体調不良の二人
こうしてクエル国に嫁いでから2ヶ月が経った頃。
いつも通り食堂に入ると、ライナス様が席につき食事を取っていた。
旦那様と朝食を共にするのはまさかの2回目。
おかしいと思われるだろうが、ライナス様はこの時期深夜遅くまで任務にあたるので、朝は部屋で軽くすませる事が多い。この一週間は遠征で、昨夜久しぶりに屋敷に戻ってきたのだった。その前は10日間の遠征。やっと戻ってきたと思ったら、すぐに1週間の遠征。
噂には聞いてはいたが、軍人になるとこんなに屋敷を空けることが多いのね。
思いがけない先客に入り口でぼんやりとしていると「いつまでそこでそうしている。座らんのか」
「あ、はい。旦那様、おはようございます」
「おはよう」
席に着くと2人の使用人がテキパキと私の前に朝食を置いていく。目玉焼きとベーコン、ゆでた野菜、パンとコーヒーだった。
相変わらず狼の仮面をつけたまま、器用に食事を口元へと運ぶ。
その荒々しい見た目に反し、行儀良くフォークとナイフを使い食事をしている。その姿に育ちの良さが見てとれる。
狼の仮面は見慣れてきたとはいえ、あまりに精巧な造りゆえ、時々妙な気持ちになる。今だって狼がナイフを使って食事をしているようで、まるで小さい頃に観た人形劇の世界みたいだ。
こうして久しぶりに一緒に食事をするのだもの。何か話さなきゃ。
何か気の利いた話でも、と考えるも、何も思いつかない。緊張のせいか、アールが入れてくれたコーヒーも味がわからない。
緊張しているのは私だけで、ライナス様は私など全く気にもかけず、黙々と食事を続けていた。
ふと、会社員の新人だった頃を思い出す。
入社してすぐの頃、社長の思いつきで、その年から新入社員と役員との交流会という名の食事会が開かれることとなった。
いくつかのグループに分かれ、私たちのグループは専務との食事会だった。
緊張でろくに食事もできない5人の新入社員を前に、専務は当たり障りのない会話をして黙々と食事をしていた。専務もまた、社長に命じられてきただけであり、この会の主旨もあまり理解していないようだった。
必死に会話の内容を考え、失礼がないように細心の注意を払う新入社員とは対照的に、気のない返事をしつつ時計をチラチラと見ていた専務の姿に急に、緊張が解けたのをよく覚えている。
専務にとってこの日の出来事は明日にでも記憶からすぐに消えてしまうのだろう。私が必死に考えてした質問だって、すぐに忘れてしまうだろう。
それを理解すると緊張でガチガチな同僚をよそに、もりもりと食事を食べ進めた。
どうせ忘れられてしまうのだ。それならば私はこの豪華な弁当を楽しむことにした。
それと同じだ。私が精一杯考えて話かけても、多分何も変わりはしないだろう。それならば難しく考えず、当たり障りない会話で十分だ。
「あの・・・今宵も蟲狩りですか」
「いや、非番だ」
てっきり、いつも通り「そうだ」と言われるんだとばかり思っていた。
非番、この人に休みがあったのか。それに驚いていると心を読んだように「かなり久々だがな」
ライナス様はかれこれ一ヶ月は休んでないし、結婚式の前日だって任務に出ていたのだ。
急に心配になる。
30連勤をこなしているようなもの。いくら日頃から体を鍛えている軍人とはいえ疲労は溜まるだろう。平日5勤務で、ばてていた私からしたら驚異の勤務体系だ。
そうよね、かれこれ一ヶ月は休んでないし、結婚式の前日だって任務に出ていたんだもの。
仮面の下の顔はどうなっているのかしら。
ひどい隈でやつれているのかしら。疲労で青白くなっていないだろうか。
「ライナス様、連日の任務でお疲れではございませんか」
「例年この時期はいつもこうだ。忙しいのには慣れている」
「そうですか」
「この程度で根を上げるような、やわな鍛え方はしていない」
そういえば先日出かけた際も、ボロボロになって戻ってきたっけ。聞けば、一日部下たちと打ち合いの稽古をしていたと言っていた。
体にもさぞかし傷が多いのだろう。
ぼんやりとライナス様の仮面を見ていると。
