044 スンスンスンスン
ここから日常パートっぽい物が少し続きます。
「疾っ!」
「破っ!」
常春の町ハルリアの近く、狼の森は今日も春の陽気に溢れ、緑はその鮮やかさを持って日の光を煌めかせている。木々は萌え小鳥達は楽し気に歌を奏で、森を彩る多種多様な植物達はその存在を主張するかの様に、豊かな香りを辺りに漂わせていた。そんな森を深く分け入った先、まるで人目を避けるかの様に存在するそこには、緑鮮やかな草原が一面に敷かれ、一本の大樹が見守る大きな広場があった。
「おらよ!」
「なんの!」
開けたそこには、時折穏やかな風が吹き抜ける。草原を駆ける風は、草木を揺らしてはその形を変える事で見る者を楽しませ。風の奏でる壮大な伴奏は、小鳥達の歌を飾る様に聞く者の心を穏やかに癒す事だろう。コンサート会場の中心に居る指揮者達は、運ばれてくる恵み豊かな森の香りに春の心地良さを満喫する筈だ。
此処は穏やかな時間に溢れ、訪れる者を幸福にする神秘の園だった。
『氷迅爪!!』
「当たるかよ!」
――戦闘狂二人が暴れ狂っていなければ、だが。
「ちぃ!」
「疾っ!」
ゼンの右足を狙って放った俺の右爪を、ゼンは足を引きながら居合を放ち迎え撃つ。しかし、不安定な姿勢から放たれたそれは最高速度には遠く及ばず、俺は高等魔術を準備しながら左手を地面に付き、バク転しつつ迫り来るゼンの右手首を蹴り上げ軌道を逸らす事でギリギリ回避する。
俺の眼前を空気を奮わせながら通り過ぎた刃を、ゼンは直ぐ様袈裟懸けに切り返して来るが、それを地面に付いた左手に隠した『アイスブリーズ』と『フロストバイト』の【凍結】特化高等魔術、『ブリザード』を自分も巻き込みながら発動させる。だが、今はシロと憑依している訳では無い、その為威力は比べるべくも無く低かった。
状態異常については、当然俺自身も効果を受けるが、俺は装備によって『体力』の値と『凍結』耐性が多少有る為影響は少ない。しかしステータスを『筋力』と『俊敏』の二つに全振りしていて『体力』の値が低いゼンの動きは格段に遅くなった。ゼンの動きが遅くなった隙に襲い来る刃を右に避け、擦れ違い様に右爪でゼンを切り付けようとするが、それをゼンの新技が阻止する。
「日乃舘流、四の太刀、『夕照!!』」
以前にも見た左腰に増えた二本目の刀、それをゼンは左手で逆手に持ち、左手による抜刀術を発動させたのだ。因みにこれ、武技でも何でもない、彼が勝手に言っているだけのオリジナル技だ。彼とオトネは同じ剣術道場に通っているが、その流派という訳でも無いらしい。
だがしかしそこは『SEVEN'S WALKER』の世界、この世界を管理するシステムはその期待に応え、技の威力を底上げした。ゼンの放つ技は武技では無いが、技名を口にする事で威力が僅かに上がる。思いの成せる業というか何というか、この世界は割とノリが良いのだ。
そしてそのゼンのオリジナル技による脅威は、そんじょそこらの武技を軽く凌駕する。ゼンの持つスキルには『居合強化』というスキルが有る。それは読んで字の如く刀専用スキルであり、納刀状態からの攻撃時に補正が掛かるパッシブスキルだ。
ただしその余りにも限定的なそのスキルの効果は高く、居合切りに対する攻撃力と攻撃速度を共に100%強化するという、一つのスキルで合計200%も強化する凶悪スキルだ。そこに更にゼンの持つ加護が加わる。その加護の名は『ジンの抜刀術』。もうこの時点で嫌な予感しかしない。
この加護も効果は居合強化と全く同じだ。つまりゼンの居合切りはこの時点で威力と速度を200%ずつ増加する事になる。その結果ゼンの俊敏は俺の半分程度にも係わらず、ゼンの放つ居合切りは俺の速さを軽く凌駕するのだ。
