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第6話、守る決意

「ポーションは持ったか?不測の事態に備えて食料と水は・・・」

リュウキは少年の依頼を受けて出ていくクリスに声をかけた。

「わかってるって」

「まったくリュウキは心配性なんだから」

クリスとブレンダがアドバイスするリュウキを見て笑う。

そうだな。いつまでも新米ではない。今のクリス達ならどんな状況でも上手く対応出来るはずだ。不要な心配だな。

「気を付けてな」

「ああ、任せろ」

クリス達が笑顔で応えてギルドを出ていく。

リュウキは少年の父親が無事に見つかることを心の中で祈る。

「さて、私も自分の仕事をするか」

リュウキは気持ちを切り替えてアイテムを売りにギルドを出た。

街はいつものように人で賑わっている。リュウキが歩いている路上の両端には路上で商品を売っている商人がずらりと並んでいる。

「今日は早いじゃねぇか?」

見知った商人が声を掛けてくる。

「あー、もう冒険にでるのはやめたんだ」

リュウキは歩きながら短く返答をする。

「お?リュウキじゃねぇか、ちょうど良かった。毒消しはある?」

今度は馴染みの冒険者が声を掛けてくる。

「ああ、あるよ」

ゴソゴソと毒消しを取り出す。

「わりぃ。ありがとな。また今度店に寄るな」

お金を渡されそう言って元気に立ち去る。

この辺りではすっかり顔馴染みになったなぁと思いながら自分の売り場に向かう。

「オイ!待て!」

路上で怒鳴り声が聞こえてリュウキは足を止める。

「あれは?」

串焼きを販売しているロディおじさんの声だ。

「このガキ!商品を盗みやがって!」

どうやら盗みらしい。たまにスラムの子供が万引きをして店主に捕まる事がある。初犯ならこっぴどく説教されて解放、常習犯なら衛兵につき出される。

盗んだ犯人はこの辺りで見たことのない貧相な体つきをした若い女性だ。おそらく初犯だろう。

「ロディおじさんの説教は長いぞ。ご愁傷さま」

リュウキは手を合わせて通りすぎようとする。

「退け退け!」

人混みが割れると兵士らしき者が現れる。

「ん?衛兵の到着にしては早いな」

すると奥から貴族らしい男が現れた。

「っ!?」

その貴族の顔を見てリュウキの息が止まり身体が硬直した。

貴族はロディおじさんの方に向かって真っ直ぐ歩いていく。

「なんだあんた?」

ロディおじさんは怪訝そうに貴族を睨む。

「そいつは私の奴隷だ」

よく見ると若い女性の首には隷属の首輪がつけられている。

「貴族の奴隷だろうが関係無い。盗みは盗みだ」

貴族はロディおじさんが売っている串焼きを見ると銀貨1枚を取り出して路上に投げる。まるで拾えと言わんばかりに。

「これで足りるか?」

「待ってろ、今、釣り銭を用意する」

ロディおじさんは不機嫌そうに貴族に釣り銭の準備をする。

「釣り銭は要らない。汚れた銅貨なんて触りたくもない」

その言葉を聞いてロディおじさんに青筋が浮かんでいるが、貴族に手を出せば斬り捨てられても文句は言えない。必死に我慢しているようだ。

そんなロディおじさんを鼻で笑って若い女性に視線を向ける。

「この豚が!」

貴族が殴りつけると貧相な女性は軽々と吹き飛んだ。

「俺様の手を煩わして!」

倒れたところを罵倒しながら踏んだり蹴ったりしている。

「意地汚いメス豚が!」

誰一人止めに入ろうとする者はいない。貴族に楯突くと後でどうなるかわかったものじゃないと知っているのだ。

それに盗みを働いたのはこの女性が悪いのは事実だ。

「はぁ・・はぁはぁ、ロンディーヌ家の娘が盗みをして斬られるとは笑い種だな!オイ」

息を切らした貴族が剣を抜いて薄ら笑いを浮かべる。

「ロンディーヌ家だと!?」

リュウキは聞き覚えのある名前に驚く。

