第37話 小さな追跡者
リアンは意外な追跡者に困惑していた。
路地に入ってきた少女は、きょろきょろとあたりを見回している。
見た目は十二かそこら、あるいはもう少し小さいくらいか。
腰くらいまである銀色の髪のツインテール。
手にはコンパスのような小道具、後ろには見たことのない武器らしき物を背負っている。
たしかに情報通りではあるが、本当にこの少女が華色について知っているのかは疑わしい。
一見したところ、特に強い力は感じないし、敵意があるようにも見えない。
だが、魔力を隠しているのにも関わらず、後を付けてきている。
ゆっくり考えたいところではあるが、どうやってこちらの位置を把握しているのか、わからない上に、顔も見られてしまった。
悠長にしている時間はない。
静かにテルアへと視線を向ける。
テルアもどうやら同じ結論に至ったようで、コクン、とうなずく。
ふたりは合図を送り、同時に路地へ飛び降りた。
ふたりを見失った少女は引き返そうとしていた。
「――何の用?」
少女の行く手を遮るように、リアンが警戒の色を含んだ声でたずねる。
「おわ!?」
少女は驚きの声を上げると、反射的に路地奥へと駆け出した。
「――こっちも行き止まりだぜ」
しかし、後ろにはテルアが道を塞ぐように立っていた。
「――あえ!?」
路地で挟まれた少女が、焦りながらリアンとテルアの顔を交互にうかがう。
すると、あっ、と何か思い出したという素振りで、手に持っていたコンパスのような物を見た。
その行動に小首を傾げるリアン。
「――あっ! おまえ、華色か!?」
少女がリアンを見ながら叫んだ。
「――え!?」
リアンが意表を突かれた瞬間、少女の体に縄が降る。
「え? ――ぐぎゃ!?」
特に何かする様子もなく、少女は瞬く間に縛り上げられた。
ぼてっ、とへたり込み、後ろに倒れそうになったところをテルアに支えられる。
「悪く思うなよ、おとなしく話せば解放してやる」
テルアが落ち着いた低い声で言った。
どうやら近くにあった縄で縛ったらしい。
「ちょっとテルア、そこまでしなくても――っていうかまんま悪人のそれなんだけど……」
「華色のことを知っている。念には念だ」
リアンの言葉を遮るように、テルアが言った。いつになく、真剣な表情をしている。
「なんなん、おまえは!?」
少女が後ろのテルアを見てばたばたと喚く。
「先にこっちの質問に答えろ。おまえの目的は何だ?」
少女の目線までしゃがんだテルアが、鋭い目つきでたずねる。
「うちは華色に花の魔力もらいたいん! それで父ちん助けるん!」
「「花の魔力を……?」」
リアンとテルアが同時につぶやく。
「そうなん! だからさっさとこの縄を――」
そう喚いて暴れていた少女だったが、途端にふらふらとうなだれた。
「え? どうしたの?」
リアンが心配そうに聞くと――
『ぐううううぅぅ…………』
少女のお腹が鳴った。
「「…………」」
「もうだめなん……世界の終わりなん……」
少女が縄に縛られたまま、うつ伏せで最後の言葉を漏らす。
どこかであったような流れに、調子を狂わされるふたり。
リアンとテルアは顔を見合わせると、緊張の糸が途切れたように、大きなため息をついていた。
◇
路地から近くのレストラン。
しきりがある人目のつかない隅の席で、ふたりはさきほどの少女と向き合っていた。
「うんま! こんな料理めちゃ久しぶりなん!」
少女は運ばれてくる料理を次々に口に運んでいる。
「……何でおまえに奢ってやらなきゃなんねえんだよ……」
テルアが片手で頬杖をつき、半目で睨みながらつぶやく。
「まあまあ、お腹いっぱいになったら気分がよくなって話してくれるかもしれないじゃん」
リアンがなだめるように言う。
「そうなん! 腹が減っては――ん? あー……うん!」
少女は少し頭を捻るも、すぐに考えるのをやめ、食事に戻った。
「おい……ほんとにこいつから話なんて聞けるのか?」
「……いざとなれば、尋問だよ」
リアンが無邪気な笑顔で拳を握る。
「おまえのそういう、都合が悪くなったら力押しなとこ、師匠にそっくりだよな……」
テルアはカルミラに殴られた日々を思い出しながら、うんざりしたようにつぶやいていた。
「で、あなた名前は?」
少女が食べ終わったころ、リアンがたずねた。
「うち、ユニア! ユニア・アルシャーノ! 華色のおまえは!?」
ユニアと名乗った少女が、身を乗り出しながらリアンに向かって聞いてくる。
「近い近いって――」
グイッ、とユニアの頭を掴んで押し戻し、
