第1話、どうしてこうなった
人々の喧騒。激しい人通り。立ち並ぶ店。どこまでも青い空。
目に映るのは賑やかな街の一角。
「あれ?ここは?」
違和感を感じてよく見てみる。
古風なというか、ファンタジーによくある中世ヨーロッパの雰囲気だ。
混乱する記憶を整理する。
確か昨日遅くまでゲームをしていていつものように寝落ちしたんだと思う。
それがどうして?
街並みを観察すると見覚えのある風景。
そう、昨日やっていたゲームの中だ。
「夢を見ているのか?」
頬をつねってみる。
「イテテっ・・・」
どうやら夢じゃないらしい。
「兄ちゃん、なにやってるんだ?」
不審者を見るような視線で男に声をかけられた。
「あ、いや・・何でもありません」
「なら店の邪魔だ。買わないのなら他所に行ってくれ」
男の前には生活用品らしき物がきれいに並べられている。
露店商のようだ。
「あ、ああ、すまない。少し聞きたいのですがここはどこですか?」
「はぁ?ここはアデールの城塞都市だ。そんなことも知らないのか?さぁ、どいた、どいた。」
店の男が怪訝そうなでシッシッと手振りで向こうに行くように追い出された。
アデールの城塞都市。
その名前には聞き覚えがあった。昨日やっていたゲームの中の街の1つだ。だが、アデールの城塞都市はゲーム序盤に魔王軍によって滅ぼされた街だ。
周りをよく見ると確かにゲームのアデールの城塞都市によく似ている。魔王軍に滅ぼされる前の街に。
「そんな馬鹿な!」
その後、真相を確かめる為に街の人に声を掛けまくったところ1つの事実に突き当たった。
「ここはゲームの世界だ。それもゲーム開始前の」
もう1つわかった事はこの世界で俺は勇者ではないということだ。
これは自分のステータスを確認してわかった事なのだが、名前はリュウキ、18歳の商人ってのが今の俺らしい。顔はリアルのままなのだが服装はしっかりとこの世界の物に着替えられている。しかも、商人らしい服装に・・
能力値も平凡で勇者のように強くはないモブキャラだ。戦闘スキルは皆無。代わりに交渉、鑑定、鍛冶、調合のスキルを覚えている。
どうしろってんだよ。
魔王を倒す力どころか、明日を生きていく事すら怪しいぞ。
宿屋に泊まるお金もないし、いきなり浮浪者かよ。
「そうだ!」
この世界がゲームと同じなら街の近くに薬師の森という場所があるんだ。そこで薬草を採ればお金になる。
閃いたとばかりに街を飛び出して薬師の森に向かった。
「ははっ、やっぱりだ」
薬師の森につくとリュウキの目の前には薬草の群生地が広がっている。
それを手当たり次第に集めて日の傾く頃に街に帰った。
そして集めた薬草を換金するために疲れた足取りで冒険者ギルドに向かった。大抵の冒険者ギルドは宿屋と酒場が併設されている。建物に入ると右側から冒険者達の喧騒が聞こえてくる。冒険者達が今日も無事に帰って来れた事を喜び酒を飲み、明日の活力にしているのだ。左側にはギルドの依頼が沢山貼られたボードが並んでいる。この時間帯は依頼を受けようとする冒険者は少ない。日が沈んでからの魔物討伐は危険を伴うのを冒険者はよく知っているからだ。
リュウキが向かった先は左側のカウンターだ。
「こんばんは、なんのご用でしょうか?」
受付嬢が笑顔で声をかけてきた。
「薬草の買い取りをお願いしたいのですが」
「わかりました。ギルドカードの提示をお願いします」
「生憎まだギルド登録を済ませてないので登録をお願いします」
「ではこちらの書面にご記入お願いします」
受付嬢に紙とペンを手渡された。代わりに薬草をカウンターに置いた。
「書いている間に査定をお願いします」
名前、年齢、職業などを記入して受付嬢に手渡すとすでに査定は済んでいた。
「お持ちになられた薬草は銅貨60枚になります。全て換金しますか?」
「ああ、それと一泊泊まりたいのだが」
「一泊銅貨20枚になります。部屋は中央の階段を上った2階になります。代金は報酬から差し引いておきますね」
受付嬢から銅貨40枚と部屋の鍵を受け取る。
「リュウキ樣のランクはFランクとなります。Fランクの依頼を受ける事が出来ますがそれより難易度の高い依頼は受ける事が出来ません。依頼を受ける場合は必ず受付にてお知らせ下さい。勝手に依頼を達成した場合は報酬をお支払い出来ない場合があります。それと・・・」
