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第8話、商売と教育

「んん・・・」

朝、部屋の床で目覚めると何かがもたれ掛かっているような重さを感じた。

「またか?」

ここ最近、サリーがベッドから転がり落ちるようになった。気付いたら抱き抱えてベッドの上に戻しているのだが、またいつの間にか私の隣の床で眠っている。いつか怪我をしないか心配だ。

「おはようございます」

私が起きた事に気付いてサリーも目を覚ます。

「ああ、おはよう」

少しずつだが、サリーはいい笑顔を見せるようになって来た。

「調子はいいみたいだね」

「そうかな」

本人は気付いてないかもしれないけど精神的に安定してきている。会話を何度も重ねて着実に信頼関係を築けている。

「サリーにやってもらいたい事があるんだ。実はクランを・・まぁチームみたいなものを作ったんだ。今、欲しい素材の情報を集めてくれる人、その情報を元に素材を集めてくれる冒険者、そして集まった素材を加工する私。だけどもう1つ足りない」

サリーの顔が強ばるのに気付いた。何をさせられるか不安なんだろう。

「何をすればいいんですか?」

長い奴隷生活で低くなった自己肯定感はなかなか元には戻らない。

「私が加工した商品の販売をやって欲しい。新しい事に挑戦するのを不安に思うのは仕方ない事だと思うよ。でも、これはサリーの為でもあるし、私の為でもあるんだ。出来なくてもいい。少しずつ慣れていこう」

「・・わかりました。やってみます。あの・・1つ聞いてもいいですか?」

「どうした?」

「ご主人様はどうして命令しないのですか?その方が簡単じゃないですか?」

この世界に奴隷と話し合って仕事をさせる者はいない。奴隷には隷属の首輪がつけられており、主人の命令に逆らえば首輪が締まる仕組みになっている。殆どの者は奴隷を強制的にこき使っている。奴隷は命令されて、死んだ目で働き続ける。

