親と子
話を小分けにして投稿頻度を上げられるように頑張ります。
大勇者…勇者達の中でもたった1人しかいない特別な地位である。現大勇者は現在31歳、16歳で成人を迎えるこの世界では中年に入り始めた頃である。だが、今も尚己を鍛え続ける事をやめず、その肉体は若々しく筋骨隆々で全く年齢を感じさせなかった。195cmという恵まれた体型と産まれ持った戦いの才能、それを活かした巨大なハンマーを振るい敵を薙ぎ倒していく豪快な戦い方。そして何より、大勇者という立場でありながらフランクで明るい性格は人々を魅了し常に憧れの的になっていた。そんな彼は今……!
「大勇者でありながら…それどころか30を超えた大の大人が約束を破るなど何をやっているのです!?」
「すいません…本当にすいません……」
…………………叱られていた。
「すいませんプリモさん…もう二度としないんで許してください……」
勇者連盟メジハ支部長ことプリモに土下座する大勇者。最早威厳など微塵も無かった。
「……はぁ、今回はこの辺にしましょうか。以後気を付けてください」
「………はい、本当にすいませんでした」
大きくため息をついて、プリモは部屋から出ていこうとする。
「あ、ちょっと聞きたいことが…」
だが、大勇者に呼び止められプリモは足を止めた。
「……何か?」
「あぁえっと、ユウちゃんのパーティメンバーの事なんだけど……あれ人じゃないよね?」
少しだけプリモの眉が動いた。僅かな変化ではあったが、大勇者が抱いていた疑問が確信に変わるには充分な変化であった。
「………何で魔物が勇者連盟に加入して…?」
大勇者はさらに疑問をぶつけていく。
「…あの2人はまだ仮加入です」
「……色々腑に落ちない…仮とはいえ、プリモさん程の真面目な人が何で魔物の加入を認めてる?」
「……………少し話せば長くなりますが」
「……それ、私が説明した方がいいかな?」
「きゃっ……!?」
唐突に後方から聞こえる声。その声にプリモは驚くあまり反射的に大勇者へ抱きついていた。大勇者達の前には、魔王子達がメジハで出会ったローブの女が立っていた。
「やぁ♪」
「……お前…何者だ」
大勇者は警戒心を露わにして、プリモを庇うように女の前に立ち塞がった。
「うーん…天にも登る美少女!かな」
「……ふざけてんのか?」
大勇者は益々女への警戒を強めていく。
「…?貴女は……!」
「やぁ、メジハの支部長さん!久しぶり…前にもこんなやり取りしたっけ?」
「え?知り合い?」
戸惑いを隠せない大勇者を気にもとめず、女は話を続けていく。
「大勇者君は魔王子君達の事が気になるんだね」
「魔……魔王子!?魔王の子供…!??」
彼らの予想以上の正体に大勇者は驚きを隠せずにはいられなかった。
「そう、正確に言うと先代魔王の子供なんだけどね。さて、何を隠そう彼らが勇者連盟に加入できるように口利きしたのは私なんだ!!」
「………?あの頑固爺さん達を説得したってことか…?どこの誰だか分からない人間の言うことを聞くような人達とは思えないけど…」
不思議がる大勇者に、女は剣の様な紋章が刻まれた蒼い宝石を見せつける。大勇者はそれを見て再び驚いた様子を見せた。
「………単なる伝説かと思ってたけど…本当に存在してたとはな……で?天界の人が何で魔物を助けるようなことを?」
「…………うーん、正直なことを言うと助けたかったのは魔王子君だけで、あのお付の子はどっちでも良かったんだけどね」
「…じゃあ何で魔王子には死んで欲しくないんだ?」
「………それは少し違うね。彼らは魔王子君には死んで欲しくはないけど生きててもらっても困るんだ。私はそんな事思ってないけどね」
「…『彼ら』ねぇ…もしかして、難しすぎて人間が詳しく聞いてもよく分からない感じ?」
大勇者は少し自嘲気味に笑う。女は相変わらず飄々としていたが少しバツが悪そうにも見えた。
「どうだろうね?丁寧に説明すればそこまで難しい話では無いけど、今説明するのは都合が悪いかな。まぁ結局のところ、君の気になってる彼らの考えがどちらに傾くかは魔王子君の頑張り次第ってとこかな」
「……お姉さんはどう思っているんだ?」
「…………私は彼の事を心から生きて欲しいと思っている。彼は信頼出来る人物だからね!以前会った時に確信したよ!」
自信たっぷりに女は答えてみせる。
「理由は…?」
