006 旅立ち
漸く旅立ちます。いやぁ~、長かったな~。
……まだ読んでくれてる人いる?
Side ~アイシャ~
……イカレてる。
私はつい、そんな事を思ってしまいます。でも、それは仕方無いじゃないですか! 誰が今日始めたばかりの人が壊せないはずの壁を壊し、あまつさえ七天龍の一柱に傷を負わせる事が出来ると思うんですか!
ガイアルドさんがフラッとやって来た様に、ここは特別な隔離空間という訳では有りません。あの壁は飽く迄も、彼我を仕切っているだけで、無限の耐久を持つ訳ではないんです。
ないんですけど、それでも! 幾ら適当に設定したとはいえ! 取り敢えず初心者が壊せない程度の耐久力にはしたんですよ! それをハクちゃんはぁぁぁ!!!
何なんですか! 最初に魔技を撃った時に殆ど理想値を出してるんですよ! 確かに、その時「あれ? 意外とギリギリだったかも?」何て思いましたよ! でも「ギリセーフだから大丈夫ですね!」と思って安心してたんですよ!
だと言うのに! 何サクッと記録更新しちゃってるんですか!
アホですか! アホなんですね!? 違いました! イカレてるんでした!!
大体、何でガイアルドさんもノリノリで煽ってるんですか!
お陰でハクちゃんの変なスイッチ入っちゃったんじゃないですかぁぁぁ!
はあ…はあ…はあ……。
えっ? 私も前に焚き付けてた? それはそれです!
無詠唱での魔技の発動だって、さっきまではやってなかったのに……。それをぶっつけ本番で成功させるなんて……、そのせいで精霊達もテンション爆上がりですし……。
精霊ですか? 精霊はですね。目には見えませんがこの世界の全てに存在し、魔法の全てを制御し、実行する。魔法専用AI達の総称です。彼らが適宜調整する事によって、この世界では魔法を自由自在に操る事が出来る様になるんです。
ただし彼らは、ただ制御するだけのAIでは無く、開発者の趣味によって属性毎にそれぞれに性格が与えられているんです。それぞれの性格については今は割愛させて頂きますが、全体的には善良な性格で、悪事に魔法を使おうとする者には手を貸さず、何かに立ち向かう者には少し手を貸してくれる事が多いです。まぁ手を貸して貰えないと言っても、使えなくなる訳では無いんですけどね。
そしてそんな彼らは、それぞれの性格によって好む状況が有ります。
今回ハクちゃんが使ったのは風属性の魔法、即ち風の精霊達が今回の犯人です。
今回、彼らはハクちゃんにとても協力的だったのです。彼らの性格はズバリ『享楽主義』。世界を移ろう彼らは常に楽しい物を探し求めています。今が楽しければOK~な彼らは、楽しそうな事ならば思う存分協力してくれるんです。
この世界に来たばかりのハクちゃんが自分達の属性を使い熟し、楽しそうに練習する姿を見て、そもそも彼らのテンションは少し高かったんです。さらに精霊は自分の属性が使われていると、その場に集まってくる習性が有ります。精霊が集まる事によって、その場では精霊の属性に合わせた魔法が使い易く、強くなっていきます。その為、この世界では同じ場所で戦えば戦う程、戦いは激しさを増していく事になります。
今回の事件は、ハクちゃんが長時間練習する事で精霊達のテンションが上がり、更に集まっていた事で風魔法自体の威力が上がり易くなっている状況でした。
そこへ、余計な奴の登場。テンションが上がるハクちゃんに呼応する様に、彼らのテンションも急上昇。更に何故か余計な小芝居が始まり、弱者が強者に立ち向かう熱い展開に観客は大盛り上がり。
更に更に、弱者はぶっつけ本番で大技を成功させるという、あなたどこの主人公ですか? という展開に彼等の感情は最早ぶっ壊れたダムの如く……。彼らが手を貸さない何て事、有る訳が有りません。何なら我先にと群がる始末……。その結果、ダメージとしては更に倍近い数値を叩き出し……、見事、彼我を遮る壁は精霊の感情と同じ結末を迎え、決壊する事となったのでした。まる。
……これ、私悪くなく無いですか? ここまでの事態を想定しろと?
ヤッパリ、ワタシハ、ワルクネェ!
