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007 Hello PK

そして何も進まない。

 俺は取り敢えず叫んだ事で落ち着きを取り戻し、周りの状況をもう一度確認する。出入り口は前方最奥に一つだけ有る様で、その前には開けた広場が有り、一人の恐らくPK(プレイヤーキラー)プレイヤーが、新人達を貪り食おうと待ち構えている。男は顔色の悪さから恐らく幽人族の屍食鬼グールで、ゾンビと同じ様に人肉を主食とするがゾンビとは違い体は腐ってはいない種族だ。肌の色は悪く、瞳の虹彩は朱く輝き、瞳孔は縦に割れ、口からは二本の牙が生えている。


 男の恰好は全体的に黒く、黒のケープを着てフードを被っていた。武器は右手に刃渡り10cm程の短剣と、左手に身を隠す程のタワーシールドを持ち、新人達を待ち構えている。どうやら自分から動く気は無い様だ。PKだったら普通、もっと動き易い恰好をするんじゃないだろうか? 逃げる事だって有るだろうし……、暗殺者のイメージと被っているだけか?


 男の周りには既に幾つもの死体が転がり、それが時折光のポリゴンとなって消えていく。……こっちに来て最初に知るのがプレイヤーの死亡エフェクトか、何ともおもむきが有るな! 冗談はさておき、そんな状況を様々な種族の新人プレイヤーが取り囲み、我先にこの場を抜け出そうと画策している様だが、どうやら、それは上手くは行っていないらしい。因みに、装備が皆似た様な物なので、恐らく新人だろう。


 今も一人の無人族の男性が、他のプレイヤーがやられたのを見て、その隙に抜けようと飛び出していた。素早さはそれなりに有る様で、PKを抜け入口に辿り着くかに思われたが、PKの男が『タウント!』と言葉を発し、盾を短剣で打ち鳴らすと、盾から光で出来た鎖が飛び出し、一瞬の内に盾と無人族の男性を繋いでしまった。


 その結果、無人族の男性はPKから一定以上、離れる事が出来なくなった様で、動揺している内にPKから攻撃を受け、一撃で倒されてしまったのだ。その結果を受け、不利を悟ったプレイヤーが口々に罵倒を投げかけるが、PKの男はそれを楽しそうに嘲笑っていた。


「クソが!! やっとプレイ出来るってのに、こんな所で邪魔すんな糞PKが!!」

「お前の相手する為に来たんじゃねーよ! さっさと巣に帰れグール野郎!!」

「ば、ばーかばーか! おたんこな~す! あ、あほーーー!」

「へっへっへ! 雑魚の罵倒は心地良いねぇ! 悔しかったら実力で倒してみろよ雑魚共ーー!」


 ……何か一人、罵倒し慣れてない奴が必死で加わってるな。周りの奴らも気が削がれるのか、チラチラとそのプレイヤーを気にしているし。何人かは顔を背けて肩を揺らしている。


 それよりもPKの男、……面倒なのでグールのグー助で良いか。グー助とは結構レベル差が有りそうだな。まぁ、二期組が今日から開始なのを考えれば、グー助は間違いなく一期組だ。


 『SEVEN'S WALKER』の中では時間は二倍の速度で流れる。脳波を読み取り、情報のやり取りをする事でゲームをプレイするので、やり取りする情報量を増やせば、体感における時間の流れを速くする事も可能なのだ。サービス開始が約一か月前という事を考えれば、二期組とは既に二ヶ月分の差が有る事になるので、レベル差が有るのも当然だろう。


 ……さてどうするか。グー助を良く見ればケープの下に金属鎧を着て、フードの下にも顔の所は空いているが兜も着けている様だ。えらくガチガチだな。そのせいで、こちら側の攻撃は全く通っていない様だし。遠距離から魔法を撃っても、大盾に身を隠してダメージを負ってない様だ。この入口が一つしかなく、大勢の新人がスタートする今日じゃなきゃ出来ない状況だな。


 ん~~~。ぶっちゃけ相手にしなくても、何とかなりそうではある。窓の位置が高いので難しいが、俊敏特化のハクちゃんなら、行けなくは無いんじゃないかな? と。実際出来るかどうかはやってみないと解らないが、こんな面白イベントを態々(わざわざ)逃す必要も無いだろう。折角、何の憂いも無く対人戦闘が出来るんだから。


