第12話、努力と疲労
昨日、リュウキはミリアからお金をもらって買ってきた物がある。
それは肉だ。
といってもその肉の部位は一般的にはあまり食べられていない安くて固い肉だ。
それを昨日の内にブレンダの魔法で凍らせて置いた。
その肉をまな板の上に取り出した。
「この肉って食べられるの?」
「食べられるようにするのが料理だよ、これを細かく切り刻む。そこそこ力がいるから男性陣でやろうか」
「おしッ、やるか」
クリスが腕まくりをする。
「力のない女性陣は玉ねぎを同じように切り刻んでそれとトマトの皮を剥いてカットしておいて」
「はーい」
「な、涙が止まらない」
料理に慣れていないサリーは玉ねぎで号泣している。
「肉を細かく切ったら今度はそれを叩いて固い肉を柔らかくするんだ」
リュウキは切り刻んだ玉ねぎをフライパンで炒める。終わったら放置して冷やしておく。
今度は鍋に切り刻んだ玉ねぎを入れて炒める。そしてその上から切ったトマトを入れてコトコト煮混む。水分が無くなってドロドロになったら砂糖や塩で味を整える。
「終わったら炒めた玉ねぎ、叩いた肉、パン粉、牛乳、塩、卵を粘りが出るまで手で混ぜる。そして小分けして楕円形に軽くまとめたら形を整える」
「むにむにしててなんか癖になりそうな感触ですね」
「本当ですね」
「出来た物をフライパンで焼いてトマトソースを掛ければ完成だ。サリーは奴隷達を呼んできて」
奴隷達の反応はとても良かった。
「肉が食えるなんて思わなかった」
「ふっくらとして美味しい」
「うまい」
その分仕事を頑張ってくれそうだ。
うまいうまいと料理を平らげる奴隷達。それを満足そうに見ているリュウキ。更にリュウキのそんな横顔を眺めているサリー。そんな光景を遠くから観察しているミリア。
「本当にどうしようもないお人好し・・・」
ため息をついてミリアはその場を後にした。
★★★
「今日も薬草集めをしてもらう」
適度な食事、適度な運動を継続して体力作りに励んでもらう。今はまだ貧相な身体付きだが、1ヶ月も続ければ少しはらしくなるだろう。
リュウキは昨日と同じように奴隷と一緒に薬草集めをして帰ってきた。
その後、奴隷達の一人一人と話し合いをした。
得意なもの好きなもの聞いて、情報をすり合わせ適材適所の仕事をやってもらう為だ。
エルフのエルルの下で働く調合班、ドワーフのガンタの下で働く建築班、サリーの下で働く販売班、クリス達の下で働く冒険班、ミリアの下で働く事務班、セラスの下で働く情報収集班に別れてもらう事にした。
そしてリュウキは各班の新人奴隷の様子を観察する事にした。
セラスの情報収集班は人と話して情報を集める仕事をしている。他の冒険者パーティーとも友好的な関係を築いたり、情報のやり取りをしている。
魔物の強さ、魔物が現れる頻度、その魔物からとれる素材、その素材から作れるアイテム、そのアイテムの値段などを調べてクリス達に冒険してもらう場所を慎重に決定している。
ただ、冒険者ギルドはリュウキ商会をよく思ってないようだ。その理由はリュウキ商会が冒険で集めた素材をギルドに売るのではなく独自で調合、販売をしているから冒険者ギルドの利益が減っているのだ。何人かの冒険者もギルドではなくリュウキ商会に素材を売りにきている。
なんだかんだ些細な問題は抱えているものの概ね順調に進んでいる。
情報収集班の奴隷達は様々な情報をセラスから教わっているようだ。今はひたすら足を使って収集した情報を手探りで集めているがセラスに育てられれば優秀な情報員になるのは間違いないだろう。
クリス率いる冒険班の奴隷は冒険に随伴してパーティーの連携や役割を学んでいるようだ。まだ実戦で戦えるレベルではないが、荷物持ちとしてそれなりに活躍しているようだ。
エルル率いる調合班の奴隷は薬草をポーションに加工する技術を学んでいる。朝は皆で薬草を集めているのでその大量の薬草をポーションに変える為に少しでも人手が欲しい。まだまだ加工に時間がかかっているが順調にやっている。