「決まっているだろう?彼は…美少年だからね」
盛大に大勇者とプリモはずっこけた。さながら往年のギャグ漫画のようであった。
「……何だよそれ」
「り、理由が浅すぎます…!」
2人はほとんど呆れていた。2人のずっこけ具合が女にはツボだったらしく、口元をおさえてくすくすと笑っていた。
「…ふふ、まぁでも私は本気で彼の事を信じている。それは嘘じゃない」
「はいはい………そういえば、お姉さんは何でここに?」
「あぁ、本当は別件で来ててね…ここに用はなかったんだけど…せっかくだから優しいお姉さんからの注意を1つ……」
女は先程までとは打って変わって真剣な顔つきになった。
「君達の耳にも入っていると思うけど…魔王軍に不穏な動きがあるでしょ?」
「あぁ、小規模な魔物の群れの移動が世界各地で目撃されてるって…推測だけど魔王軍の幹部が関わっているかもしれないとは聞いてるが…」
「……まぁ、その程度の事だったらわざわざこんな真剣に話す程でもないのだけれど…私と彼らの考えが正しければ……今後戦う事になる敵は一筋縄ではいかなくなるね…人間である以上、人は悪意と向き合う必要があるからね」
「…………?どういうことだ?話が繋がってないような…?」
「…すぐに分かると思う。でもこれからの事を私は、心配はしてるけど絶望はしていない。人間の可能性というのをこの目で見てきたからね………さて、私はこの辺で帰るけど…下の方で君が推薦した候補の子がケンカしてるみたいだよ。怪我人が出る前に早くとめた方がいいと思うよ。それじゃあバイバイ♪」
一瞬眩い光が輝き、いつの間にか女は消えていた。大勇者とプリモが耳を澄ますと下の方から確かに騒いでいる声が聞こえた。慌てて2人は階段を駆け下りていった。
……大勇者がプリモに連盟支部に引きずり込まれてすぐの事
「いっ…行っちゃいました………」
「叱られて当たり前ですよ……あの爺さんと出会わなかったら私達詰んでいた訳ですし」
ユウと魔王子は呆気に取られていたが、ヒショはやれやれといった様子で連盟支部の方を見ていた。
「あ、あの……貴女が大勇者様の推薦を受けたユウ様なのですか…?」
「え?…はい、そうですけど」
何故か恐る恐る聞いてくる町人に対してユウは平然と答える。その瞬間、わぁっと民衆は盛り上がりを見せた。
「いやー!まさか大勇者候補の方とも出会えるなんて!!」
「サインくれサイン!!!」
「本当に大勇者候補!?すっげー!!」
言葉の波が次々とユウ達に襲いかかる。ユウは思わず怯んでしまうが、このままでは期待を裏切ってしまうと思い直し、奮起して堂々とした態度で歓声を受け止めていく。
「いやぁ、大勇者様から直々に推薦されるなんてどんな方と思っていましたが、こんな可愛らしいお嬢さんだったとは!」
「え?カ、カワイイですか?えへへーそれ程でも…」
「世辞に決まってるでしょう。アホ勇者」
照れていたユウにヒショは冷たい言葉を突き刺した。ユウは危うく泣きそうになっていたが、むしろヒショはそれを面白がっていた。
「ヒショ…イジワルはめっだよ」
「アンタはまた母親みたいな事を……というか子供扱いするんじゃねぇですよ!」
口喧嘩をしていると、何人かが2人へ興味を向け始めた。2人が気付いた時には、既に彼らに囲まれていた。
「お2人はユウ様のお仲間ですよね?ぜひお話を聞かせてください!!」
「あ?………まぁいいですけど♪」
ヒショはチヤホヤにされることに少し気分が上がっていたのだった。一方のユウは質問攻めにされていた。
「ユウ様!これまでどんな修行を?」
「えっと…魔道具を使った基礎的な練習を徹底して…」
「ユウ様!仲間の皆さんとはどこで出会ったのですか!?」
「え?確かメジハで魔獣に追いかけられてる時に…」
絶え間なく飛んでくる質問にユウは目を回していた。ふと下の方を見ると小さな男の子がモジモジと話をしたそうに立っていた。ユウはゆっくりと屈み、少年へ目線を合わせた。
「………!」
「…良ければお話しませんか?」
「……!うん!」
憧れの人の優しさが少年に笑顔を取り戻した。
「……………………………」
青年が人集りを遠くから覗いていた。そしてゆっくりと人集りに向かって歩き始めた。
「…僕、勇者になりたいんです!どうすればなれますか!」
「そうですね……お父さんやお母さん、先生の言うことをちゃんと聞くこと…それから………」
