第49話 自分にできること
テルアは解放した人質たちの治療を行っていた。
目立った怪我はなかったが、少し衰弱が見られたためである。
それともうひとつ、逃げるために気配を消す必要があったからだ。
しかしあからさまにそんな魔法を使えば、また新たに言い訳を考えなけばいけない。
そんなわけで、毎度の如く、実は回復魔法が得意で、という取ってつけた理由で誤魔化していた。
「……ありがとう、助かったよ」
「おう、神経にかなり負担かかってるから、逃げられたらゆっくり休めよ」
最後のひとりの治療を終え、男からの礼にそれっぽく答える。
「じゃあ、準備ができたらおっさんたちは出口のほうへ。俺はケラヴノスのほうへ向かう感じで。開始と同時に外のやつらに知らせる」
「……本当にきみひとりで大丈夫なのか? せめて私だけでも……」
後ろめたさを感じているのか、マルクが自分も残ろうかという提案をしてくる。
「大丈夫だって。それに、おっさんにはみんなを頼みたい。一番元気そうだし」
「……わかった」
そう伝えるとマルクも納得したのか、頼もしげな顔をして答えた。
正直、ついてこられても動きにくいだけではある。
が、それをそのまま言うのは――リアンの怒った顔が浮かんだのでやめた。
「……ところでさ、おっさんはアルテってやつのこと、なにか知ってるの?」
代わりに気になっていたことをたずねた。
「アルテ様……? ユニアから聞いたのかい?」
「まあ……」
ダークスといい、魔法書の著者は教祖様かなにかかよ、と心の中でつぶやくテルア。
「んー、説明するのは難しいんだけど……。彼の魔法は特別な魔法体系を使ってつくられていてね。そして、その魔法体系を扱えるのは、今この大陸でレインバート様だけなんだ」
「ふーん……」
カルミラの言っていた体質ということなのだろうか。
その体質の者しか扱えない、ということなら話は繋がる。
「素人目にはただのすごい人だろうし、わかる人が見ても、その魔法を扱えるのはレインバート様だけだから、レインバート様が自作自演をしているだけって思うだろうね。性格的にも」
「そういうことか……」
カルミラが言っていた、目立つほうはレインバートが引き受けてくれる、の意味を理解し、納得するテルア。
つまり、アルテとはレインバートのことだと思うわけだ。
しかし、マルクはそれを否定した。
「でも、私はそうは思わない。仮にも華色の血を引いている私からしたら、あれは間違いなく御星だ」
「御星……」
まただ。御星という単語。
昔リアンとやった魔法の詠唱、ウブリという人物――
リアンにも昨日だか一昨日くらいに聞かれた。
それがなにを意味するのか、気になるのはテルアとて同じだ。
「……なあ、その御星って――」
「マルクさん、準備ができました!」
テルアの声をかき消すように、囚われていた人たちから声が上がった。
「よし、ではテルア君、行こう!」
「え? あ、ああ」
思わずうろたえてしまった。
あと少しで聞けるところだったのに、と恨めしくも感じたが、今はそれより大事なことがある。
気持ちを切り替えるように、両頬を叩く。そして――
「うっし、じゃあ行くぜ――!」
そしてテルアの掛け声とともに、牢屋からの脱出が始まった。
◇
ふたたび遺跡から少し離れた小さな洞窟。
ミナスの部下の調査団員たちは、互いに慰め合い、励まし合っていた。
なにしろ仲間にスパイがいたのだ。それもかなりの数。
このあとの戦いで迷わないためにも、心を整理する時間は必要だった。
ユニアも変なことを言ってはいたが、やはり父親が心配なのか、表情は硬い。
頭の上に乗っているレノウも、神妙な面持ちで見守っている。
みな、それぞれに抱えるものがあるのだろう。
そんな重苦しい雰囲気を和らげるように、ミナスがリアンに声をかけた。
「……心配かい?」
「あっ、いえ……そう見えました?」
急に話しかけられ、つい変な否定をしてしまう。
「少なくとも私からはね。……よかったら、彼のこと聞かせてもらえる?」
そんなリアンの様子をやさしげに見つめていたミナスは、元気づけるように聞いてきた。