「そうだね。だけどその隷属の首輪では肉体を縛る事が出来ても心は縛れないからかな」

「どういう事ですか?」

「私は命令通りに動く人形は要らない。自分の意見を持ち私を支えてくれる人が欲しいんだ。それに命令してさせるより自発的にやってもらう方がモチベーションが上がる」

仕事の効率を上げるには従業員が生き生きとした目をして働かなければ効率が落ちるのだ。

だからこそ無理矢理働かせずにゆっくりと話し合い納得の上で働いてもらおうとしている。

「ご主人様はどこか不思議な方です。奴隷を気遣おうとしたり、優しかったりするのに、突き放したり、厳しかったりもします」

「嫌かい?」

「いえ、全然そんな事はないです」

「そっか。じゃあ、始めようか」

「はい」

リュウキ商品をリュックに積めて背負い、市場の方に2人で向かった。市場に近付くにつれて人が増える。サリーは周りをキョロキョロして落ち着きがなくなってきた。

「不安なのかい?」

「大丈夫です」

強がっているのがよく分かる。

「でも、はぐれたら困るから手を繋ごう」

手を差し伸べると少し照れくさそうに手を握ってきた。人の肌と触れ合うと不安を緩和する効果があるらしい。

そして市場に着くとゴザを敷いて商品を並べる。

「売れ行きはどうだい?」

隣で商売しているランディーに声をかける。

「ん?今日は一人じゃないのか?」

「この娘に少し仕事を覚えてもらおうかと思ってさ」

「こんにちは」

サリーがニッコリして挨拶した。

うーん、練習の効果が出て笑顔がよくなってきてるね。

「ああ、どうもこんにちは」

ランディーも商売人の笑顔で対応する。

「弟子?いや、首輪があるから奴隷か?ん?でも雰囲気が普通の奴隷と違う気が・・・」

相変わらずランディーの洞察力は凄いな。

「詮索はやめてくれませんか?」

「ああ、すまん、すまん。ランディーだ。いつも隣で商売やらせてもらってる。よろしくね」

ランディーが手を差し出すとサリーも手を握って微笑み返す。

「サリーといいます。リュウキ様の奴隷をしています。こちらこそよろしくお願いします」

「ランディーは私に色々と商売を教えてくれた人だよ。困ったら頼るといい」

軽く会釈をするサリー。元々貴族だっただけあって礼儀はわかっているようだ。

「おいおい、勝手に頼りにするなよ」

「口ではこうは言っているけどランディーの世話焼きは気質だから気にしなくていいよ」

「はぁ」

サリーは返答に困って曖昧に返事をする。

「うるせーお前に言われたかねぇよ。それで何があったんだ?」

「うん、その、なんだ、アイテム作りに専念しようかと思ってさ、ゆくゆくはここでの販売はサリーに任せようと思うんだ」

「へぇー、なるほどね」

「サリー、今日は見てるだけでいいよ。仕事の流れを掴んでくれたらいい」

しばらくしていると冒険者がやってきた。

「いらっしゃい」

リュウキが笑顔で対応する。

「ポーションを3つくれないか?」

「3つですね。ありがとうございます」

そして冒険者は満足したように立ち去っていく。

「基本はこんな感じで売っていく。何度も言うけど大切なのは笑顔だからね。ニコニコしている人には話しかけやすいけど、不機嫌そうな人には話しかけにくいだろ?それと目を合わせる事も大切だよ」

「はい、覚えておきます」

ウチはポーションを中心に商売してたから客層は冒険者が多い。冒険者界隈ではそこそこ評判もいいし、何人か常連客もいる。サリーに代わっても全く売れないって事はないだろう。

「そうだ、サリー、この後にちょっと付き合ってもらっていいか?」

「はい、いいですけど」

「少し買い物に行こう。サリーにまともな服を買おうと思ってる」

「私は今の服で十分です」

サリーは遠慮がちに答える。サリーの悪いところだ。酷い奴隷生活が長かったから仕方ないのかも知れないが人の好意を真っ直ぐ受け取れずに、自分を卑下してしまう。

「商人は自分の見た目に気を遣う事も必要なんだよ。あんまり服が悪いと客に足元をみられる。それにその隷属の首輪も隠した方がいいかも」

「服を買うのか?だったら最近出来たいい店を紹介してやるよ。いい品質の物を使って腕も確かな店だ」

隣で通行人を暇そうに観察していたランディーが会話に混ざってきた。

「高いんじゃないのか?」

「さぁな、それはお前次第じゃないか?とりあえず、行ってみなよ」

「どういうことだ?」

首をかしげるリュウキにランディーはその店の場所を説明する。まぁ、どこで買うか決めてもなかったし、いいか。合わなかったら他の店を探せばいいし・・・


ランディーに紹介された店のドアを開けると、カランカランと洒落た音のベルが鳴った。その音に釣られて奥の方から女性が顔を出した。

「いらっしゃーい」

「ランディーの紹介で来た。この娘の服を買いたい」

「ランディーさんの紹介ですか?」

「ええ、最近、店を出した縫製技術のいい職人がいる店と聞いて来たんだが・・・」

「全くあの人は世話焼きが過ぎますね」

「同感です」

彼女が顔を綻ばせるとリュウキも同じように笑った。

「それでお嬢様の服を、との事ですがどういった感じの服をお求めでしょうか?」

どんな感じにしようかと考えるが女性の服の事はよくわからない。正直に話そう。

「この娘にウチの露店を任せようと思っているんです。今、着ている服ではあまりいい印象を与えないでしょう。だから服一式を新調しようかと思っています。ああ、それと首輪を隠すチョーカーもお願いします」

