第9話、クラン設立
私はこのアデールの街でもっとも大きい商会ローグ商会の会長の娘だ。
訳あって家を追い出されてたところをリュウキという青年に助けてもらってなんとか家に帰り着く事が出来た。
「よく戻ってきた。心配したんだぞ。とりあえず風呂で身体を洗ってから話をしよう」
身体の汚れを落として新しい服を着てお父様の待っている部屋に行くとテーブルには暖かいお茶が用意されて、お父様は椅子で待っていた。
「外はどうだった?少しはお金の意味がわかったか?」
「はい、お父様の仰る通り、私の今までのお金の使い方が間違っていた事がよくわかりました」
「そうか、そうか」
「しかし、間違っていたのはわかりましたが、未だにお金の意味の答えが見えそうで見えません」
ミリアはこれまでの行動を簡単にかい摘んで話した。
「ふむ・・」
お父様は顎に手をあてて考えている。
「お父様はなんの為に商売を続けているのですか?生きるだけなら十分な資金はあります」
「なんの為か・・・私には私の答えはある。それを教えても意味はない。ミリアにはミリアの答えがあるはずだ」
「私の答え?」
「ふむ、お前もそろそろ私の娘として現場に出るべきだ。私の経営する店で働いてみなさい。何か掴めるかもしれん」
お金と多く触れあう場所なら意味も見えてくるかもしれない。
「わかりました」
こうして私はお父様の経営する店で働く事になった。
そこでは何度も商品とお金のやり取りが行われていた。それが生きたお金の使われ方をしているのはわかったが
あの時のようにお金が喜んでいる姿は一度も見えなかった。
いつものように店の中を見ているとおかしな客が目に止まる。
そこにはリュウキに言われて相場を調査しているセラスの姿があった。
セラスは商品を見て何かメモをしている。
その様子がミリアには不審に映った。
ミリアはセラスに声をかける事にした。
「あんた、客じゃなさそうね?」
「え?」
セラスは急に声を掛けられて、驚いている。
「大方どこかの店の偵察でしょ?どこの店の者よ?」
「気分を害されたならすみません。直ぐに出て行きます」
あっ、不味いと思って謝って直ぐに出て行こうとするセラス。
「ちょっと待ちなさいよ。どこの店の者か答えなさい」
ぐいっと立ち去ろうとしているセラスの肩を掴んで引き止める。
「えっとそれは・・その・・まだ店を出してないというかこれから出すような小さな店なんで参考にしようと思っただけなんです」
「へぇー、これから店を出すの?まぁ言いたくないならそれでもいいわよ。あなたの顔は覚えたわよ。このアデールで商売してるのを見掛けたら・・・潰すわよ」
ミリアは精一杯の低い声で脅してみた。
「それは困ります。あの・・・本当に答えたら許してくれますか?」
「言うの?言わないの?」
「リュウキ商会です」
ミリアの脅しに観念したようにセラスが答えた。
「へ?リュウキ商会?リュウキってあの?」
ミリアは聞き覚えのある名前にすっとんきょうな声を出す。
「あの?お知り合いですか?」
「先日、色々と助けてもらったのよ。なに?商品の相場を調べてるの?なら教えてあげるわ。ちょっと待ってて」
「え?」
ミリアの豹変ぶりに戸惑うセラス。
ミリアは店の奥に行って帰ってくると相場の書いてある紙をセラスに渡す。
「これがウチで扱っている商品の値段よ。店を出すつもりならお金が必要じゃない?それも貸してあげるわよ」
「えっ?いや、私の一存ではなんとも・・」
「あ、そう?じゃあリュウキに伝えておいて。ミリアが店を出す資金貸してあげてもいいって」
セラスが店から立ち去ると慌てて家に帰った。
「どうしたんだい?ミリア、急に私に会いたいだなんて」
「はい、お父様にお願いがありまして」
「なんだい?言ってごらん」
「金貨100枚貸して欲しいの」
「は?まだお金の意味がわかってないみたいだね。また無駄遣いするつもりか!」
お父様の目付きが険しくなる。せっかく娘の浪費癖が治ったと思っていたのに再発したと思ったのだろう。
「違うの!聞いてお父様!後少しで、後少しでお金の意味がわかりそうなの。その為に貸して欲しいの」
ミリアは必死に説得しようとするが首を縦に振る様子がない。
「うーん、金貨100枚出せない額ではないが・・・」
「お願いします!お父様!」
ミリアは両手をテーブルについて深く頭を下げて食らいつく。
「・・・あのわがままだったミリアがそこまでするだなんて・・・わかった。金貨100枚出そう」
