第4話、ギルド嬢の疲労
無事分配の計算も終わった頃、タイミング良くギルドの受付嬢がやって来た
「あ、あの、失礼します。お待たせしてしまったようで」
受付嬢はテーブルに何も並んでないのを見て気を使っているようだ。
「いや、良いタイミングです。丁度、報酬の分配が済んだところです。今日は全て私に奢らせてください。好きなものを注文してください」
「それじゃあ、分配した意味がないでしょ」
ブレンダが不満そうに顔を膨らませていたが、申し訳なさそうな顔で頼み込む仕草をするとため息を一つついて注文を始めた。
「ええっと・・あなたも遠慮なく注文してくださいね」
何度も顔を会わせているのに受付嬢の名前を知らない事に気付いた。
「今更自己紹介するのも変なのですがセラスと申します。今後ともよろしくお願いします」
接客業をしているだけあって名前を知らなかった事を察してくれたのか、改めて自己紹介してくれた。特に気を悪くした様子がないのでほっと胸を撫で下ろす。
「セラスさん、何を注文しましょうか?」
「それではパンをお願いします」
パンはこの店で一番安い料理だ。やはり気を使ってるみたいだ。食事に誘ったのは悪い事をしたかな。
「それで相談というのは?」
セラスさんが疲れているようなので息抜きに誘っただけだと正直に伝えたら怒るよな?仕事熱心な娘だし。
「最近、街道沿いで魔物が出没する事が多くありませんか?不安に感じる事が増えてね」
騙せるかわからないけどなんとなくそれらしい事を言ってみた。
「あー、そう言われれば討伐依頼が前より増えてるなぁ」
ナイス。クリスが料理を頬張りながら話に乗ってきた。
「私の知り合いの行商も何度か危険な目にあっているという話をしていた」
「・・はい、それは私も気になっています」
なんとか乗り切れたか?ここからさりげなく話を変えていこう。
「やはり増えてますか?セラスさんが疲れているのも魔物が増えたからですか?」
「いえ、それだけが原因ではないのですけど」
「というと?」
話の続きを催促すると言いにくそうに顔をうつむかせ答えてくれた。
「上司が変わって・・その・・仕事量が」
何となく理解できた。
「なるほど、そういう事でしたか」
「リュウキ、一人納得しないで教えてくれよ」
「そもそもあれだけの情報量で何で理解できるのよ」
リュウキはわかっていない仲間達に説明を始めた。
「えーっとな、ギルドというのは国が経営している。つまりギルド上層部は貴族だ。その貴族が威張り散らして平民に仕事を押し付けるのだろう。違った?」
セラスに尋ねて見ると図星だったようで驚いたように顔を上げた。
「当たってた・・みたいね。でも貴族だからって平民に辛く当たる人ばかりでもないでしょうに」
ブレンダの意見にリュウキが応える。
「そうだな。前任者の貴族は割りと理解のある人だったんだろうね。大抵の貴族はそうはならない。貴族の嫡男は家督を継げるから税収で食っていける。だからギルドに配属されるのは家督を継げない者なんだよ。兄弟の違い。いわば立場で家を追い出される。そういった者が更に立場の低い平民と一緒に仕事をすると必然的に平民に辛く当たるんだよ」
「上から下へ負の連鎖が続くって訳か?」
「じゃあ、一番立場の弱い者はどうなるのよ!」
クリスの問いにブレンダが声を上げて抗議する。
「それをどうにかしようとしている」
リュウキはセラスに向き合って声をかけた。
「ギルドを辞めた方がいいですよ?心身ボロボロでしょう?」
「・・・私が辞めると業務が回らなくなるのは見えています。そしたら冒険者が怪我・・最悪は帰らぬ人に・・・だからやれるだけは自分の責務を果たそうと思います」
その決意に皆が感心したようにセラスを見ている。
「おお!セラスさんは立派な考えを持っているのですね」
「いえ、私なんてそんな・・・」
セラスは恥ずかしそうに顔を赤く染めている。
「この国は物言わぬ国民によって支えられているようですね。そんなセラスさんに私から渡したい物があります」
リュウキはテーブルの上にポーションを置く。
ポーション(疲労回復)