「なるほど、なるほど。わかりました。それではお嬢様、奥にどうぞ」

ざっくりとそちらに任せるという意図は汲んでくれたようだ。少し思案顔になった後、サリーを連れて奥に消えて行った。

しばらく待っているとサリーが新しい服に着替えて出て恥ずかしそうにリュウキの前に立つ。

「どうでしょうか?」

落ち着いた色合いの控えめな服装だ。それでいて生地もしっかりしている。

「よく似合ってるよ」

「それでお値段の方はこれくらいで」

店主が金額を提示してきたが女性の服の相場がわからない。でも、彼女の仕草や表情から値切れるような気がした。少し揺さぶってみよう。

「んー、少し高いかなぁ」

「それではこれくらいでは?」

直ぐに値を下げてきたところを見ると試されていたようだ。おそらくこれが適正値段。これで決めてもいいが、もう少し踏み込んでみよう。

「代えも必要になるから同じような物をもう一式買おうかと思うのですが・・・」

もう一式買うから安くしろって意味を込めて言う。

「ありがとうございます。それならもう少し割引させて頂きます。」

店主は奥に行ってもう一式服を持ってきた。

「全部でこれくらいのお値段でどうでしょう?」

相場はわからないが悪くはない手応えだ。ここで妥協しても良いが、一か八かもう少し値切ってみよう。

「ランディーの紹介でもあるし、今後とも懇意にしたいと思っています」

常連になるからもっと値段を下げろって意味だ。

「・・・」

店主の顔つきから営業スマイルが消えた。

やり過ぎたか。

リュウキが笑顔を維持したまま相手の出方を窺っているとしばらくの沈黙の後に口を開いた。

「ランディーの紹介だから上等な客だと思っていたけど違うようね。わかったわ。もう少し割引をしてあげる。これ以上は無理よ。私はスピカ、ランディーには露天やってる頃に頼んでもないのに色々と商売を教えられた。あなたも同じ口ね?」

店主は大きくため息を吐いて自己紹介をして手を差し出す。

「はい、私はランディーの隣で露天をやっているリュウキといいます」

リュウキは差し出された手を笑顔でしっかりと握る。


服を買った帰り道。

サリーは申し訳なさそうに口を開いた。

「本当に宜しかったのですか?」

服の事を言っているのだろう。

「良くないね」

サリーはそれならどうして買ったのだろうっ思っているだろう。でも、その口から出たのは謝罪の言葉だった。

「申し訳ありません」

「良くないのはサリーの後ろ向きの考え方だよ。自分の価値を低く見ている。サリーにはこの服以上の価値があるんだよ。まずはその認識を改める必要がある」

「すみません」

また謝る。

リュウキはこれ以上どんな言葉を言っても駄目だと悟った。

「いや、私も急ぎ過ぎたのかもしれん。気にしないでくれ」


宿屋に戻ると帰りを待っていたセラスから声を掛けられた。

「お疲れ様です。ご報告したい事がいくつかあります。よろしいですか?」

「丁度食事を取ろうとしていたところだ。食事をしながら聞こう」

リュウキ、セラス、サリーでテーブルについて食事を注文する。

「まずは先日頼まれたこの街で取引されているアイテムの大まかな相場です」

セラスから渡された紙に目を通す。事細かく物の値段が書き込まれている。

そっと衣服の相場も確認してみる。

スピカで買った服はかなりお買い得なのがわかって少し嬉しい気分になった。

「この短期間でここまで詳しく調べれるなんて凄い」

「いえ、これは私が調べた物ではありません」

「ん?どういう事?」

「はい、物価を調べている時に是非協力したいとおっしゃる方が現れまして、そして商会を立ち上げるという話をしたら投資したいと申し出てきました。名前はミリアと名乗っていました。リュウキさんの知り合いですか?」

ん?どうしてミリアが出てくる?

「ええ、まぁちょっとした縁があって」

「如何しましょう?」

「急に投資って言われてもまだクランハウスについても決まってないしなぁ」

「あ、その件につきましても格安で提供してくれる方が現れました。以前私がギルドに居た時に助けた木こりのロビンさんは覚えていますか?そのロビンさんの知り合いが建物を売ってくれると言っています。元々が木材の保管倉庫なので改築する必要がありますがかなり広いです」

「え?」

突然の事に頭が追い付かない。つい、間の抜けた声を出してしまった。こんなにトントン拍子で進んでいいのか?頬っぺたをつねりたい気分になってきた。

「わかった。私から話をしてみるよ」

一通りの話と食事を終えると解散する流れになった。

そこでリュウキはサリーに休むように伝えた。

「先に部屋で休んでて。私は少し買い出しに行ってくる」


部屋に帰って眠りについてしばらく経つとごそごそと部屋の中で動く物音に気付いて目を覚ます。

動いているのはサリーだ。

サリーは起き上がると床の上で寝ているリュウキの隣に転がる。そして身体を密着させてきた。

いつもベッドから転がり落ちて私の隣にくるんじゃなかったんだ。

寝ぼけているのだろうか?でも少なくとも警戒している相手にはそんな事をしないだろう。少しはリュウキに気を許してくれたのかもしれない。それがほんのり嬉しく思った。

だが、サリーはここに来てから食事もちゃんととって少しずつ肉付きもよくなってきている。女性らしくなってくる身体つきに少しドキッとするが、信頼して心を開いてくれているサリーによこしまな事をすると今まで築いた信頼が壊れてしまう。それにこれまでウインチェ侯爵に散々酷い目に合わされたんだ。せめて私だけでもサリーの事を大切にしたいという強い気持ちもある。

