第44話 疑念
「と、突入作戦……? 敵さんの居場所、わかったんですか……?」
リアンが緊張した面持ちでたずねる。
さきほどこちらの事情を説明したとき、調査団の把握していることも教えてもらったが、それは今自分たちが持っている情報とたいして変わらなかった。
むしろ、なぜ遺跡がこのあたりにあるとわかったのか、そんなに都合よく見つかるものなのか、と疑念を抱く。
「うちの副団長が発見してね。ケラヴノスのことも彼女が調べてくれた」
ミナスがそう言ったところで、ひとりの人物が前に出てきた。
「――副団長のリーゼルトです。よろしくね」
フードをかきあげ、顔を出したのは、少し妖艶さが漂う女だった。
そのまま人のよさそうな笑みをつくり、リアンの前に手を差し出す。
「あ……よろしくおねがいします」
慌てて挨拶を返し、握手をした。
「――きれいな魔力ね」
「え?」
リーゼルトの言葉に、リアンが気の抜けた声を上げる。
「彼女は魔力感知や魔力を探る能力に長けていてね。今回の任務でもいろいろと助けてもらっている」
ミナスが微笑みまじりで言うと、リーゼルトが照れたような表情を浮かべた。
「それほどではありませんよ。私は少しでもみなさんの役に立ちたいだけです――」
そう言いながら、今度はテルアの前に立ったリーゼルト。
「よろしくね」
男を惑わすかのような笑みを浮かべ、手を差し出した。
「……どうも」
無愛想に返事をすると、慎重に握手に応じたテルア。
リーゼルトの顔から、握った手に視線を移したテルアはしかし、どこか冷たい目をしていた。
「それじゃあ、明日の突入作戦に、きみたちにも参加してもらいたいのだが、いいかね?」
ミナスが、ぱん、と手を叩き、リアンたちにたずねる。
冷たい目のまま、ミナスを一瞥したテルアは、
「ああ、そういうことなら俺たちも手伝うぜ」
切り替えたように、いつもの顔で答えていた。
「――なあなあ! うち、まだ握手やってないん!」
「あら、ごめんなさいね」
手を上げてアピールするユニアに対して、リーゼルトが子供をあやすように、しゃがんで手を差し出した。
目線がユニアより下になったリーゼルトと、手を握る。
「ふふっ、よろしくね。お嬢ちゃん」
「……なんか違うん。もっとフッ、て感じの強者の雰囲気漂うやつやりたいん……」
「……どこで覚えたのよ、そんなの……」
リアンが呆れた表情でつぶやく。
その後、挨拶を済ませたリアンたちは、明日の突入作戦について話し合いを始めていた。
◇
どうやら思いのほか時間がたっていたらしい。
明日の打ち合わせが終わるころには、空は夕焼けに染まっていた。
リアンたちは調査団と別れ、今は町に向かっている。
結局、魔物は調査団の人たちが討伐してしまっていて、遭遇することはなかった。
おかげでギルドからの報酬は見込めない。
「んー……テルアー、どう思う?」
リアンがややぼかしながらたずねる。
もちろん、調査団との話し合いについてである。
テルアの様子から察してはいたが、正直かなり怪しいと思う。
実際に遺跡の近くらしいところに来てみてわかったが、遺跡を隠している結界は別次元にレベルが高い。
これはおそらく、ウブリとやらの結界魔法をそのまま使っているのせいだろう。
それが、少し探る能力が高い程度の人間に見つけられるなど、どうしても考えられなかった。
とはいえ、これ以上考えてもらちがあかない。
こういう魔法が絡んだときは、テルアに丸投げしたほうがいいと、リアンの中で相場は決まっているのだ。
と、返事が返ってこないことを不審に思ったリアンが、テルアのほうを振り返る。
「テルア?」
「――ん? ああ、そうだなあ……今日はみんなで泊まって、明日に備えるか!」
そう言ったテルアの目は、はっきりと警戒の色を含んでいた。
「お泊り!? やるんやるん! あ、じゃあうちに来たらいいん!」
お泊りという単語に反応したユニアが、目を輝かせてはしゃぐ。
「ユニアの家か……んじゃ、そうするか?」
テルアが少し考え、リアンに目で意見を問う。
「……うん。いいんじゃない? ”段取りはテルアにまかせる”」
同意しつつ、今後の行動についてまかせることを伝える。
修行中、カルミラを倒すために、よくこうやって直接話さずに意思疎通していたことがあったが、それがいきる二日間だった。
「よし、それじゃ――宿屋で荷物回収して、ユニアの家にお邪魔するか」
テルアの決定に、リアンとユニアが楽しげに声を上げる。
レノウはただ、真剣な顔でそれらを見つめていた。
そうして町に戻ったころには、日は沈んでいた。
予定通り宿屋で荷物をまとめる。
宿屋は七日分とっていたが、ユニアの家に転がり込むことにしたのでキャンセルした。
少し損ではあるが、ギルドからの報酬がない今、ちょっとでも節約したいのである。
途中で夕食を買い、ユニアの家に向かう。
中心地から離れた閑静な住宅地。その中の一軒家だった。
「じゃーん! ここがうちの家なん! どうぞんなん」
ドアを開け、ドタドタと家に駆け込んでいくユニア。
「へえ……結構立派な家じゃん」
テルアがそう声を漏らしながら、目で先に入れと促す。