「私は戦うより物を作ったり売るのが得意なんです。これは私の作った新作ポーションなんですが、気休め程度に疲労回復効果があります。今後泊まり掛けの依頼もあるだろうと思って作っていたものです」
「へぇー、綺麗な色をしていますね」
セラスはポーションを眺めている。
「中毒等の副作用はありません・・ただ、常用する事は勧めません。所詮これは一時しのぎでしかありません。しっかりと身体を休めるのが一番です。飲んでみてください」
セラスがポーションを受け取りぐいと飲み干す。
「飲みやすい。それに身体の底から暖かくなって疲労感が消えていく感じがする」
「いい飲みっぷりだ。本当は断られるかと思った。得体の知れない冒険者から得体の知れない飲み物を渡されても殆どの人は飲まない。何が入っているかわかりませんからね」
「リュウキさんは得体の知れない冒険者ぞゃありませんよ。それに受付していると人を見る目が養われます」
「気に入ってくれたようで何よりです。信用してくれたお礼に同じものを何本か差し上げます」
「お代はいくらでしょうか?」
財布を取り出そうとするのをリュウキが手で制す。
「いえ、新作なので後で感想を聞かせてくれるだけでいいですよ」
リュウキがテーブルの上に5本のポーションを置いた。
「本当にいいのですか?ありがとうございます」
ポーションに手を伸ばしているセラスの手をリュウキががっしり掴む。
「!?」
ビクッと身体を震わせているセラスの目を真剣な眼差しで覗き込んでリュウキは口を開いた。
「ただし、一つ覚えておいてください。私はセラスさんを助けたいから渡すのであって無理をさせる為に渡すのではない」
「・・はい、わかりました」
セラスはリュウキから目を離せず頷いて何とか返事を返した。
「それでは仕事が残っているので失礼します」
セラスは早口でそういうと席を立ち仕事に戻っていた。その横顔は少し赤くなっている気がしたがポーションのせいで褐色が良くなっているのだろう。
「それじゃあ解散するか」
★★★
次の日、さっそくリュウキは露天で商品を売っていた。
「今日は雨が降るかもな。さっさと店を畳んだ方がいいぞ」
同じように隣で商売している男から話しかけられた。
「こんなに天気がいいのに?」
リュウキは空を眺めながら返事を返した。
「ああ、ロディおじさんが言ってた。長年ここで商売しているからわかるんだってさ。雨の匂いとか空気がどうとか言ってたな」
「へぇー、そうなんだ」
リュウキはここで商売を始めてそこそこ商人にも顔を覚えられるようになって仲良くしている。隣にいるのはランディーという同い年くらいの商人。リュウキがここで商売を始めた頃に色々と教えてくれた先輩だ。
「ん?」
人通りを眺めていると変な一行を目にした。
「おかしいな」
「ああ、そうだな」
商売をしているとこういう観察力が自然と鍛えられ、ちょっとした違和感も気付けるようになる。
「どこがおかしい?」
試すように隣のランディーが聞いてくる。
「あのお嬢様」
身なりのしっかりした若いお嬢様とその従者らしき者を指さす。
商売をしていると商品を買ってくれそうなお金持ちは自然と目で追ってしまう。ボッーと座っているだけでは商機を逃がしてしまう。
「ほほう?あのお嬢さんの何処に違和感を感じた?」
「従者の方がなんというか取ってつけたような・・ちぐはぐな感じがする」
「正解だ。身分の高い者は従者もステータスのひとつとして考える。あんなチンピラのような格好をした者を従者にするのは珍しい」
「訳ありかな?」
「さぁな。分からないなら声をかけてみるか・・・そこの可愛いお嬢さん、ちょっと見ていかないか?」
ランディーは声を張り上げて呼んでみた。身なりのしっかりとしたお嬢様はこちらに気付き寄って来た。
何か急ぎ用事のある者なら無視をする。という事は時間はある。あとは交渉次第。商人の腕の見せ所になってくる。
「何を売っているのかしら?」
「アクセサリーです。あなたのような綺麗なお嬢様には是非ウチのアクセサリーをお付け頂きたいと思いまして。私の見立てではこちらの髪飾りか、こちらのブローチがお似合いになると思います。どちらが良いと思いますか?」
