四つ葉のクローバー
アールからの説明の通り、ライナス様はほとんど連日任務が続いていた。
また任務が終わるとすぐに帰るわけではなく、王室への報告、負傷した部下の介抱、後始末、蟲による被害状況の把握など討伐後もやることは多岐にわたる。
もちろん出迎えは続けている。
相変わらず挨拶以上の言葉は交わさない。雑談なんてあっても一言、二言。
それでもわかる。
ライナス様の僅かに見える口元の動き。足取り、呼吸の荒さ、瞬きの回数、彷徨う視線。
ほんの僅かに肩が内に入り、猫背気味になること。
いつも叩く軽口も変わらないが、その声のトーン、言葉のリズム。
その僅かな変化で旦那様の気持ちを感じ取り、無言の会話をしていた。
任務で疲れた時、ライナス様は片足を僅かに引きずるように歩く。アールから聞いた話では昔蟲狩りの最中に大怪我を負い、その時の古傷が今も時折傷むとのことだった。
任務が順調に進み、上機嫌な時はいつも以上に胸を張り、足音大きく自信がみなぎり「戻ったぞ」の言葉に高揚感が見てとれた。
悔しい思いをしたであろう時は、言葉は少なく語尾も短い。視線はやや下を向き、体中に無駄な力が入り、常に強張って見えた。
そして私は旦那様の姿でその日の機嫌を感じ取り、それぞれ対処した。
例えば疲れた時は、タバコと上等なワインと軽食を部屋に用意させた。もちろんアールにお気に入りの銘柄を聞いて。
嬉しそうな時は、すぐには下がらず旦那様から「下がれ」という合図があるまでは部屋にいて共に過ごした。
旦那様はスコーンと紅茶で一息つき時折私に軽口を叩いた。
とりわけ悔しい時は特別だった。最も気を使う。急いで外套を受け取り、顔や手をふくタオルを渡す。それが終わると部屋にいる使用人をすべて下がらせ、素早く部屋を後にする。冷えた水とブランデーだけをテーブルに置いて。
その日はなるべく使用人にも大きな音を立てないように、と指示を出す。
何があったのかはわからない。だけども体から滲み出るあの方の苦しみが少しでも癒されるように、静かな夜を過ごしてもらうのだった。
これが私たち夫婦の時間だった。
花を咲かせるような会話らしい会話もなく、互いの趣味も嫌いな物も知らない。
食事も寝室も別。
それでもあの時間は束の間、夫婦としての時間だった。
日課になっている午後のアールドリームスペシャルを載せた銀のトレーを持ちながらアールが部屋へと入る。
「ねえ、アール」
「なんで御座いましょう」
コーヒーのいい香りを楽しみながら、尋ねる。
「聞いてもいいかしら?」
「私に答えられることでしたら」
「アール、あなたは旦那様の素顔を見たことはあるの?」
執事長でありライナス様の絶大な信頼を得ているアールなら、素顔を見たことがあるのではと思ったのだ。
アールは私の問いに即答はせず、少しだけ考えた後「ええ、御座います」
「旦那様の素顔はどんなお顔なの?」
「それはなんとも」
「イケメン?」
「うーん、それもなんとも」
「あの図書室にある肖像画のブライト様に似ているのかしら?」
「それもお答えできかねます」
何を聞いても答えをはぐらかし、煙にまく。
「じゃあ、最後に」
「はい」
「旦那様のお顔は蟲によって大きな傷があるの?」
「・・・・それもお答えできません」
はーと大きなため息が出る。
わかっていたけれど、思った以上にガードが硬い。結局、何もわからない。
ライナス様は私の前でいまだに一度も、仮面を取ってくれたことがない。
一度も仮面の下の素顔見たことがない花嫁を哀れだと思ったのだろうか、一言だけ教えてくれた。
「奥様、ご安心ください。旦那様は決して化け物では御座いません」
それはどういう意味だろうか。
素顔が化け物ではないという意味か。それともニヒルで偏屈なところはあるが、内面はまともだってことだろうか。
諦めの悪い私は、古株と思われる使用人に片っ端から旦那様の素顔を見たことがあるかと尋ねてみたが、誰一人口を開くものはいなかった。
皆、私の問いに曖昧に「さあ」と答えるだけだった。
そして「旦那様は素晴らしいお方ですよ」というのだった。
生馬の目を射るような宮廷に長いこといたのだ。人の表情には敏感だった。
そしてわかる。
彼ら使用人がお世辞や嘘を並べていない。本心から言っていることが表情から伝わってきた。
最近の私は少し変わったと思う。
出迎えは長時間立ちっぱなしなのは、しんどい。
自室で待機して、旦那様が戻られたらお呼びしますというアールの提案も断っている。
私が部屋の前で待つというのは、私の決意を屋敷の使用人たちに示すという意味もあった。だから楽をしてはダメなのだ。
正直トイレのタイミングが一番厄介だ。先日はトイレに行ったタイミングで旦那様が帰宅してしまったのだ。
しばらく我慢して、もう我慢できない!とトイレに行ったタイミングでなぜか訪れる宅配便のようである。
幸いダッシュで戻ったので、なんとか間に合ったけど。
そんな長い夜。
あんなに長時間立ちっぱなしで待っているというのに、夜になるのが待ち遠しくなっていた。
最近はライナス様のお顔を早く見たいとさえ思っている。
顔を合わせ、言葉を交わしたい。
狼の仮面は相変わらず鉄のような無表情で、甘い言葉も言ってはくれない。
優しいまなざしも、ハグもキスもない,。
ソファーに腰かけてつく小さな溜息や、出迎えの私に気づいた時の目の動き、物憂げに外套を外す姿に心が動くのだった。
不思議なことに、私はあの人に会いたいのだ。
「お綺麗ですね」
朝日を取り込む為にカーテンを開けながらシイラがこちらを見てつぶやく。
起床と共に水を運んできたトレーに四葉のクローバーが添えられていた。青々とした緑が朝日に映える。
今日も届けてくれた。
ライナス様からの贈り物だった。
悔しさ滲ませ帰ってきた夜、その次の日は必ず幸運の四葉のクローバーを届けてくれるのだった。
ベットの上で寝転びながらクローバーを朝日に照らす。緑がキラキラと輝いていた。
「こちらも押し花にいたしますか」
「ええお願い」
なぜ四葉のクローバーなのかはわからない。一度お礼を言ったが、「ああ」といつも通りそっけない返事しか聞けなかった。
でもこのクローバーが届けられる度に「幸運を」、そう告げられているような気がして嬉しかった。
「でも一体どなたがこの四葉のクローバーを見つけてくるのでしょうか。四葉のクローバーが出る確率は一万分の一とも言われておりますし、どこかで四葉のクローバーだけでも栽培しているならともかく、庭や森で探してくるとなると・・・それは骨が折れることでございましょう」
後でわかったのだが、四葉のクローバー探し検定マスターのアールが旦那様の命を受けて庭で探していたらしい。
一体どこで役に立つのか全く分からない資格だが、アールはものの30分程度で見つけてくるのだそう。
そしてアールが忙しかったり不在の時は屋敷の使用人総出で、不眠不休で暗がりの中探したのだった。
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