化物の矜持
ある出会いが私を『化物』にした————
陽は落ち、夜が来る。
時間には少し早いがマスクを着け、パーカーのフードを深く被り、棲家を出る。
道すがらにすれ違う同年代の男子がいた。素性を知られる訳にはいかないため、私はいつもよりフードを深く被り顔を隠す。
時間を潰すため、ファストフード店に立ち寄ると隣の席には白い悪魔と黒い悪魔がくだらない会話をしている。会話の内容から悪魔はサキュバスだとわかった。
サキュバスは自身の身体を代償に人間から対価を得ている。私と同じ化物に違いないが、サキュバスには嫌悪感しかない。
化物には化物の矜持というものがある。
この悪魔達はそれを理解していない。
だから、嫌いだ。
思えば、この店の隣りは化け猫の店だった。サキュバスと同様に人間から対価を得ているが、代償は愛嬌だ。女中の格好をして愛想を振りまく。
私には理解出来ない。私達は化物だ。
好きに暴れて、人間に魅せつけるべきである。
そろそろ時間だ。
ファストフード店を出て雑踏に紛れる。天使に見つからないよう目的の雑居ビルに向かう。
天使に見つかると厄介だ。神の名の下に化物を捕まえ地獄へ堕とす。
天使は目立ちたがりで青い服と赤灯を焚いた車を乗り回す。注意していれば、奴らから隠れるのは簡単だ。稀に人間の格好をした奴もいるが、これだけはどうしようもない。
天使に警戒しながら、目的の雑居ビル辿りついた。地下へ続く階段を数えながら降りて行く。
……97、98、99、100。
丁度、100段。
階段から少し先にある扉は、私を迎えるように勝手に開いた。部屋の中は薄暗いが、ディスプレイの発するぼんやりとした光と騒音で満ちている。
いつもの席は空いている。席に座ると対価を払い、勇者達が来るまで肩慣らしを始めた。練習相手にもならないを敵を倒し、スマホの時間を確認する。いつも時間を迎えた。
————来た。勇者一行だ。
騒がしく弱い遊び人。大柄で温和な武闘家。そして、優しく強く凛々しい勇者。
直ぐに遊び人が騒ぎながら、向かいの席に座ると私に戦いを挑んできた。遊び人は戦っている最中も騒がしい。
私はため息を吐きながら遊び人の足を払い、冷気を纏った蹴りで宙へと浮かす。上段蹴り、軽く拳を数発入れ、地面から氷柱を出し遊び人を黙らせた。
「クソッ!マジで強えぇぇぇ。バケモンだわ!」
遊び人の捨て台詞を吐く。
次は武闘家が挑んで来た。武闘家は遊び人と違い慎重で、互いに間合いを図りながら牽制し合う。
私は一瞬の隙を突いて武闘家の懐に飛び込むと、冷気で武闘家を凍らせ身動きを封じた。後はただ殴り続けるだけ。
「やはり強いな。俺では相手にならないぞ。」
武闘家は負けを認めて席を立つ。
遂に勇者の出番が回ってきた。
私はこの瞬間の為に『化物』になったのだ。
戦いが私達にとっての唯一のコミュニケーション。殴り殴られるだけで会話はない。
互いに全力で相手を蹂躙し、苦悶させ、屈服させることを望む。
勇者が私に炎を纏った拳で殴りつけると、出来た傷は私の心にも刻まれる。傷つける度に高揚し、傷つく度に狂喜する。
そんな戦いの最中に邪な考えが過ぎる。
————わざと負けて、彼を祝福する?
否。
彼が望むのは『化物』の私だ。
もし私が負けてしまうと彼の興味は露と消える。
永く短い戦いは私の回し蹴りで幕を下ろした。
戦いを終えた勇者が席を立ち、こちらに向かって歩いてくる。いつもとは違う状況に私の心臓が高鳴り、自身の心音が聞こえる。
「なぁ、来週も来るよな?次は負けないからな。」
「……ん。」
初めての会話。初めての約束。私だけの初めて。
雑居ビルから出ると夜は深くなり、街には化物が溢れている。
不思議と身体が軽い、気がつくと私の背中には鈍色の翼が生えている。私は化物として成長した。
住処に飛んで帰る。
成長の証を誰かに見られる訳にはいかないため、翼を仕舞うと扉を開き住処に入る。
「随分とご機嫌ね。この後どうなるかわかる?」
玄関で鬼が笑う。
私にはこの先の展開がわかっていた。
————この世界は『化物』で溢れ返っている。