013 お前にモブ太は勿体無い
今回は後半が他者視点になります。
分けても良かったけど、納まりが良かったので!
あと今回の話は人によってはちょっと不快に感じるかも?
スマンな!
「なんだあれ」
その状況を見て、ついイラッとして素で呟く。魔女っ娘は助けを求める様にチラチラと周りを見ているが、誰もそれを助けようとしない。チキンしかおらんのか。中には衛兵と話しながら二人を示しているプレイヤーも居るが、衛兵は首を振るばかりだ。なんでやねん、事案発生しとるんやぞ。
まぁ、それもある程度は仕方ないのかも知れないが。『SEVEN'S WALKER』ではプレイヤーに過度の干渉をしない。この世界で一人の人間として生きて欲しい、とプレイヤーの自主性に任せているのだ。その為『無垢の剣』の様な自治組織も出来ている。何処かへ向けて走って行ったプレイヤーも居るので、もしかしたら彼等を呼びに行ったのかも知れない。
また、確かに見た目状は完全に事案発生であるがここはゲームの世界で有り、皆が皆、見た目通りとは限らないのだ。今目の前にある光景ももしかしたら中身は真逆で、中身幼女なイケメンが夢中で話し掛け、中身おっさんな幼女が泣き出しそうになっている可能性も有る。小人族、何てものが居るこの世界で、見た目で判断し運営が過度に規制してしまえば、プレイヤー同士の交流に水を差す事に成り兼ねないのだ。
だから衛兵は動けない。暴力でも振るっていれば別だが、今はただ話し掛けているだけだ。それが解っているから、周りのプレイヤーも手が出せないのだろう。下手に手を出そうものならこちらが犯罪者の仲間入りだし、あの手合いがまともに人の話しを聞くとも思えない。
とは言え可能性は可能性、あれはまぁ事案だろう。そういう訳で、気に入らないので首を突っ込む事にする。最悪、犯罪者の仲間入りだが知った事か。魔女っ娘の仕草は本物の少女の物に見えるし、モブ太の仕草からはおっさんの様なだらしなさを感じる。後ちょくちょく挙動不審。少し近付いて話を聞いてみれば、吃りながらも物凄い早口だったが。……これはあれか、非モテのオタクがイケメンに転生して調子に乗ってるパターンか。
しかも完全にロリコン、別に人の性癖にどうこう言う積りは無いが、例えどれだけ崇高な趣味だったとしても人に迷惑を掛けたら駄目だろう。特に趣味に癖がある者はNOタッチを忘れてはいけないのだ。初心者装備で有る事からも、モブ太もこの世界に来たばかりで興奮しているだけかも知れないが……、それはそれ。
因みに、魔女っ娘の姿は黒髪黒目のショートヘアで、黒い尖がり頭に鍔広な帽子を被り、黒いローブを着て身の丈を超える杖を持つ、THE!魔女! といった格好をしている。ただしその身長はとても低く、120cm程の小人族の少女だ。恐らくホビット族だろう。なので魔女の少女、というよりは見習い魔女、といった具合なので、結果魔女っ娘だ。
取り敢えず不快だったので俺はモブ太……、いや、こいつにモブ太は勿体無いな。何よりモブ男に失礼だ。キモブにしよう。俺はテクテクと歩いて近付き、キモブに取り敢えず蹴りを入れる事にする。もし俺の勘違いだったとしても関係無い。その場合は、俺の歴史に真っ黒なページが一枚追加されるだけで俺が羞恥に悶えれば済む話だ。だがもしこれが勘違いでは無く、今現在彼女が恐怖に傷付いているのなら見過ごす訳にはいかない。