リュウキは慌てて人混みを掻き分けて今にも剣を振り下ろそうとしている貴族の元に走り出した。

「お待ちください!」

「なんだ?貴様は」

剣を振りかざしたまま返答してくる。

リュウキは貴族の前に跪く。

「私はこの辺りで商いをしているリュウキと言います。貴方様はウインチェ侯爵とお見受けします」

「いかにも私がこの街を治める領主のウインチェだ」

貴族は剣を降ろして胸を張って言い放った。

「やはりそうでしたか。私達がこうして安心して商いが出来るのはウインチェ様のお陰です。まずは感謝を」

口は商人の武器の1つだ。こうやって相手を誉めて得意気にさせると交渉はスムーズに運ぶ。

ウインチェもまんざらでもないような表情だ。

「それで何のようだ?」

「はい、私達商人は価値の低い物を買い、それを価値があると思える人に売る事を生業としています」

「それがどうしたというのだ?」

「はい、その娘を斬り殺そうとしているのを見掛けて、ウインチェ様にはその娘の価値はないと考えていらっしゃるように思えまして」

「つまり、この娘を買いたいと?」

「はい、流石です、おっしゃる通りです」

しばらく娘を見て考えてる。

「ならば金貨1枚で売ってやらんこともない」

相場的としては妥当だな。多分適当に言ったのだろうが。

「素晴らしい。よく奴隷の値段を勉強していらっしゃる」

「ふ、ふん、貴族として当たり前の事だ」

思った通り適当に言った金額だったようだ。

「しかし御覧下さい。この娘はもはや虫の息です。すぐに治療しなければ死んでしまいます。商品の品質を値引きして銀貨70枚でいかがでしょうか?」

「がめつい商人だ。よかろうそれで手を打ってやる」

「ありがとうございます。それでは書類に奴隷名義変更のサインをお願いします」

剣を収めるとリュウキが出した書類にサインを書き込んだ。

「ありがとうございます。こちらがお代になります。それでは隷属の首輪の主の変更をしてもよろしいですか?」

「ふん、勝手にしろ」

「ありがとうございます」

ウインチェは差し出されたお金の入った革袋を引ったくると去っていった。

リュウキはウインチェに暴行を受けて倒れている娘を見た。

「これがロンディーヌ家のご令嬢か」

「うっう・・」

娘を抱え起こして商売品のポーションを飲ませてやる。

ポーションの効果が現れ、苦痛に歪めていた顔が安らぎに変わっていく。

ポーションに銀貨70枚は痛い出費になった。今日は本当に出費のかさむ日だな。

「すぐに宿屋に戻って休ませるか」

相当ひどい目に合っているせいと疲労のせいでまだ意識を取り戻さない。

仕方なく娘を背負いギルドの宿屋で休ませる事にした。受付にはセラスの姿はなく別の受付嬢に訝しげな目で見られるが構わず部屋に向かう。

娘を部屋に連れていきベッドに寝かせるとリュウキは窓辺に置かれた椅子に座り思い更ける。

「面倒な事になっちまった」

この娘は気紛れで助けたのではなく、面識はないが知っているのだ。娘の名前は男爵の爵位を持つロンディーヌ家の長女ロザリー。

どうしてそこまで知っているかというとロザリーの弟はこのゲームの主人公なのだ。そしてウインチェはこの街を・・いや、この地方を壊滅させる原因の張本人。

このゲームは主人公とその姉と両親が幸せに暮らしている所からスタートする。両親がこのアデールの領主ウインチェ侯爵が税金の横領を行い私腹を肥やしているのを知って告発しようとしたが逆に罪を着せられて捕まり処刑される。ロザリーは捕まる前に上手く機転を利かして弟の主人公を逃がす事に成功したが、ロザリーは捕まり、奴隷に身分に落とされる事になる。

脱出に成功した主人公は隣街オズリン交易都市のローレン公爵に保護される。そして自分を助けてくれた姉をいつか助けたい一心で努力するのだが、その姉のロザリーはすでにウインチェに弄ばれて殺されていたという報われない結果が待っている。

