己に克つ
スプラ発売前に終わらせるはずでした…
修行が始まり1ヶ月が経過したある日。
「…………………………」
顔を顰めてエスピアは新聞を睨んでいた。
「……お師匠様?ものすごく怖い顔されてますけど大丈夫ですか?」
ユウは恐る恐るエスピアの顔を覗き込む。元々エスピアは少し強面な顔付きだったが、今の彼はより一層恐ろしい顔をしていた。
「…これを見てみろ」
エスピアがユウへ手に持っていた新聞を渡そうとする。
「んー?どれどれ…」
だが、急に横から現れたヒショが新聞を奪い取ってしまった。ユウはヒショに全く気付いておらず、驚いて思わず差し出していた手を引っ込める。
「ヒ、ヒショさん!?いつの間に!?」
「…またそれですか……はいはい、急に出てきてすみませんね〜と…ええっとなになに?『新生魔王軍再建完了か…勇者連盟によると魔王軍内で6人の幹部が新魔王によって選出され、新生魔王軍の再建がほとんど完了した可能性があるとの発表があった。魔王軍内で起きたクーデターからはや2ヶ月、穏健派の魔王から武力主義の魔王へと代替わりし戦いが激化することが予想され、勇者連盟だけでなく各国の対応が急がれている』……成程、そりゃお師匠サマもあんな顔になる訳ですね…」
そんなことを言っているヒショだったが、彼女の顔もエスピアと同じような顔になっていた。
「……新しい幹部の名前も載っているだろう?…見知った奴の名はあるか?」
そんな彼女の顔を見てエスピアは何かを察したのか、彼は強ばった顔をさらに強めてヒショへ尋ねた。
「…………えぇ、いますね…3人くらい…元々先代魔王の幹部だった連中ですね…たった2ヶ月で鞍替えして新魔王サマにシッポ振ってるなんてね〜ホント気持ち悪、ムカつく腹立つ〜」
ヒショは足で床にイライラをぶつけ始める。ひとしきりイライラを発散した後、自分もそうしておけば良かったと言いたげにため息をついて新聞を机に投げた。それを見ていた2人もため息をついた…勝手なヒショに呆れてのことだったのだが。冷めた目でヒショを見ながらユウは新聞を拾い上げ記事を見始めた。
「……その3人のこと、記事にも書いてありますね…『新幹部の内3人は先代魔王の時にも幹部を務めており、新しく選出された魔王軍幹部よりも比較的穏健派だと推測されている。また、思想の違いにより新選出の魔王軍幹部と溝があるのではという意見も存在している。勇者連盟は新たに編成された幹部達を"魔王六翼"と呼称することを決定し、既に対策会議を開始していると発表している』……魔王…六翼……何か凄そうですね…」
ユウは少し顔を青ざめ身震いする。そのままチラリと反応見たさにヒショの方を見るが興味が無さそうに手イタズラをしていた。
「みんなー!ご飯できたけど……?どうかしたの?」
食事を運びながら魔王子が台所の奥から出てきた。3人が真剣な面持ちをしていることに少し不安を覚えていたようだった。
「うむ…この新聞の記事がな」
エスピアは新聞を魔王子に手渡した。魔王子は新聞を広げじっと記事を見つめる。
「……?ずっと閉じ込められてたんですよね?アンタ文字読めるんですかぁ?」
真剣に新聞を読む魔王子を、少し小馬鹿にしたようにヒショはニヤニヤと笑う。
「……大変なことになってるね…」
ふぅ、とため息をついて魔王子は新聞を折りたたむ。
(読めてる!?)
