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いざ街へ

 本当に連れて行ってくれるのかしら。やっぱり仕事が忙しくてキャンセルされないだろうかと午前中は気が気でなかった。

 特にライナス様からは何も連絡はなく、午後にアールが部屋に来ると旦那様のところまで案内してくれた。

 お腹が痛いだの、あんな大根芝居をしたくせにシイラもアールも元気に案内をしていた。


 連れられた先には、馬の鼻を撫でている旦那様の姿がある。

 私がキョロキョロと周囲を見ていると、「驚いたか?」

 相変わらずこちらを見ずに言葉を話す。


「街へはこの馬で行く。街の散策と聞いて立派な馬車でも用意してくれていると思ったか。残念だったな」


 口元が意地悪く笑っている。私がどんな反応をするのか楽しみたいのだろうか。


「いえ、こちらで十分でございます」

「ふんっ、どうだか」


「インイ国でも何度か馬には乗ったことがございます」

「そうか、乗馬は良家の子女のたしなみか?」


 特に返事をしないでいたが、気にしている様子はなかった。

 ライナス様がこっちに来いと手を振る。


「さっさと行くぞ。ここに足をかけて、これを握れ」


 手綱を私に握らせて、鞍に足をかけるように指示を出す。

 それにしても立派な馬。インイなら皇族に献上されるような馬だわ。

 うまく乗れるかしら?

 馬に乗るのは随分と久しぶりだったので、もたついてしまう。慣れない手つきで手綱を握り、鞍に足をかけようとした。


 どっさ。

 気づけはあっという間に馬の上にいた。

 ライナス様が私を押して乗せてくれたのだ。乗せてくれたと言えば聞こえはいいが、実際はロバに小麦袋を乗せるかのように乗せられただけなんだけど。


 その後、ライナス様が身軽に馬にまたがり、私の後ろに座る。

 ライナス様と背中が触れ合う。距離は近かったが甘い雰囲気になる間も無く「ぼんやりしてるな、馬の首に手を回していろ」と鋭く一言。


「あ、はい」


 馬はいつでも準備OKと言わんばかりに、足を動かしその場で足踏みをする。

 二人で馬に乗る姿をアールとシイラが意味ありげな顔でニコニコと笑っている。


「気色悪い顔で笑うな」


 全く、とため息をついている。


「では行ってくる。留守を頼んだぞ」

「はい、旦那様」

「お気をつけて」


 ライナス様が手綱を強く握ると、馬は待ってました!とばかりに風のように疾走した。


 きゃあ。

 すごいスピード。ちゃんと捕まってないと振り落とされちゃうわ。

 でも・・・すごかったな。

 馬に乗せてくれる時、まるで荷物のようではあったけど本当に軽々と私を持ち上げてしまった。


 その時の力と鍛え抜かれた筋肉。

 連日凶暴な蟲と戦う蟲狩りとは、こうも逞しきものなのだろうか。

 私を包み込むように手綱を握る両手も、筋肉の一つ一つが徹底的に鍛え抜かれているかのように硬く力強い。


 すごい人ね、本当に。背中越しにライナス様の体温を感じながら、そんなことを考えていた。




 街に着いた。インイの都に比べれば小さいが、地方都市の街にしては人も多く賑わっていた。

 道も整備されていて町人たちや荷車が行き交い、活気が溢れている。静かな屋敷に比べると、その賑わいが心地いい。


「ライナス様」


 街に入るなり、町民たちがこちらを向いて頭を下げる。

 どうやらみんなこの狼の仮面の男が、自分たちの主人であると知っているようだ。

 ま、狼の仮面を被ってたら、一発でわかるわよね。


「ここが市場だ。街で1番活気のあるところだな。朝だけでなく夕方まで多くの人で賑わっている」


 両サイドにずらりと小さな店が並ぶ通りを優雅に馬で歩く。

 果実、花、野菜だけでなく、肉や服、絵画なども売っている。

 異国の市場は面白い。目新しい物も多くて、店一つとっても私には新鮮な驚きだった。それを知ってか知らずか、ライナス様は馬にしては遅すぎるスピードでゆっくりと進んでくれた。

 

 特に装飾品の店は精巧な耳飾りや髪飾りなどが売られていて、宮殿生活を思い出す。

 妃たちは買い物でも自由に宮殿の外には行けない。その代わりに商人が宮殿にやってきて、様々な商品を売り込みに来ていた。

 

 特に寵妃だった母は手当も多く、裕福だったので商人も熱心に売り込みに来ていた。まばゆい装飾品が部屋いっぱいに広げられた光景は圧巻だった。

 

 突然馬の前に一人の少年が現れた。


「ライナス様っ!」


 子供ゆえの無邪気さか、領主相手だと言うのに物怖じせずに話しかける。


「なんだ、少年」

「へへへ、父さんがこれをライナス様にって」


 そう言いながら、手のひらの布を開いてイチゴを差し出した。

 ライナス様に促され、少年からイチゴを受け取る。

 後ろを向くと、果実売りの店主がこちらに頭を下げていた。


「主人、あの少年の親か」

「はい。私の倅でございます。少しですが、今朝とれたばかりのイチゴです、よければお召し上がり下さい」


ライナス様は無言で私の手からイチゴを一つ掴むと口に放り込んだ。そして満足そうな顔で大きく頷くと、「お前も食うといい」


「はい。いただきます」


 1番赤いイチゴを選んだ。見るからに美味しそう。


「美味しい!!」

「ああ、いい味だ」


「喜んで頂けて何よりです」

「ありがとう。今お代を・・・」


 ポケットに入れていた財布を取り出そうとすると、店主が慌てて制す。


「お代なんて滅相もない。ただ領主様への感謝の気持ちです」

「ですが・・・ただとはいきませんわ」


「いえいえ、本当に結構です。それよりライナス様、こちらのご婦人は先日結婚された奥様でいらっしゃいますか?」


 気づけば少年が父の横にいて、興味津々と言った様子でこちらを見ていた。

 ライナス様、なんていうのかしら。まさか、お飾りの形式上の妻、とかなんとか言ったりしないわよね?

 流石にそれはないか、でも結婚式の時もそうだけど、想像の斜め上をいくからな・・・。

 はらはらしていると「ああ、そうだ」とサラリと言った。


「あ、やっぱり奥様でしたか。どうぞこれからもライナス様と一緒にこの街をお守りくださいませ」


 深々と頭を下げた。

 残りは全部食べていいと言うので、イチゴを食べながら街を散策する。


 子供達が遊ぶ広場、図書館、そして私たちが式をあげた街外れの教会。どこも綺麗に整備されていて、皆が街を大切にしようとしているのが伝わってくる。

 最後に案内されたのが町の大通りだった。ここは人々の家だけでなく、飲食店などが立ち並び市場に負けないくらい賑やかな場所だった。


 そこでも多くの人が私たちに気づくと頭を下げた。

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