受付嬢がギルドについて丁寧に説明してくれるのはゲームの頃と全く同じだった。
長い説明を聞き終わり借りた部屋に入るとすぐにベッドに倒れ込み仰向けになった。
「ああ、ここは本当にゲームの世界なんだな」
リュウキはゲームの世界に突然放り込まれた事を実感する。だけどそれほどショックではない。ゲームってのは現実と違って努力の報われる世界だ。ゲームはレベル上げをやればやるほど強くなれる。現実はどうだ?プロのアスリートは練習すればするほど強くなれるのか?答えはNOだ。
努力すればハッピーエンドが約束されているゲームとは違い常に理不尽と向き合い折り合いをつけなければならないのが現実だ。
「とはいえ、残り銅貨40枚。飲まず食わずで2日分かぁ」
明日も薬草集めにいかなければならないのか。
これがゲームの主人公だったら魔物討伐に出て資金を稼ぐのだが・・
リュウキはそう考えて首を振る。
このゲームに限って言えば主人公は悲惨だ。何度も困難にぶち当たり、家族を失い、挫折しそうになるが、仲間に支えられボロボロになりながらなんとか魔王討伐を成功させる。
それがリュウキの実直な感想だ。
「そんな事より現状をどうにかしなきゃな」
遠くない未来、この街は魔王軍に滅ぼされる。それまでに王都に逃げなければならない。その王都に行く道中には魔物が出てくる。リュウキは商人なので魔物と戦えるステータスはない。王都に行くには護衛が必要になる。その護衛を雇うにはお金が必要になる。
つまりこの街が滅ぼされる前にお金を稼いで脱出するのが第一目標だ。
◆◆◆◆
翌日から毎日薬草集めに出かけるのが日課となった。
薬草を直接売るより、回復成分を抽出してポーションにすれば高く売れるという事を思い出した。
更に出来上がったポーションはギルドに買い取ってもらわずに直接冒険者に売るとギルドの買い取り価格より高く売れる。
ポーションを作る調合機材を買ったのは痛い支出だったが順調にお金が集まっている。
そして数週間たったある日の事だった。
「気を付けて行ってらっしゃい」
いつものように受付嬢の爽やかな笑顔に送り出されて薬師の森で採集している時の事だった。
何かの気配を感じて顔を上げた時にはすでに遅かった。
リュウキの視線の先にはゴブリンがいた。
まずい!!
リュウキが立ち上がった時にはナイフを片手にこちらに飛び掛かってきた。
「ぎぁぁぁ」
左腕に熱さを感じて見るとざっくりとナイフが突き刺さった。
や、やられる!
ゴブリンが腕に刺さっているナイフを抜き、大きく振りかぶった。
リュウキは藁にすがる想いで右手に握った土をゴブリンに投げた。
「ぐぎぃぃ」
丁度ゴブリンの目に土が入った見たいでゴブリンはナイフを落として両手で目を押さえて悲鳴をあげている。
そしてリュウキは必死に走った。死ぬ気で走った。
「た、助けてくれー!」
アデールの城門が見えてきたので大声で助けを求めた。
それに気付いてアデールの衛兵が出てきてゴブリンを追い払ってくれた。
「危ないところでしたね。大丈夫ですか?」
左腕からはドクドクと血が滴り落ちている。
「腕をやられました」
「これはいけない。これを飲んで」
衛兵がポーションをくれた。
グビグビと飲み干すと痛みがなくなり傷口が温かくなってゆっくりと傷口が塞がっていく。
「助かりました。ありがとうございます」
リュウキは丁寧に頭を下げてお礼を言った。
「最近は魔物が活発になっています。気を付けて下さいね」
危なかった。
もし近場じゃなかったらアデールに辿り着く前にやられていただろう。冷静に思い返すと背筋に冷たい汗が流れた。
その後は受付嬢に報告して部屋のベッドの上に寝転がった。
「明日からどうしよう」
受付嬢に報告した時、ここ最近魔物が活発になっていて街の近くにも現れるようになったと話していた。
思い当たる事はゲーム内であった魔王の侵攻だ。ゲーム通りなら今後益々街の外での活動が出来なくなってしまうだろう。
薬草集めにいかなければいずれは資金が尽きてジリ貧だ。
「そういえばゲームでも勇者はジリ貧だったな」
本格的な魔王軍侵攻で主人公は1つの街を守るが他の街が魔王軍に落とされていた。
勇者は強いのだけど2つ同時に攻められると対処不可能になり、段々と追い込まれていくのだ。
「あれは勇者じゃなくて周りの環境が悪い。もし、俺なら・・」
そこまで考えて気が付いた。俺がその環境の1つではないか?
