第6話 リアンの絵本
「な、なんだ……?」
テルアがまだ状況を飲み込めないままつぶやく。
目の前に突然、魔導士らしき女が現れたのだ。
「たすけて、くれたの……?」
リアンの声に、魔導士の女が振り向いた。
「――っ!! ルーリイン……!?」
魔導士の女が、リアンの髪を見て叫んだ。
まさか、といった表情を浮かべている。
その様子を見ていた一本角の魔族が、
「……えらく珍しいやつが出てきたな……七賢者――”境界断截”カルミラ・リベルウォード」
かけられた声に、カルミラと呼ばれた魔導士の女が振り返って答えた。
「ふん――。そっちこそ、こんなとこで何やってんだよ――”昏冥九秋”の一人、ウーニラス。世界の秩序を守るはずの”四天”の系譜がよ」
カルミラの問いかけに、ウーニラスと呼ばれた一本角の魔族が、腕を振りかぶって言い放った。
「――おまえに知られる筋合いはない!」
ウーニラスの爪が伸び、魔力の斬撃が放たれる。
カルミラは大きな杖を振ると、複数の魔力障壁をつくって防いだ。
「ったく、できれば話し合いで頼みたいんだが――」
「ぬかせ――」
カルミラの提案に、ウーニラスは手を止めることなく腕を振り上げる。
魔力と魔力のぶつかり合いが、激しい音を上げていた。
と、カルミラとウーニラスのやりとりを眺めていたリアンとテルアは……。
「おぉ……二つ名合戦! 何言ってるかさっぱりわかんねえけど、すげぇっ……!!」
テルアは少し頬を上気させ、拳を握りしめガッツポーズをしていた。
「……あのひとたちも、ひとりおしゃべり? ……テルア?」
リアンの変な生き物を見る目が、テルアにも向けられる。
「え? あ……わりい……逃げねえとな」
そんなテルアを見ていたリアンが、ふとあることに気づいた。
「あ! えほん!! ばっぐがない!」
リアンがバッグを途中で落としたことに気がついたようだ。
「バッグ……? ひょっとして、さっき俺が背負って逃げてるときに……」
「テルアはわるくない!」
「リアン……」
すぐに否定したリアンに、今はやるべきことがあると気づく。
「……今ならあの二人が注意を引きつけ合ってる。探しにいけるかも」
「うん。いく!」
リアンとテルアは気配を消し、バッグの捜索に向かった。
◇
カルミラとウーニラスの戦いは激しさを増していた。
空中を飛び回り、互いに攻防を繰り返している。
「なぜ華色を狙う!」
カルミラはいくつもの魔力障壁を展開し、自らの防御と、街の守護を両立させていた。
「それが混色の意志だ!」
ウーニラスは両手の爪から魔力の斬撃を飛ばし、さらに額の角から黒い魔力弾のようなものを撃つ。
「ちっ、きりがねぇな……」
カルミラはさらに魔力障壁を増やし、黒い魔力弾の攻撃をも退ける。
「どうした? 守ってばかりでは俺には勝てんぞ?」
二人の力はほぼ互角だったが、守らなければならないものが多い分、カルミラのほうが劣勢になっている。
カルミラは被害を減らそうと、戦う場所を少しずつ移動させていた。
「嫌味ばっかいいやがって……こっちだ!」
◇
カルミラとウーニラスによる戦闘の衝撃がここまで響いてくる。
「たぶんこの辺じゃないかな……」
リアンとテルアは絵本についていた魔力を頼りに、飛び回った道に戻っていた。
あの二人のせいであちこちに魔力の残骸があり、捜索は難航している。
「なあ、絵本ってそんなに大事なのか……?」
ふとテルアがたずねた。
この状況でも絵本を探そうとするリアンに、なんとなく疑問を抱いたからだ。
「……えほん、おかあさんだから……」
リアンが伏し目がちにつぶやく。
「絵本がおかあさん? ……かあちゃんがつくってくれた絵本ってことか?」
テルアは今までのリアンの言動から、それっぽい理由を考えてみた。
「わからないけど……おかあさんみたいな、かんじするから……」
「……あの絵本さ――」
テルアがリアンに何か言おうとしたときだった。
「あ! あった!」
リアンがバッグを見つけ、笑みを浮かべる。
しかし、その先には――
◇
何度もウーニラスの攻撃を跳ね除け、ようやく人気のない場所に来ていた。
誘うように地上に下りる。
まわりにはあちこちに火の手が回っていた。
