旅立ち
プライベートや仕事が忙しくて中々作業出来ず……もっと頑張ります…
修行が始まり早2ヶ月…あっという間に次代の大勇者を決める儀式が行われる街『リト』へ出発する日になった。
「……っ!!出来ましたーーーーーーーー!!」
早朝にユウの喜びに満ち溢れた声が、朝焼けで朱色になった空に響き渡る。
「…おはよう勇者ちゃん……必殺技、完成したんだね」
「お、王子様!?…その…朝から大声出してすみません…」
ユウは恥ずかしそうに顔を手で覆い隠す。そんな彼女が微笑ましく、魔王子から優しい笑みがこぼれた。だが、彼の笑顔にはどこか影があった。ユウは先日の一件もあり、その笑顔が気になって仕方がなかった。
「………王子様、もしかしてお疲れなのですか?…私達、王子様に家事もお任せしてばかりですし……」
「………!ううん、そんな事ないよ。お世話をするのは好きだからさ…心配してくれてありがとう、勇者ちゃん」
「王子様…分かりました。でも、疲れたりした時は言ってくださいね!」
ユウは魔王子に近づきにっと笑う。魔王子も笑い返すと、そのまま朝食の支度のために台所へ向かっていった。そんな彼の背中を、ユウは悲しげな表情で見つめていた。
(……王子様が言っている事は本当みたいですね。でも…何か私達に隠しているような……そんな気が…)
ユウの表情は晴れることは無く、彼女は部屋へと戻った。
朝食を終え、3人は荷物をまとめ1ヶ月以上に及ぶ長旅の支度を整えた。昼前には支度が終わり、見送りに来たエスピアと共に森の出口付近まで向かった。
「……ふむ、見送りはここまでだな…後は教えた通り、メジハの入口から続いている道を歩いていけば港町に着くはずだ。途中で勇者連盟の加入者ならタダで使える宿泊施設も幾つかあるからな………それと最後に…お前達は良く頑張った…ユウ、お前ならきっと大勇者になれるはずだ…!胸を張って行ってこい…!」
「…!ありがとうございます!…お師匠様、短い間でしたが本当にありがとうございました!」
エスピアからの激励にユウは目頭が熱くなる。
「お師匠様、ありがとうございました!」
ユウの感謝の言葉に続いて、魔王子も感謝の言葉と共に頭を下げた。
「…まぁ、アンタがいなかったらどうしようもなかったですし…礼は言っときますよ」
エスピアはヒショの礼を聞いた後、3人の顔を順番に見ていく。見違えるほど成長した3人に彼は心底安堵したような表情になっていた。
「……前から思ってましたけど、アンタ何でここまでしてくれたのです?…私達もアンタの事簡単に信じて着いて行った手前、今更聞きづらいですけど…」
「…………一言で言えば、罪滅ぼし…だな」
ヒショからの問いに、言いずらそうにエスピアは答えた。3人は返答の真意がよく分からず、揃って首を傾げていた。
「…………よし、そろそろお別れだな…」
「…あ!お師匠様!最後に一つだけいいですか?」
エスピアは話を切り上げようとしたが、ユウは無邪気な笑顔で横槍を入れる。
「………なんだ…」
露骨に面倒臭そうな顔をするエスピアだったが、ユウは気にも止めずに話を続ける。
「王子様から、この前に使った技の名前はお師匠様がつけてくださったとお話を聞きまして!なので私の技にも名前をつけていただきたいのです!」
目をキラキラと輝かせながら、ユウはエスピアににじり寄っていく。
「そんなもの自分でつけなさいよ…」
ヒショは呆れていた。彼女にとっては技名などどうでもよく、最後の会話にしてはあまりにも小さいことに感じていた。
「ええと…じゃあ………うーん…『勇者アタック』とかどうですか!!」
「お師匠様ぁ♡未来の大勇者様のためにステキな技名をつけてあげてくださーい♡」
「ヒショさん!?」
技名を聞いた瞬間にヒショはエスピアに媚び始める。ユウは魔王子に泣きついたが、魔王子は苦笑いを浮かべるだけだった。
「………『勇者アタック』…それはさすがに…うーむ……勇者の…攻撃……『勇撃』なんてどうだろうか」
「………まぁ、さっきのよりはずっとマシですかね…じゃあそれで決定!異論は認めません!」
「ええーーー!ぞんなーーーー!!」
ヒショはギャン泣きしているユウを余所に、半ば強引に話を切りあげた。
「………はぁ、とにかく教えた事を忘れずこれからも精進していけ!!行ってこい!!!」
しびれを切らしたエスピアの一声で3人は慌てて出発したのだった。
それから2週間程経った。本来であれば港町に着いている予定だったが、途中嵐に見舞われ立ち往生するというアクシデントもあり、3人はまだ到着することが出来ずにいた。
「………王子ぃ…後どのくらいで着きますかぁ?」
ヒショは連日歩き続けて疲れが溜まっており、早足で歩く2人について行くのがやっとになっていた。
「……あともう少しで到着するはずなんだけど…」
魔王子はそう答えながら、エスピアから渡されていた地図とにらめっこをしていた。
「ヒショさん頑張ってください!早くしないと船が出港しちゃいますよ!」
ユウは励ますが、逆にヒショはその場にうずくまってしまった。…俯いた彼女の顔は確実に悪いことを考えている顔だった。
「……すみません…王子様、私もう歩けません…」
「ヒショ……?大丈夫?」
魔王子は心配そうにヒショのもとへ駆け寄る。
「少し足を挫いてしまって…」
「え…!?…分かった、おんぶして行くよ。置いていく訳にはいかないから」
魔王子はヒショに背中を向ける。
「ありがとうございます、王子様」
(ヒヒ♪王子ったらチョロいんですから!)