「俺に変えられるのか?この世界を。いや、変えられなければいずれこの街も・・・」
変えるか?逃げるか?
答えを出さないまま眠りに落ちたのだった。
◆◆◆◆
次の朝からリュウキは日課の薬草集めには出掛けずにずっと酒場の隅の席に座っていた。
時折、心配そうにギルド受付嬢がこちらを見ているが気にせずじっと座っている。
目的は初心者冒険者を探して安値で薬草の採集を手伝ってもらう事だ。ベテラン冒険者は薬草採集なんかはしないし、雇うとかなりのお金が必要となり、儲けがない。ギルドから薬草を買ってポーションを作っても薬草代のせいで儲けが少ない。
だから初心者冒険者に随伴して薬草を採集しようと考えているのだ。
そしてを冒険者を観察していると全く意外な事がわかってきた。
夕方になると冒険者達は依頼を終わらせて酒場に集まり賑やかになってくる。リュウキの近くでも冒険者パーティーが食事や酒を楽しんでいる。
聞き耳を立てているとパーティー全員が自慢するように魔物を何匹倒したという自慢話しかしない。そして魔物を多く倒したメンバーは喜び、少なかったメンバーは肩を落としている。
そこでリュウキは違和感を覚えた。
魔物討伐数が偏るのは当たり前なのだ。戦闘には攻撃役、盾役、回復役、支援役がある。だから攻撃役は討伐数が増える。盾役や回復役等は魔物を倒さないから討伐数は減る。
そこまで考えて思考が止まった。
よく見るとギルドパーティーは攻撃職だけで構成されている。
ゲームでは当たり前だった戦術がここでは全くないのだ。
討伐数、つまり攻撃力が強さの指標となっているのだ。
「イビツなパーティーだ」
本来はそれぞれのメンバーが役割を果たすはずが全員火力特化パーティーになっている。
上位なら火力で押しきった戦いが出来る。問題は下位のパーティーだ。火力の高いメンバーは上位パーティーに流れ、それ以外つまり火力の低いメンバーで構成されている。これでは弱い魔物もまともに討伐できないだろう。
「もう少しどうにかならないのですか?」
リュウキが考えていると大きめの声が聞こえた。
ギルドの方で新人冒険者パーティーが揉めているようだ。金髪の男と黒髪の大柄な体格の男、後1人は赤髪の女の若い3人組だ。
「ゴブリン一匹ではこれ以上の報酬にはなりません」
「そこをなんとか、俺達泊まるお金もないんです」
「申し訳ありません」
ギルドではよくある話だ。誰も見向きもしない。
「そんな・・・」
金髪の青年の顔が悲壮感に漂っている。
「ごめん。僕がトロいせいで」
大柄な男が頭を下げている。
「そんな事はないわよ。私達には無理だったのよ。命があっただけ儲けものよ。村に帰って畑でも耕そうね?ね?」
赤髪の少女が励まそうとしている。
「・・・」
金髪の青年は悔しそうに俯いている。
ほう、これは新人冒険者を安く雇うチャンスかもしれない。
金髪の青年は攻撃役、もう一人の大柄な青年は盾役、赤髪の少女は華奢な体つきからして魔法使いだろう。パーティーとしては悪くない。
さっそく声をかける事にした。
「お困りのようですね?」
「あんた誰よ?」
赤髪の少女が怪訝そうに睨み付けてきた。
ぐっ・・リュウキは睨まれて少しだけ怯む。
相手は不安や緊張を感じているようだ。大切なのは第一印象。
人は出会って最初の印象が強く残り、なかなか書き換えられない。
リュウキはとびっきりの笑顔を作る。
笑顔は楽しい時にだけ使うものではない。相手に敵意はないとアピールするのに使える。
相手の緊張をほぐしたり、安心させる効果がある。
そして笑顔を向けられた側は好意を返さなくてはならないと無意識に笑顔を返す。
「私は商人のリュウキと言います。実は手伝って欲しい事がありましてね」
「依頼?」
「はい、私は薬草を集めて売って生計を立てているのですが最近は街の近くでもゴブリンが現れるようになって困っているのですよ」
