暴走
ライナス様は何か気になったようで、馬を止めると降りた。そして「ここで待っていろ」というと建物の中へと入っていった。
ここでって、馬上で一人待てばいいの?
足場も支える人もいないし、一人で降りることもできないので、馬上で待つしかなかった。
馬はライナス様に気に入られるだけあって、賢そうな目をしている。ライナス様の言葉を理解しているのか、その場を動かずにいた。
艶やかな黒鹿毛の見事な馬だ。馬の背をそっと撫でてみる。
馬に乗ったのは本当に久しぶりだ。こうしていると昔の古い記憶が蘇ってくる。
あの頃は良かった。身分や生活はインイの方が上質で豊かだったが、それでも幸せだった。母の顔も、ずっと輝いていた。
『お父様!!』
『エリーナ』
『お父様、さっきヤギが産んだ子供を見てきたの。とっても可愛かったわ』
『お母さんも一緒だったのか』
『ええ、すっごく小さくて可愛っかった』
笑っている私を父は日焼けした逞しい腕で抱き上げた。横に母がいた。穏やかで少女のような可憐な顔をしていた。
空は広く、大地は果てしなく広がり、人間よりも多い馬やヤギが自由に歩き回っていた。時間がゆっくりと流れていた。私たち家族にはいつも笑い声が絶えなかった。
もしもあちらでの生活が続いていたなら、少なくとも母は悲しい最後を迎えることはなかった。今も草原で笑っていただろう。私とそして父と・・・。
物思いに浸っていると、突然馬が嘶いた。
どこからともなく現れた数匹の野犬が馬に取り囲み、吠えていた。
よく躾けられている愛馬はちょっとやそっとのことでは動揺はしない。だが、相手は数匹の野犬で、唸り声をあげ馬を威嚇する。そのうちの一頭が馬の足に噛みつこうとした。
流石に驚いた馬は嘶くと、一気に走り出す。
「きゃあっ」
嘘でしょ。やだやだ。
馬は犬から逃げようと、すごい速さで街中を走り出した。
突然馬が横をすり抜けたので、驚いた女性が持っていたカゴをひっくり返し道にオレンジが広がった。
私は必死に馬の首に腕を回し、つかまる。揺れとスピードで振り落とされてしまいそう。
興奮した馬は我を忘れ、さらにスピードをあげ街中をぐんぐんと走り続ける。道を歩いていた町民たちは慌てて馬に道を譲る。が、その先にいたのはお腹の大きな女性とその子供だった。まだ3、4歳だろうか。女性と手を繋いで歩いていた。
女性はすぐに馬に気づいて目を大きくした。だが、出産が近いだろう大きなお腹と小さな子供がいるので、すぐに反応することができなかった。
危ない。ぶつかる!!
私は意を決して、手綱を引いた。
ダダダ・・・と馬の足音が響き、向こうからライナス様が馬に跨りこちらに向かってきた。
「おいっ、大丈夫か?」
どこからか調達してきた馬を操りながら、合流するなり緊迫した空気で言った。
「はい」
すでに愛馬は落ち着いていて、ライナス様のそばに着くとふんと鼻息を荒くした。
「何があったのだ?突然カイウスの鳴き声がして、慌てて外に出れば花嫁とカイウスが走り去っていったではないか」
その時、この愛馬の名前がカイウスだと初めて知った。
ライナス様は急いで近くにいた馬を拝借すると、追ってきたと言った。
「怪我は・・・ないようだな」
「はい。誰も町人も傷つけてはおりませんのでご安心を」
その言葉に、ホッとした様子が見えた。
怪我人はいないけど、ちょっと店先の品をぶっ飛ばしたりはしちゃったけどね。あとで謝りにいこう。
馬を返しに主の元へ向かう。
待っていた主に馬を返すと、ライナス様はカイウスにポンと乗った。
そして「昼飯を食ってないだろう。どこかで済まそう」
先ほどからお腹が減っていた。今朝は急遽ライナス様とのお出かけが決まり、朝食はほとんど喉を通らなかった。さっきのイチゴだけでは全然足りないわ。それにさっきの騒動でどっと疲れもでて、何かお腹に入れてエネルギー補充をしたい。
パカパカとゆったり馬を進めていると、一つの店の前で馬を止める。
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