心の中でヒショはほくそ笑む。ユウはそんな2人をムッとした顔で見ていた。
「……王子様、あまり甘やかすのも良くないと思いますけど」
頬をふくらませ小言を言うユウ。魔王子はなぜそんなことを言うのかと不思議そうに彼女の方を見た。
「……?だってヒショ、怪我してるし…」
「………王子様は優しすぎます!もっと人を疑うべきです!」
「…というと?」
「ヒショさんを見てください!全然痛そうにしてないですよ!」
そう言われて、魔王子はヒショの方を見る。ヒショは慌てて痛そうな演技を始めた。
「アーイタイデスー、スッゴクイタイデスー」
「棒読み!!」
ユウは思わずツッコんだ。
「ほら!すごく痛そうだよ!」
「なんで信じちゃうんですか!?もう!!!」
さらに心配してしまう魔王子にユウはますます頬をふくらませて怒ってしまった。
「……というか、アンタも王子にいっつも甘えてるじゃないですか」
「うぐ…それは……その………」
ヒショに痛いところを突かれてユウは黙り込んでしまった。ヒショは勝利を確信し、魔王子の背中に乗ろうとした…その時だった。
ヒヒーン!!!!!
いななく声と共に馬車が猛スピードで向かって来た!
「た、旅の方ー!助けてくれー!」
馬車に乗っていた小太りの男が青ざめた顔で叫ぶ。馬車は3人の前で急停車した。3人は馬車が来た方へ視線をやると5人の小柄な魔物が馬車を追いかけてきた。
「げっ…ゴブリン…!」
ヒショは心底嫌そうな顔をする。
「ヒショさん!その方を連れて離れててください!」
「分かりました!…ぶっちゃけゴブリンはどいつもこいつも不潔でマジで近づきたくなかったんですよー!さぁ、アンタはこっちに来なさい!」
「す、すまない!」
ユウの言葉にヒショは素直に従った。ヒショに連れられ男も遠くの方へ避難した。
「ギッギッギッ!食料ト…女ダ…!」
「女ダ…!女ダ…!久々だナ……!!」
ゴブリン達は下卑た目でヒショとユウを舐め回すように見ていた。
「は!?キモ!マジムリなんですけど!?王子!やっちゃってください!!」
遠くの方からヒショはブチ切れていた。その声と共に魔王子は静かに構えをとり、ユウは鞘から剣を抜く。早速2人に対しゴブリンが1人ずつ、持っていた武器を振り回し襲いかかるが、魔王子には軽々と受け止められ、ユウに攻撃したゴブリンに至っては隙を突かれ首を跳ねられてしまった。普段泣き虫な彼女だったが魔物と戦うことに対しての覚悟は人一倍持っていた。
「ギッ…!?効いテナい…?」
全くダメージを負っていない魔王子に困惑するゴブリンがさらに何度も殴り掛かる。だが、攻撃は全て躱され腹部に強烈なカウンターを打ち込まれ、そのままゴブリンは気絶してしまった。
「やばイ!コイツら強イぞ!逃げロ!!」
「あっ!?逃がしませんよ!!」
それからの展開は一方的だった。逃げ惑うゴブリン達をユウは素早く回り込み、まとめて切り伏せてしまった。
「はん、ザコが!てんで大したこと無かったですねー!!」
後ろの方で粋がるヒショ。
「…あんた、何もしてないけど……」
男が小さく呟くが、ヒショにはバッチリ聞こえており笑顔で男を威圧する。男は助けてもらった立場だったからかもうそれ以上は何も言えず魔王子たちの所へ走って行った。
「……いやー、修行してから初めての実践でしたけど本っ当に私達強くなれましたね!王子…王子様?」
ユウが振り返ると、気絶させられたゴブリンがいつの間にか道端に寝かされていた。魔王子の方を見ると彼は青紫色の塵になったゴブリン達の死体を集め、土の中に埋めていた。魔王子の顔はとても辛そうで、勝利した後の顔には見えなかった。
「……あ」
思わずユウは声を漏らした。魔王子…即ちありとあらゆる魔族の頂点に立つ一族。姿形が全く違う、たとえ醜いゴブリンであっても同族であることに変わりは無いのだ。先程までの笑顔はどこへやら、ユウはしょんぼりして座り込んだ。
「……その…すみませんでした、王子様…1人ではしゃいじゃって…」
