036 赤い輝き
「ゴゥガァァァ!!!」
「行くぞ!!」
俺は迎え撃つリーダーの咆哮を聞きながら、彼に向かって真っ向から突き進む。
「ガァ!!」
彼は俺の動きにきっちりと合わせ、武技の光を纏う長剣を叩き付けて来る。それは決して楽に避けられる速度ではなかった。だが彼の武器は長剣だ、一々大袈裟に避けていては近寄る事も出来ずに時間切れになるだろう。憑依してから既に6秒程が経ち、魔術も使った事でMPは残り800弱だ。もう時間は残されていない。
「ぐっ!? 破ァ!」
俺は左腕の盾を犠牲に、その一撃を左に受け流す。憑依を以ってより強固になった筈の盾は、不快な音を立ててその身を削りながらも受け流す事に成功し、敵の刃が地面を打つと同時に砕け散った。その余波だけでもかなりのダメージを受ける事になったが、彼を仕留めさえすれば問題は無い。彼の一撃を掻い潜った俺は、彼の右腕を切り飛ばすつもりで鎧の無い右脇へと右手の刃を切り上げる。
「グァ!」
「ぐぅ!」
だが寸での所で彼は右肩を引きながら、左手に持った盾で此方を殴り付ける。その結果刃は半ばまでしか届かず、腕を切り飛ばすには至らなかった。それでも彼の攻撃力を落とす事は出来ただろう。だが彼等には自己再生能力が有り、傷は既に塞がり始めている。時間を掛ければ今付けた傷も無駄になるだろう。
俺は殴られながらも自ら左へと飛び、左手で側転する様に回避しダメージを減らす。俺は側転しながら再度右手に『氷迅爪』を、左手に気付かれない様に新しい魔術を組み込んだ高等魔術をチャージする。
『アオーーーーン!!』
「疾っ!」
頼もしい相棒の援護を受けながら、高等魔術の準備を進める。彼は今無理に肩を引いた事で、体の右側が開いている状態だ。それを見て、着地と同時に左手の魔術を体で隠しながら彼の左側へと駆け、彼の右胴体を逆袈裟に切り付ける。だがそれは鎧を浅く切り裂いただけで、大したダメージを与える事が出来なかった。幾ら魔力が上昇し攻撃力が上がったとはいえ、筋力の低さが邪魔をする様だ。
「ちっ!」
「ガァ!」
背後まで掛けた俺に対し、彼は振り向きながら武技を纏った刃を横振りに斬り付ける。俺は振り向きながら背中を逸らし、左手の高等魔術を置き土産に右手でバク転する。刃は風切り音を響かせながら、俺の髪を一部斬り飛ばし胸の上擦れ擦れを通り過ぎて行った。刃を振りながらも、彼は直ぐに俺の置き土産に気付き目を見開く。
置いて来た蒼白い光球は、彼の目の前で甲高い音を立てながら佇んでいた。
次の瞬間、光球は彼の右半身目掛けて炸裂音を響かせ発動する。
彼はギリギリ顔を盾で防ぐ事に成功するが、守られなかった右半身は大きな影響を受ける事になる。俺が放ったのは範囲魔法の『アイスブリーズ』と新魔術の『フロストバイト』を複合した高等魔術、『ブルークレイモア』だ。
アイスブリーズは攻撃魔法だが、アイスランスとは違い実体による攻撃では無く冷気による攻撃だ。その為ダメージよりも状態異常を与える効果が高い。そしてその魔術に追加したフロストバイトは、完全に状態異常を付与する事を目的とした魔術だ。それをクレイモア地雷の様に指向性を持たせ、リーダーに向けて破裂させたのが新しい高等魔術になる。
状態異常特化の魔術を間近で受けたリーダーは、一瞬で右半身を凍結させる事になった。『凍結』の状態異常を受けた事で、右脇と右腹部の傷も再生を止めた様だ。どうやら、自己再生能力は状態異常などの妨害により止める事が出来るみたいだな。
だがこれは飽く迄も状態異常の為、このまま彼が死ぬ事は無い。しかし高い状態異常を受けた事により彼の動きは鈍り、俺の前に大きな隙を晒す事になった。
「これで終いじゃ!!」
『アオーーーーン!!』
「グ、ゴアァ、ァ!」
俺とシロはこの戦いに決着を着けるべく、右手に『氷迅葬爪』を発動させる。右半身が上手く動かせずに、リーダーは苦悶の表情を見せながら呻き声を上げた。彼は凍っていない左半身なら動かせるが、生憎と今俺に向けているのは動かせない右側だ。俺達はリーダーの首を刎ねるべく走り出す。