これがこのゲームのストーリーなのだ。

本来は死ぬべきはずの姉が生きている。これが今後どんな結果をもたらすか想像出来なかった。

もしかしたらストーリー通り進める無難な選択の方が良かったのかもしれない。

色々と考える内に窓から射す日差しが弱まり、薄暗くなっていた。

「考えていても腹は減る」

食堂で夕食を取る事にした。ベッドの上ではロザリーがまだ静かに眠っている。

「後で軽食でも持っていってやろう」

階段を降りると冒険者が賑やかに騒いでいる。今日も無事に帰って来れたことを喜び、生きている実感を満喫している。

ふと受付を見るとクリス達が依頼の報告をしている。その傍らで少年と父親らしい人物が涙を浮かべ抱き合っている。

どうやら上手くいったようだ。

「どうやら無事に帰って来たみたいだな」

「おっ?リュウキ。俺達にかかれば楽勝だぜ」

調子に乗った笑顔を浮かべている。

「お兄ちゃん、ありがとう」

父親と抱き合っていた少年がリュウキの方に向かって走ってきた。

「その人は?」

「助けてくれたお兄ちゃんだよ」

少年が説明すると父親が自己紹介をしてお礼を述べてきた。

「私は木こりをやっているロビンと言います。森で魔物に出会い身動きが取れなくなっていたところを助けてもらいました。ありがとうございます」

「無事で良かったです」

ロビンは何度も何度も頭を下げて帰っていった。

「良かったな、リュウキ」

「・・・そうだな」

「どうした?浮かない顔をして。なんかあったのか?」

クリスはリュウキの様子がいつもと違う事に気付いたようだ。

「話くらいは聞いてやるよ。一緒にメシでも食いながら話そうぜ。もちろんリュウキの奢りでな」

リュウキの肩に腕を回して無理矢理酒場に引っ張っていく。


「何だって!リュウキが奴隷を買っただと!」

「まさかリュウキさんがそんな事を・・・」

「意外だ」

様々な驚き声が聞こえてくる。

「いや、成り行きというか、貴族に殺されそうになっていたので仕方なく・・」

経緯を詳しく説明すると皆納得したように頷いた。

「なるほどねぇ。そんなこったと思った。それで何を悩んでいるんだ」

「衝動的に助けてしまったけど本当は助けるべきではなかったのかもしれない」

「そんな事はありません!困っている人を助けるのは素晴らしい事です」

アイリスが強く反発する。

「お人好しが服着て歩いているようなリュウキらしからぬ言葉だな」

それは未来を知らないから言える事なんだよ。

「・・・もしもの話をしていいかな?もし、1人を助ける事で沢山の人の命を危険に晒すならどうすればいい?」

「私なら両方助ける努力をします」

アイリスが迷わず断言する。

変化した未来を制御出来るとは思えない。

「私のちっぽけな手ではすべてがこぼれ落ちるかもしれない」

「その時は私達がリュウキさんを支えます。私達がこぼれ落ちた物をすべて拾ってみせます」

ゲームの主人公でもすべてを救うのは不可能だったんだ。力のない私にそんなこと・・・

「・・・大きな困難が待ち受けている」

「神は乗り越えられない試練を与えません」

アイリスは勧誘された時と同じ言葉を言って微笑む。

「やれると思うか?」

「はい、私は救いの手を差し伸べます。後はリュウキさんがその手を取るだけです」

「すぅぅぅー、はぁーー」

リュウキは大きく息を吸って吐き出した。まるで今まで溜まっていたものも一緒に吐き出せた気分だ。

「よし、やるか」

リュウキは両手で頬を叩いて気合いを入れた。もう迷いはない。この街から逃げるのじゃなくてすべてを救う。この街も、ロザリーも、こいつらだって。

「出来るか?出来ないか?じゃなくてやるか?やらないか?そして私はやる事を選ぶ。手伝ってくれるか?」

「リュウキ、途中から訳のわからない話になってるけどやれる事なら手伝う。皆もそうだろ?」

「はい」

「おう」

皆が一斉に頷いた。

「ありがとうな」


この世界は不幸が溢れている。まぁ、それがこのゲームの売りではあったのだが。

私は全知全能の神ではないので全ての人々を幸せにする事は出来ない。

でも手の届く範囲の人は救いたいと思っている。

目の前で殺されそうだったからつい首を突っ込んでしまったが、それがまさか勇者の姉だとは思いもしなかった。