朝になったら注意しておくか。そう結論付けて寝ることにした。


朝になってもぞもぞとサリーが動き出したのでリュウキは声をかけてみた。

「おはよう」

「はい、おはようございます」

サリーは目をこすりながら挨拶してくる。

夜の事を注意しようと思ったがなんと言っていいかわからずに言葉に詰まった。

隣で寝るのはやめてくれ

そう言おうと口を開こうとしたがやめた。サリーに拒絶と受け取られる可能性もある。

「・・・また、ベッドから落ちたのか。気をつけるんだぞ」

出てきた言葉がこれだ。少し情けなくなる。

「はい、すみません」

「さて、今日も仕事をお願いしたいんだけど大丈夫?」

「やってみます」

「それじゃあ、昨日買った服に着替えてね。私は外で待ってるから着替え終わったら教えて」

そう言ってリュウキは廊下に出た。

しばらくして着替え終わったサリーが部屋から出てきた。

「似合ってますか?」

「よく似合ってるよ」

「あり・がとうございます」

サリーは顔を少し赤くしている。

「今日から毎朝、仕事に出る前にやってもらいたい事がある」

リュウキに言われるままサリーは自分の部屋に戻る。

「昨日、買った物がある」

そう言って取り出したのは全身が映る大きな鏡だった。

「ほら、前に立って見て」

「わぁぁ」

サリーは自分に新調された服に感嘆の声を漏らした。

「どうだい?」

「可愛いです」

「今、凄くいい笑顔をしてるよ」

サリーのモチベーションが上がっているのがよくわかる。鏡を買った価値があったと思う。

「じゃあ、私の言った通りにして。まずは鏡の前で笑顔を作って」

サリーは笑顔を作るが先程の自然な感じの笑顔とは違い少しぎこち無い。

「胸を張って鏡の中の自分を褒めてあげて」

「えっ?」

サリーは突然の事で戸惑ってる。

「鏡の中の自分をよく見て。そこに映っているサリーは奴隷のようにみすぼらしいか?違うだろ?じゃあ何でもいいから褒めてみようか。綺麗だっていいし、可愛いだっていい。仕事が出来そうで格好いいでもいい」

「か、可愛い」

サリーは恥ずかしそうに胸を張って言った。

「よく出来た。私もサリーを可愛いと思うよ。これを毎日やってね」

サリーは顔を真っ赤にして俯いている。

鏡を見て自分を褒めると自己肯定感が高まる。前にも言ったが、人は楽しいから笑顔になるんじゃなくて、笑顔になるから楽しい。それと同じように自信があるから胸を張るのではなく、胸を張るから自信がつくのだ。更に言葉は人の心に影響を与える。だから自分を褒める言葉を言えば自分自身に自信を与える事が出来る。

「それと朝起きたらこの言葉を毎日言って欲しい。少し長いから私の後に続いて言ってね」

「私は私のために生き、あなたはあなたのために生きる。

私はあなたの期待に応えて行動するためにこの世に在るのではない。

そしてあなたも、私の期待に応えて行動するためにこの世に在るのではない。

もしも縁があって、私たちが出会えたのならそれは素晴らしいこと。

たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ」

これは自分と他人の課題を分離する事だ。課題の分離が出来るとこれも自信に繋がる。自信のない人は常に他人の言動を過剰に気にする傾向がある。自分に言い聞かせる事で他人に抑制されない自分自身の本来の姿を出す事が出来る。

「さぁこれで準備万端だ、行こうか」

リュウキが宿屋から出ると清々しく朝日が輝いている。

それは希望に溢れた光に見えた。

サリーは少しずつだが、確実に前に進み始めている。






















































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