客は沢山ある物の中から1つを選ぶのは苦手だ。わざと2つに絞って相手に選ばせる手法だ。
「そうねぇ、この髪飾りいいわね」
「さすがお目が高い。お付けになられますか?」
「ええ、どうかしら?」
お嬢様は髪飾りを付けてみた。
「大変似合っております」
「そう?ならこれを頂こうかしら。いくら?」
「大変申し訳ないのですがこの髪飾りは名のある職人が最後に作ったものでして、もうお手に入らないので少しお高くなっております。銀貨8枚です」
ランディーはわざともう手に入らないと言って商品の希少価値をあげている。客はここで買わなければ後悔する。
「わかったわ。買いましょう」
「毎度あり」
リュウキはランディーの商人の話術と行動力に関心していたが、自分も売り込まないといけないと我に返る。とは思ったが、リュウキの商品は冒険者の日常品がメインだ。お嬢様の興味を惹く商品は少ない。考えた末に昨日クリス達が討伐したブラックドックで作った毛皮のコートを勧めることにした。
「お嬢さん、こちらもどうですか?ブラックドックの毛皮で作られたコートになります。これから寒くなるので必需品ですよ」
「ん〜、なんかシンプルね。要らないわ」
「じゃあ、ビックボアを丸ごと1匹はどうですか?」
「ふざけるなてめぇ、要らねぇよ」
お嬢様ではなく従者らしきチンピラが怒鳴ってきた。
「今朝取れたばかりで新鮮ですよ。今なら半額にしておきますよ」
「要らねぇって言ってんだろ!」
こちらを威圧するように荒々しく怒鳴ってリュウキの胸ぐらを掴む。
「そ、そうですか。すみません」
「やめなさい。こちらこそごめんなさいね。それじゃあ行くわよ」
「へい」
お嬢様が少し申し訳なさそうに謝ってチンピラと人混みに消えて行った。
「売れなかった」
「バカかお前、当たり前だろ?ビックボア1匹なんて買うかよ」
ランディーが呆れたように言う。
「バカとは酷いな。訂正してくれ。どうして?赤字覚悟の半額だよ?お買い得だよ」
「あんな重いもの持っていくだけでも大変だよ」
「そうだね。あの従者は重いのを持つのが嫌だから話に割り込んでまで断ろうとした。本当の従者ならご主人様のサポートをするのが仕事だ。あれは従者ではないな」
「お前、それを確かめる為にわざと?」
「身分の高い人が使うにしては品がないね。胸ぐらを掴まれた時、腕に刺青が入っているのがチラッと見えた。お嬢様の方は髪飾りの値段でふっかけたのに疑わず買ってくれた。世間知らずのお嬢様ってとこかな。正規の従者を使わずにあんなチンピラを荷物持ちに使っている。いや、使えないと考えるのが自然かな。家出か何かだろうか。場当たり的にあの男と偶然会って荷物持ちをさせている。世間知らずの家出お嬢様とチンピラ荷物持ち。それの意味するところはロクな事にならない」
「そこまでわかったのか?バカと言ったのは訂正するよ」
「ありがとう」
リュウキはそそくさと店じまいを始めた。
「おいおい、まさかロクなことにならないとわかってて首突っ込むのか?」
「私だけ売れないのも癪だからちょっと押し売りしてくるだけさ」
「やっぱりお前はバカだ」
★★★
もし、あのチンピラが金持ちのお嬢様の身ぐるみを剥ぎ取るなら人気のない場所。そして自分達の知っている場所。
「おそらくスラム街に連れ込むだろうな・·・ん?雨か、ロディおじさんの予想は当たるもんだな」
頬に当たる雨粒で空を見上げるが、もう空は真っ暗で人気も少なくなっている。
リュウキはスラム街を歩き回っていると、さっきのお嬢様とチンピラを発見した。チンピラの方はさっきより人数が増えいてお嬢様を取り囲んでいる。
リュウキは物陰に身を潜めて様子を窺う事にした。
「ぐへへ、お嬢様のお金は俺達が有効に使って差し上げますよ」
「ついでに色々と楽しませてあげるぜ。飽きたら娼館に売っぱらってやる」
チンピラ達がゲスい笑みを浮かべながらお嬢さんに近付く。
「どうしてよ!代価は十分に支払ったではありませんか!」
「その考えが気に入らねぇんだよ!金のない俺達を自由に使って当たり前ってか?ふざけるな」
「そんなお金が欲しいならあげるわ」
お嬢様は金貨を地面にばら撒くとチンピラが地面に落ちた金貨を拾おうとする。囲いに穴が出来た。
