第24話 いつものふたり
「……は?」
突然の出来事に、食堂内に沈黙が訪れた。
フードから顔を現したのは、まだ十代半ばくらいの少女である。
顎のあたりまで伸びた桃色の髪に、右のこめかみあたりを白い毛筋が流れていた。
この状況で何を言い出すのかと思えば、盗賊たちを捕まえると言っているのだ。
若干の間があったのち、まわりを取り囲んでいた下っ端のひとりが噴き出した。
「ぶっはははははっ!! おいおい、嬢ちゃん! 急に何かと思えば、俺らを捕まえるって? 冗談も大概に――」
そう言いながら、下っ端の一人が後ろから少女の肩を掴もうと手を伸ばした。
瞬間、少女が小さく肩をすくめ、手に持っていたリンゴを真上に投げると――
「なっ!? おわあ!?」
下っ端の手を掴み、引っ張るように前に押し出した。
軽く宙に浮いた下っ端に、少女が涼しい顔をして手刀を繰り出す。
「がっ!?」
首の後ろに、トンッ、と触れられ声を失う。
少女は気絶した下っ端がそのまま落ちないよう、掴んでいた手でゆっくりと下ろした。
動作の流れのまま、落ちてきたリンゴを手に取る。
「も~……ちょっとは話、聞いてほしいんだけど」
唇をへの字にしながら言った。
むうぅ、と不満そうに下っ端を見下ろす。この状況でも特に危機感はないらしい。
「てめえ、何しやがった!?」
盗賊たちに動揺が走った。まわりの下っ端たちがうろたえて再度武器を構える。
しかし、下っ端たちの動揺を鎮めるように、
「……へえ……嬢ちゃんなかなかやるようだがな、そんなに調子ん乗ってていいのか?」
盗賊のリーダーが、悪党らしい笑みを交えながら言った。
「こっちには人質がいんだぞ? 向こうの部屋にガキを縛ってある。しかもそこにも一人仲間がいる……これがどういう意味だかわかるか?」
「……んー、子供たちを殺されたくなかったら、おとなしくしろってこと?」
だが少女はそれでも表情を変えない。
「そういうことだ。わかったら両手を頭の後ろに回せ」
「はーい……でもほんとにお仲間さん向こうの部屋にいるの?」
少女は聞きながら、言われた通り両手を頭の後ろに回す。
手に持っていたリンゴは大事そうに持ったまま。
「あ? 疑ってんのか? ――おい! ガキを一人連れてこい!」
盗賊のリーダーが、子供たちのいる部屋に向かって声を飛ばした。
全員の視線が集中する。
その隙に、少女はまたひとくちリンゴをかじり、さっと姿勢を戻す。
しん、と間のあったのち、ギィ、とドアが開いた。
しかし部屋から出てきたのは、少女と同じフードを被った人物だった。
「は!? 誰だてめえ!?」
「……子供は全員逃げたけど、仲間はこいつでいいのか?」
そう言いながら、フードを被った人物は、右手でずるずると引きずっていた下っ端を前に放り投げた。
さきほど魔石のような物を持っていった下っ端だ。
「おいリアン、今日は引きつけとくのおまえの役目だろ」
フードをかき上げながら言った。
現れたのは、青紫色の髪に、右のこめかみあたりに桃色のメッシュの入った――少年だった。
「あぁー……一人くらいなら大丈夫かなあって――」
言いつつ、ふたたびリンゴにかじりつく。
「……つーか、そのリンゴはなんだよ……」
「ん? んあぁ……なんほひうか……んぐ。あ、テルアも食べる?」
少女がおどけて笑う。
少年のほうはそれを見て、はぁ、とため息をついていた。
「ちっ、ふざけてんじゃねえぞ!」
怒りをあらわにした盗賊のリーダーが、少女に向かって大剣を振った。
その斬撃に食堂のテーブルが真っ二つになる。
「あ……」
何かに気がついたように、ひらりと避けた少女は、振り下ろされた大剣を見つめていた。
盗賊のリーダーは剣を避けられたことに軽く舌打ちをし、固まっている下っ端たちに向かって怒声を飛ばす。
「てめぇらもそのガキを始末しろ!」
「へ、へい! ――悪く思うなよ小僧!」