ヒショは限界まで目を見開いて驚いた。
「王子様…?その…読めたんですか?」
ユウもヒショと同じことを思っていたが、ヒショのようにトゲが無いように魔王子に聞いた。
「うん……読めるけど…」
それがどうかしたのか、そんな風な顔をする魔王子に2人の疑問はますます膨らんでいく。
(…………そういえばコイツ、ノートも取ってましたよね…読み書きはできると……一体何なんですかコイツ)
深まる謎にただただヒショは魔王子を見つめるだけだった。その後、昼食を終えエスピアはまた部屋の奥から黒板と机を取り出してきた。
「さて…今からは授業をしよう。魔王子もユウも攻撃に魔力を纏わせることは、ほぼ完璧と言っても良いぐらいに出来てきたからな!だからこそ基本に立ち返るとしよう」
「ありがとうございますお師匠様!それで今日は何を教えてくれますか?」
早速席に着きユウは元気よく手を挙げる。残りの2人もゆっくりと席に着く。
「ふむ…では今日は魔法について説明するとしよう」
その言葉と同時にエスピアはチョークで黒板に書き込んでいく。
「…よし」
エスピアは手を止める。黒板には『無詠唱魔法』『詠唱魔法』『超詠唱魔法』と上部に横一列で書かれており、それぞれの間に縦線が引かれている。
「まずは、『無詠唱魔法』からだな。これはまぁ…名前の通りだな。魔力をそのまま、もしくは属性を付加して武器や体に纏わせたり、そのまま外部に放出するものがここに含まれてくる。魔法の中では基礎の部分だな…才能がある者は10歳にも満たずに一通りこなせることが出来るそうだ」
「じゃあ、私達…ようやく初心者卒業ってことなんですね……」
シュルシュルとユウの背中が丸まっていく。半ば呆れた様子でエスピアは彼女を慰める。
「そんなに落ち込むな…本来、1年…半年でマスター出来れば早い方だからな」
「そうなんですか!」
ユウの背中がピンと伸びる。
「でも聞いた話だと13、4歳ぐらいならできて当たり前だそうですよ。アンタ16ぐらいでしょう?だいぶ遅いですね」
ヒショが水を差す。途端にユウの背中が曲がり、机へめり込むように突っ伏した。
「ヒショ……そんなやる気を無くすようなこと言わないであげてよ…」
魔王子がユウを庇う。直後にユウは飛び起き魔王子に泣きついた。
「うぅ…王子様〜!ヒジョざんがイジワルじでぎまず〜!」
「よしよし…ヒショに後でちゃんと言っておくから…まだ時間はあるから一緒に頑張っていこう!」
飛び付いてきたユウを魔王子は優しく抱きとめる。ヒショは冷めた目でその様子を眺めていた。
「…そろそろ次に進めていいか?」
エスピアは2人を急かす。その声に、2人はすぐさま姿勢を正した。
「さて次は『詠唱魔法』だが、魔法は詠唱することによって形作ることが出来る。例えば…『炎』の属性であれば、『無詠唱魔法』で打つと火を放射状に放つのだが…それでも魔力が高ければ十分強いが無駄が多い…攻撃の方向が上手く定まらなくなる、それに魔力が周りに逃げやすいからな。そこで『詠唱魔法』にすることでその火を球状にしたり、無数の粒状にして雨のように降らすといった芸当も行えるようになる訳だ…」
「ちなみに、詠唱は普遍的に使われてる物もありますが、オリジナルで作ってる奴もいるみたいですね〜」
淡々と行われたエスピアの説明に肘を着きながらヒショが付け加えていく。
「…なるほど!じゃあ今度からそれを教えて下さるのですね!お願いします!お師匠様!」
座ったままユウは頭を下げるが、エスピアは少し心苦しそうな顔をしながら首を横に振った。
「悪いが…魔法は教える気は無い…簡単に理由を説明すれば器用貧乏になりかねないからな」
「……流石に大勇者でもあれもこれもと詰め込めないですよ…実際前の大勇者サマも武術と魔法の両取りなんて事していなかったはずですからね、何のためにパーティを組むんだって話でしょう?」
やれやれといった様子でヒショはユウにダメ押しする。
「うぐ…そ、それもそうですね……」
またシュンとする勇者にヒショはため息をつき、魔王子は苦笑いを浮かべていた。
「まぁ…それでも知識を持つことは大事だからな……戦闘用以外にも冒険に役立つ『詠唱魔法』も存在しているから、そういったものなら時間があれば教えよう。」
「はい!お願いします!!」
満面の笑みで微笑むユウ。急に大声を出され、ヒショは驚いて危うく椅子から落ちそうになった。