俺の場合は黒いページが一枚増えるだけだ。だが彼女の場合はゲームをして本来楽しい一ページが加わる筈の所に、見知らぬ男性に延々と話し掛けられ、怖い思いをしても誰も助けてくれない、というズタズタに傷付いた思い出したくも無いページが増える事になるのだから。おっさんの羞恥心でそれを防げるのなら安い買い物だろう。……家に酒は有ったかな? ……頑張ろう。
「ね、ねぇねぇ、良いじゃん。ここんなイケメンそういないよ? せ、折角この俺が話し掛けてんだからさぁ。一緒に遊ぼうよ。キミ、い゛い゛一期組でしょ? 色々、教えてよぉ。ここんなイケメンと一緒にいられる何て、う嬉しいでしょ? 絶対、たたた楽しいからs『楽しくないわボケぇぇぇぇ!!!』ぷげらあぁぁぁぁあ!! なななななな、なに!? なに!!??」
【0ダメージを与えた。】
脇腹に痛烈なヤクザ蹴りを受けたキモブは、くの字に体を折りながら叫び声を上げ勢い良く倒れる。貧弱ハクちゃんでも無防備な相手なら蹴り倒せるんだな。目の前で突然行われた非道な行いに、魔女っ娘は目を驚き見開いて動きを止める。キモブは只管パニクってワタワタしていた。その様子にも何だか腹が立つ。
余りにも不快だったのでついつい力が入ってしまったが、それでも0ダメージらしい。まぁただの蹴りだからな、貧弱ハクちゃんでは打撃はダメージにならない様だ。それはどうでも良いが、この手の手合いに喋る暇を与えてもうざいだけなので畳み掛ける事にする。
チラリと衛兵に視線を向ければ、衛兵は揃って明後日の方向を見ていた。そういう融通が利くなら助けろよ……全く。衛兵を気にする必要が無くなったので、俺は思う存分キモブを脅す事にする。未だに立ち上がれずワタワタしているキモブを跨ぎ、左手で胸倉をガッ!と鷲掴みにしてから顔を覗き込む様に話し掛ける。
「おいキモブ『キキキモブ!?』黙れ。『ななな何だあんた行き成り頭イカレてんのk』ダ・マ・レ『はははぃぃぃ!』」
軽く言ってもパニックで聞こえて無かった様なので、俺は顔を近付け無表情で凄みながら右爪を真ん中の一本だけジャキン! と出し、ペチペチとキモブの頬を叩く。すると、キモブはカクカクと顔を縦に動かして黙った。……ちょっと顔を赤くするな。
キモブが黙ったので、俺はキモブの目を見ながら爪を見せつつ無表情にキモブを脅す。
「貴様には周りが見えんのか、あ゛?『ひぃ!?』自分が話し掛けてる相手の顔さえ見る事が出来んのか? 貴様に付いている両の目は飾りか? ……だったら必要なかろう。ワシが今すぐこの場で抉り出してやる」
「ひひひ、ひぃぃぃぃぃぃいいいい!?」
ヤバい、一瞬素が出た。
俺は言葉と共に爪を動かし、刃先が当たらない様キモブの眼球にピタリと爪を当てる。刺しはしない。このゲームは痛覚は無いが、それ以外の感覚は現実と変わらない。目玉に刃が当てられている感触は、さぞ恐怖を煽る事だろう。いっそ刺さってしまえば痛みの無さに冷静になれるかも知れないが、刺さっていない現状、それは現実と何も変わらない恐怖を与えて来る筈だ。
この時後ろから見ていた者達には、俺の耳は後ろに倒れ尻尾は後ろで斜め上にピンと立ち、小刻みに振れているのが良く見えていた事だろう。ただし、それは楽しいからではない。くっそ苛ついているからだ。役に立たない衛兵も、見てるだけで助けようとしない周りの奴等も、そもそも小さな女の子を泣かせてるこいつも!!
