第14話 勉強会は進まない
リアンとテルアが仲直りをして、絵本の魔法をやって、賑やかな家族の夕食を囲んだ、翌日の午前。
三人と一匹はリビングのテーブルについていた。
リアンとテルアは横に並んで座っており、テーブルの向こうにはカルミラが座っていた。
そしてテーブル端の上には、小さくなったソラが居眠りをしている。
今日はカルミラによる勉強会をやるらしい。
「なあ……修行は?」
がっかりした様子のテルアが、テーブルに突っ伏して聞く。
「強くなるのも大事だが、せめて簡単な事情は知っとけ」
「おべんきょう、がんばるっ!」
リアンのほうは、白い紙とペンを用意してやる気満々だ。
テルアは早く修行がしたいらしく、不満げに頬杖をしている。
「まずは華色と四天についてだな」
カルミラが椅子にもたれかかって腕を組み、ゆっくりと話し始めた。
「この世界には四つの大きな大陸がある。それぞれ名前を――」
言いながら、リアンとテルアの顔を見たカルミラが急に固まる。
「いや……。四つの大陸はそれぞれ、北の大陸、東の大陸、南の大陸、そして私らがいるここ、西の大陸に分けられる」
「え? 名前は?」
テルアが不思議そうに聞く。
「おまえらに言っても、また変な覚え方されるだけだからな」
「師匠……俺らのことなんだと思ってるんだよ……」
不服そうなテルアの表情は気にせず、カルミラは続ける。
「昔から、四つの大陸にはそれぞれ守護者のような一族がいた。それが四天と呼ばれる四つの一族だ」
テルアが興味なさげににうなずく。
リアンは何やら一心に紙に書いている。
「強い力を持っていた四天は大陸内部だけでなく、大陸間の均衡も担っていた。おかげで、世界の平和は保たれていた――」
「あ、その一族の一つが華色ってことか」
「まあ、そうだ。ここ、人間族が住む西の大陸を治めていたのが華色だ」
「ほかは!? ほかの大陸の四天は!?」
なぜかそこにだけ興味を示すテルア。
「エルフ族の住む北の大陸――”翠色”、魔族の住む東の大陸――”混色”、獣人族が住む南の大陸――”獣色”だ」
「あ! じゃあこんまいめいきは混色ってことか!」
「……なんでそういうとこだけ物分かりがいいんだよ……あと昏冥九秋な」
カルミラが呆れた口調で言う。
「いやぁ……強いやつの名前とか二つ名を聞くだけでテンション上がるっていうか、なんというか」
テルアが頭をかきながら楽しげに喋っていると、
「――できた! みてみて! ねてるソラ!」
今度はリアンが楽しげな顔で、テルアとカルミラに見せるように紙を広げた。
そこには居眠りしているソラの絵が、八歳児の名画力で書かれていた。
さきほどから夢中になって書いていたのはこれだったらしい。
「えぇー? ソラこんなに細くないだろ、もっとこう、どでーんって――」
テルアが椅子の上に立ち、身振りをすると、それを見たリアンが声を出して笑う。
まったく話が進まないこの状況に、カルミラは今日も今日とて、大きなため息をついていた。
◇
「でだ、四天の話だ」
カルミラは腕を組みながら、ふたたび勉強会の続きを始める。
テーブルに突っ伏したリアンとテルアの頭には、大きなたんこぶができていた。
「しばらくはそれで大陸間の平和と秩序は保たれていたんだが……華色のある人物によってそれが破られることになる」
「いってぇ……ある人物ぅ?」
頭に手を当てながら、テルアが聞く。
「それが、当時の華色の長、”シャリテ・ルーリイン”だ」
テルアはその名前にどこか聞き覚えがある気がした。
「どんな理由があったかは知らんが、シャリテは、ほかの四天の長と揉め事を起こし――」
「……やられたのか?」
聞いていたテルアが、うかがうように聞くが――
「いや……ひとりで、四天の長、三人を相手にねじ伏せた」
「マジかよ……長って強いんだろ?」