もし、怒られる事になったらキッチリとガイアルドさんも巻き込みましょう。その為にも、この場の記録はちゃんと残しておきませんと。
……そして、元凶はまた燥ぎ回ってますね。まぁ、無詠唱でのスキル行使が成功したんですから、あの方の性格上凄く楽しいんでしょう。すっごく尻尾が振られています。可愛いです。……少し腹立たしいですが、あんなに楽しそうにされると文句を言う気にもなれません。
というか、小芝居はもう良いのでしょうか? ガイアルドさん、ほったらかしでポカンとしてますよ? ちょっと面白いので画像に残して置きましょう。後で送り付けてやります。そうして、ハクちゃんが落ち着きを取り戻すまで、私達は暫しの間ハクちゃんを眺める事になりました。
Side ~ハク~
いや~、楽しいなぁ、このゲーム!
試してみた事が思った以上の結果になった為、ついついテンションが上がってしまったが、そろそろ正気に戻ろう。俺は落ち着いてガイアルドに視線を戻すと、彼はその大きな口をポカンと開けていた。
どうした? さっきまでの威厳ある態度が台無しだぞ?
ホント岩なのに表情豊かなドラゴンだな。取り敢えずそんな事には触れず、小芝居の続きをする事にする。俺は両手を腰に当て胸を張りガイアルドへと話し掛ける。尻尾は当然ブンブンと振られっ放しだ。
「どうじゃ? これでもまだワシを愚か者じゃと言うつもりかの?」
ニヤリと笑いながら言葉を掛けると、その言葉でやっと正気を取り戻したのか、ガイアルドはハッとした表情を見せた後、落ち着きを取り戻し言葉を返して来た。
「……いや、よもやここまでの事を見せられて、其方を愚か等と貶めれば、我の方こそ愚か者の誹りを受けよう。其方は確かに、誇り高き竜で在った。非礼を詫びよう」
そう言い、目を伏せるガイアルド。俺はその言葉にうんうんと腕を組み満足して頷く、尻尾ブンブンブンブン!♪
「なに、お陰でワシも一つの境地へと辿り着けた、礼を言おうぞ! それにしても、流石はお天気龍じゃ! ワシの渾身でもかすり傷一つしか負わんとは! お主を倒すには、まだまだ道程は遠そうじゃの!♪」
「オテンキ龍? うん?? ……う、うむ、其方の旅はまだ始まってすらいない、そう焦る事もあるまい」
「ハクちゃん……、多分、そっちのてんきじゃないです……」
今、何かアイシャが言った様な? 遠くて良く聞こえなかったが、多分大した事じゃあないだろう。そんな事よりも今は天気龍との会話だ!
「お主とは、また何処かで会えるんじゃろうか? ワシが今よりも強くなった暁には、是非とも手合わせ願いたい物じゃ」
「其方が旅を続けるので有れば何れまた、見える事になるだろう。その時こそ、思う存分死合おうぞ」
死合うか……、実にワクワクする物言いだ。恐らく、ガイアルドは専用のAIを割り当てられているだろうから、お互いに死ぬ事は無いだろうが、今そんな事を一々言うのは無粋が過ぎるので、黙って頷きを返す。
「まぁ、どっちも死なないんですけどねぇ~」
黙れ! 空気の読めないポンコツAI!
お前はもうちょっと空気を読む事にリソースを割り当てろ!!
俺とガイアルドは、ポンコツAIの存在を無い物として無視を決め込む。
俺達の心は今! 一つになったのだ!
「それでは茶番も終わった事ですし、ハクちゃんもそろそろ旅に出ましょうか~」
こいつぅぅ! こいつは本当に!! 人が楽しんでるのに茶番とか言うんじゃねぇよ!!
そもそも、それを言い出したらゲームなこの世界で起こる事全部茶番じゃねーか!
運営側のお前が言うんじゃねぇよ! もうちょっと考えろポンコツゥゥゥ!!
ガイアルドも呆れた顔で見てんぞ!!
「……はぁ、まぁ良いや。やっとアイシャともお別れ出来るしな」
「……済まぬな。……若き竜よ」
ガイアルドが物凄く、申し訳なさそうに謝ってくる。お前は悪くない、俺達仲間だろ?
全ては人外より空気を読めないポンコツが悪い。
「全く、色々と想定外な事ばかりするし、壁は壊すしで、ハクちゃんには振り回されっ放しです。アイちゃんとっても疲れました!」
「……お前、いつか絶対ぶん殴りに来てやるからな! 覚えてろよポンコツゥゥゥ!!」
「アイちゃんでぇぇぇーーっす!♪」
「……本当に済まぬ」
散々、人を振り回したポンコツAIが巫山戯た事を宣う。誰のせいで女の子になったり、壁に激突したと思ってんだ! ガイアルドは只々、済まなそうにしていた。お前はええんやで!
