046 オトネ怪談一物語
作「やっぱり素直には始まらない!」
オ「ちょっとぉ!?」
「……それは月が良く見える、……静かで晴れた夜の出来事だったらしいの」
「え? 何じゃ、急に何か始まったんじゃが?」
「ああ~、ワリィな。オトネは怖がりの癖に怖い話とか結構好きなんだよ。こうなると止まらないから少し付き合ってやってくれ」
「はいはい! メルルは怖いお話大好きです!」
「私は余り得意じゃないですけど……、今は明るいし皆も居るから大丈夫です。……でも傍に行っても良いですか? ハクお姉さん」
オトネの雰囲気に何か怪談話が始まりそうだと察した俺に、ゼンが説明をくれた。どうやら普通少女オトネは、怖がりという少女としては普通な性格をしている癖に、怪談話が好きというちょっと普通じゃない趣味が有るらしい。
まぁ怖い話好きの怖がり、というのは割とある話だと思うので別に構わないが、カノンは普通に苦手らしく傍に来たいと帽子を掴みながら恥ずかしそうに言って来た。強がっているがホントに苦手なのだろう。帽子で隠した顔は恥ずかしそうに真っ赤になっていた。可愛い子じゃの~♪
「はい! メルルもハクお姉さまの隣に行きます!♪」
「うむ、別に構わんよ。皆でお菓子でも食べながら聞くとしようかの」
「それじゃあ失礼しますね、ハクお姉さん」
「メルルはこっちです!♪」
「キャン!♪キャン!♪」
カノンの話にメルルも元気に便乗してくる。特に断る事でも無いのでそれを許可しつつ、インベントリからお菓子等を取り出していく。ゼンは適当な所で腰を下ろし、お菓子を摘まんでいた。そして左にカノン、右にメルルのちびっ子コンビを添えた所で、シロがお菓子に気付き尻尾を振りながら元気に走って帰って来る。カワイ。尻尾フリフリ♪
「シロはワシの膝の上においで」
「キャン!♪キャン!♪」
「おうオトネ。早く続き話せよ」
帰って来たシロを膝に乗せ、正面を向かせてお菓子を与える。両サイドに居るちびっ子達も楽しそうにシロにお菓子を与え、シロもそれを尻尾をブンブンと振りながら嬉しそうに食べていた。もうすっかり雰囲気をぶち壊された事で、ゼンがニヤニヤしながらオトネに話しの続きを促す。彼女はそれを少しムッとした表情で見遣り、一度お菓子を摘まんでから気を取り直す様に咳をしてから続きを話し始める。
「ん゛! ん゛ん゛!! ……それで、良く晴れた夜の出来事だったんだけどね。その話の彼はまだ始めたばかりの二期組で、固定のパーティも居らず一人で夜の小鬼の森に挑んでいたらしいの――
――彼は静かな森の中で一人、ゴブリンを退治しようと夜の森を彷徨い歩いた。彼は昼間にも一人で訪れていた事もあり、大して深く考えずに夜の森へとやって来たのだ。だがそこは昼間の森とは打って変わって沈み込み、不気味な雰囲気を漂わせる深い森の中。昼間に聞いた時は心地良ささえ感じていた鳥達の鳴き声も、夜の森で聞けばそれは何か不吉の前兆の様にさえ思えた。
次第に彼は一人で居る事に心細さを覚え始める。それでも彼は己の心を奮い立たせ、町に帰る事無く森を彷徨い続けた。森での狩りは順調に進んでいき、次第に緊張は薄れ、森に感じていた不気味さも只の気のせいだったのだと思い始める。そのまま狩りを続けた彼は遂にレベルも上がり、それに気を良くした彼はドンドンと森の奥へと足を勧めていった。
その時ふ……と、それまで月明りで明るかった筈の森に影が差した。月が雲に隠れたのだ。それはほんの一時の間の出来事、だがその時の彼に、忘れ掛けていた恐怖心を思い出させるには十分な時間だった。思わず彼はその身を固く竦ませ、辺りをゆっくりと見渡す。だが当然、月が隠れただけで何が起きる筈も無く、辺りには静かで今まで通りの森が在るだけだ。
彼は自分の臆病さに内心で呆れながらも、ホッと肩の力を抜く。……が、その瞬間、静かな森に微かな笑い声が聞こえた気がして、バッ!と後ろを振り返る。昼間の森で有れば気にもしない様な微かなそれ。だがしかし……、微かで有ったからこそ、何処から聞こえたのかも判らず、またその儚さが夜の森では余計不気味に思え、彼は視線を右に左にと忙しなく動かしていく。