「…ううん、気にしないで…ただ…その……いくら敵でも殺すのは…」
「え?……そうですけど、生きて帰してもまた悪いことをすると思いますし……でも、そうですよね…私も『人間を殺せ』って言われたら抵抗がありますし…1匹ぐらいならまぁ……分かりました!王子様は王子様の思うようにやって下さい!!お互いそこに関しては口を出さないって感じでどうですか?」
「……うん、ありがとう勇者ちゃん」
魔王子は優しく笑う。その顔を見てユウは照れで顔が赤くなった。2人の話に区切りがついたのを見て、ヒショと男が近寄ってきた。
「あんた達、すんごく強いなー!助かった!!港町へ向かう道は魔物があんまりいなくて大丈夫だと思ってたが…油断したなぁ」
「港町…?」
3人は顔を見合せた。男は3人の目的を何となく察し、納得しながら手を叩いた。
「あんた達もしかして港町に向かってたのか?…良かったら乗っていくかい?貨物用の馬車だから乗り心地は悪いかもしれないけど…」
「本当ですか!!?」
3人は直ぐに馬車に乗り込んだ。馬車の中は乗り心地こそ悪かったが、どうにか間に合うという安心感で満たされていた。
……1時間後
「えー、まもなく『リト』行きの船が出港します!乗船される方は…」
「はーい!はーい!!乗りまーーーす!!!」
船乗りの呼び掛けに大きく手を振りながら3人は全速力で船着場に走って来た。どうにか出航にギリギリ間に合ったのだった。
「はーい、ではチケットをお見せください!」
ユウは言われた通りにチケットを見せるが、船乗りは怪訝そうな顔でチケットとユウの顔を交互に見始めた。
「……このチケット…大勇者候補限定の…お、お嬢さん大勇者候補なのかい?」
「…?はい、そうですけど……」
「はえー!こりゃあビックリだ!!こんなカワイイ子が大勇者候補だなんて!しっかりしてるねぇ!娘にも見習って欲しいぐらいだよ!!」
急に馴れ馴れしくなりオーバーリアクションをとる船乗りに3人は若干引いていた。
「さぁさぁ、未来の大勇者様を遅刻させるにはいかないからな!早く乗った乗った!!」
3人は船乗りに押され船に押し込まれるように乗せられ、船は出港した。
「えーっと、部屋番号は『薔薇の3』だから…あぁその大部屋が共同の食堂だからね」
3人は船乗りの案内で自分達の部屋に向かいつつ、船内の紹介を受けていた。船は3人が想像していた以上に大型で船内地図が無ければ迷子になってしまいそうな程であった。それでも船内には大勢の人がおり、船乗り曰くほとんど満席の状態だったらしい。それだけで大勇者を決める儀式が人々にとって注目されていた事は3人にも容易に想像できた。
「……あの、いいんですか?俺達、お金をまだ…」
「…?聞いてないのかい?そのチケットで5人まで乗れるから、何も心配はいらないよ!ハッハッハ!」
大口を開けて笑う船乗りを見て、魔王子とヒショは胸を撫で下ろした。
「あぁ、ここだね。じゃあ、また困ったことがあったら言ってくれ!良い船旅を!!」
船乗りに礼を言い別れた後、3人は部屋へと入る。部屋はどうやら特等室のようで、豪華な装飾品が飾られ部屋の外にはこれまた豪華なバルコニーがあった。あまりにも浮世離れした煌びやかさに3人は妙に気を張ってしまう。
「……かえって落ち着かないですね」
ユウはソワソワしながらベッドに腰かける。
「…あと1ヶ月ここで過ごす……良いような、そうでも無いような」
さすがのヒショも少し落ち着きがなくなって、意味もなく部屋を物色していた。
「……………とにかく、今はゆっくり休もう」
「「…そうですね」」
魔王子の一言で、ティータイムが始まったのだった。
— 魔王城 —
「……全員集まったか?」
「………はい、全て揃いました」
魔王の玉座に続く階段の下、6人の幹部が片膝を付き王からの言葉を待っていた。玉座に座る魔王は少し苛立った様子を見せている。魔王には顔が無く、代わりに紫色の炎が立ち上っている。しかし、今その炎の色は朱色になっておりそれも魔王が苛立っている証拠だった。