犬が尻尾を振るのは、必ずしも楽しい時とは限らないのだ。横目に見える魔女っ娘も俺の尻尾を見ていた。詳しく無ければ、楽しそうに人を脅すヤバい奴に見えている事だろう。俺はキモブにしっかりと効いている事を確認しながら脅迫を続ける。
「貴様は、今にも泣き出しそうなこの子の顔を見ても、何とも思わんのか?」
俺はキモブの胸倉を掴んだまま、魔女っ娘の方へキモブの顔を向ける。そこには、泣きそうな顔をした魔女っ娘の姿が有った。座った魔女っ娘に対して、立ったまま見下ろす様に話し掛けていた先程よりも、地面に近い位置から見上げる様に見る今の方が、良く彼女の顔が見えた事だろう。……今は、違う意味で泣きそうになっている気がしないでも無いが。
「この顔を見ても、悪い事をしたとは思わんのか? 少しも申し訳ないとは思わんのか!! それなら、……貴様に人と関わる資格は無い。一人寂しく過ごすが良い」
魔女っ娘の顔を見たキモブは、僅かに動きを止めた。どうやら漸く気付いた様だ。その反応が出来るんなら、最初っからやんなよ……。彼にとっても、彼女を傷付けるのは本意では無かったのかも知れないな。それならば、とさっさと解放する事にする。過ちに気付いた奴を必要以上に責めても、余計拗れるだけだろう。
「それが解ったのなら、……この場からさっさと失せるがいい!!」
「は、ははぃぃぃぃぃい゛い゛!!」
俺は爪を消し、軽く放る様にキモブの胸倉を放してから、キモブから魔女っ娘を隠す様に間に入る形で立ち上がる。それを受けてキモブは慌てて立ち上がり、何歩か行った所で振り返ってから魔女っ娘に向けて『ごめん! ホントごめん!!』と言ってから走り去った。それを腰に両手を当てて見送る。
「……全く、謝れる奴がアホな真似しおってからに」
「あ、あの……。助けてくれて、有難う、御座います」
その怖々とした言葉に、俺は視線を後ろに向ける。魔女っ娘は少しビクビクとしながら、こちらを見上げていた。杖を持つ手に力が入る! コワクナイヨ~。
俺は振り返りながら、両膝を地面に着けてしゃがみ込み、両手を太腿に乗せ、彼女を見上げる形で視線を合わせる。これ以上彼女を怖がらせない様に、努めて優しく落ち着いて話す事を心掛け、軽く微笑みながら彼女と話す。
「スマンのぅ、怖がらせてしまった様じゃ。お主を怖がらせるつもりは無かったんじゃが、ついつい力が入ってしまってのぅ。ワシはハクと言う。お主の名前を聞いてもよいじゃろうか?」
「わ、私は宇都宮カノンって言います。……その、ずっと話し掛けられてて、……行かないって言っても聞いてくれなくて」
その瞬間、彼女の頭上に『宇都宮カノン』の文字が現れる。
漢字もちゃんと表示されるんだな、そこはこちらの認識に関係無いらしい。
彼女は話しながら徐々に涙を浮かべていく。よっぽど怖かったらしい。全くキモブめ! こんな可愛い子を怖がらせおって。可愛い子はガチで怖がらせるんじゃなく、ホラーとかの悪戯でちょっと怖がらせる位がよっぽど楽しゲフンゲフン。
……ともかく! 今は怖がらせても仕方ないので、こちらが理解している事を示しながら、ゆっくりと落ち着かせる様に話し掛ける。
「カノンか、よい名前じゃな。……知らない男性に話し掛けられて、さぞ怖かったじゃろう。……誰にも助けて貰えず、さぞ心細かったじゃろう? ……良く頑張ったな、偉いぞ、カノン」
「わ、私……ほ、本当に怖くて……」
その言葉で緊張の糸が切れたのか、彼女はその瞳に涙を溜め、泣きながらこちらに飛び付いて来た。
え!? ちょ、ま!? ワシ、中身男性なんじゃが!?
おじさんなんじゃがぁ!?じ、事案になるぅぅぅ!
わ、ワシは悪くないぞ!?
そうやって俺が、内心パニックになっているとも知らず。
飛び付いて来たカノンは泣きじゃくっていた。
ああ~~もう、どうしようも無いわ。……滅茶苦茶怖かったんじゃんこれ。
俺は彼女をあやす様に背中をポンポンと叩く、撫でる勇気は無い。
ワシは悪くないぞ~、不可抗力なんです~、この子が突然~。
等と良い訳を考え、現実逃避をしながらも口では『よしよし、怖かったな。もう大丈夫じゃぞ。』と宥め続ける。
……早く終わってぇぇ!
それから程なく、彼女は気が済んだのか離れながら涙を拭く。恥ずかしかったのか、少しその顔は赤い。ってか、泣けるんだなこのゲーム。現実でどうなってるのかが凄く気になる。もしかしてビショビショになってるなんて事は……。い、今気にしても仕方ないな! うん!
