第16話、平穏と忍び寄る影
リュウキ商会の奴隷達の朝は一人ずつが大きな鏡の前でポーズをとって自分を褒める事から始まる。
「今日の僕はカッコイイ」
腰に手を当て胸を張って言い放つ。
「そうだ!カッコイイ」
すると周囲の奴隷達が拍手をして肯定する。
それが終わると決まった言葉を全員で読み上げる。
「私は私のために生き、あなたはあなたのために生きる。
私はあなたの期待に応えて行動するためにこの世に在るのではない。
そしてあなたも、私の期待に応えて行動するためにこの世に在るのではない。
もしも縁があって、私たちが出会えたのならそれは素晴らしいこと。
たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ」
朝食の準備に入る。以前まではリュウキ達がやっていたのだが、今は奴隷達が交代で作っている。
作る人が変われば味も変わる。
飢えに苦しむ事がないのは奴隷としては最高の幸せなので味に文句を言う者はほとんどいない。それでも中には少しだけ不満そうな顔をする者もいる。
「これ、味が薄いよ」
「時間を割いて頑張って作ってくれた事にちゃんと感謝して食べないと作った人に失礼だよ。人の舌なんて人それぞれ違う。好みの味じゃない時もある。仕方ない事だ。じゃあ、その仕方ない事をどう受け入れるかが大切なんだよ。味が薄くても、それはそれで素材の味がよく感じられて良い」
リュウキは文句を言った奴隷をたしなめる。
「はい、すみません」
「頑張って作った物を不満そうな顔で食べられると作り手を傷つけるんだ。頑張って何かをしてあげて相手が喜んでくれたら嬉しいでしょ?次回も頑張ろうって励みになる。そしたら双方が幸せになれるんだよ」
「そうなんだ。わかった。これもこれで美味しいよ」
納得してくれたようで料理を笑顔で食べ始めた。
そして笑顔は感染するようにあっという間に広がり、いい空気になっていく。
そしてその後の体力作りを目的とした薬草採集はまるでピクニックに行くようなテンションの高さだった。
「はぁ」
奴隷達が薬草採集に出掛けた後、執務室でリュウキが大きなため息をはいた。
「どうかなさいましたか?」
そんな様子に居合わせていたセラスが書類を読むのを止めて声をかけた。
「ああ、サリーが奴隷達を教育しているのを見て、まるで洗脳だなって思えてな」
セラスはリュウキがため息の理由が分かった。それはリュウキが奴隷を自分の都合良く育てているかもしれない罪悪感だ。
リュウキは奴隷に対して気を遣いすぎるところがある。だが、リュウキのそういう性格をセラスは好ましく思っている。
「それでもいいではありませんか。サリーさんも元気よく仕事をしてくれているじゃないですか」
「・・・信頼してくれるのは嬉しいがもう信仰の域に入っている気すらする」
「あー、確かにそうですね」
セラスは苦笑する。
奴隷達が薬草採集から帰って来るとみんな自分の持ち場の仕事準備に取り掛かる。
リュウキ達は主要メンバーで朝のミーティングを始める。
人数が増えて各業務毎に班長を作り、指揮系を確立し、効率化をはかったのだ。
「さて、各班長は定期報告をしてくれ」
「冒険者班からの報告です。新規奴隷、新人冒険者の育成は順調に進んでいます。グランツとリュウキ商会の共同パーティーも問題ありません。リュウキ商会に加入してくる冒険者も増加傾向です。いくつかガンダさんに武器や防具の新調、修繕を頼みたいと思っています」
冒険者班長のセラス。
「住居の改築について木材が不足気味じゃ、補充を頼む。武器は冒険者からの要請は素材さえあれば優先的に作ってやろう」
建築、鍛冶班長のガンダ。
「毎日の薬草採集でポーションの在庫が貯まってきています」
調合班長のエルル。
「新規の顧客も増えて順調です。ポーションは値段を少し下げて多くの販売してみます。後、新規奴隷はまだ計算が苦手な者も多く引き続き教育が必要です」
