047 ノリノリで!
「はーっはっはっはっは♪」
「あっははーーーです!♪」
「ムッツリじゃねぇ……」
――ピロン♪
「うん?」
俺が良く解らない勝利に酔いしれ、ゼンがメルルの一撃に沈んでいると唐突に通知音が鳴る。その通知を確認しようと『セブンスリング』に触れれば一つのウィンドウが開き、目の前にアナウンスが表示された。
【ワールドアップデートが実行されました。詳細については『お知らせ』をご確認下さい。】
「おお? なんぞアップデートが有ったみたいじゃの」
「キャン!♪キャン!♪」
「あ、ホントだね。何時の間にメンテしたんだろ?」
「はい! メルルには解りません!」
「『SEVEN'S WALKER』はメンテ時間取らないんですよオトネさん。ゲーム開始時の事とクランについてみたいですね」
「……ムッツリじゃねぇ」
何か一人未だに立ち直れていない奴が居るが、まぁ別に放置で良いだろう。尻尾フリフリ。
カノンによれば、『SEVEN'S WALKER』では常にAIによってゲームやサーバーの状態が管理されており、異常が見つかれば即座に対処されている為、別途メンテに時間を割く必要が無いらしい。アップデートに関しても裏でAIが順次ゲーム内に浸透させ、アナウンスと共に一斉に公開するのでユーザーには殆ど関係無いとの事。
アナウンス画面に表示されている『お知らせ』をタップすれば、そのまま内容を確認出来た。その内容もカノンが言っていた様に、ゲーム開始時についての内容で画面には――
【ゲーム開始時についてのお詫び。
現在、ゲーム開始地点である『黄昏の神殿』において、一部ユーザーによる迷惑行為が行われ、新規キャラクターが中々ゲームを始められない事態が確認されております。またその結果、一部ユーザー様に於いては運営が意図しない利益が得られる事も確認されました。これらの事態に対処する為、ゲーム開始直後のプレイヤーがユーザーによって死亡した場合、状況に応じた緊急クエストが発令される様に変更致しました。
つきましては、運営からのお詫びと致しましてプレイヤーの皆様に『下級ポーションセット』を配布させて頂きます。配布アイテムについては、運営からのメールにて配布させて頂きましたので、メールにて御確認下さい。この度は、ユーザーの皆様に大変なご迷惑をお掛けした事、深くお詫び申し上げます。】
――と表示されていた。随分と心当たりの有るその内容に、俺は少し考え込んでしまう。……またゼンに何か言われそうだな。
「……」
「ハッハッハ♪」
「何か聞き覚えの有る話だなぁ? ハク」
お知らせの内容を確認する俺達の様子をシロは楽しそうに眺め、そして案の定ゼンはお知らせ内容について俺に突っ掛かって来た。くっ! 大人しく凹んでいれば良い物を!
俺はゼンにもっと素敵な二つ名をプレゼントする事を決意しつつ、さっさと開き直る事にする。
「うむ! ワシのお陰で皆ポーションが手に入った様じゃな! 感謝してもよいぞ!」
「キャン!♪キャン!♪」
「こいつ! 今度は即座に開き直りやがった!」
俺が堂々と返した事でシロは楽しそうに吠え、ゼンは憤る様に吠えていた。こんなの知ったこっちゃねぇ!