下っ端たちが少年に対して武器を構える。
何人かが手にしていた黒い短剣のような物から、黒い魔法陣が浮かんだ。
「……それか」
少年がそれに反応するように鋭く睨むと、素早く右手を前にかざした。
すると、まがまがしく浮かび上がっていた黒い魔法陣が、砕けるような音を上げ消えていった。
「なっ!? はあ!?」
「悪りぃな」
少年がしたり顔で笑う。
下っ端たちが武器を振ったり叩いて困惑の声を上げていた。
「ちっ、ちょこまかと!」
盗賊のリーダーが何度も剣を振るうも、少女はひらひらと花びらのように避けていた。
「……」
少女は剣筋を見つめながら、しばらく黙って避けていた。
が、剣が止まったのを見て探るように喋り出した。
「……おじさん、どこかの国の兵士出身でしょ」
意外な少女の言葉に、盗賊のリーダーの表情が歪んだ。
「……だからなんだってんだ」
「なんで盗賊なんかやってんの?」
「――おまえには関係ねえだろ!」
その言葉に激情して大きく振りかぶった。
少女に向けて振り下ろされた大剣は、食堂のイスを破壊し、大きな音を上げる。
しかし少女は涼しい顔のまま、盗賊のリーダーの横を通り過ぎるように避けると――
「――がっ!?」
一瞬の隙をついて、首の後ろに手刀を決めた。
「……おじさんならすぐに起き上がれるよ――」
少女の言葉を背に受けながら、盗賊のリーダーは床に倒れた。
生きているのを確認すると、あっ、と声を上げて視線を移す。
少年のほうを振り返ったときには、下っ端たちは全員伸びていた。
「ありゃ……終わってたか」
変わらぬ余裕の表情でそうつぶやくと、戦闘中も大事に持っていたリンゴを少年に向けて投げた。
「おまえが遊んでるからだろ」
少年は不満げに言いながらもリンゴをキャッチすると、そのままかじりついた。
「んじゃ、ししょー呼ぶ前に、軽く後処理しちゃいますかーっと」
んんっー、と伸びをしながら少女が言う。
いつの間にか、食堂内の張り詰めた空気はなくなっていた。
◇
「――くそ、なにもんだ……てめえら」
少女たちが何やらごそごそとしているうちに盗賊のリーダーが目を覚ました。
「あ、ほんとに起きた」
意外そうな声でつぶやいた少女は、盗賊のリーダーのもとまで歩いていくと、その場にしゃがみ込んだ。
「もうこんなことしちゃだめだよ?」
「……ふん、どうせもう俺らは――」
「この国はずっと人手不足だからさ、特に強い人。ちゃんと反省したらいい仕事もらえるよ」
「はあ……? 何の話してやがる……」
少女は気にせず続ける。
「あの武器と魔石、どこで手に入れたの? ……ちゃんと話してくれたら、あとから来る黒髪の恐いおば……お姉さんがいいようにしてくれるよ」
途中言い直しつつ、少年が回収していた物を指さして言う。
「……なんでそんなこと……」
「私はね、みんなと仲良くなれたらいいなーって思ってるの。ま、いろいろあるんだろうけどさ――」
少女はそう言って、にい、っと笑っていた。
それを見た盗賊のリーダーは、うつむいたまま、黙り込んでしまった。
しばらく見つめていた少女も、軽くため息をして立ち上がった。
そのまま窓のほうへ歩いていく。
「――まて」
盗賊のリーダーが少女の背中に向かって声をかけた。
「ん?」
「……東にあるロントリアの町だ。そこで怪しい魔導士のような恰好をしたやつから貰った……。適合する子供と引き換えに報酬を出すと言っていた。それ以上は知らねえ」
ぽかん、と聞いていた少女は、さきほどの問いに答えてくれたことに気づくと、
「――ありがと」
そう言ってやさしげに微笑んでいた。
「あ、そだ。華色って知ってる?」
少女が思い出したように、ついでの話をしたつもりだった。
「華色……? そういえばロントリアでもそんなこと聞かれたな……お前らよりもう少しちっこいガキに――」
「「――!?」」
そこで初めて、少女と少年の表情が変わった。