販売班長のサリー。
「現在のリュウキ商会の経営は順調に売上を増やしています。問題ないでしょう」
経理班長のミリア。
各班長が意見を交わしながら会議が進められた。
概ね順調といったところだろう。リュウキの隣にはルカを秘書として控えている。何をするでもないが、流れを把握しておく事は必要だろう。
会議が終わって各自自分の持ち場に戻り作業に取り掛かる。
今日は予定がないのでみんなの働きぶりを見てみようと考えていた。
調合班が採ってきたばかりの薬草を奴隷がポーションに調合している。
「あっ」
どうやら調合に失敗したようだ。
「気にするな。時間が掛かってもいい。次に成功させればいい」
リュウキが後ろからそっと声をかけてやる。
「えっ?」
リュウキと目が合った奴隷はバツの悪い顔をする。
「も、申し訳ありません」
「あ、いや、驚かすつもりはなかったんだ」
奴隷はまだ失敗に怯え戸惑っている。
前の奴隷生活でよほど酷い目にあわされたのだろう。
「ここには失敗を叱ったりする人はいないよ。みんな、君が頑張っているのを知っているから怒らないよ。それよりそんなしょぼくれた顔してたらまた失敗するよ。笑って」
リュウキは奴隷の頬っぺを引っ張って無理矢理笑顔を作ってみせる。
あっ、失敗した。笑顔というより変顔だ。
「ブッ・」
つい笑いが吹き出てしまった。
それにつられて奴隷も一瞬だけ笑った気がした。
「それじゃあ、私は失礼するよ。気落ちせずに頑張ってね」
奴隷の肩を軽く叩き、励ましてやる。
「・・・はい」
立ち去るリュウキの背中をボーッと見送った。
「ご主人様、いらしてたのですか?」
班長であるのエルルが声を掛けてきた。
「どうだ?人間との暮らしには慣れたか?」
「ご主人様は変わっていますね。奴隷や亜人のエルフまで気遣いをしてくださる。何処かの蛮族に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいですわ」
エルルの視線の先にはドワーフのガンダが丸太をノコギリで切っている。
「軟弱なエルフは口先が達者だな。口を動かす前に手を動かせ」
「ガンダは不自由してないか?」
「ああ、問題ない」
素っ気なく答える。
「このような待遇をしてくださったご主人様にその態度はどうかと思いますわよ」
「まぁ落ち着け、ドワーフは職人気質だ。気持ちを言葉ではなく仕事で表しているんだ。本当にいい仕事をしてくれている。それがガンダの感謝の表れなんだよ」
「リュウキは何処ぞの馬鹿よりよっぽど理解がある」
「なんですって!」
「だから落ち着け」
「「ふん」」
エルフとドワーフは犬猿の仲だと言うのは本当らしい。ここまであからさまだとは思わなかった。
★★★
今度は販売班の様子を見にきた。
カランカラン
ドアが開かれベルが鳴る。
お客様が来たのだ。物陰から接客態度を見てみる事にした。
「いらっしゃいま・・えっ?」
サリーの表情が変わった。
「ロザリーお嬢様!どうしてこのようなところで!あの日以来ずっとお探していたのですよ!」
「爺や!」
老人がサリーの両肩を掴んで喜んでいる。
「む?その首につけているのは奴隷首輪じゃありませんか!なんとお労しい。すぐに助けますのでしばしのご辛抱を。この店の責任者は何処におられますか?」
何やらまずい事になってきた。
あの老人はロザリーの家の執事のようだ。ここでロザリーが生きている事が広まればゲーム史実に悪影響を及ぼす可能性がある。
リュウキは即座に物陰から前に出た。
「如何しましたか?私が責任者です」
「即刻ロザリーお嬢様を奴隷から解放してもらいたい」
「・・・リュウキ商会は奴隷の販売は行っていません。お引き取りを」
「私は亡き旦那様の墓前で約束したのです。ここで引き下がる訳にはいかないのです!この身がどうなろうとも助けなければならないのです」
「店で騒がれては他のお客様のご迷惑になります。奥へどうぞ」