ガンタ率いる建築班の奴隷はガンタに言われた材料を持ってくる運搬をしている。ガンタは職人気質であまり人に教える事はしないので奴隷達は必死に技術を盗み見ている。住居スペースは殆ど同じ構造なので作業手順を覚えて真似してやっているが、失敗も多いようだ。ガンタに怒鳴られながら身体染み込ませている。
サリー率いる販売班の奴隷は露店に商品を運ぶ手伝いをしている。サリー一人で運べる量は少ないので奴隷が運んでくる量だけ販売量が増えている。まだ接客には慣れていない奴隷達で挨拶や笑顔の作り方を指導されている。
今はサリー一人で販売をしているから露店の方でしか販売出来ないが、販売員が増える事でクランハウスでの販売もできるようになるだろう。そうなれば利益は大きくなるだろう。
ミリア率いる事務班の奴隷は各班からの必需品の報告をミリアにしている。空いている時間には計算や経済を教えてもらっている。
今は初期投資の段階で出費が多いが確実に収入は増えている。
皆、よく頑張ってくれている。これならミリアが納得できるだけの収益を出せるだろう。
★★★
約束の日まで4日
料理を作っていると遅れてサリーがやってきた。サリーが遅れるのは珍しい。何かあったのか?と疑問に思う。
「おはようござ・・・」
バタリとサリーが倒れる。
「サリー!」
慌てて駆け寄る面々。
サリーは顔色は悪く、額に汗をかいている。
「すみません、転んじゃいました」
サリーははにかんだ笑顔を作るが呼吸は浅く、早い。体調が優れないのは誰の目から見ても明らかだ。
「今日は休め」
「だ、大丈夫です。ちょっとつまずいただけですよ。大袈裟ですよ~」
「駄目だ。休め」
「ちょっと待って下さい!私はあの子達を守るって決めたんです。休んでなんかいられません。お願いします。働かせて下さい」
サリーを部屋に連れていこうとするがサリーは必死に抵抗する。
「・・・ブレンダ。睡眠魔法は使えるか?」
「ええ、使えるわよ」
「待って!お願い!」
「悪くは思わないでね」
ブレンダが魔法を使ってサリーを強制的に眠らせた。
サリーを背負ったリュウキはできるだけ揺らさないようにサリーの部屋へと辿り着いた。
背中に伝わるサリーの体重が想像以上に軽い。
ここに来てからは食事は十分にとってもらっているつもりだが、手足はまだまだ細い。
なに不自由なく生活していた貴族の令嬢のサリーにとっては過酷な生活だったのだろうな。
リュウキはベッドまで近寄ると、背負ったサリーをゆっくりと寝かす。
寝ているサリーは身動ぎして苦しそうに息をしている。顔も青白いままだった。
少し服をはだけさせてやる。
真っ白で繊細な肌にいくつか暴行の痕ようなものが見える。
何度見ても痛々しい。
しばらくすると呼吸も落ち着きだした。
「熱があるのだろうか」
倒れるまで無理をしていたんだ。発熱していてもおかしくない。
苦しそうに呼吸をしているサリーのおでこに手を当てて熱があるか確かめた。
手をおでこに当てると少し汗で湿っていた。
熱い。
水に浸した濡れタオルを持ってきてよく絞り、サリーの頭の上に載せた。
頭を優しく撫でてやる。
サリーが同じ境遇の奴隷達を救いたいと必死になっているのは知っていた。
表面部分の元気の良いサリーばかり見ていて、少し前までは過酷な生活をしていたのを完全に失念していた。
本人も気付かない内に無理をしてしまう傾向があるのも知っていた。
リュウキは深く後悔していた。
倒れたのがクランハウス内だったのがまだ救いだ。もし、街中でサリーが倒れていたら誰かに助けられることはあったのだろうか。
「気付いてあげられなくてごめんな」
そんなことを考えて、溜め息をつくように言葉を吐き出す。
リュウキが戻るとミリアが話しかけてきた。
「奴隷達にサリーの様子を聞いてきました。どうやら夜も寝付けない奴隷に付き添っていたみたいです。それと連日の無理による疲労でしょう」
やる気になるとどうしても自分の体調が見えなくなる。少しくらい調子が悪くても気に止めない。