「………では始めるか」
魔王は玉座から立ち上がり、ゆっくりと幹部達のもとへ歩いていく。魔王の横にいたローブを纏った魔族もその後ろをついていく。
「…顔を上げよ」
「……魔王様、通話魔法を使わずわざわざ招集をかけたのは一体どんな理由が?」
最初に声を上げたのは、全身を漆黒の鎧で包んだ「巨人族の長」であった。巨人族と言うだけあり幹部の中でも一際大きく、背が2mはある魔王でも、比べると彼の腰の高さにも届いていない程である。巨人族の長は圧倒的なプレッシャーを放つ魔王にも一切臆していなかった。
「…………先代魔王に…子がいた」
「なっ…!?」
幹部達に衝撃が走った。だが、特に動揺していたのは巨人族の長を含む先代より仕えていた幹部達だった。
「…魔王様ぁその話は本当なんですかぁ?ボクちん先代からそんな話聞いてないんですけど〜?」
道化のような姿の魔物「クロン」が小馬鹿にするような態度で魔王に尋ねた。真面目な性格の巨人族の長は彼を睨みつけるが、彼は全く気にせずヘラヘラと笑っているだけだった。魔王もクロンの態度については何も言わず、全く意に介していなかった。
「…我も想定外だった。奴に息子がいるなど聞いたことがなかったからな。どうやらオークの族長とヒショが魔王城からの脱出を手伝ったようだ」
「……オークの族長が…」
「………かつての戦友と袂を分かつのが心苦しいか?巨人族の長よ」
「いえ、敵であれば全身全霊で打ち倒すのみ。ご安心を魔王様」
巨人族の長は再び頭を垂れると、魔王の頭炎が黄色みがかる。この色は魔王が巨人族の長からの返答に満足していたことを表していた。
「奴らは城の地下に居た魔王子と共に転移魔法で脱出したようだ…」
「転移魔法?あれはまだ未完成の魔法では?」
そう言って首を傾げたのは赤ん坊のような姿をした魔物「ヴィッタ」だった。彼は魔力で作られた球体の中でフワフワと浮かんでいた。
「えぇ、どこに転移するか分からないのを承知で使ったようです。フフ…悪運の強い人達ですね」
ローブの魔族がニヤけた口をのぞかせる。ヴィッタは唐突に口を出されその魔族を睨んだ。その声と所作は妖艶な雰囲気に包まれており、女性だということは分かったがそもそも何故こんな不気味な奴が魔王の傍にいたのか分からず、ヴィッタも他の幹部達も困惑を隠すことが出来なかった。
「本題に入るが…奴らは大勇者候補と行動を共にしている。人間の協力を仰ぎ、我らと戦う算段なのだろうが……下らん策だが放っておく気など毛頭ない。奴らは今『リト』に向かっている…」
「成程…到着する前に奴らを潰すと……」
「却下だ」
ヴィッタの提案を魔王は一蹴する。
「……奴らはこの数ヶ月の間に相当力をつけたようだ…その間に刺客を送ることもしたが、未だに連絡がつかない。生半可な戦力ではまるで意味が無い。だからと貴様ら幹部を送れば勇者連盟が直ぐ反応するだろう…そこでだ……」
魔王はヴィッタの顔をじっと見る。
「『リト』での儀式が終わったあと大規模な宴が開かれる。その隙を狙い、大軍勢を向かわせ現大勇者と候補を諸共葬り去る。この1ヶ月で集められるだけの戦力を集めろ…そしてその指揮をヴィッタ、お前に任せる」
「……え?本当に?俺にそのような大役を?…はは、お任せを!!ゲヒヒヒ!どうだ!魔王様は俺を直々にご指名してくださったのだ!お前達とは格が違うということだぁ!!!では早速準備に取り掛かるとするかぁ!!ゲヒヒヒヒヒ!」
ヴィッタは上機嫌に飛び回ったあと魔王城を飛び出して行った。クロンと巨人族の長はそんな彼を何故か哀れみの目で見ていた。
「…では此度はここまでか、各自戦力を整えておけ」
幹部たちに背を向け玉座に戻ろうとする魔王に、ローブの魔族が耳打ちする。
「……あの方から連絡が…」
「…………ちっ」
魔王の頭炎が再び朱色になった。
-リト-
「……っ!!着きましたぁ!!!」