「あの・・」
「サリーはこのまま仕事を続けてください」
サリーが何か言おうとしたのを遮ってリュウキはご老人を接客室に案内する。
「どうぞ、おかけになって下さい」
ご老人は礼儀正しく席に座った。
「まず言っておかなければならないのですがあの奴隷はロザリーという者ではありません。リュウキ商会で働くサリーという女性です」
「そんな訳はありません!私はロザリーお嬢様の両親に仕える執事として小さい頃からずっと見てきました。見間違える事はございません!」
「仮にそうだとしても先程も言いましたがリュウキ商会は奴隷販売をしていません」
「ロザリーお嬢様の両親はウィンチェ伯爵に濡れ衣を着せられて処刑されました。大恩あるご両親に報いる為に奴隷から解放したいのです」
「仮に売るとしてあなたにお金を支払う能力があるのでしょうか?収入源の家は無くなったのでしょう?」
「働いていた頃良くしてもらいまして蓄えはそこそこあります」
「わかりました。では聞かせてもらいますが仮に没落貴族の娘であったとして、あなたに支払い能力があったとして解放した後はどうするのですか?」
「それはお嬢様が決められる事です」
「ウィンチェ伯爵に殺されますよ。力無き奴隷の身分なら怖くないが奴隷から解放されたとなれば再興して報復しようとしていると思われても仕方ありません」
「命をかけて守ります」
「ご両親は守れなかったのに?」
「そ、それは・・・」
「ああ、すみません。仮の話が飛躍しましたね。私は奴隷を手放すつもりはありませんのでお帰りください」
リュウキが席を立つ。
「お、お待ちください!」
「お帰りください」
リュウキが接客室のドアを開けて退室を促す。
「わかりました」
帰る間際、執事はサリーの側で小さく囁く。
「絶対にお救い致しますので」
★★★
リュウキに追い出された執事は貴族の屋敷の前までやってきた。
「ルーカス伯爵にお会いしたい」
「予約のない者は・・・これはナザックさん」
門番が追い払おうとして見知った顔だと気付いた。
「ルーカス伯爵にお頼みしたい事がありまして」
「・・・わかりました。お伝えします。しばしお待ちを」
「よろしくお願いします」
没落した貴族の執事というのも知っており、何か深い事情がある事を察した門番はルーカス伯爵に取り次ぐ。
しばらく待たされた後、使用人が屋敷に入れてくれた。
「久しぶりだな。息災のようで安心したぞ」
「はい、ご無沙汰しております」
「して、頼みがあると聞いたのだが?」
「はい、先程ロザリーお嬢様を見つけました」
「なんと!ロンディーヌ家の娘が?」
「はい、お嬢様は奴隷の身分に堕とされて働かされているようなのです。救い出す為にご助力して欲しいのです」
ルーカス家とロンディーヌ家は親交があった。ロンディーヌは決して不正をするような人物ではなかった。再度、調査を強く要求したが聞き届けられること無く異例の速さで死刑となった。
「ふむ、せめて娘だけでも助けたい。それで奴隷と言ったがどこに買われたのだ?」
「リュウキ商会のリュウキと名乗る者です」
「リュウキ商会?」
「知っているのでしょうか?」
「ああ、ギニア商会から奴隷を不当に仕入れているとの報告が入っている。それに冒険者ギルドからもリュウキ商会に不当に利益を奪われていると報告が入っている」
「なんと!」
「わかった。リュウキ商会からロザリーを救おう」
「ありがとうございます」
「騎士長はいるか?」
パンパン
ルーカスが手を叩くと鎧に身を包んだ兵士がやってきた。
「お呼びでしょうか?」
「明日、リュウキ商会を取り調べる。抵抗があるかもしれない。兵士を集めておけ」
「わかりました」
★★★
「今日は色々あって疲れたな」
リュウキは自室で読んでいた報告書を机に置いて首を回す。
コンコン
「来たか、入れ」
入って来たのは秘書にした奴隷のルカだった。リュウキが後で来るように呼んでいたのだ。