その分、周囲が気にしないといけない。リュウキも自分の事で手一杯でサリーの不調を見過ごす形になってしまった事に後悔している。
「ここまでか」
販売を担うサリーが倒れた以上は収入に大きな影響が出る。おそらく約束の日までにミリアを納得させる利益を出すのは難しい。
「諦めているんですか?」
「仕方ないだろう」
リュウキは目をそらして悔しそうに答える。
「サリーの努力を無駄にする気ですか?彼女の信じていたものをリュウキが信じなくてどうするんですか!そんなの見たくありません」
ミリアは突然走り出して奴隷達のところに向かった。
「聞きなさい!サリーはあなた達を守ろうとして倒れたのよ。このままいけばあなた達の半数は売られる事になる。あなた達はそれでいいの?それなら一生奴隷として過ごしなさい!」
「お姉ちゃんと離れたくない」
「売られるなんて嫌だ!」
「私達も何かしたい」
「どうすればいい?教えて欲しい」
ミリアのキツい言い方に反発するように奴隷達が声をあげる。
「少しは見所のある奴隷だわ。じゃあ、今まで学んだことを活かして利益を出して。役に立つという事を示しなさい」
「はい!」
奴隷達は諦めない、いい目をしている。
「少しいいか?」
ドワーフのガンタが声を上げた。
「なに?」
「あっしは住居スペースを作るように言われとる。じゃが、先に工房を作らせてくれれば冒険者の集めた素材で色々と作れるかもしれん」
「それを売るという事ね。いいわね」
「私も機材と素材がさえあればポーション以外も調合できますよ」
エルフのエルルもやってくれるようだ。
「わかったわ。素材はセラスに話をつけておくわ。必要な機材は言ってくれれば私の方で手配しておく」
こうして奴隷達は慌ただしく働き始めた。
★★★
昼になり、そろそろ魔法の効果が切れてサリーが目覚める頃合いだ。
リュウキは眠るサリーの隣で椅子に腰を掛けた。
サリーは無理矢理眠らせた事を怒るだろうか?
ほとんど動かなかったサリーの手がピクリと動くと静かに目を開けた。
「サリー、ポーションは飲めるか」
リュウキが以前作った疲労回復効果のある特製ポーションだ。
「・・・いただきます」
リュウキの予想と違いサリーは落ち込んでいるように思えた。
リュウキはサリーの背中を支えながら上半身を起こしてやる。
ポーションの蓋を開けて口元まで持っていくと自分の手で握り、ちびちびとではあるがちゃんと飲んでくれた。
「気分はどうだ?」
「大丈夫です」
しばらくの沈黙の後、サリーが一番知りたかった事をリュウキに訊ねる。
「奴隷達はどうなりますか?」
「・・・ミリアが奴隷達に指示を出してサリーの休んだ分の穴埋めをしようと頑張っているよ」
「ミリアさんが?」
サリーの目が少し見開かれる。
「ミリアは頭がいいからどうしても効率を優先してしまうのだろうな。でも心の中では理想を持っている。だから口では厳しく言うけどサリーの事を応援しているよ」
「そう・・ですか。私、少し誤解していたかもしれません」
サリーの質問に答えて一段落したところで今度はリュウキが話を切り出す。
「本当に辛い時はちゃんと言いなさい」
サリーを責めている訳じゃないが、体調管理はしっかりして今回のような無理をして欲しくないから、つい強く言ってしまった。
「あの・・すみませんでした」
「謝罪は必要ない。今度から気をつけてくれ」
「はい、次はご主人様の期待に必ず応えられるように頑張ります」
今回倒れた事で責任を感じてサリーは捨てられると思っているようだ。
「・・・わかってない」
「え?」
「私はサリーの失敗を咎める為に強く言ったんじゃない。サリーの事が心配しているから言ったんだよ。サリーは自分に価値がないと思ってないか?価値がないから行動で役に立って自分の価値を示そうとする。役に立てなければ価値が無くて心のどこかで売られるかもって不安に思っていないか?」
「・・・はい、実はご主人様に優しくされればされる程に捨てられる事を考えると怖くなってきます」
