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第13話 かぞく

「ばいばい! とりさん!」


 魔物だった鳥にリアンが手を振っている。

 リアンがもとに戻したいと言うので、テルアが以前のように、鳥の魔物に術式を付与してもとの元気な鳥に戻していた。


 空はまだ青いが、そろそろ日が傾きかけるころだろうか。

 宙を舞っていた花びらも、ほとんど地面に落ちていた。

 あたり一面に桜色が散りばめられている。


「そろそろ帰るかあ」


 伸びをしながらテルアが言うと、リアンとソラもそれに答える。


 支度を整えて、リアンとテルアを乗せたソラは、ぬかるんだ地面を軽快に走り出した。




「……ねえ、ソラとばないの?」


 少しがっかりしたような口調でリアンがたずねる。


「また魔物に目つけられたらたまらんしの。それに飛ぶのは結構のう……」


 ややぼかしながら、ソラは疲れたような口調で喋った。


「てか……走ってるほうが速くね?」


「やかましい! 降ろすぞ小僧が!」


 ちゃちゃを入れるようなテルアにソラが怒鳴ると、ふたたび賑やかな空気が戻っていた。

 

 





 家の近くに着いたころ、空はあかね色に染まっていた。


 夕日を見上げるリアンの表情はどこかうれしげだった。


 その後ろで、頻繁に船を漕ぐテルア。

 昨日からの作業でほとんで寝ていなかったらしい。

 そんなテルアを気遣ってか、リアンとソラは途中から小声で会話をしていた。




 家の庭に入り、リアンとテルアが、ソラから降りているときである。

 背後から怒気がこもった低い声がした。


「よう、おかえりぃ……クソドリにガキども。盛大なお花遊びは楽しかったかあ?」


 唇の端をぷるぷると震わせ、引きつった笑みで迎えてくれたのは、般若カルミラだった。


 ふたりと一匹が青ざめる。


 よく見ると、家のまわりや屋根の上にも、桜の花びらがつもっていた。

 カルミラの片手にはほうき

 庭の端には花びらの山。

 黒く長い髪からヒラリと落ち、踏みつけられた花びらは、ふたりと一匹の運命を物語っているようだった。


「いやっ、わしは被害者じゃからな!? 巻き込まれた側の――」


「これは、その……そう! 世界の運命を――」


「ちがっ、だんだんさん! テルアは――」


 それぞれが弁明か弁解かよくわからない言葉を羅列する。


 しかしカルミラはそんな言葉を聞く気はないようで、大きくため息をすると、


「……まあいい、夕食できてるから、さっさと中に入れ」


 それほど怒ることもなく、家の中に入っていった。




 ふたりと一匹は、ほっと胸をなでおろした。

 それぞれ地面にへたり込む。


 すると、テルアが何か思い出したようにリアンに語りかけた。


「晩飯、何だろうな?」


「ごはん?」


 どこか愉しげに言うテルア。

 リアンは首を傾げながら、不思議そうにテルアの顔を眺めていた。




「よっと」


 ソラが玄関の前で声を出したかと思うと――するすると身体が小さくなっていき、リアンとテルアの半分くらいの大きさになった。


「ええっ!? ソラちいさくなれるの!?」


 リアンが驚きの声を上げる。


「だろうな」


 テルアのほうは知っていたみたいな様子だ。


「ふふん! どうじゃ? すごかろうが!」


 ようやく自分の能力で驚かせることができて、ソラが満足そうに笑う。


「あ! じゃあソラもいっしょに、ごはんたべれる!」


 リアンがうれしそうに言うと、家の中からカルミラの急かす声が聞こえてくる。


 ふたりと一匹はようやく家の中に入っていった。




「あ――」


 テーブルに並べられた夕食を見たリアンが、小さく声を漏らした。

 四人分で用意されていた夕食のメニューは、シチューだった。


「アホみてぇにつくったからおかわりして食えよ。どっかのガキがあんまり言うもんだからな」


 カルミラがテルアのほうに視線をやると、テルアは、ぷいっと目を逸らしていた。


「だんだんさん、テルア……」


 リアンが潤んだ声で名前を呼ぶ。


「しかし……いい加減名前なんとかなんねえのか……?」


 カルミラがややうんざりしたように言いながら息を吐くと、


「あっ、じゃあ――師匠になってくれよ!」


 横からテルアが言った。


 なんでだよ、とカルミラが返すと、テルアが真剣な表情で言う。


「俺、強くなりたいんだよ。だから、カルミラさんにいろいろ鍛えてもらいたいんだ!」


 テルアの言葉に、リアンが遅れないように続く。


「わ、わたしも! テルアのことまもれるように、つよくなりたい!」


 テルアの横に並び、リアンも真剣な表情でカルミラを見つめる。


 カルミラはしばらくそんなふたりを見下ろすと、あきらめたようにつぶやいた。


「はぁ……わかったよ。どうせある程度はしごくつもりだったしな。言っとくが手加減するつもりはないからな、覚悟しとけよ? ”リアン”、”テルア”」


 その言葉に、ぱあっ、と明るい笑顔を浮かべるふたり。


「師匠!」「ししょー!」


「まあ、ようやく呼び方も安定しそうだしな……」


 カルミラはそう言いながら苦笑すると、冷める前に食うぞ、とふたりにテーブルにつくよう促した。


 さらにカルミラは椅子に座りながら、


「あと、喧嘩もほどほどにしろよ? しばらくはここで暮らす家族みてえなもんなんだから、仲良くしてろ」


「かぞく……?」


 リアンが放心したようにつぶやいた。


「だな、家族!」


 テルアが両手を腰にあて、横から強調する。


「おまえさんが一番わかってないんじゃろうに……」


 今度はソラがさきほどの仕返しとばかり、ちゃちゃを入れる。

 するとテルアがさらに――と、話は毎度のように脱線していった。

 テルアとソラの言い合いを聞いていたカルミラが、「一番わかってねえのはテメーらだよ」と怒鳴る。


 リアンはそんな光景を、潤んだ目で、笑って眺めていた。




 その日の夕食は賑やかだった。


 リアンは絵本の魔法や、髪飾りのことをカルミラに話し、

 テルアは絵本の魔法の術式が――と楽しげに喋り、

 ソラはあんな危なっかしいこと、二度とごめんだと喚き、

 カルミラはそんなふたりと一匹に呆れつつも、穏やかな表情で話を聞いていた。






 リアンが、いつしか夢見た光景だった。

 あのときとは、ちょっと違うけれど。


 叶うはずのないものだと思っていた。

 知らない世界のはずだった。


 本物の家族ではないかもしれない。

 でも、今ここで感じられる温かさはだけは本物だと思った。


 そして今一度、強く思う。必ず守ると。

 テルアがそう言ってくれたように。


 きっとおかあさんもそう望んでくれているはずだから。

 だって、書いてあったのだから、”がんばってね”って。


 一言だったけど。

 何て書いてあるのか知るのにずいぶんかかったけれど。

 がんばってよかったと思った。

 これからも、”がんばるっ”から!




 その日食べたシチューは、今までで一番、幸せの味がした。

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