落ち着いた彼女は、恥ずかしそうにしながらも話し掛けて来る。
「……あの、す、すいません突然。ホッとしたら急に来ちゃって」
「よいよい、それだけ怖かったというだけの事じゃ、仕方なかろうよ。こんな詰まらん事は、変に溜め込むよりも、さっさと吐き出して忘れるに限るわい」
「本当に、……有難う御座います、ハクさん。お陰で落ち着きました」
「うむ、お役に立てた様で何よりじゃ」
彼女は澄ました顔でお礼を述べながらも、その顔は真っ赤に染まっていた。かわい。
俺はついニコニコとしながら返事をしてしまう。尻尾ブンブン。
彼女も落ち着いた様なので、少し話しをしてみる事にする。
「それにしても、何故逃げなかったんじゃ? 一期組で有れば、二期組が着いて来れん場所にも行けるじゃろう?」
「そうなんですけど、今日から始める友達と待ち合わせしていたから、ここから動く訳にも行かなくて……」
「ああ~~、二期組の子と待ち合わせしておったのか。それでもSNSで連絡すれば良かろうに」
「え? ……あ。……そ、そういえばそうですね。さっきまでは兎に角怖くて、何も考えられませんでした……」
カノンはそう言い、恥ずかしそうに帽子の縁を掴んで俯いてしまう。
なのでそんな必要は無いのだと語り掛ける。
「それだけの事が有ったんじゃから、恥じる必要は無い。大人だって失敗ばかりじゃよ」
内緒だぞ? と言う様に口の前に指を立て話し掛ければ、彼女は一瞬キョトンとし、クスクスと笑う。やっぱ子供は笑っている方が良いな。
「それにの、失敗したって良いんじゃよ、学びに変えればよいだけじゃ」
「……失敗しても良いんですか?」
「構わぬよ。誰かに迷惑を掛けたなら、誠心誠意謝れば良いんじゃ。その為に言葉は有るんじゃからな。失敗の仕方を学べるのも子供の特権じゃて」
「失敗の仕方を学ぶ……ですか。失敗しない事ばかり考えて、考えた事有りませんでした」
「為になったじゃろう?」
ニヤリと笑いながら言えば、彼女は笑いながら頷いてくれる。
「怖いと思うのは解らないという事じゃよ、じゃから学ぶんじゃ。次、同じ事が有っても問題あるまい? 蹴りの一つでも噛まして、逃げればよいだけじゃ」
「ふふ。……そうですね、ハクさんみたいには難しそうですけど、頑張ります」
俺が笑いながらそう言うと、彼女はその言葉を聞いてまた少し笑った。そうして互いに笑い合った後、耳寄りな情報とばかりに顔を寄せ、彼女に小声で語り掛ける。
「それとな、多少の事なら衛兵も見逃してくれるみたいじゃぞ?」
そう言いながら、彼女に衛兵達を指差すと、それに気付いた衛兵達は、再度一斉に視線を逸らす。今日も桜が綺麗ですねぇ~……全く。それに気付いた彼女は再度、楽しそうにクスクスと笑った。
それから暫く、俺達は並んで座って他愛の無い話をした。この町でどのお店が美味しいだの、ゴブリンは汚くてちょっと苦手だのと。同じゲームをしているのだ、話す事は幾らでもあった。俺はその間、彼女が少しでも落ち着ける様、なるべく優しい声色で笑顔を絶やさぬ様、努力するのだった。
話しをした事で、彼女も十分落ち着きを取り戻した様なので、そろそろ行くかと立ち上がる。……ついでに一応、キモブのフォローもしておくか。あいつの為では当然無く、彼女がキモブに対して理解出来ない気味の悪い奴だった、と思いモヤモヤするよりは、多少なりとも納得出来る形に落とした方が自分の中で整理し易いだろう。
「まぁ、別にあやつのフォローをする訳では無いが、あやつもこの世界に来て興奮しとったんじゃろう。災難だったな……位に思って忘れる事じゃ。また絡んで来たら、その杖で顔をフルスイングしてやれば良い。その位は許されるじゃろう。なぁ!」
俺が『そうだよなぁ!』という意味を込めて衛兵に大声で投げ掛ければ、衛兵達は空を見ながらも右手の親指を立て、グッ!っとこちらに向けて来る。NPCなのにノリの良い奴らだな。それを見て、彼女はまた笑った。何度見ても良いもんだな、泣きそうな顔よりずっと良い。
「ふふ。本当に、有難う御座いました、ハクお姉さん。ちょっとこのゲームが怖くなってたんですけど、お陰で楽しく出来そうです。次はバシっ!と決めてみせます!」
「ん゛ん゛? う、うむうむ、その意気じゃ! ゲームは楽しくなければな!」
……今度はお姉さんって言われた。……勘違いされない為のジジィ言葉なのに。やはり不足なのか? モブ男やその周りに居た奴らは多分、俺の中身が男なのは解ってた筈。なのに、勘違いされたくない若い女の子に限って勘違いされている気がする……。ま、まぁ、そうそう会う事も無いだろうから、態々訂正する程の事でも無いだろう!
