052 ハクちゃんの青空魔術教室
ゼ「なぁなぁ! 憑依使ってもう一戦やろうぜ! ハク!♪」
ハ「ええい! しつこいぞゼン! そこまで言うならばサクっと草を舐めさせてやるわい!」
シ「キャンキャン!♪」
「ふーーっはっはっは♪ その程度の実力で世界の半分を寄越せなど! 片腹痛いわムッツリ勇者ゼン!!」
「キャン!♪キャーーーン!♪」
「ぐっ! ムッツリじゃ……ねぇ……」
俺は今、シロの協力を得て氷結魔王ハクちゃんへとジョブチェンジし、金欠勇者ゼンを一蹴して敗北侍ゼンへとジョブチェンジさせ勝鬨を上げている所だ。シロの能力アップに興奮したゼンは、何時までも模擬戦をしようとしつこかった事と、俺自身も上がった性能を確かめておきたかったので結局受ける事にした。
シロの能力アップにより、俺達にとって重要な俊敏と魔力については憑依後にそれぞれ30と50程爆上がりしていた為、余裕の圧勝を決めた所だ。……まぁ、それでもまだゼンの居合切りの方が速いので油断は出来ないのだが。剣速3.3倍は伊達では無い。
俺は倒れ伏すゼンを置き去りにしたまま、高等魔術の練習をしているオトネ達の元へと向かう。別にゼンは重傷で動けない訳でも何でも無い。あっさりと負けて凹んでいるだけなのだ。
そっとしておいてやるのも武士の情けであろう! 尻尾フリフリ♪
シロは俺の前を尻尾を振りながら、その小さな手足を一生懸命に動かして駆けて行き、俺はその可愛い後ろ姿に頬を緩めながら、パーカーのポケットに両手を突っ込みゆっくりと付いて行く。
「見ててねウチの高等魔術!『ファイアスラッシュ!』」
「わーー!!凄いですオトネさん!♪」
「わぁ……、凄いですオトネさん……」
「キャン!♪キャン!♪」
歩きながら彼女達の様子を眺めていると、オトネがシステムに頼らない高等魔術を発動させた。彼女は左半身を前に半身に構え、両手で腰溜めに持った棍の先端にゆっくりと光が集束する。それは翡翠色の輝く球体の周りを赤い炎が躍る様な幻想的な姿を一拍見せ、一際強く輝くと魔術は発動する。それは彼女の前方に向けて発射され、炎を纏った50cm程の三日月型をした風の刃を模っていた。
その様子に少し疑問を持ちながらもちびっ子達を見ると、メルルは素直に驚き拍手をし、カノンは若干引き攣った表情をして焦った様子を見せていた。二人は全く同じセリフを口にしていたが、その表情とイントネーションの差から全く違う事を思っているのが有り有りと解り少し笑ってしまう。そのまま近付いて行けば彼女達は戻って来たシロに気付き、次いで俺にも気付いて声を掛けてくれた。
「あ、シロちゃんお帰り~。ハクちゃんもお疲れ様。……ごめんね? ゼンの相手任せちゃって」
「あ! お帰りなさいシロちゃん! ハクお姉さま!! オトネさんの魔法見ましたか!? すっごく綺麗でした!♪」
「お疲れ様ですハクお姉さん、シロちゃん。オリジナルスキルの方はさっき見せて貰いましたので、今ので高等魔術は二個目なんですが、……オトネさんもホントに出来るんですね」
「ただいまじゃ。別に構わんよオトネ、確かに綺麗な魔術じゃったの~、オリジナルの方は見ておらなんだが、どういった魔術じゃったんじゃ?」
「ふっふっふ~♪ それなら見せてあげましょう!『集束爆破!!』」
俺の言葉に気を良くしたオトネは再度構えを取り、今度は『テックメイク』システムを使ったオリジナルスキルを見せてくれた。俺はそれを左手を腰に、右手を顎に添えながら眺める。その光は先程見た高等魔術よりもずっと速く集束し発動する。やはりカノンが言う様に、先程行った様な自力での複合技術は難易度が高い様だ。