へぇ、なかなか機転の利くお嬢様だ。
お嬢様は全力で走り出した。
「バカヤロー、逃がすな」
運良くお嬢様が走り出した方向はリュウキの方だ。お嬢様さんが横を通る瞬間、物陰に引きずり込む。
「きゃっ」
「しーっ黙って」
リュウキはお嬢様の口に手を当てて黙らせる。
「んー、んー」
水溜まりを蹴るチンピラ達の足音が近付てくる。
「何処に行きやがった?」
リュウキは見つからないようにお嬢様を引き寄せる。柔らかいものがリュウキの身体に当たり、お嬢さんの怯えた顔が驚きに変わるが、声を出さずに静かにしていてくれた。
心臓の音、吐息が聞こえそうなくらい身体を密着させてひたすらチンピラが立ち去るのを待つ。
「クソっお前たちは向こうを探せ!」
「俺はあっちを探す」
やまない雨に視界の利かない夜ということもあって上手くやり過ごせそうだ。
「ふぅー、いったか」
「いつまでくっ付いているのよ」
お嬢様が顔を赤らめて両手でリュウキの身体を突き飛ばす。
「あ、ああ、すまない」
「あなたさっきの露天商の人ね。どうして私を助けたの?」
「嫌な予感がしたから後をつけたんだよ」
「後をつけたの!あなたもあいつらと同じお金目当てなの!あいにくお金はもうないわよ!」
「なんでそうなる。こうなる予感がしたから後をつけたんだよ」
「それなら何が目的!もしかして私の身体なの!」
お嬢様が自分の胸に手を当てて言って来た。リュウキは自然と目で追うと雨に濡れて服が肌にへばりついてボディライン、特に胸の形があらわになっていた。
「なッ」
リュウキの視線で自分の状況に気付いてキッと睨みつけてくる。
「ち、違う、それと大きな声を出さないであいつらに見つかる」
お嬢様は怒鳴りつけようとしたが慌てて両手で口を押さえる。
「ごめんなさい、少し興奮してた」
「これを着な。さっき身体を寄せあってた時、震えていた。寒いのだろ?」
ブラックドックのコートを渡す。
「これはさっき売ってたもの?」
「そうだよ。暖かさは保証する」
「いいの?お金なんてないわよ」
「風邪をひくよりマシだろ?それにこちらも目のやり場に困る。そろそろ行くぞ」
リュウキが手を握って連れ出そうとしたら抵抗された。
「待って!行くってどこに?私に変な事する気じゃないでしょうね?」
「・・・しないと言っても信用しないだろうね」
リュウキは握っていた手を静かに離した。
「じゃあ、好きにすればいい。見知らぬ街で逃げ回って奴らに見つかり、娼館に売られる、或いはずっと身を潜めて朝に凍死。私にはその2つの未来が見える」
お嬢様は想像したのか顔を真っ青にして背筋を震わせる。そして立ち去ろうとするリュウキの手を今度は強く掴み取る。
「待って、お願い。助けて欲しいの。さっきのことは謝るわ」
「・・・じゃあついて来な」
そう言ってリュウキは路地裏を歩き出した。
あと少しで路地裏を抜けられるところでチンピラ二人組を発見して建物の影に身を隠す。
「ここはあいつらの庭のようなものだ。どこを抑えれば逃げられないかよく知ってやがる」
「どうするのよ?」
「ここで待つ」
「別ルートを探した方がいいんじゃない?」
「今、動くのは危険だ。あいつらは自由な生き物だ。寒く冷たい雨の中いつまでも探しはしない」
しばらく待つとチンピラの声が聞こえてくる。
「もうあいつら逃げちまったんじゃね?どうせ来やしねぇって。それより雨に打たれて寒くて仕方ねぇ。金もあるし、ちょっとだけ暖まっていかねぇか?」
「お、いいね」
そう言ってチンピラ二人組は酒場へ消えていった。
「よし、行くぞ」
周囲を警戒しながらリュウキは進む。お嬢様は黙ってついて来ている。
「ここを抜ければ大通りだ。あいつらも迂闊には手を出せないはずだ。早く親元に帰りな」
「・・・ないの」
お嬢様は蚊の鳴くような声で何か呟いた。
「はぁっ?なんだって?」
リュウキは聞き取れず聞き直した。
「今は家に帰れないの!!」
目に涙を浮かべてお嬢様は叫んだ。
「事情がありそうだな」
面倒事に巻き込まれたとリュウキは自分の頭を乱暴にかいた。ここまで来て見捨てる訳にもいかず、宿屋まで連れて帰る事にした。