「お父様!」
ミリアはパァッと顔を上げて喜ぶ。
「ただし!金利は貰うよ。月に2%、金貨2枚。それが出来るなら出そう」
「ありがとうございます。お父様が貸してくださる金貨100枚、最高の使い方をして見せます。あ、そうそう、それとお父様の店で働くのは辞めさせてもらいます。私、やらなければならない事が出来ました」
「ええー!!」
元気よく飛び出して誰も居なくなった部屋で父親は叫んでいた。
★★★
リュウキが店にやってきた。
「来たわね。こっちに来て」
リュウキはミリアに客室に案内された。
「セラスから話を聞いたよ。風邪引いたりしなかった?」
雨に打たれた夜のことを気遣って声を掛けてみた。
「ええ、お陰様で元気よ。それであんた、お店を出す予定なの?」
「お店というか、クランハウスというか。まぁ、資金が集まったらね」
「いいわ、その資金、貸してあげる。でも金利は貰うわよ」
「本当にいいのか?ありがとう」
「店を出すなら人手もいるでしょう?私も手伝ってあげる。経理が出来る人間がいた方がいいでしょ?」
ミリアとしてはお金の使い方を知りたい。またあのお金が喜んでいる姿を見てみたいと思っていた。
「いいの?こっちとしては嬉しいけど」
「あの時のお礼もしたいし、お金の持ち逃げされても困るから私が管理してあげるわ」
「それならお願いしようかな。よろしくね」
「よろしく、色々と見せてもらうわよ」
そしてリュウキはミリアを連れてさっそく木こりのロビンさんの所に向かった。
「こんにちは」
「ああ、リュウキさん、お久しぶりです。お待ちしていましたよ。店を出せる建物を探しているのですよね?」
「ええ、そうです。セラスさんからいい物件があると聞きまして」
「リュウキ、ここを安く買いたいの?ならここは私に任せて頂戴」
ミリアが小声でリュウキの耳元でいう。
「大丈夫か?」
「私は大商人の娘よ。安心して」
「どうぞ見て言って下さい。ここは私と同じ木こりをしていた仲間の木材保管倉庫なんですが歳で仕事を辞めてしまったんです。それで買ってくれる人を探しているんですよ」
ロビンさんに倉庫の中に案内されて入る。
「木のいい香りがしますね、それに広い。商品の管理するスペースも十分にある」
ミリアが感想をもらす。
「そりゃ木材保管倉庫ですからね。この柱を見てください、いい木を使っているでしょう?手を入れればまだまだ現役ですよ」
「あれは?」
ミリアの指差すところに居住空間らしき部屋がある。
「あれは休憩所に使っていたところです。見ますか?」
ミリアが休憩所の中に入って中を見回す。
「いいわね。これなら少し手を加えれば直ぐに店を出せますね。おいくらですか?」
リュウキはこれから始まるだろうミリアの値段交渉術に期待を寄せて静かに見守る。
「これくらいでどうでしょう?」
「え?!・・・かなり安いですね」
値切る前に破格の値段を出されて鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしているがなんとか必死に平常心を保とうとしているのがわかる。
「この物件がこの値段なんて何か理由があるのではないの?」
「ここの持ち主は木こりです。いい材質の建物が誰にも使われず寂れていくのが辛いと言っていたんです。それにリュウキさんには恩がありますからただであげてもいいと思っているくらいです」
お?思ったより安く手に入れられそうだ。これではミリアの交渉術は見られそうにないのは残念だが、結果的には良かった。
「それは困ります!私もリュウキに助けられたのよ。それじゃあ恩が返せないじゃない!」
ん?何か妙な空気を感じる。
「え?あなたも助けられたのですか?ですが、私としてもあまりお金を取るような真似は・・」
「この金額ならどう?」
おい、ミリア、その金額はロビンさんから出された金額より高くないか?
「せめてこのくらいの値段にしていただけないと恩返しになりません」
「それは私も同じです!もう一声!」
「うっ・・ならこの額でどうですか?」
なんか知らないがロビンさんがミリアの勢いに気圧されている。
というか、値引きじゃなくて値上げ交渉になってないか。
白熱した交渉の結果、相場の二割引程度に落ち着いた。
「ふぅ、こんな手強い相手は久々だったわ」
仕事をやりきったと言わんばかりの満足そうな顔をしているミリア。
怒っていい?