「ああ、七賢者や昏冥九秋なんぞよりよっぽどな」
「でも、なんでそんなこと?」
「さあな……ともかく、それがきっかけで、四天のあいだに亀裂が入り、華色は責任を感じて少し身を引くようになった。それが数百年ほど前のことだ。そのあとは、目立った揉め事は起きていなかったんだが……」
カルミラが目を細め、真剣な口調に変わった。
「十年ほど前から、何やら裏で動いてるやつらがいることがわかってきた。華色やほかの国のやつらも、いろいろ調べてはいたんだが……そのころには華色もだいぶ衰えていてな……」
だんだん話が長くなってきたせいか、リアンもテルアも難しい顔をしている。
「そして六年前、一部の混色とその裏のやつらによって、華色の国を滅ぼされた」
「それでリアンが……」
テルアが少しうつむきながら、テーブルの下で拳を握りしめる。
「かしょくのひとたち、わるいことしたの……?」
ずっと黙っていたリアンが不安げに聞いた。
「いや、そんなことはねえよ。最後まで国や大陸の平和のために戦ってたさ……」
カルミラがやさしげな口調で返すと、リアンは安堵の表情を浮かべていた。
「なあ、シャリテって、もしかして……」
しばらく、うつむいて考えていたテルアが、カルミラに視線を向けながら先を促した。
「ああ、リアンの先祖だ」
「え? おかあさん!?」
よくわかっていないリアンが言葉の意味をたずねる。
「いや、おまえの母親の母親の、もっと母親の……ってやつだ」
カルミラがリアンにもわかるように説明すると、
「えっと……すごいおばあちゃん?」
リアンの言葉にカルミラは、まあそうだな、と笑ってうなずいた。
さらにカルミラが続ける。
「シャリテ――つまりルーリインの家系は、髪の色に特徴があってな。桃色を基調とし、それを分けるように白い毛筋が入っている」
それを聞いたリアンとテルアが、あっ、と声を上げる。
「その目立つ髪とシャリテの揉め事、そこに裏のやつらの介入があって、一部の地域では桃色が嫌われてたりもする。おまえらがいたフラミールの町なんかがそうだな。もっともルーリインのことまでは、もう誰も覚えちゃいないが」
カルミラの語った言葉に、リアンがうつむく。
自分がなぜ嫌われているのか、少し知ってしまったのだ。
うまく言葉にできない不安がのしかかる。
「ごめ――」
無意識に謝罪の言葉が出そうになったときだった、
「すげーじゃん!!」
テルアが大きな声でリアンに言った。
えっ、とぽかんとした表情でリアンが顔を上げる。
「リアンのかあちゃんと、すごいばあちゃんは華色の偉い人で、世界を守ってたんだろ?」
テルアが、まるでリアンを励ますかのように話す。
「だったら、リアンも絶対強くなれるし、悪いやつもやっつけられるって!」
「まあ、そうだな。もう過去のことだ、おまえがそれを気にする必要はない」
テルアのあとにカルミラも続いた。
ふたりのその言葉に、リアンは少し目を潤ませながらも、力強く答えた。
そうだ、昨日決めたのだから、と。
「――うん!」
◇
その日の夜。
リビングで寝てしまったリアンとテルアに、ソラが毛布をかけていた。
器用に羽を使っている。
結局、勉強会は午前中のみで終わった。
午後はソラを起こして、ふたりと一匹で遊びに出ていき、帰ってからは夕食を取ったあとすぐに寝てしまったのだ。
「ほんと世話の焼けるやつらじゃの」
椅子に座っているカルミラのそばまでいき、愚痴をこぼす。
「ずいぶん仲良くなってんじゃんか、”ソラ”」
カルミラは何やら書類をいじりながら、愉しそうにソラに話しかけている。
「ふん……。で、明日は行くんか?」
「ああ、報告もだが……直接会って確認してみないことにはな」
「っちゅーと、やはりテルアが……?」
ソラの意味深な問いに、カルミラが真剣な口調で答えた。
「ああ――”御星”かもしれない――」