「依頼ならギルドに頼めばいいじゃない」
赤髪の少女はギルドの受付を指さす。
リュウキは周りには聞こえないように音量を下げて囁く。
「ギルドに頼むより貴方達に直接頼んだ方が利益が多いのですよ」
「俺達は見ての通り初心者冒険者でゴブリンにすら苦戦する。もう、冒険者になるのを諦めて田舎に帰ろうと思っています」
金髪の青年が覇気のない声でそう言った。
「少しだけお時間貰えないでしょうか?ここで立ち話も他の人の迷惑なので座って話しましょう」
「・・・」
3人はまだ警戒しているようだったが黙って併設される酒場について来てくれた。
もうひと押しだ。
全員が酒場の席に着く。
「えっと失礼ですがお名前を伺っても?」
こちらは既に自己紹介をしている。先程の笑顔と同じで笑顔を向けられたら笑顔を返さなければならないと思うように自己紹介されると自己紹介しなければならないと人は考える。
「俺はクリス、こっちの大きいのがトマス、それでこっちの赤髪がブレンダだ」
この金髪のクリスというのがこのパーティーのリーダーみたいだ。
「クリスさん、トマスさん、ブレンダさん、よろしくね」
そして人は名前を呼ばれると警戒心が薄くなる。ただ、注意しなければならないのは名前を連呼すると馴れ馴れしく思われるので時折会話に相手の名前を混ぜて話すのがコツだ。
「話を聞いてくれるお礼に遠慮なく好きな物を頼んでいいよ」
冒険で疲れて腹も減っているだろう。そしてお金も心許ない。食いつくだろう。
「そ、それじゃあお言葉に甘えて」
そしてやはり好意を受け取ると好意を返さなければならないという責任感が生まれる。
ここまですれば依頼は引き受けてくれるだろう。
「まずは話を聞いてくれることに感謝します」
「いいよ、いいよ」
「そんなに時間を取らせるつもりはないので最後まで聞いて下さい」
「わかった」
「もし、無理なら断って貰っても構わないので安心してください」
「わかった」
肯定的な返事をしてくれる質問を3回以上する事で人は次の質問の答えも肯定したくなる。
「私を助けると思って薬草集めの護衛をしてもらいたいのです。そんなに危険はない。最近までは1人で薬草を集めていたのですが昨日ゴブリンに出くわしまして・・」
「ゴブリンか」
3人とも嫌な顔をする。おそらく前の依頼で痛い目にあったのだろう。
「これは討伐依頼ではありません。だから倒す必要はなく、私達4人が無事に街に帰って来れたらいいのです。引き受けてくれるなら今夜の宿代も貸してあげますよ」
3人が顔を見合わせて頷く。
「わかった。引き受けよう」
次の日からさっそく薬草集めに出掛けた。
いきなりモンスターに会う事もなく予定の場所に辿り着いた。
リュウキは黙々と薬草を集める。クリス達は周囲の警戒をしている。
「のどかだな」
最初は緊張した面もちで警戒していたが何も起きないので退屈し始めたようだ。
「前にも言ったけど滅多に魔物は出ないよ」
リュウキの近くには薬草の山が出来上がっている。
「そんなに薬草を持てるのか?」
「このくらいでいいか、じゃあ、一緒に運んでくれないか?」
「えっ?俺達も運ぶのか?」
「手伝ってくれたら報酬は上乗せするよ」
「んー、それなら、やるか」
4人で運べるだけ薬草を持ち帰った。
「これが今回の報酬だ」
クリスとトマス、ブレンダにお金を渡す。
「たかが薬草集めでも生活出来る程度のお金にはなるだろう?何も魔物を退治するだけが冒険者でもない」
「そうだな」
「明日はどうする?午前中だけ薬草集めを手伝ってくれると助かる。午後はポーションを売り捌かなきゃならないからな」
「ポーション?薬草を加工するんだ?」
「ああ、食事をとって寝るまでポーションを作るつもりだよ」
「わかった。まだ帰る路銀もまだ心もとないんで明日も手伝うよ。リュウキも無理するなよ」
「ああ、ありがとう」