「それではこちらに来い」
リュウキの隣に不安そうにルカがやってきた。
「今から勉強を始める。秘書として必要なことを教える」
リュウキはここに来る前の知識をルカに説明し始めた。手が使えないなら頭を使う。単純な事だ。その手助けになればと思い、知識は武器である。それを与えて活かせればルカも何かの役に立っているという実感が得られるのではないかと考えたのだ。
しばらく勉強しているうちにルカが居眠りを始めた。
「昼間も仕事をしてたんだし、そりゃ疲れてるよな」
ルカをこのまま放っておく訳にもいかず思案していた。
「とりあえず、私のベットに寝かせるか」
そうなると自分の寝る場所が無くなるが、床の上で毛布を被って寝てもいいかと結論付けた。
起こさないように優しくルカを抱きかかえてベットの上に降ろした。
「ん?」
ルカが腕に抱き着いて離れない。強引に振りほどいたら起こしてしまいそうで少し気が引けた。少しの間じっとしていれば離してくれるだろうと考え待っていた。
「お母さん」
ルカが寂しそうに寝言を呟く。
親に甘える事もできずに奴隷として過酷な生活をしいられてきたルカが少し不憫に思えた。
優しく頭を撫でてやるとギュと腕を抱き締める手に力が入る。
まるで二度と離したくないかのように。
「弱ったなぁ」
リュウキはボヤきながらルカの頭を撫で続けた。
朝になって起きるとリュウキはしっかりとベットの上にいた。隣を見ると安らかに寝息をたてているルカがいた。
どうやらリュウキは寝惚けてベットの中に潜り込んでしまったようだ。
ルカの髪をかきあげて優しく頭を撫でてやる。
「んぅ・・・」
掠れた甘い声が漏れて閉じられた瞳がゆっくりと開かれる。
「あ、あの、わ、私・・」
「昨日は途中で寝たので私のベットに運んだんだ」
顔がどんどん赤くなって毛布を持ち上げて口許を隠していた。
「すみません、すみません」
「いや、夜遅くまで勉強させたのは悪いと思っている」
「いえ、そのような事は・・・」
途中で寝てしまった事を落ち込んでいるようだ。この子の扱いは難しいな。気にするなと言っても気にしてしまうのだろう。
「全てを完璧に出来る者はいない。もちろん、完璧を目指すのは悪い事ではない。でも出来ない自分を認める事も大切なんだよ」
「はい、わかりました」
返事はするがわかってないようだ。ご主人様の言う事は全て肯定しなければならないと思い込んでいるのだろう。
「まずは自分に出来る事と出来ない事を考えてみなさい。そして出来ない事は切り捨てる。出来ない事は考えても出来ないのだから悩むだけ無駄。出来る事だけを考えるんだ。そうやって割り切っていく術を身に付けなさい」
根気よく教えていくしかないだろう。
ルカが物言いたげな眼差しを向けてくる。
「ん?どうした?」
「ご主人様はどこか変です。私に厳しく勉強を教えたかと思えば、ベッドに優しく寝かせてくれたり、励ましたりしてくれます」
「そうか?私は必要な事をやっているだけなんだがなぁ」
コンコン
「誰か来たみたいだな」
リュウキがドアを開けるとそこにはトリシャが立っていた。
「あの・・昨日ルカがご主人様に呼ばれてから帰って来てな・・・」
トリシャがドアの隙間の向こうにベッドで身体を起こしているルカの姿を目にした。
「・・・ご主人様!どういう事ですか!話が違うじゃないですか!ルカを秘書したのはこういう事がしたかったのですか!」
「ちょっと待て」
廊下で喚きたてるトリシャを放置しては不味いと思い、トリシャの手を握って部屋の中に入れる。
「トリシャ!」
「ルカ大丈夫?酷い事されなかった?」
「うん、ご主人様は色々と教えてくれたよ。なかなか寝かせてくれなくて大変だったけど最後は優しくしてくれたから・・・」
トリシャはキッと鋭い目つきでリュウキを睨む。
「ちょっと待て、誤解!誤解だって」
この後、疑いを晴らす為にリュウキはトリシャに必死に説明をすることになった。




