さっきは何があった。あのカイウスが暴走するなど余程のことだろう」


 私は野犬に襲われそうになり、馬が驚いて走り出したことを話した。

 私の話を聞き、なるほどと納得をした。


「花嫁よ、一体どうやって暴走した馬を鎮めたのだ?誰かが助けに入ったのか?」

「それは・・・私が手綱を引いて、大人しくなるようにと諌めました」


「・・・花嫁が?」

「はい。実は私は草原で育ったのです。その時はいつも馬に乗って遊んでいました。いつも泥だけらのお転婆娘でした」


 ライナス様は興味深そうに私の話を聞いていた。今までで一番私に関心を持っていると言っても過言ではないだろう。


「ですが宮中に入ってからは全く乗っていなくて。宮中の皇女は乗馬など勇ましいことは致しませんから」


 後宮のお妃様方は乗馬なんてしないのだ。優雅に碁を打ったり、歌を読んだり、刺繍をするのだ。


「すっかり乗馬から遠ざかっていたので不安でしたが、なんとか落ち着かせることができました」


 我に帰ったカイウスはすぐにいつもの賢しきな目をして、共に主人の元へと向かった。


「そうか、花嫁が乗馬の心得があるとはな」


 意外だなと、驚きつつも感心したようだった。

『興醒めだ』と冷たく言われていたので、こうしてライナス様の中の自分が評価されたのが嬉しい。


 ライナス様はカイウスとはもう3年の付き合いになること、そしていかに賢い馬なのかを饒舌に語った。ライナス様が自分のことを話すことは今までほとんどなかった(あっても蟲狩りについての話題だけ)ので、心を開いてくれた気がして嬉しかった。

 たわいもない会話をしつつ食事を楽しんでいると、店主がやってきて挨拶をする。


「ライナス様、本日はお越しいただきありがとうございます」

「今日も繁盛しているようだな」


「はい、お陰様で忙しくさせてもらっています。あの・・・奥様で?」


 遠慮がちに尋ねる。


「ああ」

「奥様、初めまして。店主のゲイルと申します。こんなむさ苦しいところへわざわざお越しいただきありがとうございます」

「いえ、むさ苦しいだなんて」


「随分と騒がしくてうるさかったのでは?こんな店ではなくもっと静かなところでお食事をされたら良いのに」

「ここは酒だけでなく食事が絶品なのだ」


「ははは、領主様にそう言っていただけると何よりでございます」


 先ほどの女の店員がこちらにくる。


「お二人様、ワインのおかわりは?」

「いや、これ以上飲むと馬から落ちてしまうかもしれない」


「ははは、何言ってらっしゃるんだい、蟲狩りの団長様がワインの一杯でそうなるもんか」

「こらこら、領主様になんて口の聞き方だ、お前」


「店主、ここには花嫁に町を見せるのと視察で来ているのだ。普段の様子を見せてもらわないと領民の生活がわからないではないか」

「それにしたって、もっと気を使わないか」


「それより店主、もう行くので勘定を」


 滅相もございませんと両手を振る。


「領主様からお代金などいただけません。日頃からお世話になっておりますので」

「いや、領主だからとただ飯はいかんだろ。それに今日は二人分だ」


「本当に結構ですから」

「そう言うな。お前の収入が減って店が潰れれば税収が減ってしまい、俺が困るのだぞ」


 そうして、店主はうやうやしくライナス様から硬貨を受け取った。

 店の外まで見送りに来た店主が何度も頭を下げる。


「ライナス様、ぜひまたいらしてください」


 無言で頷くと、馬を走らせ屋敷へと戻った。

 帰り路、馬上から町の人々へ想いを馳せる。


 みんな生き生きとして悲壮感は感じられなかった。ライナス様へ駆け寄ってくる時の仕草、表情。そこに畏怖の念は感じられなかった。笑顔の下の強張った表情も、不自然なほどの低姿勢もなかった。領主と領民の良好な関係が見て取れた。

 少なくともライナス様は暴君ではない。それだけで、私の心に希望の光が灯った。



お立ち寄りありがとうございます。感謝感謝です。

とても嬉しいです。


よければブクマやいいねを頂けると泣いて喜びます。

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