彼は無意識に意識を研ぎ澄ませ、静かな森の騒めきに耳を欹てる。
その時の森は、今まで聞こえていた筈の鳥達でさえ、声を潜め
まるで、森その物が死んでしまったかの様に、嫌な静けさが訪れていた。
彼はその事に気付き、ゴクリと喉を鳴らす。
まるで自分が知らぬ間に死後の世界へと足を踏み入れていたかの様な、得も言われぬ恐怖を覚え直ぐ様町へと引き返す事を決意する。
――来るんじゃ無かった
夜の森がこんなにも恐ろしい物だとは思わなかった。そう思った彼は町へ帰ろうと体の向きを変える。だがその瞬間、又しても森に笑い声が響き渡る。
――それは、先程よりも僅かに大きな音で、
――そして、確かに近くで響いていた。
彼はその笑い声を耳にし、町へと向かう筈の足を踏み出す事が出来なくなってしまった。今下手に音を立てれば、あの笑い声の主に気付かれて、何か恐ろしい目に合う様な気がして……。或いは、森で息を潜める動物達もそれが解っているからこそ、今死んだ様に鳴く事を止め、己の存在が見つからない様に努めているのでは無いだろうか。
――音を立てるな
その時の彼には、森に潜む彼等が無言でそう教えてくれている様にさえ思えた。それに応える様に彼は身動きを止め、微かな音も立てない様、真っ暗な森に溶け込もうと息を潜める。彼の心臓は早鐘を打つ様に鼓動を速め、自分以外誰にも聞こえる筈の無いそれが、まるで森中に響き渡る様な錯覚を起こし彼の心を蝕んでいく。
――頼むから! 静かにしてくれ!!
彼は自身の胸にそう乞い願うが、それを嘲笑うかの様に嗤い声はその声を響かせ、その度に近く、大きく、確実に変化を遂げていく。遂には森を騒めかせる草鳴りの音も聞こえ始め、それはまるで既に彼を捕捉しているかの様に、嗤い声と共に彼へと向かって真っ直ぐと突き進んでくる。
――もう駄目だ!!
遂には、傍の草叢から何かが飛び出して来る。
それと同時、森には元の鮮やかな月明りが戻って来た。
その月明かりが映し出したのは、一体の何の変哲もない只のゴブリンだ。
だが既に冷静さを失っている彼に対処が出来る筈も無く、彼はその変哲も無い驚異の前で強く眼を閉じ立ち尽くしてしまう。
それと同時に、嗤い声も甲高い鳴き声と共に間近を通り過ぎていった。
その事を疑問に思う余裕も無く、彼は自身の終わりを確信し、訪れる死を待ち侘びた。彼の頬にはまるで、死神が触れたかの様な冷気が漂ってくる。それを肌で感じた彼は、思わずブルリとその身を震わせた。最早彼の心臓は、壊れてしまうのではないかと思う程に、その鼓動を乱れ打つばかりだ。
……だが何時まで経っても彼に待ち焦がれた死が訪れる事は無く、遂に我慢出来なくなった彼は微かに左目を開ける。
そこには正に彼の目と鼻の先、月明りに鮮やかに映し出された――
――首の無いゴブリンの死体だけが、茫然と立ち尽くしていたのだ。
――頭を失ったゴブリンの首は何故か凍り付き、一滴の血も流れてはいなかったそうです。その不自然な死に様に彼は叫び声をあげ、足早にハルリアへと逃げ帰ったんだとか……。彼は今では冒険者を止め、町の賑やかな広場でのんびりとお店を開いている様です。どうやらその事件以来……、人気の無い静かな場所へは行けなくなったそうですよ? ハクちゃん」
オトネは静かに語り終え、じっとりとした目で俺の方へと視線を寄越した。彼女の話しを聞いて最初は怯える様な姿を見せていたカノンも、途中で何かに気付いたのか怯える事を止め、そっと俺の裾から手を放し今は普通の距離を保っている。だが普通の筈のその距離感が……、今はどこか余所余所しささえ感じさせた。
メルルは単純に話しを楽しんでいた様で、終始様子は変わらなかった。彼女は何に気付く事も無くオトネの話しを聞き終えた様で『面白かったです!』と感想を漏らしている。そして余計な事には勘の良いゼンも、今は何かを言いたげに此方を見て来るので、決して其方を見てはいけない。
……絶対に見てはいけないのだ!! 尻尾ブンブン!
