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襲撃

  天気のいい日だった。

 侍女から庭の花が見頃だと教えてもらい、シイラと花を眺めていた。

 周囲の空気は花の香りを運んでいて、いるだけで幸せな気持ちにさせる。


「綺麗ですわ」

「ええ。このバラいい香りね」


「こちらの花はなんていう花でしょうか」

「そうね、見たことないけど随分と大きくて見事ね」


「ですが、香りはあまりない花ですね。あら、こちらの花は色がまた鮮やかで・・・」


 色とりどりの花に囲まれて、久しぶりに心が華やいだ。すっと抜ける風も心地いい。緑の香りを含んでいて、心が浄化されていく様だった。

 バラや百合といったインイにもあった花や、インイでは見たこともない鮮やかな花もある。

 シイラが言った冗談に二人して声を出して笑った直後だった。


 邪悪な空気をその背に感じた。


「わおぉぉぉぉーーーーーん」


 狼の遠吠え。

 そしてそれとほぼ時を同じくして「にゃごーーーーーん」という猫の鳴き声が庭に響き渡る。


「何の音ですの?」


 シイラが不安げにあたりを見渡す。

 狼と猫の鳴き声が何度も繰り返し響き、俄かに使用人たちが慌ただしくなる。

 女たちは屋敷の方へ、男たちは納屋や武器庫の方へ、皆仕事を放り出し一目散に走っていく。顔は真剣だった。

 それはさながら、非常事態アラートのようだった。


「奥様っ!!」


 あ、カロリーナのところで談笑した若い使用人がかけてきた。


「奥様、早く屋敷へっ」

「一体どうなっているの」


「警報です」

「警報?」


「ゴン太とカロリーナの警報です。蟲が屋敷に侵入しました」


 息を呑む。

 うそ。蟲って、あの魔物が・・・?


「急いでくださいっ!シイラさん奥様を屋敷へお連れしてください」

「はいっ。お嬢様急ぎましょう」


 返事の代わりにこくこくと頷く。

 蟲は蟲狩りの家族を襲撃することがある、そうは聞いていたけれど、まさか本当に現れるなんて。

 無我夢中で、必死に足を動かして走る。

 が。


「きゃああああ」


 突如聞こえた悲鳴。思わずシイラは体を強張らせる。

 先を走っていた使用人の若い娘が、恐怖のあまり地面にへたり込んでいた。

 不気味な音に顔を上げると、見えたのは巨大な何かだった。


 何よ、これ・・・・。

 異形の存在が空に浮かんでいた。

 熊よりも大きな巨体。巨大な羽、複数ある手足、ギラギラと光る牙。

 まさしく巨大な虫だ。

 これが蟲なの?

 大きすぎる━━━。


 目は異常に大きくスイカほどもある。別々に動く左右の目は一挙手一投足、周囲に反応していた。

 8本ある手足は死神の鎌のような鋭さで私たちを威嚇する。

 ブーンという羽音が不気味に腹に響き、恐怖を助長させた。


 ワシャワシャワシャ。


 口元を動かすたびに、何百羽という虫の羽音が鳴き声のように響き、あまりの気味の悪さに背筋が凍る。


 逃げなきゃ。

 想像を超えた姿に体が震えて、頭が真っ白になる。

 頭でわかっているが、足が動かない。恐怖に支配された私は、その場に立ちすくんだ。動かすどころか、立っているのがやっと。

 初めて目にした野生の蟲。

 これが蟲。人を襲い、食らう蟲。


 やがて蟲が私をとらえる。動かずに立ちすくむ私に狙いを定めたようだった。


 ブッシュッ、ブシュッ。

 口から何かを吐いた。


 間一髪。

 咄嗟に震える足を無理やり動かして、避けられた。

 蟲が吐いたのは透明な粘度のある液体だった。どろりとして、液体がかかった草木は根本から折れている。


 つんと鼻につく匂い。

 ブウウウン・・・・。

 嫌な羽音がまた聞こえる。


 蟲はなおも私を狙っている。もう一度、攻撃体制に入る。

 

逃げなきゃ。急がないと。

 無理やり足を動かす。

 が。

 

あっ。

 足がもつれてその場に倒れ込んでしまった。やばい。

 羽音が近づく。空気が重く震える。

 殺されるっ!!!!

 

怖い。助けて・・・。


「助けてぇ!!」


 暗闇。

 絶望の闇。眼下に迫る死の恐怖。夜よりも深い闇。

 その闇の先に見えた、光???。


 ザンッ!!!!!