これが大人の余裕なのだろうか。
少し迷ったが、また沈黙になるのも嫌だったので話すことにした。
「テルアは……私のかぞくです。ずっとひとりだった私に、初めて出来た……大切な人」
こういう話をすると、つい昔を思い出してうつむいてしまう。
しかしミナスは気にする素振りは見せず、相変わらずやさしい顔でうなずいてくれている。
今はただ、そのやさしさに甘えることにした。
「いつもふざけてるようで、案外しっかり見てるとこは見てて……でもやっぱり肝心なとこは抜けてて……。だから、ちょっと心配というか……。旅を始めてからも頼りっぱなしで……得意な魔法の性質上、仕方のないことなんですけどね……」
そう、テルアはいつもどこか抜けていることろがある。それが心配なのだ。
しかもあまり気にしている様子もない。
そのうえ、この件に関してはほとんどテルアに任せてしまっている。
なのに、ひとり涼しい顔をして――
「それは、リアンさんのことを信頼してるからじゃないかな」
「え?」
唐突に言われたことに、気の抜けた声を漏らすリアン。
「自分にできないことは、リアンさんがやってくれるはず、ってね。彼、リアンさんに背中を向けているときだけは、後ろを警戒していなかったから」
「……そう、なんですか」
いつものことで、あまり気にしたことはなかった。
ずっとそうだったから。
「だから、リアンさんも信じてあげたらいいんじゃないかな。彼はきっと大丈夫だって。それで、どうしても彼ができないことがあったら、リアンさんが力を貸してあげればいい。でしょ?」
ミナスはそう言って軽く首を傾けた。
その言葉に、リアンが目を見開く。
会ったばかりなのに、まるで今までずっと見てきたかのような言い方だった。
どこかカルミラを思わせるように――
どうして、と思う気持ちはあったが、これ以上考え出すと、あとの戦いに響きそうだったので、精一杯のぎこちない笑みで答えた。
「はい……」
物理的には強くなったつもりだが、まだまだ心のほうは子供なのだなと実感させられる。
体の力を抜くように、大きく息を吐いた。
膝を抱えて座り直し、軽く上を向きながら心でつぶやく。
(テルアにできなくて、私にできること、かあ……)
そうして空気も少しは和らいだか、というときだった。
「――っ!! きた!!」
リアンが、テルアの合図を示す魔力を感じ取った。
「テルちん!?」
「テルア君か!?」
ユニアとミナスの顔に笑みが浮かぶ。
「――はい!!」
そして、誰よりうれしそうな顔で立ち上がるリアン。
わかっていたこと、信じていたこと、そうだとしてもこれほどうれしいことはない。
なら――
「みなさん、準備をお願いします!」
打ち合わせ通り、リアンが魔力感知の構えに入る。
テルアの無事に、そして――久しぶりにある程度力を解放できることに、感情が昂ってしょうがない。
リアンが、好戦的な笑みをこぼしながら叫ぶ。
「いっくよ――――ッ!!」
リアンの声と同じくして、まるで穏やかな水面に一滴の雫を落としたかのように、波紋のような魔力が広がる。
一瞬の出来事だった。
「いた! ――っ! ユニアちゃんのお父さんも無事だよ!」
「ほんとなん!?」
「なっ――リ、リアンさん!?」
ふたりの反応に、リアンは構わず続ける。
「……予定通りテルアはケラヴノスへ。ユニアちゃんのお父さんと囚われてた人たちはさっきの出口に向かってる。……あのおじいちゃんとリーゼルトさんは少し離れた通路。ケラヴノスは結界が張られてる部分があるからたぶんそこ。ほかに強い魔力は――ない」
その表情は、ここではないどこか別の場所を見ているようにすら見えた。
淡々と敵の居場所を喋るリアン。
その姿に、ミナスが戦慄したように、見上げていた。
「……リアンさん、きみはいったい……」
魔力の感知と相手の魔力を探る能力というのは、魔導士が有するもっとも基本的なもののひとつである。
基本的であるがゆえに、本人の力――特にポテンシャル的な部分を色濃く表す。
