第5話 襲撃
リアンとテルアがいる町の、遥か上空。
あたりを染める夕焼けは、不穏な色を浮かべている。
その中で漂う、謎の黒い影があった。
だが黒い靄のようなものに覆われていて姿が見て取れない。
「華色……ここにも生き残っていたか……」
黒い影は低い声でそれだけつぶやくと、靄となってどこかへ消えていった。
◇
リアンとテルアはクマと別れたあと、ふたたび廃墟で遊んでいた。
「わたしあれやりたい! えほんのまほう! おはながぶわぁ~ってなる、ふたりでいっしょにやるやつ!!」
ばっと両手を広げて身振りするリアン。
「ああ、最後のあれかぁー……」
ところがいつも得意げなテルアが、あまり乗り気ではなかった。
「できないの?」
「いろいろ必要な物がなぁ……」
「ひつようなもの?」
「んー……、あれの原型になった魔法があるはずなんだよ。そっちを見れば何かわかるかもな」
「げんけー……?」
リアンが難しい顔をして首をひねる。
「そ、絵本の魔法なんて、大抵は実在する魔法をベースに考えられたものだからな」
「彩焔刀と舞凪も?」
「あれは……どうだろ、妙に術式しっかりしてるから……俺も使い易くて使ってるし――あ、そうだ」
テルアが何かを思い出したようにリアンに近寄った。
「どしたの?」
リアンの問いかけに、テルアは黙ってリアンに右手をかざす。
「もうひとつの魔力使ったって言ってたろ? それが垂れ流しのままだったんだよ」
「だめなの?」
「別にいいけど、わかるやつにはわかるから……化け物みたいなやつがいるなって思われるぞ?」
「……っ! やだ!」
「だからまあ、すぐにコントロールはできないだろうから、俺の偽装術式で隠しといた」
「ふーん……」
リアンは急に真顔になって、テルアをじーっと見つめた。
「……何?」
「またひとりおしゃべりするのかなって」
「……おまえ、俺をなんだと思ってるんだよ……」
◇
リアンはテルアと別れて孤児院に向かっていた。
テルアと出会えたとはいえ、孤児院が憂鬱な場所であることに変わりはない。
帰り道はいつも気分が落ち込む。
今日は少し遊び過ぎて、あたりは暗くなっていた。
「はやくあしたにならないかなぁ」
そう、小さくつぶやきながら歩いていたときだった――
「――っ!!」
異様な何かを感じ取った。
「なに……これ……」
クマの魔物と似た嫌な感じ……。
だが、それとは比較にならないほどの禍々しさだった。
あたりを見回すが、何も変化はない。
勘違い……?
そう思った瞬間――
ドガァンッ、と近くの広場から爆発音が聞こえた。
街の人の悲鳴が上がる。
「えっ!? なに?」
慌てて爆発のあった方向を見る。
広場のほうで炎が広がり、煙が舞い上がっていた。
恐怖を感じつつも、広場のほうが気になり、何があったか確認に向かう。
暗く狭い路地へ入り、建物と建物のあいだから、こっそりと広場の様子をのぞいた。
すると、広場の中央、燃えさかる炎の中に、ひとりの人影があった。
見た目は体格のいい男に近かったが……、褐色の肌に、額に大きな一本角を生やした――そう、魔族だ。
「うっ……」
直接見たその魔力は、思わず吐き気を催すほどの”混沌”だった。
一本角の魔族は訝しくまわりを眺めている。
そのとき、リアンの視線を感じ取ったように、こちらを振り向いた。
(ばれた!? にげなきゃ!)
急いで引き返す。今度は動いてくれた。
クマの魔物と戦った経験がいきたのかもしれない。
しかし、リアンが引き返そうとした、その一瞬で回り込まれる。
「――えっ!?」
一本角の魔族の蹴りが飛んできた。
――ガンッ!!
間一髪、魔力での防御だけはなんとか間に合わせたが、受け身もとれず、広場まで蹴り飛ばされた。
「んぎゃ!」
リアンは一度地面を跳ね、広場の中央で止まった。
体が炎の明るみに照らされる。
「子供……? 何かに干渉されたような気がしたが……」
そう言いながら、一本角の魔族が暗い路地から出てきた。
やや困惑しながらも、余裕の表情を浮かべている。
それだけ自分の力に自信があるのだろう。
しかし、リアンの、桃色の髪に白い毛筋が入っているのを見た瞬間だった――
「なっ――その髪!! ”ルーリイン”!?」
表情を一転させ、驚愕の声を上げた。
「まさか……まだ子供が生き残ってたとは……だが、これですべて終わりだ――死ね」
一本角の魔族が鋭い爪を剥き出しにし、魔力を込めてリアンに向け振った。
体を起こそうとしていたリアンが魔力の斬撃に気づく。
しかし、体が動かない。
ダメージは予想以上に大きかった。
「あ……」
目の前に魔力の斬撃が迫る。
間に合わな――
「リアン――!!」
心臓が跳ねる声が響いた。
と同時に体を抱かれ、一瞬で近くに移動したことに気づく。
「テルア!?」
見上げたまさかの顔に思わず叫んだ。
「避けられた……?」
テルアはそのまま、一本角の魔族を一瞬睨むと、リアンを背負い、舞凪を使って音もなく消えていった。
テルアの逃げた方角を不可解に見つめる一本角の魔族。
一瞬の出来事に理解が追いついていないようだった。
「……何者だ? 気配はなかったはず……しかもあの術式は――」
◇
テルアはリアンを背負い、いくつかの建造物の上を飛び回り、少し離れた建物の陰に隠れていた。
テルアはあたりの様子をうかがうと、ひと息つき、
「リアン、大丈夫か!? 急にやばい魔力を感じ――」
「――テルア!!」
テルアが言い終わる前に、リアンが涙ぐみながら抱きつく。
テルアは安心した表情を浮かべたあと、今度は真剣な表情でリアンにたずねた。
「リアン、何があったんだ……?」
リアンはテルアに何があったか説明していた。
「――で、つのがぐううってあって、みたら、ばってきて、すぐ、がん! てされた!」
リアンは身振り手振り謎の動きをしている。
「……お、おう……」
「で、つめが、ぎいいってのびて、びゅんって!」
「……うん……そうか……」
テルアはリアンの説明に、「おまえも大概ひとりお喋りだぞ」と言いたかったが――今はその言葉をぐっと飲み込んだ。
「とにかく、あいつ相手に戦っても無駄だ……実力が違いすぎる……」
テルアが険しい表情を浮かべる。
「どうするの……?」
「気配を消して、なんとかやりすごすしか――」
「そこにいたか」
背後から低い声が響く。
「「――!?」」
ふたりが振り向くと、そこには一本角の魔族が立っていた。
「気配を消すのはうまいようだが――ならば直接目で追えばいいだけだ」
「ちっ」
焦りを見せたテルアが構える。
「妙なやつだが……まあいい、まとめて殺してやる」
そのときだった――
「――っ!! テルア! まただれか、くる!!」
「え?」
リアンのその言葉に、テルアが困惑の声を上げる。
「終わりだ――!!」
一本角の魔族が爪を剥き出しにして振るい、魔力の斬撃を放った瞬間――
ガキンッ、と魔力の斬撃は、大きな杖のような物によって弾かれた。
斬撃が着弾した音が響く。
「おまえは……」
一本角の魔族の表情が歪む。
「――なんとか間に合ったか」
そう安堵の言葉を吐いたのは、長い黒髪を後ろで束ねた、魔導士の女だった。