スムーズに発動した魔術は、俺達から少し離れた前方で発動する。それは円形に発動する範囲魔法の様で、範囲内がオレンジ色に輝いたかと思うと外縁から緑色の風が中央に向かって集束し、風が集まると同時に中央で重い爆音を響かせながら激しい爆発が起きた。そのエネルギーは風によって中央に押し止められ、その中に居る対象に高いダメージを与えるだろう事が伺えた。火属性に弱いハクちゃんでは大ダメージ間違い無しだ。
あの発動速度なら避けるけどな! 尻尾フリフリ♪
「わーー! やっぱり綺麗ですーー!」
「流石にテックメイクの方は安定してますね。でもうかうかしてたらまた皆に置いて行かれちゃう。頑張らなきゃ!」
まぁ当然、オトネだって避けられない状況で使ってくるだろう事を思えば脅威には違い無い。そして見るのは二度目だろうメルルはそれでも喜び拍手をし、カノンはその様子を落ち着いて見ながらも決意を新たにしている様だ。彼女もそのプレイスタイルによって、パーティを組めなくなった事に思う所が有るのだろう。
システムによるオリジナルスキルは、まだ彼女でも二つしか作れない。それだけだと極端な彼女のプレイスタイルでは応用が利かず、すぐに限界が来てしまう事だろう。だが自力で複合技術を使い熟せる様になれば可能性は無限大だ。
たとえ初級魔術の組み合わせでも、最前線で敵を一発で倒せるだけの火力が出せる様になるだろう。そうすれば、火力ロマンに溢れる彼女の矜持にも反する事は無いだろう事を思えば、カノンにこそ、この技術は使い熟して欲しい物である。
ただやはり、オトネの高等魔術には疑問が残るので少し口を出す事にする。
「……ふむ。火魔法の方は解らぬが、今の風魔法は『ウィンドスラッシュ』と『ウィンドサークル』じゃろう? 殆ど原形から変えておらん様じゃが……、変えぬのか?」
「え? ……変えられるの? ハクちゃん」
「スキルシステムを使えばある程度変えられますが……、そういう意味では無いんですよね? ハクお姉さん」
「はいはい!! メルルには良く解りません!! ハクお姉さま!♪」
「キャン!♪キャン!♪」
「うむ? オトネには神殿でのグー助戦や、此処でのホブ蔵戦で色々見せたじゃろう? カノンにもゼンとの模擬戦でも見せておるし……」
「……私は氷結魔法と獣爪術を見慣れていないので、……そういう物なのかと」
「……ごめんね? ハクちゃん。あの頃は始めたばかりで、ウチには何をやってるのか良く解らなかったんだよ。最近見るのは氷結魔法だから、カノンちゃんと同じでそういう物なのかな~って!」
「ああ~~、氷結魔法じゃと原形が解らぬのか、それならば納得じゃ。因みに原形はこういうのじゃよ」
そう言い俺は開いたスペースへと左手を向け、何も変えずに『アイスランス』と『アイスブリーズ』を順に発動させた。そうすれば太さ10cm程で50cm程の長さの氷の槍は森へと飛んで行き、次いで発動した魔術はキラキラとした冷気の微風を渦巻かせる。魔術の思いの外地味な様子に二人は目を丸くさせて驚き、メルルは楽しそうに眺めていた。
「で、これが今の二つを合わせた高等魔術じゃな。『ストームブリーズ!!』」
次にオリジナルの高等魔術を発動させる。違いがはっきりと判る様に気合を入れて詠唱すれば魔術は直ぐ様発動し、前方に氷の嵐を出現させた。それはゼンとの闘いでも何度も使っている魔術だが、それでもメルルは拍手をしてシロと共に喜び、二人は更に目を見開いて絶句して驚いている。その様子が面白くて俺は尻尾を振りながらドヤ顔で眺めていた。
「やっぱり綺麗です!! ハクお姉さま!♪」
「キャン!♪キャン!♪」
「そうじゃろ~そうじゃろ~♪」
「……こうして改めて見ると全然違うんだねハクちゃん。……ゼンと戦ってる時は一瞬の内に色々飛び出すから良く解って無かったよ」
「……これでもシステムを使ってないんですよね。……魔術がこんなに融通の利くものだとは思ってませんでしたハクお姉さん」