「何じゃゼン! グー助以外誰も損しとらんじゃろうが! グー助が損するのも奴の自業自得じゃ! そもそも事の発端は奴じゃぞ!」
「いやまぁ、そうなんだけどよ」
実際はこの変更をする為に運営が手間を掛けたのだろうし、この件について運営に報告する事無く、一度はワザと利用しているので俺も悪い気がする。だがそんな事は噯気にも出さずに、そもそも誰も損をしていないのだから良いだろと言えば、ゼンは少し不満そうに言葉を返した。その事に今回は軽くあしらえそうだと胸を撫で下ろし、俺はチョロ侍ゼンにプレゼントを贈る事にする。尻尾フリフリ。
「じゃろうが。全く、直ぐワシに突っ掛かって来るでない! BEST☆ムッツリスト侍ゼン!」
「おぉい!? 何ベストジーニストみたいな言い方してくれてんだ! 滅茶滅茶気持ち悪い奴じゃねぇかよ!」
「はっはっは♪ お主にお似合いじゃよゼン!♪」
「似合ってねぇだろ!?」
「キャン!♪キャン!♪」
俺はチョロ侍ゼンを返り討ちにし、シロと共にご機嫌に尻尾を振るう。だがそこで思わぬ伏兵が現れる事になった。オトネとまさかのカノンである。
「でも多分運営が動く事態になったのは、この『意図しない利益』の方なんじゃないかな? こっちだと原因はハクちゃんじゃない?」
「ぐぬ!?」
「多分そうだと思いますよオトネさん。ここの運営はPKについてはユーザーに任せて関与しませんから。実際救援も出てたみたいですし、今回の変更もその救援が出るのを早くするだけみたいです。誰も緊急クエストを受けなければ、運営は何もしていないのと同じですからね」
「ぐぬぬ!? ……じゃがその『意図しない利益』ならカノン以外は受けたじゃろう。ワシだけがとやかく言われる謂れは無いのう!」
俺は何とか誤魔化すべく、あの場に居なかったカノン以外を共犯にしようと企み腕を組みながら言い放つ。だが俺の拙い策に対して、オトネは歴戦の軍師も斯くやという様子で冷静に俺を追い詰める。
「確かにそうだけど、あの時皆を扇動したのもハクちゃんだよね? それにハクちゃんはここで死んだ後にも同じ事やったんでしょ? ならやっぱり運営の手を煩わせたのはハクちゃんじゃないかな?」
「ぐぬぅ!? た、確かにそうじゃが、あれもグー助が居ったから懲らしめるついでにやっただけで……」
「ノリノリで?」
「ノリノリで!」
それはもう楽しかったです! 尻尾ブンブン♪
「やっぱハクが原因じゃねーか!」
「は!? 嵌めおったなオトネ!」
「割と簡単に嵌った気がするんだけど……ハクちゃん」
「はいはい! メルルはポーション持ってなかったので嬉しいです! 有難う御座いますハクお姉さま!♪」
俺が策士オトネの巧妙な罠に嵌っていると、メルルが無邪気に感謝を伝えて来るのでそれに便乗し、流れを変える事にする。ナイスだメルル! 尻尾ブンブン!♪
「うむうむ! メルルは素直でよい子じゃのう♪ 三人は文句が有るならポーションはワシに寄越すがいい」
「あ、私もMPポーションは嬉しいです。有難う御座いますハクお姉さん」
「ポーション有難うね、ハクちゃん」
「おう、サンキューな、ハク」
「キャン!♪キャン!♪」
「全く……。調子の良い奴等じゃ」
素直なメルルのお陰で三人に追求すれば、三人ともあっさりと手の平を返し感謝を告げる。その後、話も落ち着いたのでメールを確認してみれば、ポーションの内容はHP,SP,MPの下級ポーションがそれぞれ一本ずつ添付されていた。その為武技や魔術を持っていないゼンが、カノンにポーションの交換を持ち掛ける。
「そうだカノン。俺はHPしか使わねえからよ。MPポーション要るなら交換しねぇか?」
「え? 私は助かりますけど……、良いんですか? ゼンさん」
「おう! どうせ使わねぇからな! 金もねぇし、交換してくれるなら助かるぜ!♪」
金が無いならそれを多少割引してでも売った方が断然儲かるのに、ゼンはそれをせず圧倒的に不利な取引を持ち掛けた。それに対して、ポーションの価値を知っているカノンはその提案に戸惑いながらゼンへと問い返す。どうやらゼンはポーションの値段について詳しく知らない様だ。