 因みにグー助の居る入口と、今居るここは距離が離れている。グー助は入口から動く気が無い様なのでここは安全だ。その為、のんびりと考えていられる。そうやって周囲の状況を確認していると、俺の隣にポリゴンが集まる様に屈んだ姿勢の男が現れた。まぁ、その前から少し離れた位置に何人も現れていたのだが。新人はここで復活リスポーンするらしい。町で復活すれば問題無かったのにね~。


 ともかく、隣に現れたのはさっきグー助にやられた男性だった。その男性は短髪で金髪碧眼の、THE!王子様! という、絵に描いた様なイケメンの男性だった。どことなくアイシャに似ている気がするが……というか、もしかしてポンコツ(アイシャ)を参考にしたのか? 随分と奇特な人物である。その男は復活すると地面を叩き、悔しそうに口を開く。


「くそ! 後少しだったのに! 巫山戯んなよ雑魚PK! 新人しか倒せない雑魚の癖に!」


 その言葉に引っ掛かりを覚えた俺は、取り敢えず彼に話しを聞いてみる事にする。


「あやつの事を知っておるのか? モブ男よ」

「ん? ……え!? モブ!? モブ男ってまさか俺の事!?」


 無人族男性、改めモブ男はそんな事を言って動揺する。


「当たり前じゃろう? お主以外に誰がおると言うんじゃ、モブ男よ」

「当たり前じゃ無いだろう!? 良く見ろよ! めっちゃイケメンだろーが! 大体、俺にはアレクサンダーって言う格好良い名前が有るんだよ!」


「そうか、ワシはハクじゃ。全く、モブ男はカリカリしていてカルシウムが足りておらんな、骨を食え骨を。猪の骨なんかがお勧めじゃぞ? ゴリっと一本イッておけ」

「食えるかぁ! ってか人の話し聞いてねーな! アレクサンダーだって言ってんだろ!」


 聞いてはいるぞ? 応える気が無いだけで。

 それに、お前がモブなのは揺るぎの無い事実なのだ!


 俺はその悲しい事実を、モブ男に告げる事にする。本人が目を背けたくても目を向けなければいけない事実を告げるのは、何時だって大人の役目だからだ! 俺だってとても辛いが……、心を鬼にして! 本人の為には伝えるしかない! 尻尾フリフリ♪


「よいか? モブ男よ」

「良くは無いけど……、何だよ」


 モブ男は不機嫌そうだが、人の話しはちゃんと聞く様だ。良い子だな、ウケる。

 俺は敢えて、噛み締める様にモブ男へと語り掛ける。尻尾フリフリ。


「お主は……、確かにイケメンじゃ。じゃがな? ここまで来たお主ならば、理解出来る筈じゃ。周りを良く見てみよ。解るか? ここにはな、美男美女しかおらんのじゃ。普通の人など……、態々(わざわざ)誰も作りはせんのじゃよ。普通の人(そんな者)、何処にもいはせんのじゃ」


 そう言って、俺は周りを見渡す。そこには現実以上に多種多様な人種が大勢居た。THE!森人族エルフといった長耳で弓を背負った美女から、渋みの有る無人族の男性、果ては3mを超すいわおの様な巨人に、キラキラと光り輝く愛らしい小さなフェアリーまで、方向性は様々だが一つ確かに言えるのは、全員、見目が整っている、という事だ。エルフの女性が気付いて手を振ってくる、振り返しておこう、尻尾もフリフリ。


 ……というかさっきの渋い男性、格好良いな! 身長は170cm後半位でやや高め。歳の頃は三十半ば頃、黒髪黒目で髪は視界の邪魔にならない様後ろで括っているが、キッチリと纏めている訳でも無く僅かにボサッとしている。だがそれが、良いバランスで男性の渋みを演出していた。鼻には真横に一文字の傷が有り、顎には無精髭が生えている。服装が初心者装備なのは惜しいが、まぁ仕方ないだろう。そしてその腰には、黒い鞘に納められた一本の刀を差していた。正に刀に生きる武士! といった風情のナイスガイだ。