リトへの航海には本来1ヶ月程かかる予定だったが、天候に恵まれて予定より早く到着した。リトの町は大勇者の儀式の直前ということもあり町中が飾り付けられ活気に満ち溢れていた。ユウは町の景色に目を輝かせ、興奮でピョンピョンと跳ねていた。一方、ヒショは妙にテンションが低かった。
「…はぁ、もうあの贅沢は味わえないのですね…」
そう言ってヒショはガックリと肩を落とす。だが直ぐに彼女は顔を上げ、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
「…王子はどこ行きやがったんですか?」
「…………んえ?」
その言葉を聞いて、ユウの動きがピタリと止まる。彼女は周囲を一通り見ると、途端に不安そうな顔をしてヒショの両肩を掴んだ。
「どどどどどどうするんですか!?王子様がイキナリ迷子になっちゃいましたー!!」
「こっ…!!落ち…着き……揺らすなバカ!!!」
ヒショはユウを力任せに突き飛ばす。ユウはその勢いで尻もちをついてしまった。
「うぅ…王子様ぁ…どこ行っちゃったんですかー?」
ユウの目から涙が溢れ始める。ヒショは我慢の限界が来たらしく、泣きじゃくる彼女の耳を引っ張りあげた。
「ヒショさん!?痛いでずぅー!!!」
「アンタはホントにピーピーとぉ!!!」
大騒ぎする2人に周りに怯えて人々は距離をとり始めるが、1人の女性が2人に近づいてきた。
「…あの、何かありました?」
「あぁ!?…アンタ、メジハにいた……」
「はい、カゴですけど…」
近づいてきたのは勇者連盟メジハ支部のカゴだった。カゴはキョトンとした顔で2人見ていた。ユウはその視線に気づき慌てて立ち上がる。
「あはは、お見苦しいところを見せちゃいましたね…」
「はははは…あの、魔王子さんはどちらに?」
カゴは小声でヒショに尋ねる。
「はぁ…いつの間にか消えていたんですよ……それでこのバカと」
「……成程………下手に自分達で探し回るよりも、警備の人に探すのは任せて少しここで待つのはどうですかね?」
「…確かに私達まで迷子になりかねないですからね……その案でいきましょう」
カゴは近くにいた警備員に魔王子探しを依頼し、3人は港の中でも見渡しの良いところで待機することにした。
「……アンタ、そういえば何でここに?」
少し落ち着いたのか、ヒショはカゴに話しかける。
「ええとですね…本当は支部長が1人で来る予定だったんですけど…『勇者連盟のこれからを担う者達にはいい勉強になる』って言われて…無理矢理……」
「…………アンタも苦労してますね…」
「ヒショさんが同情してる…!?」
「……ユウさん、何か文句でもありますかぁ?」
ヒショの満面の笑みから溢れる圧に負けてユウは顔を逸らす。その圧を感じ取り、カゴも魔王子を探すフリをして難を逃れた。
「…………あ!王子様が戻ってきました…!?」
「全く…面倒掛けて……!?」
待ち始めてかれこれ1時間、魔王子の姿が遠目から見えユウは大きく手を振った。だが、彼が近づいてくるにつれてユウは手が止まり、2人も唖然としていた。
「……その…ありがとうございました……仲間の皆さんもお待たせしてしまって…」
「ううん、大丈夫だよ!みんな話せば分かってくれるから…それより、無くし物が見つかって良かった!」
彼が女性と歩いてきたのだから彼女達がそんな風になるのは無理のない事だった。
「すみません……このスカーフ、去年亡くなった母親の形見だったので、諦められなくって…………」
「そうだったんだ…なら、ますます見つかって良かった!」
「はい…ありがとうございます!もう無くさないように気を付けます」
魔王子の無垢な笑顔に少女は顔を赤くする。
「…あ、やっぱり待っててくれたんだ…それじゃあ……」
「……あ、あの…良ければまた会っていただけませんか?お礼もしたいので…」
少女の顔はまさに恋する乙女であった。その顔を見て、流石に我慢ならず、3人は魔王子の元へ飛び出していく。
「そんな…悪いよ……」
「そ、そんな事言わず…!?」