そんな彼女と長く付き合っていく事になるとはこの時は思いもせず、すぐに訂正しなかった事に後々頭を悩ませる事になるのだが……それはまだ、少し先の話し。
俺は彼女にまたな、と手を上げ去って行く。その際周りに居た人達は、俺が動き出した事でバッ!と音がしそうな程一斉に明後日の方向を向いていた。彼等に何か言う事が有る訳でも無いので、俺はそれを軽くスルーして東門へと向かう。……でも言っとくけど、俺はお前らにもちょっとモヤってるからな!
まぁ、今回はたまたま上手く行っただけで世の中何でも蹴れば良い訳でも無いし、全てを自分で解決しなきゃいけない訳でも無いんだけど。現実であんな事すれば余裕で務所送りなのだ。人に任せるべき事だってあるだろう。俺はスッキリしない気持ちを抱えつつ、兎にも角にもと自らの相棒を求めて東へと向かうのだった。
因みに、この場に居たプレイヤーによって可笑しなクランが作られた、という情報を後々オロバスによって齎される事になる。そこにはキモブも楽しそうに所属しているとかどうとか……、ロリコンから抜けられて良かったな? 今度はMに囚われたらしいが。結局人は何かに囚われる性なのか……。
マジで、クソどうでも良い情報を楽しそうに持って来やがって。
おのれオロバスーーー!!
Side ~カノン~
――とても素敵な人でした。
最初は……、男の人が目の前で突然くの字に飛んで行ったかと思うと、そのまま刃物で脅され始めたので何事かと思って吃驚したのですが……。そのまま少し話した後、彼は逃げる様に去って行きました。その際、こちらに向けて謝ってくれたのは少し意外でした。
私が事態の変化に付いて行けないまま茫然と見ていると、それを成し遂げた人はまるでこちらを守る様に背を向け、目の前に立っていました。その姿に不安だった私の心は少しの安らぎを覚え、その背中を頼もしく思うのと同時に、僅かな胸の高鳴りを覚えます。
ですがその時、私はこの人が先程の彼を脅しながら尻尾を振っていたのを思い出しました。もしかして、この人も危ない人なのでは……。脅している時もこちらからは背中しか見えなかったので、どんな人なのかが解りません。
そんな事を考え、私は徐々に混乱しますが……まずはお礼を言わないと。私の言葉を聞き、その人はそのまま肩越しにこちらへと顔を向けます。私はつい体を固くしてしまいましたが、その人の顔をよく見れば困った様に僅かに眉を寄せこちらを見ています。
こちらに気を使ってくれているんでしょうか? よくよくその人の顔を見てみれば、その人は青空を思わせる様な綺麗な蒼い瞳をした可愛らしい女性でした。その事に少しホッとしつつも、尻尾を振っていた事が頭を過ります。彼女はこちらを気遣う様にゆっくりと話し掛けてきました。その時の私にはそれさえも何故か不気味に思えて……、先程までの恐怖も蘇って来てドンドン混乱してしまいました。
私が軽くパニックを起こしていても、彼女はそれも受け入れる様にゆっくりと話してくれ、こちらの気持ちも理解してくれた上で……、偉かったぞって名前を呼んでくれて……。
その時ふ……と、以前父から聞いた話しを思い出します。それは犬が尻尾を振るのは必ずしも機嫌が良いからでは無いので気を付けなさい、犬にも表情は有るから良く相手の顔を見るんだよ。という話しでした。確か尻尾をピンと立て、小刻みに揺れるのは怒っている時で……。そういえば彼女の尻尾も、今の様に不安そうなゆらゆらとした動きでは無かった様な……。
それに彼女は、あの彼に何と言っていたでしょうか……。
彼に私の顔を見せながら、何度も顔を見ろと言っていた様な……。
それはまるで、父が私に話してくれた事と同じで……。
楽しんでいたのでは無く、怒っていたのでしょうか?
――何の為に?
――――私の為?