 まぁ、今は取り敢えず置いておこう。今はモブ男だ。モブ男は俺に言われた通りに回りを見たが、何かに気付く事無く、不機嫌そうにしかめっ面をしている。なので仕方なく、とどめを……じゃなく、優しく労わる様に事実を告げる。尻尾フリフリ。


「普通の人がおらん美男美女ばかりのこの世界で、普通の人でしかない無人族のイケメンなぞ、個性の無いモブでしかない、という事なんじゃよ。解ったか? モブ男よ」


 そこで遂に、俺の言いたい事が解ったらしいモブ男は、目を見開き口をポカンと開け、再度勢い良く周りを見渡す。今の話しが聞こえていたらしい周りのプレイヤーは、サッ!と目を逸し動きを止める。周りも気付いてしまった様だ。ウケる。


 すると先程の渋い男性が、隣に居た若い無人族の女性にコソコソと話し掛け女性も小声で返していた。


「無人族の美女はモブなんだってよ。モブ美」

「うるっさいわね! モブで結構よ! でもモブ美言うな! 後、私は森人(もりびと)だから! エルフだから!」


「え? マジかよ」

「……悪かったわね、どうせ私は普通の女ですよ」


 どうやら二人は知り合いらしく、気安い間柄の様だ。そして少女は無人族だと思ったら森人族(エルフ)だったらしい。何か本人も普通な事を気にしている様子だし……、スマン、モブ美よ。(なまじ)、彼女の隣に先程のTHE!エルフ! な美女が居るせいで余計に無人族に見える。


 その女の子は高校生位の年齢で割かし普通の子に見える。という事は渋い男性も高校生位なんだろうか、まぁ詮索するのは無粋だな。それにしても何というか、女性の方は作り物めいた完璧さを余り感じない。そのせいで、余計にエルフ感が無いのだ。


 まさか、自分の姿そのままで始めたのか? だとすれば現実でも美人、というよりは可愛い系の女の子なんだろう。身長は150cm程度とやや小柄で、一応髪の色や目の色何かは金色に変えている様だが、あれだと知り合いが見れば解りそうだな。


 因みに、武器は棍と呼ばれる飾り気の無い身の丈を超える真っ直ぐな木の棒を使う様だ。そして、良く見れば耳がほんの少し尖っているので、本当に森人族(エルフ)の様だ。まぁ、耳が尖っているのが苦手な人も居るので変えたんだろうが、それなら普通に無人族にすれば良いのに。まぁ、個人の自由だな。


 そんな事を考えているとモブ男は辺りを見終わった様で、俺に視線を戻しガックリと肩を落とす。


「……俺、イケメンになって皆にチヤホヤされるかと期待してたんだけど、……こっちでもモブだったんだな。……ははっ。それなのに、名前はアレクサンダー何て、痛い奴じゃん」


 そうだよ?


 何て台詞は流石に飲み込んだ。まだ止めを刺す時間じゃなゲフンゲフン。……思いの外ダメージを負った様子のモブ男に、俺は心配そうな顔をして優しく慰める様に言葉を返す。なお、尻尾はブンブンと振られている。めっ! 大人しくしてなさい!


「大丈夫じゃ、誰も痛い奴だなどとは思わんよ。そもそも、モブだからなんじゃと言うのじゃ。人生において、そんな物は重要では無い。大事なのはお主が自分の行いに、誰(はばか)る事無く、胸を張れるかどうかじゃ」

「自分に……胸を張れるかどうか?」


 俺の言葉にモブ男は顔を上げ、こちらを見詰める。そんなモブ男に頷き、俺は言葉を続ける。尻尾フリフリ。


「モブだからと腐る事無く、努力を重ねる事が出来るならば、それはもう立派な一人の主人公じゃ。胸を張れ! 俯くな少年! 俯く暇が有るのならば、今、自分が成すべき事が何かを探し求め、努力するのじゃ! さすれば、お主は誰よりも光り輝く主人公と成れる筈じゃ!」

「俺も……、俺も頑張れば、主人公みたいになれるのかな?」


 知らないよ?