「…わぁ!?」
少年が後ろから突き飛ばされうつ伏せに転んでしまった。驚いたユウが見上げると、そこには冷たい目をした青年がユウを見下ろしていた。
「………!」
茫然とユウは青年を見つめていると、青年は突然ユウを蹴り飛ばしユウは壁に叩きつけられてしまった。周囲は突然の出来事に固まってしまう。そんな周囲の事など気にもとめず、あろうことか青年はさらに蹴りを入れようとユウヘ近づいていく。
「へ?…勇者ちゃん!」
だが、間に魔王子が飛び込み仁王立ちをする。青年は表情ひとつ変えずじっとユウの方を見ていた。
「な、何ですかあなた!?」
「……父さんが推薦した人って聞いてたけど、全然大したことないんだね」
「………んえ?」
青年の言葉に周りはざわめき始めた。3人も動揺していた。
「じゃ、じゃあ…アンタは大勇者様の息子の………」
「……ジオッソだけど」
「「「えーーーーーーっ!!?」」」
人々は一斉に驚きの声をあげた。ユウとヒショもこんなのが大勇者の子供なのかと目を疑っていた。魔王子は鋭い視線をジオッソに送っていた。
「…………何その目?」
ジオッソはそう言った瞬間、魔王子の鳩尾を殴りつけた。たまらず魔王子はその場にうずくまる。
「王子様!!も、もう許せません!!!」
怒りに燃えるユウは剣を抜こうとする…が、魔王子はそれを制止した。
「ゆ、勇者ちゃん…それを抜いたら負けだよ……」
「で、ですけど…!」
「そうですよ、そんなヤツ好きにやらせとけばいいんです」
「ヒショさんまで…!」
ユウはほとんど冷静さを欠いている状態だった。ジオッソは3人の様子を伺っていたが、その顔は少し驚いているように見える。
「ふーん…やり返してこないんだ……」
「そりゃあそうでしょう…アンタは何もしてない私達に攻撃してきた訳で…これは勇者連盟からしたら問題ですよねぇ?『大勇者候補が儀式の前にライバル候補を潰そうとした』なんて思われても仕方ないですよねぇ?最悪、大勇者候補から外されて……それどころか勇者連盟から追放かも………」
「…………その、ヒショさん…」
ユウは少し申し訳なさそうに俯ていたが、ヒショは呆れた様子でため息をついた。
「ユウさん、アンタはもう少し冷静になりなさい。安い挑発に一々乗らない…分かりました?」
「はい……すみませんでした」
シュンとするユウを魔王子は頭を撫でて宥める。一方のジオッソはどこか不機嫌そうだった。
「………はぁ…弱い上に臆病なんだね……ヒショ…だっけ?君も全然強くなさそうだし」
「何だとコノヤロー!!?目に物見せてやりましょうか!?あぁ!!!?」
決算セール並の安い挑発にヒショは盛大に引っかかる。今度は周囲の人々が呆れた様子で怒り狂う彼女を見ていた。
「…そうこなくっちゃ……」
冷たい笑顔を浮かべてジオッソは腰に携えた剣を抜く。その場にいた全員がその異常さに凍りついてしまう。ジオッソはそのままゆっくりと剣先をヒショへ向ける。
「も、もう見ていられません!!」
様子を見ていたカゴがジオッソの近くに飛び出した。ジオッソは剣先を下げてカゴの方を見た。
「ジオッソさん!これ以上、貴方の身勝手な行動を見逃す訳にはいきません!!大勇者候補の…いいえ、勇者連盟の者にはあるまじき行為です!勇者とはただ力を見せびらかす存在ではありません!」
「……何を言っているのか分からないな…勇者の目的は魔物を倒すことだよ?圧倒的な力こそが勇者に最も必要な物なんだよ」
「そ、そんなの勇者なんかではありません!勇者連盟事務員として厳正な指導と報告を行います!!」
カゴの足は震えていた。それでも彼女の声は力強く、立ち姿からは彼女の勇気が伝わってくる。非力な彼女も立派な勇者だった。周囲は既にカゴの味方だった。
「……何事ですか!?」
遠くの方からプリモの声が聞こえてきた。ジオッソはまた不機嫌そうな顔をして頭を掻く。
「……今日はもういいよ。1週間後の儀式でどっちが正しいか分かるから………でもやっぱり理解出来ない…何で君なんかが父さんに選ばれたのか…」
「………俺には分かるよ。君が何で大勇者様に選ばれなかったのか」
背を向けたジオッソに魔王子が言い放つ。魔王子の目には途方も無い程の怒りがこもっていた。
「…………………チッ」
早足でその場を後にするジオッソの背中を、ユウ達は冷たい表情で見送ったのだった。