そう思った途端、一気に視界が開けた様な気がして……。それまで押し込めていた恐怖が溢れ出し、それと同時に助けてくれた彼女に父の様な安心感を抱き、気が付いたら彼女に抱き付いて泣いてしまいました。それは恐怖と、安心感と、……彼女を疑った少しの罪悪感から。私の感情はぐちゃぐちゃになり、暫くの間涙は止まりませんでした。……今思い出しても、少し恥ずかしいですね。
私が落ち着いてからも、彼女はずっと私を気遣ってくれました。色々な話しをして笑わせてくれたり。暫くの間微笑みながら一生懸命私の話しを聞いてくれて、その間も声を荒げる事など一度も無く、ずっと優しく話し掛けてくれて……。そうやって暫く話していると、私が落ち着いた事も有り、彼女は颯爽とこの場を去って行きました。
――本当に――とても素敵な人でした。
私もいつかあんな風に……は、少し無理そうですね。蹴ったり……刃物で脅すのはちょっと……。ですので、私なりに誰かに寄り添い助けられる女性になりたいです。
「……フレンド登録して貰えば良かった」
失敗しました。折角のチャンスだったのに……。いつか見掛けたら、必ずフレンド登録して貰おうと決意を固め、友達を待ちます。その間、考えるのはハクお姉さんの事です。お姉さんの事を考えると、ドキドキふわふわとした気持ちがして……、とても不思議で心地良い気持ちになれました。
これは、一体何なのでしょう? よくは解りませんが、とても素敵な気分です。最早、男の人の事はどうでも良くなっていました。これもお姉さんのお陰ですね。
……それにしても遅いですね。お陰で変な人に絡まれて……いえ、結果として素敵な出会いが有ったので良かったですね。そう思いながら待っていると、それから三十分程で友達はやってきます。流石に何かあったのかと、少し不安になって来た所でした。
「カノンちゃん!」
相手には私のキャラについて伝えているので、彼女は名前を呼びながらこちらに向けて走ってきます。彼女は羊の獣人族でクリーム色の長い髪をした、小柄な女の子でした。
「あ! めぐ……えっと『メルルだよ!』メルルちゃん。遅かったね、何かあったの?」
「そうなの! 色々あったんだよ! お姉さまが凄く格好良かったの!♪」
私が危うく名前を呼びそうになり、それを察した彼女は直ぐ様キャラの名前を教えてくれます。そしてそのまま興奮した様子で話し続けました。
「お姉さま?」
「うん! そう! ハクお姉さま!♪」
その名前に、私は目が飛び出す程驚きました。それと同時に、胸がドクン!と跳ね上がります。……一体何なのでしょうか? ともかく、友達もハクお姉さんに会っていた様です。これは詳しく話を聞き出さなければ……。
「ハクさんって、もしかして髪の長い、白くて綺麗な獣人の女性の事?」
「うん! そうだよ! カノンちゃん知ってるの?」
「うん。実はさっきまでハクさんと話しててね――」
それから暫く、私達はハクお姉さんの話しを夢中で話しました。
メルルは彼女の戦いが如何に恰好良く、舞う様に綺麗だったかという事を。
私は彼女が如何に熾烈で、包み込む様に優しかったかという事を。
私達はいつまでも、飽きる事無く話し続けます。本当はすぐ外に出る予定でしたけど、彼女も私も少し疲れていたので今日はスイーツを食べながらお喋りを続ける事にします。当然、私の奢りでした。……まぁ、安いので良いんですけど。今日の私は気分が良いんです。それに、ハクさんの話しをして貰う為なら惜しくはありません。余す事無く吐いて下さい。
私達は、いつまでもお喋りを続けます。それにしても、メルルはハクさんの事を完全に女性だと思っている様ですが、多分あの人は……。
いえ、この思いは胸に秘めておく事にしましょう。私が泣いた時に背中を叩いてくれた時の様子や、私がお姉さんと呼んだ時の様子から、私がそれに気付いている事は隠しておいた方が良いような気がします。……もしそれがバレれば、ハクさんは私と距離を取ろうとするでしょうから。
これは、私だけの秘密です。
ハクさんの……もっと傍に行く為の、私だけの秘密。
だから……いつか私と遊んで下さいね、ハクお兄さん。
作「・を付けながら最後に相手の名前を呼ぶとヤンデレっぽく見える不思議」
カ「そんな事無いですよ。ねえ? みなさん?」
 