 という言葉を必死で飲み下す。モブ男の瞳に光が戻り、力強さが増した。こんな適当な言葉に感化されるチョロ男に、俺は少し心配になる。尻尾フリフリ。


「なれるに決まっておる! 努力は人を裏切らぬのじゃ! 自分が何者かというのは、自分が何を積み重ねて来たかで証明される! それ以外の謂れの無い評価など、ただお前の足を引っ張りたいだけの愚かな他人の戯言じゃ! 耳を貸してやる必要など無い! お主が努力する事を止めぬ限り、道は必ず開かれる!」

「努力の積み重ねが、自分自身の証明……。俺がモブなのは、俺が何もしてこなかったからなんだ。俺、やってみるよ! ハクさん! 何に成れるか何て今はまだ解らないけど、今のモブのままでなんて居たくないから!」


 モブ男は希望に溢れた瞳で俺を見る、そもそもお前が凹んだ原因は俺なんだが? 今なら壺を高値で売っても買ってくれそうな気がするが、持ってないのが悔やまれる。尻尾フリフリ。


「それでよい。……アレクサンダーよ。良い名では無いか、お主は誰に何も恥じる必要は無い。努力する大切さを知った今のお主には、これから無限の可能性が広がっておるんじゃからな。お主は今、成すべき事を成せばそれで良いのじゃ……。


 じゃからさっさとあのPKについて知ってる事を吐くんじゃ! アレクサンダーモブ男ぉぉぉーーーー!!」


 俺のあんまりな絶叫に、アレクサンダーモブ男は再度ポカンとした顔を見せる。何だアレクサンダーモブ男って、ちょっと語感良いの笑うわふざけんな。その語感がツボに入ったのか、その場に居て話しを聞いていた何人かが笑い始める。全く酷い奴らだ。少年が真剣に悩み、人がそれに答えただけで爆笑するなんて人の心が無いのか全く。尻尾ブンブン。


「ぶはっ! ひっでーマッチポンプ!」

「あっはっは! 落として上げた後に突き落とすのかよ! ひどすぎるこいつ!」

「ぐはっ! アレクサンダーモブ男! くっ付けんな!」

「ちょっと! くふっ、笑っちゃダメよ! ……ぶはっ!」


 周りのプレイヤーが思い思いに爆笑していると、僅かの間をおいてモブ男が再起動し、食って掛かってくる。


「な、何だよアレクサンダーモブ男って! せめてどっちかにしろよ!! ……いやモブ男じゃねーし!? 人が真面目に話しを聞いてたっていうのに……、ってかあんた! 終始尻尾振ってたよな!? もしかして最初から巫山戯てたのか!?」


 ハハッ! やっぱバレたか、正直な尻尾ちゃんだ! やっぱこれ人間関係に影響でるな、機能をオフにする気は無いけど! 尻尾は未だにブンブンと振られ続ける。


「ワシが巫山戯ていたじゃと!? そんな事はある!」

「無い訳!……いやあるのかよ!? 認めんなよ!!」


「バカめ! 尻尾でバレるのに、誤魔化した所で仕方ないじゃろうが!」

「ええ!? い、いや、そうだけど! ……そうだけど!!」


 俺のあんまりな言い分につい納得してしまったモブ男は、二の句を告げる事が出来ずに困惑した様に黙ってしまう。ふふっ、どうやらワシの完全勝利の様じゃな。今のやり取りを見て、周りで笑っていた者達は更に爆笑し、崩れ落ちる者も出る始末。楽しんで頂けて何より!


 俺は前途ある若者に、社会の理不尽さを教える事が出来、満足げに腕を組み尻尾を揺らす。その傍らでは、若者が何処か納得いかない様子で、うんうんと悩み頭を捻らせていた。


 入口付近では未だにグー助が元気に新人を狩り、阿鼻叫喚の地獄絵図。此方では何だか良く解らない内に若者が頭を悩ませ、それを見て爆笑する複数のプレイヤー達と、無駄に勝ち誇り高笑いをする白い狼が一匹。


 この場はカオスに満ちていた。

PK「あれ? 俺なんか無視されてね?」

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