「……おじゃましまーす!」
リアンが明るい声で入っていくと、テルアが後ろに続き、薄い結界のようなものをつくった。
ドアを閉め、少し歩いたところで、
「……認識阻害の結界を張った。ぼかしてなら多少は話せる」
テルアが後ろから静かに語りかけてきた。
その言葉に、やはり監視されていたのだとわかる。
尾行に気づいたことを、相手に察知されないよう振る舞っていたのだ。
それでも、テルアがここまですることに、リアンも少し焦りを覚えていた。
「……どうすればいい?」
ゆっくりと家の中に入っていきながら、テルアにたずねる。
「……明日、一回”仕分けする”。あとは合図送るから、そっからは全力でいいぞ」
テルアは低い声でそれだけ言うと、にっと悪戯な笑みを浮かべた。
すでに算段がついているらしい。
「……ったく」
はあ、と息を吐き、テルアの笑みに、少しほっとするリアン。
どんなに危険なときでも、どんなに不安なときでも、この顔を見ると、なぜか安心できた。
いつもバカなことやってるくせに、こういうときだけ――
なら、あとは自分が全力で応えるだけだ。
「――私も相当がまんしてるんだから、ちゃんと暴れる場所残しといてよ?」
テルアと同じように、悪戯な笑みで返す。
リアンのその顔に、テルアが少し遅れて、苦笑した。
「おう、頼むぜ」
そんなやり取りをしながら、家の中に入っていくリアンとテルア。
父親と離れているせいか、部屋はかなり散らかっていた。
もっとも、それに関してはユニアの性格からも想像通りだったが。
そのユニアの姿がないと思い、探していると、とある部屋で見つけた。
「あっ、ユニアちゃ……」
声をかけようとして、目の前の光景に思わず息を止めた。
額縁に入れられていた似顔絵らしきものに、手を合わせて祈っている。
後ろから見える似顔絵は、女の顔のように見えた。
そういうことだろうとは思っていた。
母親が作ってくれたという華装機を大事そうに持ちながらも、話すのは父親のことばかり。
花の魔力がないとはいえ、ユニアもまた華色の生き残りである。
家族が全員無事、という可能性が薄いことくらい、覚悟はしていた。
しばらく後ろで見守っていると、ユニアが気づいて振り向く。
「――わっ、ふたりともいつからおったん!?」
「……ごめんね。私たちもお祈りさせてもらってた」
リアンは少し気まずそうに笑うと、飾られている似顔絵に視線を移してたずねる。
「……お母さん?」
「――うん、うちの母ちん。ずっと前に華色が襲われたとき……うちを産んですぐに死んじゃったって、父ちんから聞いたん」
そう答えるユニアの目は、まっすぐ似顔絵を捉えていた。
「でも、悲しくはないん。うちにはこれがあるから――」
背負っていた華装機を下ろして手に取ると、ぐっと握りしめる。
「母ちんのつくってくれた華装機で、父ちん守るん」
いつになく、真面目な表情で言ったユニア。
その目には、確かな意志の強さがあった。
ああ見えてきっと、ユニアもたくさん泣いてきたのだろう。
その目を、リアンはよく知っていた。
寂しさを抱えて、たったひとつの拠り所にすがって、愚直にがんばってきた目。
そして、大切な人を守るために、強くなってきた目だ。
「――そっか、ユニアちゃんも……。ごめんね、私のせいで――」
――コツンッ。
そう言いかけたとき、テルアの軽く握った拳が、リアンの頭に触れた。
「ほら、また始まってんぞ。それ」
リアンがハッとしたようにテルアとユニアを見る。
「悪いのは華色を襲った連中だろ? そのことですぐ自分を責めだす癖、まだ直ってねえよな」
「そうなん。リアちんは悪くないん」
ふたりして、咎めるように言った。
「あはは……ごめんごめん」
ばつが悪そうに答えたリアンは、気合いを入れ直すように自分の頬を叩くと、
「うん、明日はユニアちゃんのお父さん助けるんだもんね! 私たちも力を貸すよ!」
「ありがとなん! じゃあ、ごはんにす――るべっ!?」
元気よく言ったユニアだったが、駆け出した瞬間、落ちていたゴミ袋につまずいて転んだ。
「ちょっ、大丈夫? ユニアちゃん……」
リアンが慌ててユニアを起こす。
その様子を見ていたテルアが、家の中を見渡しながら言った。
「……なあ、飯の前にこれ……片付けねえか?」
「……そうね、三人でやればすぐだしね」
そう交わし、家主に聞くまでもなく、片付けを開始したリアンとテルア。
「え? ごはんは? 限られた者だけでやる真のシークレット作戦会議は?」
「片付けが先。ほら、変なこと言ってないでユニアちゃんも手伝って」
意味深なことばかりするふたりが、ただの掃除屋さんになってしまったことに、ユニアが絶望したようにつぶやく。
「……こんなの、うちの知ってる作戦決行前夜じゃないん……」
「いいかユニア、これが現実だ」
そう言ってテルアが渡したのは、転がっていた掃除道具だった。
目の前に迫った掃除に、ユニアが夢も希望も失ったような顔で、飾っている似顔絵を見つめる。
「母ちん……うち、がんばるん……」
そんなわけで、明日の作戦を前に、三人は家の片付けから始めるのであった。