「私はリアン、こっちはテルア。っていうか、もう少し小声でお願いね。結界は張ってあるけど」
テルアのほうを指さしながら忠告する。
「おけ! リアちん、これに花の魔力を入れてほしいん!」
「リアちん……? 私?」
そう言ってユニアは、隣に置いていた武器らしき物を差し出した。
さきほど背負っていた物だ。
「待て待て、まずは話を聞いてからだ。いつからつけていた? どうしてリアンが華色だとわかった? えーっと父親……? を助けるってどういうことだ?」
「……いや、あんたが尋問してんじゃん……人のこと言えないっつーの」
テルアの怒涛の質問に、リアンが呆れながらぼやいた。
「え? んえ……?? おえ?」
テルアの詰め寄るような問いに、ユニアは変な声を上げながら目を回している。
どうやら混乱しているらしい。
結局、リアンが一つひとつ丁寧に聞き出していた。
「えっと、うちは華色の錬金術を使う家系なん。錬金術で武器とか道具をつくってたって父ちんが言ってた。これもうちの家系の人がつくったやつ」
落ち着きを取り戻したユニアは、自らのことを話していた。
そうして路地で手に持っていたコンパスのような物を取り出す。
「これは……?」
リアンがのぞき込みながら聞いた。
「華色の魔力を探す道具。昔の道具だから仕組みはわかんない」
「ふーん……」
横からテルアが手に取って訝しげに眺める。
「……テルア、どう?」
「……たしかに、本物っぽい仕組みしてるな」
リアンの問いに、テルアが魔法書を読むときの表情で答えた。
「それで、こっちが母ちんのつくってくれた武器――華装機って言うん」
「「華装機……?」
ユニアがさきほど背負っていた武器をテーブルに置きながら言う。
聞きなれない言葉に、リアンとテルアは顔をしかめる。
それは、ぱっと見ではゴツめのメイスのような形をしていたが――
「こうやると……」
ユニアが華装機を手に取ってなにやら操作すると、
――ガシャン!
――ジャキン!
「「!?」」
華装機の先端部分が変形し、大きなハンマーのような形になった。
「変形する武器なん!!」
ユニアが武器を掲げ、ドヤ顔で叫んだ。
「はあ……」
呆然と声を漏らすリアン。
それがどうしたというのだろうか。
そのまま次の質問をしようとしていたときだった――
「はあああぁぁ――――!? すっげ――――!! なにそれ!?」
「……へ?」
テルアが大興奮といった様子で立ち上がった。
「発動認知係数の起動式と連動させてんのか!? かっけ――!!」
目を輝かせながら身を乗り出すテルア。
また始まった、とそれを見たリアンが片手で頭を抱えていた。
「おお! おまえもこのかっこよさがわかるん!?」
「ったりめーだろ!? で、ここの変形部分なんだけど――」
なぜか急に意気投合するテルアとユニアに、リアンはうなだれながら、深いため息をついていた。
「で、どうしてその華装機に花の魔力を入れるの?」
リアンが仕切り直したように、ユニアに聞いた。
横ではテルアが、頭にたんこぶをつくってテーブルに突っ伏している。
「華装機は、花の魔力を……使うことを前提としてる武器なん……」
目の前でおもいっきり殴られたテルアを見て、震えながら答えるユニア。
その話を聞いて、少し考えながらリアンが聞く。
「……でもさ、ユニアちゃんも華色なら、花の魔力持ってるんじゃないの?」
「……うちの家系は錬金術、それも武器をつくることに特化してるん。花の魔力持ってないん」
そう言って少しうつむくユニア。
「いってぇー……んで、それがどうして父親を助けることになるんだ?」
テルアがうめきながら体を起こし、ユニアに聞く。
「花の魔力を使った華装機は、ちょー強いん! それであいつらやっつけて父ちん助けるん!」
「「あいつらって?」」
ふたたびふたりの声が重なる。
「父ちんはあいつらに脅されて、変な武器つくらされてるん……」
うつむいたまま、拳を握りしめるユニア。
そんなユニアを、テルアが華装機を見ながら、確かめるように聞く。
「……それって、黒い魔法陣が出たりするか?」
「――っ!! それなん!」
ユニアが目を見開きながら身を乗り出した。
それをテルアが、じゃれあう動物をなだめるように押し戻しながら聞く。
「それで、そいつらの名前は――?」
座り直したユニアに、リアンとテルアの真剣な視線が向けられる。
雰囲気に釣られたのか、ユニアも真面目な口調になり、
「父ちんが言ってたん……組織の名前は”ルヴァンシュ”。遺跡に封印された邪龍を復活させて、この町を滅ぼそうとしてるって――」