「なんじゃ、折角の遊戯じゃと言うのに。二人はもっと色々遊んだ方が良いぞ?」
「逆だよハクちゃん。既製品だからこそ、その中身は決められた物だと思ってたんだよ」
「私もそう思ってました。だって普通のゲームは一つの魔法がそんなに色々変化したりしないじゃないですか、ハクお姉さん。テックメイクも、決まったパラメーターを変化させるだけの物だと思ってましたし……」
「ふむ? ……そう言われると確かにそうかも知れんのう。思い込みの違いという奴か。ワシはこの世界に来た時に、ゲームという意識が飛んでしまったのかも知れんの」
或いはアイシャによって突然、女性アバターでプレイする事になった弊害か? 女性化した事で色々と吹っ切れた気はするな。ならアイシャには感謝すべきだろうか? ……いや無いな、それは無い。
俺は頭の中で響く『アイちゃんでぇぇぇす!♪』という幻聴を聞き流しながら話しを続ける。
「この世界は現実以上に融通が利くんじゃよ。もっと自由な発想で色々と試してみると良い。因みに魔術単体でも色々と変えられるぞ? ――『バリア!!』」
そう言って俺は前方に氷の盾を出現させ、盾に向かってアイスランスを撃ちまくる。普通に手を出して撃てば、氷の槍は音を立てて盾にぶつかり、指を真っ直ぐ伸ばして左手を右腕に添え、細長い針の様にして撃ち出せば、それは鋭く盾に突き刺さる。銃を撃つ様に構えて弾丸の様に小さく素早く撃てば、それは激しい音を立ててぶつかって、遂には氷の盾を砕いてしまった。
「この様に、色々と動作を加えながら魔術を発動させると変化を付け易いの。動きを添える事でよりイメージが明確になるのじゃ」
砕ければ再度盾を出し、今度は逆に大きな氷の玉を撃ち出したり正方形のキューブを撃ち出したりと、氷の槍の姿をドンドンと変えていく。一度試しに小鳥の姿で撃ち出そうとしたが、俺のイメージ不足からか歪な形の氷が撃ち出されただけだった。流石に細か過ぎる変化は難しいな。
その様子を、二人は次第に真剣な表情に変えて眺め、メルルは目を輝かせながら黙って見ていた。二人が真剣な様子だったから、邪魔しない様に空気を呼んだらしい。以外と気が利くんだなメルル。彼女に合わせるかの様に、シロも大人しくちょこんと座り尻尾を振っていた。シロもお利口じゃの~♪ 尻尾フリフリ♪
そこでふとした思い付きを試す為、オトネに話し掛ける。
「オトネよ。ちとその武器を貸してはくれぬか?」
「これ? 良いよ、幾らでも使ってハクちゃん」
「うむうむ。ちと借りるでの」
俺はオトネから棍を借り、再度前方に氷の盾を出現させる。その盾は此方に表を向けてゆらゆらと空中を漂っていた。その前で俺はオトネと同じ様に左半身を前に出し、半身で棍を両手に持つ。左手は下げ、下から棍を支える様に軽く添え、右手は棍をしっかりと握り高く構える。そうして、俺の眼前で頭を下げる棍の先端に意識を集中させ、氷で出来た槍をイメージし静かに詠唱する。
『氷槍』
そうすれば棍の先端からパキパキと氷が形成されて行き、そこには流麗な氷の刃を持つ一本の槍が出来上がった。
「「え!?」」
「わー! ハクお姉さま格好良いです!♪」
「キャン!♪キャン!♪」
「お~、そんな事も出来んのか。おもしれぇな」
その様子を見て驚くオトネ達に混ざり、何時の間にか合流したゼンも感想を漏らしていた。そんな彼等の感想を聞き、ニヤリと笑みを溢しながら、俺はその槍を氷の盾に突き出す!
「疾っ!」
その動作は流れる様に、無駄なく美しく行われた。
左足を踏み出すと同時に左手を僅かに持ち上げ、移動していく体重がしっかりと刃先に乗る様に角度を合わせる。それに合わせる様に右手は降ろし、より深く穿つ為捻りを加えながら、真っ直ぐと力を込めて撃ち出される!