ただし当然それらは居合切りにしか乗らず、刀を抜いてしまえば効果を失う事になる。それは、加護とスキルの二つが少ない状態で戦わなければならないという事だ。それを回避する為、ゼンは刀を持つ数を増やした。その単純明快な対策は実に嫌らしく効果を発揮している。
ホント厄介な奴だよお前は。尻尾フリフリ。
「くっ!?」
凍結の状態異常で動きが遅くなっていた事もあり、僅かに遅いそれにゼンを切る予定だった爪で迎え撃つ。それは当然拮抗出来る物では無く、右爪を犠牲にする事で更に遅らせ、何とかバックステップで回避する。それでも俺の腹部には横一線の切り傷が作られていた。居合限定とはいえ、速さ特化の此方を凌駕する速さを出しながら、一撃で此方を打倒し得るゼンの居合斬りは本当に厄介だ。
距離が空いた事で、ゼンは即座に二本の刀を納刀し居合切りの準備を整える。それに対し、俺は切り飛ばされた右爪を全て切り離しHPの5%を支払う事で再生成した。互いに次に備えて準備をしつつも、俺達は僅かに生まれた余暇に言葉を交わす。
「浅いか。今のは入ったと思ったんだが、相変わらずはぇな、ハク」
「抜かせ! それはこっちの台詞じゃ! お主のそれは厄介過ぎるんじゃよ、ゼン!」
「だろ?♪ 前にハクにやられたのが悔しくてよ、必死で稼いだ甲斐が有ったぜ♪」
俺の言葉に、ゼンは嬉しそうに二本目の刀に僅かに触れ言葉を返して来た。その様子は正に侍! といった外観とは合わず、やはり彼の中身まだ若いのであろう事が伺えた。まぁその実力は学生レベルに収まっていないが。俺は話しながら左爪に準備した『蒼光弾』をゼンに向けて放つ。
「じゃからと言って、増やし過ぎなんじゃ、よ!!」
「あめぇ! なっ!?」
俺の放った若干速度の遅い蒼光弾を、ゼンは余裕を持って斬り払った。だがそれは此方の思惑通りの行動だ。ゼンの振るった刃が弾丸に触れた瞬間、弾丸は斬られる事で効果を失う前に自身が内包する魔術を解き放った。今回の弾丸は以前使った『強爪+迅爪+アイスランス』の蒼光弾では無い。
今回は強爪の代わりに、状態異常魔術である『フロストバイト』をその内に秘めたのだ。その為強爪による速度強化が失われ、速度の落ちた弾丸をゼンは余裕を持って斬り払ったのだ。だがその結果、彼は顔にフロストバイトを諸に受ける羽目になり、視界が奪われ動きを更に遅らせる事となる。
「止めじゃ!!」
「ぐはぁっ!?」
そんな隙を当然許す筈も無く、俺は即座に右手に『氷迅葬爪』を発動させ、彼の首を刎ねる事でこの決闘に幕を引いた。システムにより生命が保護されている事で、刎ねた筈の首は刃が通過するだけに終わり、今もなおゼンの体には頭がしっかりと付いている。戦いが終わると同時にゼンは仰向けに倒れ、体を草原に預けながら悔しがる。
そんな彼をそっと見遣れば、その腰に巻かれた帯には三本の刀が差し込まれていた。
そう……、彼は刀を二本持つだけでは飽き足らず、更にもう一本追加して三本の刀を腰に差しているのだ。お前は何処の海賊狩りだ、ゾ……ゼン。危ない危ない。
流石にこれ以上増やすと邪魔になると言ってもう増やすつもりは無いらしく、折角だからと少々特殊な使い方を考えている様で今は色々と研究している段階らしい。その為、今はまだ三本の刀を完璧には扱い切れてはおらず、今回はそれを使われる前に倒す事が出来たのだ。彼がその扱いに習熟していけば、ゼンの攻略難易度は格段に上がって行く事だろう。実に厄介な男である。尻尾フリフリ。
俺は腰に両手を当て胸を張りながら、尻尾を振りつつ勝利宣言する。
「くっっそーーーー! 負けたぁぁ!! ハクは手札が多過ぎなんだよ!」
「はっはっは♪ これで11勝10敗3分け、ワシの勝ち越しじゃ!! 勝ったぞ~~シロ!♪ ちゃんと見ておったか?♪」