「んっんっんーーごーほっほん」
野太い咳払いが食堂に響く。何事かと思うと、隣に立つシイラが咳払いをしていた。
あまりの声にライナス様も唖然としてシイラを見つめていると「失礼致しました。ちょっと喉を痛めてしまいまして」
「・・・そうか。大事にいたせ」
「お優しいお言葉、ありがとうございます。旦那様もお久しぶりの非番との事ですが、せっかくですのでエリーナ様とゆっくり昼食でもどうでしょうか。よければインイ国の料理でも私がご用意致します」
そう言いながらチラチラを私に視線を送る。
・・・あ、そうね。これはいいチャンスだわ。旦那様と過ごし仲を深めるにはちょうどいい。
が、そんな順調にいくわけもなく、ライナス様が口元をナプキンで拭いながら「悪いが蟲狩りの任務が非番というだけだ。領主や隊長としての執務が残っている」
こちらを一瞥もせず食器を片すように指示を出す。
あ。
グッと手のひらを握る。
出会ったばかりの時のような重く冷たい空気が流れる。
この方は私に時間を割く気などないのだ。結局名ばかりの妻のままなのだ。
「あーら、それでしたらちょうどいいではございませんか。旦那様、ぜひ奥様を街に散策にお連れしてくださいませ」
シイラがポンと手を叩きながら明るく言う。
ちょっと何を言っているの?
そんなの無理に決まっている。今やんわりと断られたばかりじゃない。
「ちょっとシイラ・・・あなた何を」
私は内心とても焦っていた。ライナス様を怒らせてしまうのではないかと思っていた。が、ライナス様は声にイラついている様子は感じなかった。
「なぜ俺が花嫁を散策に?」
「はい、奥様は領主の妻でございます。領地を見るのも大事な役割かと。それにかねがねエリーナ様は領地や領民を見て回りたいとおっしゃっておりました」
「それなら誰か使用人が案内すればいいだろう」
吐き捨てるようなライナス様の言葉にもシイラは負けずに続ける。
「いえ、いけませんわ。領地とはいえ、外出するのに何かあってはいけませんわ。そこらへんの使用人というわけにはまいりません」
「では、お前が共に行けばいいだろう。インイ国からのお付きの侍女だ。花嫁もさぞかし信頼をしているだろう。それに・・・・その・・・・頼り甲斐がありそうだし」
私の横に立つ屈強なシイラの姿を見ながら最後の方は、口ごもりながら言葉を選んで言った。「あーたた・・・」
シイラの声が大きく響く。
「あーたたたた・・・・いやですわ。何だか急にお腹が・・・。昨夜の痛みかけの果実にあたったのかもしません。エリーナ様のお供をしたいのは山々ですが、どうやら難しいですわ」
絶対演技だろう。
いくらなんでもわざとらしいわよ、シイラ。誰だってわかるくらいに、大袈裟にお腹を抑えて俯いた。
だが本人はお構いなしであーいやですわ、困りました、なんて言っている。
「で、ではアール。アールお前が付き添え。アールなら問題ないだろう」
突然指名されポカンとしていたアールだが、すぐさま鋭いシイラの視線に気づく。
まさしく鬼の形相だ。
「あーーー申し訳ございません。私も昨夜のリンゴにあたってしまったのかもしれません。腹が痛んで付き添いは厳しそうでございます、旦那様、大丈夫だろうと過信した私の責任です。どうぞこのアールに罰をお与えくださ・・・」
その場の空気に痺れを切らしたように、ライナス様が立ち上がる。
ガタンと大きな音がして、食堂がシンと静まる。ピリッとした緊張の色がアールやシイラにも浮かぶ。
「あーわかったわかった!よい。よい、俺が花嫁を街へ連れて行けばいいのだな。わかった」
え。
思わずシイラと顔を見合わせる。
旦那様が私を街へ案内してくれるの?
「だが、午前中は溜まった書類に目を通さねばならん。午後に街へと出発するぞ。準備しておくがいい」
それだけ言うと、さっさと食堂から出て行こうとした。
その背に「はい、承知しました」そう返事するのが精一杯だった。
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