ゲームではおそらく助ける者が居なくて死んでいたのだろう。今、勇者は姉を助ける為に努力しているはずだ。生きていると知れば努力を怠るかもしれない。

ゲームではロザリーは死んでいる人間だ。今はなるべくゲーム通りに進める為に彼女の存在を隠匿する必要がある。

しかし、ずっと部屋に監禁して存在を隠す訳にもいかない。

身元がバレないように偽名を名乗ってもらうしかないか。

貴族だから最低限の文字の読み書きや単純な算数は出来るはずだ。私の助手として働いてもらおう。


コンコン

「失礼するよ」

リュウキは片手にシチューをの入った皿を持って部屋に入った。

「目覚めたかい?体調はどうだい?」

ベッドで上半身だけを起こして窓の外を眺めているロザリーに声を掛けてシチューをテーブルの上に置いた。

「お腹が減っているだろうと思って君の為に用意したんだ」

「・・・」

無反応な彼女の目の前で手を振ってみる。彼女は何の反応もしない。ただ、ぼーっと虚空を見つめる。

働いてもらう前にやることがあった。

何も話さない様子を見るに奴隷になってよほど酷い目にあったのだろう。

まずはこの死んでいる彼女の心を元に戻してやらなければならない。いきなり知らない男に買われて、働けと命令しても無理だろう。

「覚えているかな?君がウインチェ侯爵に殺されそうなところを私が君を買ったんだ」

「どうして助けてくれたのですか?あのまま楽になりたかった」

蚊が鳴くような小さな声で呟いた。

「君に私の仕事を手伝って欲しいんだ」

「はい」

無表情なまま、返事をする。まるで決定権が自分にはないような口振りだ。

奴隷となり全てを諦めた目をしている。

「ありがとう。君の名前は?」

リュウキは彼女の手を力強く握り、確認の為に名前を訊ねた。

「ロザリー」

やはり思った通りだ。彼女はこの世界で勇者となる者の姉だ。

「その名前は捨ててもらう。君には新しく人生を始めてもらう。そうだな。今日から君の名前はサリーだ」

「サリー」

ロザリーが小さく呟いた。

「そうだ。君は生まれ変わったんだ。サリーが君の新しい名前だ。とりあえず今から食事にしようか、腹は減っているだろ?」

シチューを目の前に置いて食事を促すがロザリーは無表情のまま動かない。

「反応なしか」

多分、食事を採れと命令すれば動くのだろうが、リュウキは命令したくはなかった。

スプーンに載せたシチューをサリーの口に運ぶ。無反応のサリーも流石に食事が必要だという事は身体が分かっているのか、口元まで運べば躊躇しながらもその小さい口を開けてスプーンを咥えた。

「うまいか?」

リュウキはサリーの反応を待つ。

「・・・美味しい」

そして我慢していた色んな事が涙と一緒に一気に溢れ出した。

サリーの嗚咽を聞いてリュウキは優しく優しく頭を撫でてやった。

落ち着くのを待ってからもう一回、スプーンを口元に持っていくと今度は迷うことなくすぐに口を開いた。口の中の物が無くなるのを待ってもう一度スプーンを持っていく。それをシチューが無くなるまで繰り返した。

「今日はもう休むといい」

リュウキは空になった器を酒場に返却して戻って来るとサリーは眠っていた。

「今日も床の上で寝るか」

リュウキは床の上に転がり目を閉じた。


「うっ・・うぅ・・」

リュウキはうなされる声に目を覚ました。

サリーを見ると苦しそうにしている。悪夢でも見ているのか。

自分ではどうする事もできないが、放置する訳にもいかない。

ベッドの横に腰を降ろしてなるべく落ち着かせるようにサリーの頭を撫でてやった。

「大丈夫、大丈夫」

何度も何度も声を掛けて、何度も何度も優しく頭を撫でてやる。


チュンチュン


目を覚ますと胸に何かを抱き締めている事に気付いた。

ボヤけた視界と意識がはっきりとし始める。

胸の感触を確認して心臓が跳び跳ねる。それはサリーの頭だった。

昨日、途中で寝てしまったんだ。その時、サリーの頭を抱き枕にしてしまったんだ。

動揺して直ぐに離れようと身体に力を入れると拍子でサリーの顔が見えた。

「安らかな寝顔だ。良かった」

なんだかホッとしてサリーを起こさないように静かに離れた。


























































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