野菜まけてくれるのはいいけど、それで大根1本くれるのはこう……
ダンジョンには星がない。
そもそも、空がないからそれは当然だろう。もしダンジョンでも、星空が見えるというのならばそれは本物の空ではなく壁に自生するコケを見ているか、別の世界の空だろう。
だから、星を追うということは。
「ダンジョンから出た冒険者を指す、蔑称みたいなもんでな」
星のない、空すらないダンジョンに恐れをなして、星のある空を求めて。外へと逃げだした──
「腰抜け冒険者っていう意味になるんだよ」
「なっ」
俺の称号の意味が意外だったのか、エミリアは言葉を詰まらせる。
「なんで、たかがダンジョンごときの外にでるだけで?」
「ごとき」
そりゃ、確かにそうだ。ダンジョンは、言われてみれば確かにただの穴みたいなもんだ。俺は思わず笑ってしまう。
むすっとエミリアは唇を尖らせる。
「そんなに笑われる意味がわからないんだけど」
「悪い、悪い」
こいつが、ダンジョンに潜る冒険者であるにも関わらず、星追いの意味を知らなかった訳は、彼女が所属するギルドの特殊性にある。
「お前のとこのギルドだと、ダンジョン外の仕事もかなり引き受けてるんだったか」
「うん。″汝、隣人を助け。さすれば、いずかに返ってこん″だからね。ちなみにこれは、女郎宿の章の教えだね」
「経緯はしらんが、ろくでもない状況から出てきていることはよくわかった」
こいつらのギルドは、基本的に教会の、もっといえば太陽の神とやらが定めた教えに基づいて行動している。
だから、外の仕事を多く引き受けることは全くもって悪になることはなく、それゆえに他の冒険者に通底している考えは受け入れがたいだろう。
それはそれとして、太陽の神たぶんこいつアホだろ。
「それに、ぶっちゃけ外の仕事の方が実入り良いよね」
「そこは確かにな」
ダンジョン内は当たりはでかい──当たれば一生贅沢をし続けても困らないほどに──が、はずれを引き続けることもよくある。一方で、外での仕事は尽きることはなく、1個ずつの実入りは大したことなくとも、仕事が途切れることはないだろう。
そしてなにより。
「ダンジョンの中には人が住んでないから、実際の実入り以外のところも、結構返ってくるものが大きいんだよね」
「そこは確かにな」
たまに、値引きしてくれる八百屋のおっちゃんや、適当に服を見繕ってくれるお姉さんとかと俺が知り合ったのも、外での仕事だ。冒険者が絡む仕事というのは存外に面倒らしく、かなり感謝もされるというのが実感としてあった。
「けれどだ、エミリア」
仕事としては、確かにダンジョンの外の方がメリットもあったりする。しかし、これだけはダンジョンでないと味わえないものがあった。
「ダンジョンの外でも仕事をしたことがあるなら分かると思うが、モンスターは…………モンスターとの戦いはどうだ?」
「比べ物にならないに決まってるじゃん。外は──温い」
即答だった。
それはそうだろう。
ダンジョンなんざに潜り続けることができる人間なんて、スリルとロマンに病み付きになっているに決まっている。
心優しい──例えば星追いなんて蔑称に対して反感を抱けるような──女でもそこは例外ではない。
そう。
ダンジョンの外のモンスターは、温い──弱い。
それは例外を除いて、変わることのない事実であった。