HPポーションは店で売っている為比較的安く入手出来るが、他のポーションはそうでは無い。その為値段的には10倍の差が有るので、本来なら彼は10本までであれば要求しても問題は無いだろう。だがそもそも、HPポーション以外を使わないゼンはその事を知らず、1:1での取引を持ち掛けたのだ。
俺はカリィの所でポーションを手に入れる事が出来るので、もう無理にポーションを入手する必要は無い。だがこんな面白そうな事を放置する訳にはいかない! 俺は何時かゼンを揶揄うネタとして、SPポーションとの取引をゼンに持ち掛ける事にした。尻尾フリフリ♪
「お、それならSPポーションはワシが交換してやろうか? ワシもHPは使うんじゃがな~。ゼンはSPも使わんじゃろう? 仕方ないからワシが交換してやるわい♪」
「良いのか? 助かるぜハク!♪」
「なに、ワシらの仲じゃろう? 助け合うのは当然じゃよゼン♪」
「良かったですね! ゼンさん!♪」
「おう! また武器買って金欠だからな! ホントに助かるぜ!♪」
金額的には金欠侍ゼンが一人大損しているが、その本人がとても満足そうなのでこの取引は皆が満足するWin-Winな取引だった。金欠侍が何故金欠なのかに気付いていないのは満足そうな本人と、無邪気なメルルだけである。
仮想世界で良い社会勉強が出来て良かったなゼン♪ 尻尾ブンブン♪
「……ハクちゃん、すっごく良い顔してるね?」
「……あの、私交換しちゃって良いんでしょうか?」
「良いよ良いよ、本人満足そうだし。良く考えないゼンが悪いよ」
「……それなら遠慮無く交換させて貰います。正直凄く助かるので」
俺が詐欺紛いの取引をしている横で、その事に気付いている二人が何か言っているが、難聴系スキルを任意に発動出来る俺には何も聞こえては来なかった。
え?? 何だってぇー??? 尻尾フリフリ♪
それにしてもカノンは、MPポーションの入手に苦労している様だ。まぁ彼女のプレイスタイルを考えれば、然もありなんと言った所か。今この広場に居るのだから、カノンもフェリアの実を簡単に集められる事になる。そうすれば彼女もカリィと取引出来る事になり、それでポーションの入手が容易になるだろう。だがカリィのポーションは彼女の努力の結果であり、他人が勝手に喋って良い話しでは無い。その為、俺は今度彼女(?)の所に行った時にでも聞いてみるかと心に留めるだけにする。
それとゼンが余りに可哀そうで申し訳無かったので、俺は彼に最後の一本となった『低級HPポーション(HP100回復)』をプレゼントをする事にした。いや~効果も低いし売っても安いから邪魔だったんだよな。これでインベントリがスッキリするZE! 尻尾フリフリ。
「そうじゃゼン、ついでじゃからこれもやるわい。ワシはもう恐らく使わんからの~」
「ん? お~これか。俺はもう使い切っちまったんだよな。助かるぜハク!♪」
「良いんじゃよゼン♪」
「やっぱりハクお姉さま優しいです!」
「……ここぞとばかりに恩を売り付けてるね、ハクちゃん」
「……すっごく楽しそうですね、ハクお姉さん。あ、私もまだ残ってるからあげよ」
「……カノンちゃん、ハクちゃんの悪い所あんまり真似しないようにね?」
「だ、大丈夫ですよ? オトネさん」
その後、俺達は全員が納得の取引を迅速に済ませた。その際カノンも支給品で有る『低級HPポーション』を三本ゼンに渡していた様だ。彼女のプレイスタイルからすれば『HPが減る=死』なので使う暇が無かったのだろう。それにもゼンは大喜びしてカノンに感謝を伝え受け取っていた。俺とカノンは5万Y程得をし、ゼンは10万Y程支払って喜びを買えたのだから、本当に良い取引だったな。
因みに『低級HPポーション』を店に売った場合の値段は100Yだ。マジウケる。
ゼ「いやぁ、ハクのお陰で大儲けだぜ!」
ハ「そうじゃろうそうじゃろう♪ しかと感謝するのじゃぞ? ゼン」
シ「キャンキャン!♪」
オ「……現実じゃなくて良かったね、ゼン」