アイシャと巫山戯合っていると、遂にその時が訪れる。俺の足元に魔法陣が現れ、光を放ち出したのだ。その魔方陣は少しずつ光量を増していく。これでここでの時間も終わりか、とアイシャに向き直る。
「はぁ……。まぁ、何だかんだ面白かったし、色々手伝ってくれて助かったよ。それじゃ~またな、アイちゃん」
最後は口調を変えず、自分の言葉で感謝と別れを告げる。
その言葉に、嬉しそうにアイシャも言葉を返した。
「はい! 私も楽しかったです! また会いましょうね、ハクちゃん!」
俺は片手を軽く上げ、アイシャとガイアルドに別れを告げると、アイシャはニコニコと小さく手を振り、ガイアルドは穏やかに笑っていた。
さぁ! ここからが俺の本当の冒険だ!
俺が気合を入れると共に光は溢れ、俺の体を包み込むと体は光の球体となって雲の滝へと向かって飛んで行く。その際、初めに見掛けた鯨の様な生き物の傍を通って行った。近くで見てもやはりその体は巨大で、その背には大地と共に自然が生い茂り、崩れた遺跡が散見された。その背ならば、あのガイアルドでさえ散歩が出来そうな程に広大で、鯨はその巨体を優雅に揺らしながらゆっくりと空を泳いでいたる。
因みに、近くを飛んでいたのはやはりワイバーンだった様だ。腕は翼と一体となっており、その尻尾には棘が生えていた。どうやら、鯨の背中に巣を作っているらしいく、群がっているのかと思ったが、共生関係にあった様だ。この場所は実に平和な場所の様だな。
「お前らも、いつかまた会おうな!」
俺は彼等にもそう声を掛け、この場所を後にするのだった。
光の球体は、雲の柱へと吸い込まれる。中は少し薄暗く、上を見上げれば向うの世界の森が見える。球体はグングンと高度を上げていくと、何時しか視界は光に包まれた。
………………
…………
……
俺が丁度次の世界へと旅立とうとしている、今、正にこの時。
その旅立つ光球を見詰めながら、アイシャはふと思い出した様に呟く。
「……そういえばハクちゃん、幸運の値も1にしてましたけど、テイム率に影響出るって私、言いましたよね? 1だと殆どテイム出来ない筈ですけど。……あれ? ……言いました……よね? だ、大丈夫ですよね! 言った筈なのでログを確認する必要も別に無いです! 大丈夫! 大丈夫……」
その言葉を聞き、呆れた表情をしながらガイアルドがこの場の記録を遡って確認する。
そしてポンコツサポートAIに無慈悲に告げた。
「……言ってはおらぬ様だぞ、アイシャよ」
「………………」
「……アイsy『ワ、ワタシハ、ワルクネェ!!』いや、間違いなく其方が悪いであろうよ」
そんなポンコツAIの叫びが聞こえる筈も無く、俺はこの後地獄を見る事になる。まぁその結果、あの子に出会えたのだから結果良かったとは言えるのだが。幸運値とテイム率の関係を聞いた時、全力で一発ぶん殴る事を、俺は固く決意するのであった――
――次に視界が開けた時、俺は朽ち果てた様に見えるボロボロの神殿の様な建物の中に居た。高い位置に有る窓からは光が差し込み、室内を薄く照らしている。その光に照らされてか、少し石の焼けた匂いがした。足元には今にも消えそうな魔法陣がまだ残っていて、その魔方陣に合わせた様な丸く開けた空間に立っている。そしてその場を半円状に囲う様に、背後には七体の男女の石像が立ちこちらを見下ろしていた。
その石像達はそれぞれが七つの種族の一人の様で、日本人風に見える少し渋めの男性から、異形の美女まで様々な姿をしていた。それは細部まで精巧に作られており、今にも動き出しそうな程だ。真ん中に居る男性の上部には大きな円い窓が有り、その中には一本の木を形作る様に枠が作られていた。
だが今、俺はそれらを気にする事が出来ずにいた。
何故ならそこには……。
「はっはーーー! また、新しい獲物が来たぜーーーー!」
などと、とても頭の悪そうな事を宣う男が一人、唯一有る出入り口を塞ぐ様に立っている。その周りには恐らく、俺と同期の今日始めたばかりであろう新人達の屍が転がっていたからだ。
「……いきなりPKかよ、巫山戯んなアイシャーーーー!」
『アイちゃんでーーーす!』という幻聴を聞きながら、俺はこの状況に頭を抱えるのであった。
ア「うん? 今何か聞こえませんでしたか? ガイアルドさん」
ガ「いや? 我には何も聞こえなかったが? ……一度見て貰った方が良よいのではないか? アイシャよ」
ア「ひどいです! ワタシハ、ドコモ、ワルクネェ!」
ガ「……悪い影響は受けてそうであるな」