 一筋の光がさした。

 その光はライナス様の剣だった。

 剣が太陽光に反射して光っていた。

 風のように現れたライナス様は素早く剣を抜くと、私に迫っていた巨大な蟲の首を切り落としたのだ。


 一撃だった。

 走馬灯をみる隙を与えぬほど、まさに一瞬の出来事だった。

 助かった。

 安堵し、そう思ったとき。


「よけろ!!」


 ライナス様が叫ぶ。


「この蟲の体液は毒だ!!」


 切り落とされた首から夥しい薄黄色の体液が周囲に飛び散る。

 よけなきゃ。が、そのおびただしい体液はや雨の様に降り注ぎ、避けきれない。


 ヒュンッ!!!

 一陣の風が吹き抜けた。


 風?

 どこからともなく、強い風が吹いてきて蟲の体液を飛ばした。


 ブンッブンッブンッ!!!!!


 後ろから吹く強風。

 一体どうなっているの?


 草花が風に飛ばされ、砂埃が周囲に舞い上がる。

 突如巻き起こった竜巻みたいな強風・・・・。


 砂埃から腕で顔をガードしながら振り返ると、シイラがエプロンを外し、それを片手で振り回して風を起こしていた。それも嵐の様な強風を。

 ブンブンブン!!

 シイラは強風を起こし、私たちに降り掛かろうとした体液を飛ばしていた。


 「す、すげえ風だな」


 だがその風は人間が起こしたとは思えぬ程に強く、流石のライナス様も剣を土に立てて、飛ばされないようにしがみついていた。

 その剛腕で蟲の体液を見事に全て吹き飛ばすと、シイラは腕を回すのを止める。風が止んだ。

 庭を見渡すと、それはまるで嵐のあと。


「あんたすげーな」


 遠くで使用人が呆気に取られた様子でつぶやいていた。


「奥様、大丈夫でした。私蟲を初めて見ましたの。怖かったあ。あぁまだ足が震えておりますわ」


 涙目でシイラが体をくねらせながら私の元へと駆けつけた。とても先ほど強風を起こした本人とは思えない。


「ありがとうシイラ、助かったわ」


 そして何よりも、ライナス様。


「ライナス様、ありがとうございました。助かりました」


 剣を鞘に収めながら、「あれはショウグンバエだ。おそらく先日俺たちが退治した群れの生き残りだろう。全部狩りつくしたつもりだったがな。仲間を殺された復讐に来たんだろう」


「復讐に?蟲が・・・?」

「ああ、蟲はしつこく執念深い。蟲狩りについた体液やフェロモン、ごく微小の自身の毛の匂いなどを頼りにここまで追ってきたのだろう。中には蟲狩りの最中ひっそりと息を潜めて、帰還する兵士の後をつけ、ねぐらを確認して仲間を引き連れてくるなんてこともある。俺はそんな蟲を返り討ちにするのが好きなんだ。仇討ちにきた蟲は必ず狩る」


 ハーハハハッーーーー。

 ライナス様は仰け反りながら笑うが、私の顔は恐怖で引き攣っていただろう。


 仲間が襲撃されている最中、岩場に身を潜めて引き上げる兵団の後をこっそりとつける蟲。そしてその家を見つけて復讐の炎をたぎらす。

 そんな蟲の醜悪さを教えられて、心臓がヒリヒリと痛む。

 怖い。恐ろしい。蟲の執念深さに眩暈を感じた。が、必死に堪えて足に力を入れる。


 こんなところで失神している場合じゃないわ。

 あの時の苦労に比べればこんな事、なんでもないわ━━━。

 そうよ、なんでもない。

 視線を感じると、ライナス様が私を見ていた。


 何か意味ありげな顔をしていたが、すぐに首を切り落とされた蟲の方を向いた。


「興醒めだな」

「はい?」


「連日の深夜の出迎えで少しは骨のある女かと思ってはいたが、所詮はお嬢様だな。ま、死にたくなければ俺がくるまで己の力で生き延びろ。せいぜい無駄な命乞いでも必死にしてな」


 いつも通りこちらを見ることもなく、背を向けて屋敷の方へ向かう。

 その足が不意に止まりくるりと振り返る。

 が、その視線は私ではなく隣にいるシイラに向けられていた。


「いい面構えだ。できる。尊敬、いやリスペクトだ」


 シイラは「光栄でございます」と微笑んでいる。

 尊敬とリスペクトって、同じ意味じゃない。言い換えただけでしょ。


 ゴロン。

 足元に今しがた切り落としされた蟲の首が転がっていた。

 ショウグンバエか。



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