そして今、リアンは敵味方含め、一瞬で把握してしまったのである。
それが必ずしも実力のすべてを物語るわけではないが、魔力を探られてしまった側からすれば、力の差を感じられずにはいられない。
ミナスとて、調査団の団長を任せられるほどの実力者だ。
今回は相手や状況が悪かったが、その実力はカルミラをはじめとした七賢者からも認められている。
そのミナスが、はっきりと実力差を感じてしまったのだ。
そもそも今の感知の範囲と速度はあきらかにおかしい。
いくら魔力の感知や探る能力が高い七賢者でも、こんな広範囲をここまで早く感知するこなどできないはずである。
これが可能なのは、特殊な力を宿した――
そのとき、解放したリアンの魔力のせいか、ミナスがリアンの髪色に気づいた。
桃色――その中に一か所だけ入った白い毛筋。
カルミラの教え子。あの証書。
そしてこの魔力感知。
「まさか……」
ミナスは誰にも聞こえないほど、ひとり小さくつぶやいていた。
「……これがケラヴノスか……。結界でわからないけど、今はここに人が集まっててほかは手薄。好都合だね」
リアンが一通り喋ってひと息ついた。
「おお……リアちんなんかすごいん」
「おまえ、それは……」
ユニアが尊敬の眼差しを向けている。あとで教えろとでも言いそうな顔だ。
上のレノウのほうは、少しうろたえているように見えた。
しかし今はそんなふたりにもかまっている時間はない。
「よっし、時間がないし、ここもバレたと思うのですぐに飛びますよ!」
その声に、ミナスもハッとして団員たちに声をかける。
ユニアとレノウも移動に備えた。
全員の準備ができたことを確認したリアンが、足元に魔法陣を広げる。
そのまま洞窟内の全員を巻き込むと、ヒュン、と姿を消した。
森の中を一瞬で桃色の煌めきが駆け巡り、さきほどテルアと別れた場所に戻ってきた。
ストン、と全員が安定して着地する。
この――移動魔法は術者が安定して着地させる、というのは六年間、テルアに口うるさく言われてきた。
よくわからないが、テルアなりの美学があるらしい。
一瞬で移動したことに、ミナスが驚きながらたずねる。
「さきほどのといい、これは……転移魔法か?」
「いえ、これはただの高速移動魔法の連続使用です」
そう言ってリアンは地面に落ちていた小さな石を拾って見せた。
「これを使ってるんです」
魔石である。
これを一定間隔で落としておき、起点として連続で舞凪を使っていたのだ。
もちろんテルアのお手製で、相手にばれないようにつくられている――らしい。
「なるほど……」
そんなことまでは話せないが、ミナスはそれだけで納得してくれたようだった。
そのままミナスが指揮をとる。
「では、打ち合わせ通り、私たちは囚われた方たちの救出を。リアンさんはテルアさんと合流ですね」
「はい、お願いします」
ミナスの確認に、リアンが真剣な表情でうなずく。
「リアちん……気をつけてなん」
「ユニアちゃんもね」
そう笑みをまじえて言ったリアンは、あっ、となにかを思い出したように、
「……ちょっといい?」
「ん?」
ユニアの背中から華装機を取り上げた。
ミナスが団員たちのほうに気を向けているのを確認してから、華装機をぐっと握りしめ、花の魔力を込める。
完全に補充されると、ガシャン、と変形した。
「――おぉ、リアちん、ふとっぱら!」
ユニアが飛び跳ねながら声を上げる。
「頭の上にはレノウ君がいるし、これでユニアちゃんも全力で戦えるでしょ? お父さん、助けるんだもんね。絶対あきらめちゃだめだよ!」
「うん! わかったん!」
華装機を受け取ったユニアは、珍しく頼もしげにうなずいた。
そのまま視線を少し上に移し、
「レノウ君、ユニアちゃんのこと、よろしくね」
「……ああ。できるかぎりはやるさ」
こんな場面でも冷静でツンとした様子のレノウに、苦笑するリアン。
ユニアにつけるお供としては、このくらいの冷静なほうがよさそうだ。
そして、もう抑えられなくなってきたテンションで、リアンが作戦開始の合図を猛る。
「よーっし……じゃあ、突入作戦――反撃開始だよ――ッ!!」