「ほ、ほ~~~ん。それは恐ろしい目にあった物じゃな~~。わ、ワシには全くもって無関係な事じゃが? 何とも可哀そうな事じゃて。……して、その店は何という店じゃろうか? いや別に何か必要な物が有ればそこで買い物をしようと思っただけでじゃな? 別に申し訳ない気持ちが有るとかそういう訳でも無くてじゃな? ただの善意として多少なりとも支援出来ればと思っただけで――」
「諦めろハク。どう考えても原因はお前だ」
諦め悪く俺が何とかすっ呆けようと早口で捲し立てていたしていた所、ゼンが無慈悲に現実を突き付けて来る。どうやら俺が燥いでレベル上げをしていたせいで、一人の冒険者を引退させてしまった様だ。最早覆しようのない事態に旗色が悪い事を悟り、俺は直ぐ様言い訳へとシフトした。
「ほ、ほんに悪かったと思うとるのじゃーーーーー!! 確かに一度! 森で立ち尽くすプレイヤーの前でゴブリンを倒した事が有るが! まさかそんな事になっておるとは露知らず! 獲物を奪ってしまったと思ってつい逃げてしまっただけなのじゃ!? ワシに悪気はなかったんじゃよーーー!!」
「などと供述しておりってな? ハク」
俺の詰らない言い訳を聞き、ゼンはニヤニヤと追い詰めて来る。
それに対して俺は再度シフトチェンジし、真っ向からの逆切れで立ち向かう。
「知らぬわゼン! そもそも! ワシに一体何の罪が有るというのじゃ! 普通にレベル上げに励んでおっただけであろうが!」
「真っ暗な森の中で高笑いしながら、高速で首狩りして行くのは普通じゃあねぇだろハク。さっさと罪を認めるんだな!」
「ぐぅ!?」
「ワフ!♪ワフ!♪」
ゼンの癖に正論過ぎてぐぅの音しか出ねぇ!!