「…王子様……一体何をしているのですか……」
ビックリした魔王子が振り返ると、呆れた顔をしたユウ達が立っていた。
「何をって…この人の探し物を一緒に探してたんだけど…」
「へー、ほーん…流石、お優しいことですね!!」
「ヒ、ヒショ!?落ち着いて!引っ張らないで…!」
魔王子は3人に引きずられその場を後にした。
「あ、名前…聞き忘れちゃった……」
少女はそう呟いて、恩人が引きずられている光景をポカンとした顔で見ていたのだった。
その後4人はこの町の勇者連盟支部へと向かっていた。
「全く…ちょっと優しくされただけでデレデレしちゃって…最近の若い女の子ってみんなそうなんですかね…ってお2人ともどうかされました?」
「アンタ……人のこと言えな…やっぱり何でもないです」
「……………カゴさん……」
ユウとヒショは一切カゴに目を合わせようとしなかった。以前に彼女も魔王子にデレデレしており、これ以上無い程にブーメランだったが、カゴは全く気付くこと無く不思議そうにしていた。
「さて…そろそろ勇者連盟支部に到着……あれ?」
連盟支部の前に人集りができており、カゴは足を止める。それにつられて3人も足を止めていた。
「……?あの人集り…誰かを囲んでる?」
「……もしかして!」
ユウはそう言うと、人々をかき分けて進んでいく。3人もその後を追っていった。どうにか4人は人集りの中心にたどり着いた。
「……大勇者様!!」
「…お!ユウちゃん!!!久しぶりー!元気してたー?」
陽気な声で話しかけてきた筋骨隆々な男、人集りを作っていた正体こそ現大勇者であった。現大勇者に加えて大勇者候補も現れ、周りはザワザワとしていた。大勇者の隣には勇者連盟メジハ支部の支部長もいた。
「ぎょえっ!?…し、支部長……」
驚きの声を上げるカゴを支部長は鋭い目付きで睨みつける。その雰囲気に周りも一瞬で静かになってしまった。
「…カゴさん、貴女どこをほっつき歩いていたのです?……ですが、大勇者候補様達をここにお連れして来たのは褒めて上げます…後で貴女に頼むはずだった業務ですからね。その先見性は大事になさい」
「はい…ありがとうございます?」
何故か褒められたカゴは戸惑いの表情を隠せていなかった。
「それより、皆さん……とても逞しくなりましたね…いい結果を期待していますよ」
「…!ありがとうございます!!精一杯頑張って大勇者になってみせます!」
ユウは喜びを爆発させる。表情こそ硬かったが、支部長はとても嬉しそうにしていた。そんな2人を大勇者はニヤニヤした顔で見ていた。
「…何ですその顔は」
「あぁいや、あんまりにも微笑ましくって…しかしユウちゃん見違えたね!オレが見込んだだけのことはある!!」
「えへへ、それ程でも…最初は『メジハで鍛えてやるから来てくれ』って言われてメジハに行ったら、大勇者様がいなかった時はどうしようかと……あ」
「…………どういう事です?」
大勇者の体がビクッと跳ねる。先程柔らいでいた支部長の雰囲気が一気に真剣なものに変わっていた。
「…何故大勇者候補様がメジハに来られたのがずっと気になっていたのです…理由を聞いても頑なに話していただけなかったので何か事情があるとは思っていましたが……まさか、貴方がお呼びになっていたとは…」
「えっと…いやその………」
「それなのに……呼び出しておいて貴方は約束を忘れていたと……?」
支部長のとてつもない剣幕に周りも大勇者も震え上がっていた。
「わ、忘れてた訳じゃなくって…急に仕事が立て込んで、やっと片付いたと思ったら連絡が取れなくなって…」
「言い訳無用です!!!!貴方、引退間際だからと言って気が緩んでいるのでは!?少しお説教が必要なようですね!!さぁ、こちらに来てください!」
支部長は大勇者の腕を掴むと、支部の入口へ歩いていく。その怒りに満ちたオーラに誰も何も言うことは出来なかった。
「イダダダァ!?ちょ……!ユウちゃん助け…!!」
大勇者はそのまま支部へと引きずり込まれていったのであった。