その結果、堅牢な筈の氷の盾は一撃で見事に穿ち抜かれ、その身に大きな穴を開けては激しく砕け散り、辺りに煌めく氷の結晶を撒き散らすのだった!――
――等という結果にはならず、ガツ!っと音を立てて槍を打ち付けられた氷の盾は、スイーっと空中を滑る様に流れ、何事も無かったかの様にその場で動きをピタリと止め、また元気にゆらゆらと漂い始めるのだった。
……どうやら見事、木っ端微塵に打ち砕かれたのは俺のイメージの方だった様だ。……ぐすん。
棍の先端に魔術を付けた事で完全に武器扱いとなり、また、俊敏依存の斬撃では無く、筋力依存の刺突攻撃をスキルの補助も無くただ打ち込んだ事で、完全に筋力値を参照した攻撃になったのだ。そんな物、貧弱魔王ハクちゃんが扱える訳も無く、見事に糞雑魚攻撃へと相成ったのでしたとさ。まる。
「ぶは!♪ だっせぇなハク!! スイーって動かしただけじゃねぇか!! スイーってよ!!♪」
「うるさいぞゼン!! もう少し打ちひしがれておれば良い物を! 丁度良いタイミングで合流して来おって!! もう一度凹ませてくれるわ! ゆくぞシロ!!」
「キャン!♪キャン!♪」
「はっ! 良いぜ掛かって来いよ! 次こそは見事にカウンターを決めてやるぜ!」
「抜かせ! 即落ちさせて三日三晩凹ませてやるわい!」
「キャン!♪キャーーーン!♪」
そうして俺はさっさと棍をオトネに返し、恥ずかしさを誤魔化しつつゼンの煽りに乗っかる形でこの場からとっとこ逃げ出した。
やめて! 憐みの目でこっちを見ないで!! 尻尾ブンブン!!
「……行っちゃいましたね。ハクお姉さん」
「ハクお姉さま!! すっごく格好良かったね!!」
「……そうだねメルルちゃん。結果はともかく、ハクちゃんの動きは凄く良かったと思うよ。それにしても……」
この場を逃げる様に後にするハクを眺めつつ、三人はそれぞれに言葉を告げる。
最後こそ締まらない終わり方だったが、それでも今の僅かな一時で得られる物は多く有ったのだ。
今までの思い込みを大きく壊されたカノンも
ハクをお姉さまと慕い目標とするメルルにも
そして何より……
オトネは帰って来た自らの相棒を一人眺める。その先端には未だに氷の刃が形作られ、冷気と共に存在を主張していた。その相棒は普段から使い慣れている彼女にとって、より馴染みのある姿となって帰って来た。その事を彼女は誰に気付かれる事無く、ただ一人強い眼差しで眺めている。
それは戦闘狂二人が戦い始めた事で砕けて消えたが、それでも尚、彼女は何かを迷い、思い出すかの様に見続ける。やがて彼女は何かを決意した様に一つ頷くと、騒ぎながらもまた戦い始めた二人へと視線を戻した。
この世界で、彼女は現実には無い特別に憧れた。それはきっと、今傍らに居る魔女の女の子もそうなのだろう。だが、自分は彼女の様に極端なステータスの振り方をする事が出来ず、結局いつもの様に当り障りない形に収まっている。そして今の中途半端なままでは、いつかあの二人には付いて行けなくなってしまうだろう。
それは……、それだけは嫌だ。
だから彼女は決意する。魔法への憧れを捨てて、彼等に付いて行く為にも己の日常を取り入れるのだ。どうすれば良いのかは今正に彼女が示してくれた。ならば二人と同じ様に、後は只管に努力するだけだ。
彼女は決意を新たにした事で、無意識に微笑みながら二人の戦いを見詰めた。
今までの様にただ何となく眺めるのでは無く、少しでも何かを学び取る為に。
皮肉にも、魔法使いを諦め日常を取り入れる事で、彼女は独自のプレイスタイルを手に入れる事になるのだが……
それはまだ、少し先の話。
ハ「おのれーー! さっさとくたばらぬかゼーーーン!!」
ゼ「はっはーー! どうしたどうしたーー! 技に切れが無いぞハクーー!♪」
シ「キャンキャーーーン!♪」
 