『ガウゥ!!』
「グガァ」
「なっ!?」
だが今正にリーダーの首を刎ねんと刃が首に触れた瞬間、シロの警告と共に俺の体に左から何かがぶつかり、首を浅く切っただけでリーダーの止めを刺す事が出来なかった。失敗に終わった氷の刃は砕け散り、俺の体は弾き飛ばされ無様に地面を転がる。俺にぶつかって来たのは瀕死で動けなかった筈のシーフだった。
自己再生能力が有るとはいえ、動ける様になるにはまだ時間が掛かると思っていた。それなのに一体何故……。そう思い彼を見れば、全身を覆っていた筈の赤いオーラは伺えず、足に残った赤い光が消えていく所だった。彼はリーダーを助ける為に、オーラを使い切ってでも足に集中する事で、一時的とはいえ動く為の再生力と、俺を超える素早さを手に入れたのだ。その結果、彼は自らの望みを見事に果たして見せた。
だが……、それを果したのは彼だけでは無かった。
「ゴガァァ!!」
「くぅっ!?」
『ワフ!?』
シロが俺を心配する様に鳴き声を上げる。俺が突き飛ばされた方向には運の悪い事に……、或いは彼等の狙い通りに、最後のホブゴブリンが居る方向だったのだ。突き飛ばされて倒れた俺に、残りのホブゴブリンが掴み掛かって来る。彼は剣と盾を捨てる事で速度を上げ、俺へと追い縋ったのだ。右腕は使い物にならない様だが、盾に守られた左腕はまだ使えたらしい。とはいえ万全とは言えない。その為彼は直接攻撃するのではなく、その不自由な腕で俺を拘束する事を選んだ。
右腕は彼の腕で抑え込まれて使えず、この距離では斬撃は使えない、俺は自由の利く左腕で刺突にも使える『氷迅爪』を発動し、素早く彼の首を突き刺した。それでもまだ彼は倒れない。彼は此方を憤怒の表情で睨み付け、俺を拘束する左腕に力を込めながら最後の力を振り絞り、魂からの咆哮を上げた。
「ガギャァァアァア!!」
その声を受けリーダーが動く。俺はシーフによって左から突き飛ばされた事により、リーダーの正面へと移動していた。だが突き飛ばされた事で彼とは少し距離が出来、長剣が届く距離では無い。
それでも、彼は動いた。
その左手に持った大盾を手放しながら。
露になったその手には、赤く光る魔術の輝きが秘められていた。
彼は盾の裏で俺に気付かれない様に、魔術の準備を進めていたのだ。俺がこの戦いの間で何度もやった騙し討ち。それを今度は自分の身で味わう事になる。
――しかもそれは、非常に拙い事に
――火の魔術だった。
「魔術じゃと!?」
『ワフゥ!?』
視界は瞬く間に紅蓮の炎で埋め尽くされる。俺は傍らのホブゴブリンと共に、リーダーの放った魔術でこの身を焼かれる事になる。氷の精霊であるシロと憑依している今、俺は火属性の攻撃が弱点となる。更に火属性の状態異常である『火傷』効果による継続ダメージも加わり、HPは見る見る内に減少していく。全身は『火傷』効果を表わす赤いエフェクトに纏わり付かれ蝕まれて行く。
「くっ!『バリア!!!』」
『アオーーーーン!!!』
俺達は魔術の赤い光を見て、直ぐ様『バリア』を発動させる。だが発動寸前だった魔術に対して此方の魔術が間に合う筈も無く、HPは大きく削られる事になった。それに最も苦手な火属性の魔法だ、いくら魔法に強いとはいえ何時まで氷の盾が持つかは判らない。直ぐにでも氷盾爪を発動させたいが、同じ魔術を同時に発動させる事は出来なかった。
放たれた魔術は運が良いのか悪いのか、恐らく俺の速さに対応する為の扇状に広がる範囲魔法だ。その為面積当たりの火力は低い、だがそれは火炎放射の様に敵を焼き続ける魔術だ。
氷の盾が守ってくれている隙に、左足のポーションを取って蓋を親指で弾き飲み干しフードを被る。ポーションには冷却期間が存在する為、今あるポーションを全て飲んだ処で意味は無い。
だが100しか回復しなくても無いよりマシだ!