「キャン!♪キャン!♪」
「あ、終わったんだね。お疲れ様~二人とも。ほんとハクちゃん凄いよねぇ、ウチは高等魔術をやっと使える様になった位だよ」
「凄いです! ハクお姉さま! あんなに飛び回るなんてメルルには出来ません!!」
「え? オトネさんもう? ……ハクお姉さんお疲れ様です。ゼンさんもお疲れ様でした」
俺は戦いが終わって駆け寄って来るシロを抱き上げ、満足行くまで撫で回した後頭に乗せる。その間シロは終始尻尾を振り乱していた。
お母ちゃん勝ったよ~シロ♪ 尻尾ブンブン♪
俺達は今、ゼンとオトネにカノンとメルルを加えた五人と一匹……、いや四……、いや沢山? で狼の森の広場に訪れていた。以前カリィに爆弾を投下されてから、ゲーム内時間で既に四日が経っていて、現実ではゲームを開始してから一週間が経とうとしている所だ。俺達が決闘システムを使い戦っている場所から少し離れた大樹の木陰で、彼女たちは草原にシートを敷きのんびりとお喋りに興じている。
カノンが最初に何か小声で言っていたが、その呟きはオトネには聞こえていなかった様だ。難聴系かな? 面白そうな予感がするので敢えてツッコまずに放置しておくか、きっと大した事ではないだろう。尻尾フリフリ♪
彼女達の近くでは、この森で出会ったホワイトウルフが大勢集まっており、彼等とは違う三色の生き物を囲って群がっていた。因みに白狼達は俺がこの森でテイムを試した100匹が入れ替わり立ち代わり、この広場を拠点として訪れている様だ。此処には他のモンスターがポップする事も無く、また他のプレイヤーも今の所訪れていない為、どうやら白狼達の楽園と化しているらしい。
因みに、先程の戦績を見て判る様に、俺達は最初に戦って以来何度も模擬戦を繰り返している。ゼンは戦闘狂だし、俺は自身の速さに慣れる為の訓練に丁度良い事も有って快く受けているのだ。仕方なく! ……何か?
最初は、町の冒険者ギルドに併設されている訓練所を使って戦っていた。だがそこでは人の目も多く、隠しネタの多い俺は全力が全く出せずに大敗を喫した。その時の戦績は一勝三敗である。なおその一勝については三連敗した俺がキレて、人前で言い放った『こんな美少女を虐めて楽しいか! ムッツリ侍!』という言葉にゼンが動揺している間に首を刎ねてやっただけだ。それにキレたゼンを、俺は気分良く尻尾を振りながら煽りまくっていた。尻尾ブンブン♪
結局、訓練所では練習にならないので何処かないかと相談した結果、人目も無く広さも十分にあるこの広場で戦う事になったのだ。ここでなら俺も気兼ねなく全力を出せるので、シロを加えた三人で戦ったり、憑依を使った全力戦闘も試している。
シロを加えた場合はシロがゼンの速度に対応し切れず、また俺もシロを守る事に意識が行ってしまい二勝三敗の負け越しだ。魔法メインで戦えば魔法耐性の無いゼンには有利に立てるのだが、それだと練習にならない。今はシロを俺のフードに乗せながら戦う方法で色々と試している。速い相手とインファイトで戦うのであれば恐らくこれしか方法が無いだろうから、後は練習有るのみだ。
負け越した事でシロが悔しそうだったので、憂さを晴らす為に憑依も試してみた。そして高等魔術である『ストームブリーズ』を開幕放った結果、氷の嵐が止んだそこには潰れた蛙の様に倒れ伏すゼンが残されていたのだ。それを見て、氷結魔王ハクちゃんはシロの遠吠えと共に高らかに嗤い声を上げるのだった。
ふーーーっはっはっは! お前に世界の半分はまだ早いぞゼン!! 尻尾ブンブン♪
ぶっちゃけ憑依中は余裕の圧勝だった。俊敏も攻撃力も、何なら氷盾爪で防御力も爆上がりした氷結魔王ハクちゃんの前では、ゼン如き敵ではなかったのだ! はーーーーっはっはっは!