「私はサリーが居てくれるだけで嬉しいよ。怒ったのもサリーに万が一の事があったら悲しいからだよ。失敗してもいいんだ。大したことじゃない」
「ありがとうございます。少し気が楽になりました」
先程までよりかは楽になった声を聞いてリュウキは再びゆっくりとサリーを寝かす。
「今はゆっくり休んで早く体調を戻す事」
休むように伝え、部屋を出ようとした時、リュウキの服の裾が引っ張られる。
「あっ・・」
サリーがハッとした顔になる。
リュウキを引き止めたのはとっさの行動だったようだ。
リュウキはサリーを無言で見つめていた。
しばらくの沈黙の後に頬を染めながらリュウキに本音を申し訳なさそうに伝える。
「手を・・・手を握っていて欲しいです」
その言葉を聞いてリュウキはサリーの
隣に座って手を握る。
リュウキはサリーを見つめて言う。
「眠るまでならいいよ」
サリーがその手をギュッと握る。
サリーの柔らかさとぬくもりが伝わってきて、少し心臓が高鳴る。
サリーが熱く潤んだ瞳で見つめて甘えた声で囁く。
「あの・・たまにでいいので手を握って一緒に寝てもいいですか?」
以前は宿屋で一緒の部屋で寝ていたがクランハウスで住むようになってそれぞれの部屋で寝るようになってこういう事はしなくなっている。
サリーの恥ずかしそうに赤く頬を染めた顔がとても印象的だった。
「・・まぁ、たまにならいいよ」
★★★
カーン、カーン
「んん・・」
何かを叩くような異音でサリーが目を覚ますとすっかり日が暮れており、窓の外は真っ暗だった。
「起きたのね。調子はどう?」
ベッドの隣に今度はミリアが椅子に腰をかけていた。
「ミリアさん?あの話は聞きました。奴隷達の事ありがとうございます。私、勘違いしていました。ミリアさんは奴隷を軽蔑していると思ってました」
「わ、私は商人の娘よ。奴隷を売るより利益があるならそっちの方がいいと思っただけよ」
「フフフ・・」
ミリアが顔を背けて言う。素直になれないところがおかしくてサリーはつい笑いが零れる。
「まったく、何がおかしいのよ。それよりこれを見て」
ミリアは恥ずかしさから話を強引に変えてたくさんの硬貨を見せる。
「これは?」
サリーは何を言われているのかわからずに尋ねた。
「これはね、今日奴隷達がサリーの代わりに働いて手に入れたお金よ。あなたの稼ぎより多いんじゃないかしら」
「あの子達が?ホントに?」
信じられないといった感じで覗き込む。
「本当よ。今も音が聞こえるでしょ?まだ仕事をしているみたいね。見に行く?」
サリーは起き上がり、ミリアと一緒に音のする方に歩いていくと、異音だけでなく、人の声が聞こえてくる。
「おい!そこは丁寧に頼むぞ」
「はい!わかってます」
「こっちの材料はまだか?」
ガンダ達がわいわいと改築をしている。
「あら?起きたの?大丈夫?」
エルルがサリーに気付いて声をかけてきた。エルルのその手にはその手には調合機材が握られている。
「ああ、これ?あのドワーフがうるさくて寝れないのよ。だから暇潰しに調合してるだけよ」
サリーの視線に気付いてエルルが説明してくれる。
「ただいま、ポーションがなかなか売れなくて遅くなりました。あ、ミリアさん、これは代金です」
クランハウスに奴隷が帰ってきて、ミリアにお金を差し出す。
「そう、お疲れ様」
奴隷はお金をミリアに渡すとすぐに他の仕事を手伝いに走り出した。
「どう?皆、一生懸命やってるよ。これなら十分に利益が出るかもね」
ミリアは呆然と立ち尽くすサリーに声をかける。
「うっうう・・これで皆と一緒にいられる」
サリーは口元を押さえると頬に涙が伝う。
そこにリュウキがやってきた。
「おい!いつまでやっているんだ!さっさと寝なさい。明日にひびく。これ以上倒れられたらどうすんだ、まったく」
リュウキがグチグチと言って奴隷達を無理矢理休ませる。
「フフフッ・・ホントに変わってるわね。自分の意思で必死に働く奴隷とそれを無理矢理休ませようとするご主人様。普通なら逆よね」
「はい、私にとって最高のご主人様です」
サリーは満面の笑みで答えた。




