プロローグ:迷子になった
太陽というのは実に偉大である──とは、″教会″のもつ教義のうちの一つであるが、実のところそれが真実だということを実感するときがちょくちょくある。
たとえば、それこそ夜中に酒を飲んでふらふらになったところ月もない夜道を歩く羽目になったときや、薄暗い俺の家の中で小銭をなくした時、夜闇に紛れ込みやがるモンスターと対峙せざるを得ないとき。
そして──。
「やあ、カイニス。 悪い話と、悪い話のどっちが聞きたいとかあるかい?」
「これ以上、悪い話が出てくることはないだろう、エミリア。 ただでさえ、未踏破の隠し部屋に二人っきりで閉じ込められてるっていうのに?」
ダンジョンに潜っている時だ。
俺の名を呼んだ、エミリアこと、エミリア・ディ・カルマドンカという女は、大きな弓を背負っていた。
「そっちのマップにもここの場所は記載がないのか」
目の前の女は残念そうに、目を伏せる。
「つーことは、″一角獣の宿り場″の方が秘匿してるエリア、っていう線はなくなった、と」
「ということは、″黎明の鴉″の方がこっそり一攫千金狙いで作った部屋ってことはない、と」
「いくらうちのギルドが、土木工作部門の人材が豊富つっても、ここまではやらん、多分」
俺が所属するギルドが″黎明の鴉″、彼女の所属するギルドが″一角獣の宿り場″である。どちらも冒険者が所属するギルドであり、ことダンジョン探索に限れば、どちらも最前線争いをするトップギルドの一つであると言っても良いだろう。
ただ、ギルド経営というのは──これはうちのギルドマスターから聞いた話だが──単に冒険者がダンジョンに潜ってれば良いというものでもないそうだ。
で、うちのギルドは、ダンジョン探索以外に、土木工事を得意としているのだ。ちなみに、一角獣の宿り場は、人助けが得意。
うちの土木の連中、ダンジョンに部屋つくれって言われたらやりそうだから怖い。でも、まあ、流石にダンジョンにこんな部屋つくったら、最低限地図には書くだろう。おそらく、きっと。
「そこは、断言して欲しかったなあ……」
「俺も、断言できたら嬉しかった」
あいつら、たまにヤバイことやらかすから。
まあ、それはともかく。
「もう一つの悪い話っていうのは?」
「ああ、これを見て欲しい」
エミリアが、俺に向かって何かを投げてきた。
「頭蓋骨か?」
「おそらく、サイズ的にはゴブリンだろう」
小柄なダンジョンの住人。こいつらはずる賢く、冒険者を翻弄してくる。
さらに言えば、俺たちのような冒険者よりもずっとこのダンジョンに詳しい。そんな奴らが、
「骨になっているということは」
「抜け道などがないか、こいつらにとっても未知のエリアであるということだね」
顔を見合わせて──辺りは薄暗いからその表情まではお互いに読み取れないが──同時にため息を吐いた。
まいった。
本格的に遭難したらしい。
「なんとかしてくれないか、″星駆け″」
「なんともならんわ、″聖騎士″」
「なんでこんなことに……」
″聖騎士″エミリアの声は、壁に反響してやがて消えていった。