まぁ、氷盾爪は余裕でぶった切られたんですけどね。
何なら左腕毎、綺麗にぶった切られましたし。
その結果、焦った俺はゼンに向けて高等魔術『ブルークレイモア』を置き逃げしてゼンの氷像を作り、首を刎ねる事で無事に勝利を収める事が出来たのだ。だがそこで気付いてしまった。高等魔術が高い効果を発揮する憑依状態において、魔法耐性の無いゼンでは練習にならないな、と。
魔術縛りをしても良いのだが、それで変な癖がついても宜しくない。その為結局、憑依はゼンとの訓練では封印され、主に俺単独かシロとのコンビで模擬戦を行う事になったのだ。憑依していなければ高等魔術の威力も高すぎる訳でも無く、色々なコンビネーションが試せている為より実践的な訓練が出来ている。
そして、今日も森で訓練をしようとしていた所、ハルリアの広場でばったりとカノン達に出会ったのだ。その際メルルの持ち前のコミュニケーション能力により、あっさりとオトネと意気投合。俺達が訓練している間彼女が暇になる事もあり、またメルルが着いてきたいと元気に答えたので一緒に来る事になった。
その時、カノンは静かに見守っていただけだったが、来る事が決まった時は帽子の縁を掴んで顔を隠しながらも、口元は嬉しそうに歪んでいたので彼女も不満は無いらしい。可愛らしい子である。尻尾フリフリ。
だが、いざ広場に入ろうとした時に少しトラブルが起きた。彼女達二人は広場に入れなかったのだ。それ処が広場が有る事さえ認識出来ていなかった様で、広場に入った瞬間消えた俺達に随分と戸惑っていた。どうやらここは、あの特殊イベント時に関係が有った対象以外は認識すら出来ない空間らしい。
此処に出入り出来ている白狼達も、イベント前に出会った子達だけで他の個体にポポルの実を渡して連れて来ても、中まで連れて入る事は出来なかった。イベント前の100体がどうやら入れる対象になる様だ。まぁ、今彼女達が入れている事からも判る様に入る方法はあり、それは実に簡単な方法だった。パーティを組む事で彼女達にも認識出来る様になったのだ。
そうして彼女達も無事広場に入る事が出来、俺とゼンが模擬戦を繰り返している間はシートを広げ、持って来たお菓子なんかを食べながらお喋りをしていた。その際シロも彼女達に混ざり、干し肉やお菓子なんかを色々と貰ってはプリプリと尻尾を振っていた。別にこの世界では幾ら食べた所で太る訳でも無いし、健康が損なわれる訳でも無いので俺も好きにさせている。
何よりシロが可愛いしな! 尻尾フリフリ♪
俺は当時の事を思い出しながら白狼達を見遣る。普段は思い思いに過ごしている白狼達だが、今は初めて訪れた珍客に興味津々らしく、その殆どが彼等に群がっている所だ。
「「「メ゛エ゛ェェ~~~」」」
「「「スンスンスンスン」」」
その様子にちょっと呆れつつ、労ってくれた三人にも返事を返す。
「お~、有難うなぁ三人とも。これでワシの方が強い事が証明されたのう~ムッツリ侍ゼンよ!♪」
「それ止めろっつってんだろ! それにまだ一回負け越しただけだ! 次俺が勝てば引き分けなんだよ! さっさと次やるぞ! ハク!」
「キャン!♪キャン!♪」
「止めなよ……ゼン。二人とも消耗してるんだし、今日はもう十分やったでしょ。それに二人が退屈しちゃうよ」
「はいはい! 二人ともすっごく強くて! メルルはとっても楽しかったです!」
「そうだね……。二人共二期組なのに、もう私じゃ一対一だと勝てそうに無いです」
「カノンは魔法使いなんじゃから、そもそも一対一で戦う物ではなかろうよ。それにワシらはかなり特殊な部類じゃ」
「キャン!♪キャン!♪」
「ちっ! 仕方ねぇな。……まぁ俺達は俊敏が高ぇから、魔法使いにとって相性も悪ぃだろ」
「そうだよカノンちゃん。ウチなんてこのメンバー内じゃ誰にも勝てる気がしないよ……。どうせウチは構成も普通だから……」
「はいはい! メルルも勝てる気がしません! でも皆と居るの楽しいです!♪」
「メルルちゃんは自分で戦うタイプじゃないでしょ。あの子達も凄い強いし。……というかあれ大丈夫なの?」
そのカノンの言葉に、俺達は一斉に何かに群がっている狼の群れを見遣る。その群れの中心には、四方から匂いを嗅がれまくっている三匹の羊が居た。子豚ではない。めぇぇ~~。尻尾フリフリ。
「「「メ゛エ゛エ゛ェェェェ~~~」」」
「「「スンスンスンスンスンスン」」」
「「「「…………」」」」
「大丈夫だよカノンちゃん! モココちゃん達凄く楽しいみたい!」
「「「「あれ楽しんでるんだ……」」」」
「キャン!♪キャン!♪」
どうやら、狼に群がられている羊達はその状況を楽しんでおられたらしい。羊の癖に図太い奴等だな、相手は狼やぞ。シロもその様子を見て楽しんでおられる様で俺の頭上で楽しそうに鳴き声を上げている。
俺達は暫くの間、無数の狼に群がられる哀れじゃない三匹の羊に微妙な思いを馳せるのだった。
羊「メ゛エ゛ェェ~~」×3
狼「スンスンスンスン」×100
人「……………………」×5
シ「キャンキャン!♪」×1
ハ「……動物園かな?」