まぁ、適正価格より安く買えたし、ロビンさんにあまり負担をかけるのも気の毒だ。ミリアの交渉術も見れたから良しとしよう。
「それでこの広い空間に新しく部屋を作っても大丈夫ですか?」
「全然構いませんよ。その時は声かけて下さい。安くていい材料を提供しますよ。リュウキさんは命の恩人ですからね」
「わかりました。買いましょう。さっそくですがさっきの休憩所をお店に改修をお願いできますか?」
「知り合いの腕のいい大工を紹介しましょう」
★★★
リュウキ、クリス、トマス、ブレンダ、アイリス、セラス、サリー、ミリア、の8人が酒場に集まった。
集まったのはクラン結成のお祝いをする為だ。
「本日はお集まり頂きありがとうございます。つい先ほどクラン申請を出して受理されました。クラン名はリュウキ商会です」
皆の注目が集まる中でリュウキが説明する。
「おお」
周囲から拍手と歓声が巻き起こる。
「私はなにも持たない商人でした。力は無く、道具も碌なものがない。毎日、薬草を集めて売るだけの日々で、ゴブリン一体に襲われても命からがら逃げるのが精一杯でした。そんな私がクランリーダーになれたのは多くの仲間に助けがあったからです」
リュウキはここからみんなの自己紹介をしていく。
「冒険者パーティーリーダーのクリス、真っ先に魔物に斬りかかる果敢な戦士です」
クリスに立ち上がるようにジェスチャーすると恥ずかしそうに席を立ち頭を下げる。
「同じく冒険者パーティーのトマス、どんな攻撃からも仲間を守る頼りになる寡黙な盾役です」
トマスが立ち上がり頭も掻きながら一礼する。
「同じく冒険者パーティーのブレンダ、強力な魔術を使い、魔物を一網打尽にする魔術師です」
ブレンダが立ち上がりすました顔で一礼する。
「同じく冒険者パーティーのアイリス、元教会シスターで孤児の為に参加した優しき神官です」
アイリスが立ち上がり恐縮しながら一礼する。
「続いて冒険者への的確な指示を出してくれるセラス、仕事熱心で責任感の強い情報通の司令塔です」
セラスが立ち上がり慣れた動作で一礼する。
「私の右腕とも言える存在のサリー、笑顔を武器にアイテムの販売を担当する看板娘です」
サリーが立ち上がり恥ずかしそうに照れながら一礼する。
「最後にアデールの有名商家のミリア、経理の担当でこのクランの資金提供してくれた立役者」
ミリアが立ち上がり優雅に一礼をする。
「以上がクランリュウキ商会のメンバーになります。それでは皆さん、食事を楽しみましょう」
こうして宴が始まった。
「いやぁーめでたいな。トマスももっと食え食え」
「十分食べてますよ」
「全くもう、落ち着きがないわねぇ」
「あの~教会の孤児達に持って帰りたいのですが、いいですか?」
皆、賑やかにやってるみたいだね。
「リュウキさん、お話が・・」
セラスが声を掛けて来た。
「どうした?」
「クリスさん達にワンランク上の探索に出てもらおうと思うのです。安全マージンとして装備の一新と・・」
セラスは懇切丁寧に今後の予定や装備を新しくする事、ワンランク上のダンジョンでとれる素材、その効率や利益について説明してくれた。こんな状況でも仕事熱心なところがセラスらしいと思える。
「わかった」
「それでは書類にまとめておきますね」
立ち去ろうとするセラスを呼び止める。
「根を詰めてもよくないよ。それにコミュニケーションも仕事の一つだ。セラスさんに倒れられても困るし、ゆっくりしていって下さいよ」
「そうですね。わかりました」
セラスはクリス達のところに歩き出した。
「あ、あの、お話があります」
青い顔してサリーがやってきた。後ろにはミリアもいる。
「どうしたんだ」
「ミリアさんに借金したって聞きました」
「ああ、そうだよ。金貨100枚貸し付けてもらってる」
「そんなに・・・私、売られたくないです。もっと頑張りますからずっとご主人様と一緒にいたいです」
泣きそうな顔でサリーが抱き付いてきた。
「おいおい、不安にさせるような事を言うなよ」
後ろにいるミリアに文句を言う。
「だってこの子の反応見てたら楽しくなっちゃってさ」
「売らない、売らないから」
「本当ですか?」
サリーの頭を優しく撫でると上目遣いで聞いてくる。
「借金は一概に悪い物じゃないんだよ」
「えっ?」
サリーはわからないって顔をしている。
「なんて説明したらいいかなぁ、簡単に言うと借金の利息より稼げば儲かるんだよ」
「???」
説明に困っているとミリアが口を挟んできた。
「例えば借金する前は一ヶ月金貨1枚稼いでいたとする。借金して規模を大きくしたら利益が増えて金貨5枚稼げるようになった。そうなれば利息で金貨2枚支払っても利益は金貨3枚残る。借金しない時より借金した方がお金を稼げるでしょ?」
「本当だ」
サリーが納得してくれたようで助かる。
「ついでに儲かっても私は借金の元金を返すつもりもない。なぜなら返すほうが損になる。借金を鶏、利息を餌代、利益を卵に置き換えて考えるとわかりやすい。餌代以上の卵を生む鳥を殺さないのと同じだよ。だからむしろ利益が増えれば借金を増やそうと思ってる」
「あら、もっと貸し付けて欲しいの?大した自信ね。でも卵を生まなければ、容赦なく財産は貰うわよ」
そう言って悪戯っぽい顔をしたミリアがサリーを後ろから抱きしめる。
「えッ」
またサリーの顔から安心が消えて、また不安そうな顔になる。
「こらこら、心にもないことを言って不安を煽るなよ」
サリーの手を引っ張ってミリアから引き離す。
「あら、どうして心にもないことなのよ?」
ミリアは面妖な微笑みを見せる。
「借金は悪いイメージがあるがステータスなんだよ。物乞いに金貨100枚は貸せない。返済能力がある人に貸す。それは信用があるからなんだよ。要は大丈夫だと思っている」
「さすが商人ね。よく知ってる。その期待を裏切らないで頂戴ね」