「……たいしたものだな、逃げるのと守るのだけは」
息が上がり始めているカルミラに向かって、ウーニラスが皮肉まじりに言う。
「そりゃどうも……戦うほうはあまり得意じゃないんでね」
「ふん。……そろそろ終わりに……ん?」
さらに攻撃を仕掛けようとしたとき、建物の陰に隠れているリアンとテルアが、ウーニラスの視界に入った。
「華色の子供……?」
不審に思ったウーニラスは、リアンの視線の先にある僅かな魔力に気がついた。
「――なるほど」
一瞬でその場所に移動すると、リアンのバッグを拾い、絵本を取り出した。
「あ!」
リアンが思わず声を上げる。
絵本の中身を見たウーニラスは――
「――フフッ。妙な子供が華色の魔法を使っていたのはこういうことか」
不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、絵本を半分に破り、炎の中に投げ捨てた。
「ああああぁぁ――――――!!」
リアンの悲鳴が上がる。
「だめぇ――――!!」
リアンが建物の陰から飛び出し、炎の中に向かってがむしゃらに走り出した。
「おい!? リアン!!」
慌ててテルアが追いかける。
「ばかっ! お前ら――」
カルミラの制止が間に合わず、構えていたウーニラスの攻撃が放たれた。
魔力の斬撃がリアンに迫る。
「リアン――!!」
寸前のところでテルアがリアンを止めた。
しかし飛ばされた斬撃は軌道を変え、街の建物に命中し、柱を次々に破壊していく。
「えほんが!! えほんがああぁぁ――――!!」
炎が上がる街の中、リアンの悲痛な叫び声が響く。
「だめだリアン! 今飛び込めば――あっ」
リアンを抑え込んでいたテルアが気づくが、遅かった。
建物は地響きのような音を立てながら崩れ、リアンとテルアを一瞬で飲み込んだ。
「魔力消滅――死んだか」
ウーニラスが吐き捨てるように言った。
魔力の消滅。
それは魔力を正確に感じ取れる者にとって、何よりの死の証拠。
あるいは格上の者を見失ったときか――
「くそっ――!」
カルミラがウーニラスを囲むように魔力障壁をつくる。
が、ウーニラスは一瞬で避け、建物の上に移動した。
「華色は始末した。もうここに用はない――」
ウーニラスはそう言うと、体を黒い靄に変え、どこかへと姿を消した。
「……また、守れなかった――」
悔しさの言葉をこぼす。
カルミラは唇を噛みながら、ガンッ、と杖の先を地面に叩きつけていた。
◇
「おぉ~い」
少しして、気の抜けた男の声がした。
「おそい」
振り向いたカルミラがそう言うと、息を切らしている男が言い返した。
「はぁ、はぁ……、誰でもあんたに……ついて行けると思うなよ……」
騎士のような姿をした男は、両手を膝に乗せ、背中で息をしている。
「……そこの瓦礫にガキが二人埋まってる……掘り起こしてやれ……」
「ったく、人使いがあれぇんだよ、おまえは……だから――」
男はカルミラのほうを見ると、喋るのをやめ、一度ため息をしてから瓦礫を掘り起こし始めた。
「……絵本、か……」
カルミラは焼け焦げた絵本を持って、何かを思い出すように触れていた。
戦闘による衝撃や音がなくなったことで、街に少しずつ人が戻ってきていた。
消化も進み、カルミラたちのところにもそろそろ人が戻ってくる。
そんなときだった。
瓦礫を掘り起こしていた男が何かを見つけた。
「ん……? お、おい! カルミラ!! これ――」
カルミラが、なんだ、と仕方なしに歩いてきて、男の掘り起こした物をのぞく――
「こ、これは――」
そこには、桃色の炎に包まれた、リアンとテルアの姿があった。
ふたりは気を失っているようだったが、体に目立った怪我はなかった。
「こりゃあ……」
「やめろ」
男が桃色の炎に触ろうとしたのを、カルミラが遮った。
「たぶん、この炎は触るとまずい――」
しばらく逡巡していたカルミラだったが、覚悟を決めたように男に告げた。
「私はこいつらを連れて雲隠れする。上にはガキは死んだと伝えておけ」
男は大きくため息をすると、疑い深く聞き返す。
「おまえ、本気か……?」
「……やるべきことが見つかった、それだけだ」
カルミラは、ぐっ、と杖を握りしめ、空を仰いだ。
「……今度こそ、必ず――」