俺の悪足掻きは結局、ニヤニヤ顔をしたゼンの正論に即座に潰され。俺はぐうの音を出すしか出来なかった。あの時俺が直ぐ様謝罪していれば、その彼が正体不明の何かに怯え冒険者を引退する事は無かっただろう。その事に思いを馳せ申し訳ない気持ちが胸に溢れて来るが、シロは俺達の様子が面白かったらしく『何の遊び?♪』という様に吠えていた。
遊びじゃないんじゃよ~シロォ。母はゼンの字から虐められておるんじゃよ~。尻尾しょぼ~ん……。
「やっぱり犯人はハクちゃんだったんだね。話しを聞いた時にもしかしてと思ったよ」
「凄いですハクお姉さま! ハクお姉さまは死神様だったんですね!♪」
「待ってメルルちゃん、それ褒めてないから、追い打ちになってるから」
「そうなの???」
「ぐふぅ!?」
「キャン!♪キャン!♪」
どうやらオトネは確信が有ってこの話をした訳では無かった様だ。そして俺達の話しでメルルも犯人に気付き、俺の事を死神と呼んでナチュラルに追い打ちを掛ける。それをカノンが止めるが既に手遅れだ。カノンの制止にメルルはキョトンとした表情を返すが、それが彼女が本気で俺の事を死神と思っている事を証明していて更に心にダメージを負う。
それを見てシロはやはり遊びだと思った様で更にテンションを上げ、尻尾を振り乱しながら楽しそうに吠えている。そんなシロはとても可愛かったが、無邪気なカノンに負わされたダメージから回復するには少し足りなかった様だ。尻尾しょぼ~ん。
俺は少し落ち込みながらちびっ子二人に返し、直ぐ様開き直る。
「良いんじゃよカノン、メルル……。ワシが燥ぎ過ぎたのは事実じゃからな……。ワシはこれから! 氷結魔王! 死神美少女ハクちゃんと名乗ろうではないか!!」
「だから一々なげぇんだよハク」
こうなっては仕方ないと俺は罪を認め、開き直って二つ名を宣言するが、それにゼンの字が突っ込んできた。何時までも弄られてばかりも癪なので、俺もゼンを弄り倒す事に決める。
「うるさいぞ! ムッツリ侍ゼン! 貴様にも色々付け足してやっても構わんのだぞ!」
「どんな脅しだよ! ってかムッツリもやめろ! ゼンのイメージが壊れんだろうが!」
「貴様のイメージなど高が知れておるわ! そんな物! その悉くをこの氷結魔王! 死神美少女ハクちゃんが打ち砕いてくれるわぁ!! はーっはっはっはっは!!」
もうヤケクソじゃい!
「マジでやりそうだからホント止めてくれ……。既にハルリアで偶に言われんだからよ……」
「はいはい! メルルもムッツリ侍さんの話し聞きました! ゼンさんの事だったんですね! ムッツリさんだったなんて知りませんでした! 凄いです!」
「待ってメルルちゃん、それも褒めてないから、また追い打ち掛けてるから」
「そうなの???」
「ぐぅ!?」
「はっはっは♪ こっちでもぐぅの音が出たのう~♪ よくやったぞメルル!♪」
俺のヤケクソに、ゼンがげんなりとしつつ愚痴を溢す。どうやら俺が訓練所で言い放った一言が既にハルリアで広まりつつあるらしい。それはメルルでさえ耳にする位には広まっている様で、その事実とムッツリが凄いとかいう訳の解らないメルルの言葉でゼンがぐうの音を吐き撃沈した。マジウケる。尻尾フリフリ♪
「はい! 良く解りませんが! ハクお姉さまのお役に立ててメルルは幸せです!♪」
「ああ……、何だかこの二人合わせちゃいけない気がする……」
「奇遇ですねオトネさん……、私もそんな気がします……」
又もや自分が成し遂げた偉業をメルルは理解していなかったので、俺が誉めて遣わすと良く解らないままメルルは嬉しそうに言葉を返して来た。それを見てオトネとカノンが何か言っているが、俺も難聴系スキルを発動させ華麗に聞き流す。なんだって? 尻尾フリフリ♪
その後暫く、その場には自分の称号が広がりつつある事に嘆くゼンと、意味も無く勝ち誇り高笑いする俺に共鳴する様に、笑い燥ぐメルルとシロの姿が見られたという。
「はーっはっはっはっは♪」
「あっははーーーです!♪」
「キャン!♪キャン!♪」
「もう手遅れかな……」
「みたいですね……」
「ムッツリじゃねぇ……」
メ「ゼンさん元気出して下さい! メルルはムッツリ恰好良いと思います!」
ゼ「こ!?ふ!?」
カ「……ええ? まだ追い打ち掛けるの?」
ハ「うむうむ! 止めはキッチリ刺しておかねばな!」
シ「キャンキャン!♪」
オ「実はメルルちゃんが一番強いんじゃ……」