『ストームブリーズ!!!』
『アオーーーーン!!!』
更に俺はリーダーが放った魔術の影響を抑えようと、自分を中心に高等魔術を解き放つ。それは瞬時に効果を発揮し辺りに氷の嵐が吹き荒れた。だがこれは飽く迄も氷結魔法だ。俺が始めに持っていた風魔法なら吹き付ける炎を逸らす事も出来たかもしれないが、氷結魔法では火属性と最も相性が悪い事もあり、余り効果を抑える事には繋がらなかった。
そして、俺が高等魔術を放った瞬間氷の盾は弾けて消える。やはりバリアでは全く持たなかった様だ。俺はバリアが消えた事で間髪入れずに魔技を発動させる。だが幾ら何でも一瞬で発動出来る筈も無く、再度炎にこの身を晒す事になった。
「ぐっうぅ、『氷盾爪ぉぉ!!!』」
『ワオーーーーン!!!』
それでも、直ぐ様魔技は発動しその力強さで俺を守ってくれる。その左腕で最も防御力の低い顔を盾でガードする。剝き出しの右腕は抑えられ動かせなかったが、逆に抑えられている事で守られている。だがそれ以外の部分については防具と自身の『精神』による魔法防御力が頼りだ。
バリアは火属性が苦手だが魔法攻撃には強い。その特性が存分に生かされ、強爪によって強化され圧縮された盾は何とか耐えきってくれたが、盾に守られていない部分については大ダメージを受ける事になる。火炎放射が止まると同時、氷の籠手はその役目を終え輝きを散らす。俺は結果として400近い損傷を負い、残りのHPは150程まで追い込まれる事になった。
ポーションが無くても何とかなったかと思いつつも、耐えきる事が出来た事に安堵する。精霊装備に変えた事で火属性に対する耐性は下がるが、魔法に対する耐性は上がり、また魔法耐性に関わる『精神』のステータスも憑依した分を含め大幅に上がっている。
何よりリーダーは、金属鎧を難なく使える事からも判る通り物理タイプの戦士だ。魔力のステータスは決して高くないだろう。それは俺が死ぬまで火炎放射を続けられなかった事からも解る。……まぁ、重傷なんですけどね。
寧ろ幾ら火属性だからと、物理タイプのリーダーの魔術でダメージを食らい過ぎに思えるが……、或いは、魔法攻撃にもあの赤いオーラの効果が乗っているのかもしれない。
「グ……、ァ……」
俺を抑え込み、リーダーの魔術を共に浴びた最後のホブゴブリンは、俺の損傷具合を見て満足げな顔でこの世を去って行った。
……くそ、どいつもこいつも格好良い生き様見せやがって!
やられるこっちは複雑な気分になるんだよ!!
確かに自分で魔王って言ったけども! 言ったけれどもぉ!!
そしてリーダーの放った魔術は、此方の殺傷だけが目的では無かった様だ。
「グガアァァ!!」
「……なるほどのぅ、本当に最後まで楽しませてくれるわい。『アイスブリーズ!』」
『ワフ!ワフ!』
俺は最後の彼が消えると同時に跳ね起きる。俺の目の前には自身の右半身から煙を上げながらも、支障無く全身を動かすリーダーの姿が在った。どうやら先程の魔術で自身も燃やし、半身に負っていた『凍結』の状態異常を解除した様だ。それを見て、俺も即座に自分に向けて魔術を掛け、HPを蝕み続ける『火傷』の状態異常を消した。
彼の体は凍結が消えた事で自己再生能力も復活し、見る見るうちに回復していく。彼自身も大きなダメージを負い万全とは言い難い状態だが、先程最後の前衛が落ちた事で彼が纏う赤いオーラは更に輝きを増していた。今回の強化では再生能力が上がった様だ。時間を掛ければ追い詰められるのは此方だな。
体当たりしてきたシーフを見遣るが、彼は地面に倒れ伏しており纏うオーラは既に無い。だがポリゴンにはなっていないので生きてはいるのだろう。そしてリーダーのオーラが強化されたのは合計三回だ。どうやら仲間が死ぬ度に強化されるタイプのスキルらしい。
なら今動けないシーフに止めは刺せないな。そのせいで不意打ちを受けたとはいえ、既に彼のオーラは無くなっている。憑依状態の今、オーラによる強化を失った彼に奇襲を受ける事はもう無い。
とはいえ、リーダー戦を開始して既に数秒が経ち、俺のMPも残り350を切っている。戦闘を考えれば憑依時間は残り10秒と持たない。憑依が切れてしまえば更に強化されているリーダーに勝つ事は絶望的だ。再生能力が強化され時間が味方するリーダーに対して、MPが枯渇間近で回復する手段も無い此方は時間が敵になる。次で勝負を決めるしかない。
「ガァァ!」
彼の咆哮と共に纏うオーラはその輝きを増し、その輝きは憎悪で世界を焼き尽くすが如く世界を染め上げる。
「次が決戦じゃ! 気合入れていくぞ! シロ!!」
『ワン!ワン!』
それに呼応する様に俺達の纏う冷気もより深く輝き、世界を終わりに導くかの如く蒼く凍てつかせていった。
この場には紅と蒼の煌めきが、互いの世界を塗り潰す様にぶつかり火花を散らしている。
――終わりの時は、もうすぐそこまで来ていた。
ホブ『ちっ……、まだ死なねぇか……、しぶてぇ奴だ……な……』