「…それで最後だな…『超詠唱魔法』についてだが、これは『詠唱魔法』の延長線上のものだな。簡単に言えば、詠唱がかなり長い魔法だ…詠唱が魔法を形作るというのは先程にも言ったが、その詠唱が長くなればなる程魔法はより強固に形作られ出力も上がる。『超詠唱魔法』によって島がひとつ消し飛んだという大昔から伝わる伝説もある程だ」
「……まぁ実戦向きではないですけどねぇ」
ノートに落書きをしながらヒショは話の腰を折った。
「…………と言うと?」
魔王子が首を傾げる。それに続いてユウも首を傾げた。
「それは儂が説明する…今ヒショが言った通りだが、『超詠唱魔法』は全く実戦向きではない。理由は単純だ、詠唱が長すぎる。1番短くても30秒程かかり、長いものなら10分以上かかるものもあるからな…それに途中で噛んだりでもしたら初めから詠唱し直しだ…だったら『無詠唱魔法』と『詠唱魔法』を使った方がいいだろう?」
「た、確かに……」
納得した顔をして魔王子とユウはノートに聞いた話を書き写していく。
「さて…授業はこんなところか……では小休憩後に修行を始める!それと…ヒショ、お前さんにはいくつか『詠唱魔法』をいくつか教えておこう。2人が武術に特化する分、お前さんは後方から助けてやってくれ」
「…まぁ、いいですけど」
その後、3人は小休憩を取り、午後の修行に打ち込んだ。そして気づけばあっという間に日が暮れていた。
「……ふぅ」
修行が終わり、魔王子はゆっくりとベッドに横たわる。
(……疲れた…)
魔王子は心の中で呟く。だが、その言葉とは裏腹に彼の顔はとても幸せそうであった。
(うん…俺、ちゃんと強くなってる……それだけじゃない…勇者ちゃんもどんどん強くなってる!……勇者ちゃんなら大丈夫だよね…きっと…大勇者になれるよね…!)
自身と仲間の成長が疲労感よりも充実感をもたらしていた。確かな希望を持ちながら、魔王子はゆっくりと眠りについた。
「_____________!!!!!」
「ごめんなさい!ごめんなさい……」
……誰かの声が聞こえる…
「_____か__________望__!!!」
ドスン!ドスン!
…鈍い音が聞こえる、その度に僕の頭や腕やお腹がズキズキと痛くなる……
「お_________せ_____!!」
「ごめんなさい……!許して…!」
………ボヤけていた景色がゆっくりと明けていく…自分の手を見た…所々青くなってる…隣で誰かが倒れている…
「_________________!!!」
ドスン!!ドスン!!
もう1人…誰かいる………知らない人…
「_________________!!!!!!」
………………本当に?
……この人達が誰か知ってる……何で…忘れてたんだろ…?
許して
ぜんぶおもいだした
「うわああああああ!!!!!」
魔王子はベッドから飛び起きる。彼は身体中から冷や汗をかいていた。呼吸も乱れ、ボロボロと目から涙が零れていく。直後に、ドタドタと大きな足音が近づいてきた。
「王子様!?どうかしましたか!?汗びっしょりじゃないですか!!」
息を荒げてユウが部屋に飛び込んできた。彼が涙を流していたのを見ると、彼女はゆっくりと彼に近づく。
「王子様…何故泣いているのですか?何か嫌なことでもあったんですか?」
ユウは心配そうに魔王子の顔を覗き込む。彼は青い顔で体を小刻みに震わせていて、かなり怯えている様子だった。
「……!ゆ、勇者ちゃん…?……ごめんね…驚かせちゃったかな?大丈夫だよ、心配しないで!」
魔王子はやっとユウが来たことに気付いたようで、必死に作り笑いをしていた。だが、彼の目は涙目で真っ赤になっておりユウはとても安心することは出来なかった。
「……本当に…大丈夫ですか?」
じっとユウは魔王子と目を合わせ続ける。真剣に彼を見ていたはずなのだが、彼の綺麗な顔が涙でくしゃくしゃになっていたことが言いようの無い背徳感を感じ始めユウは顔が緩みそうになる。たが、その気持ちを振り払い彼の目に再度真剣な顔付きで訴えかける。
「何か、怖い夢を見たとか…」
ユウは優しく、されどハッキリとした態度で魔王子に聞いていく。
「………うん、内容はハッキリ覚えてないけど…でも……勇者ちゃんが来てくれたから、ぼ…俺は大丈夫だよ!ありがとう…勇者ちゃん」
段々と落ち着いてきたらしく、魔王子の顔や声色も少しであったが普段通りに戻ってきた。ユウはまだ少し引っ掛かるところもあったがひとまず引き下がる。そのまま部屋を出ようとするが、振り返り魔王子に笑顔を向けた。
「…分かりました。でも、辛いことがあったらすぐに言ってくださいね…大変なのはお互い様ですし、何よりも……私達仲間じゃないですか!」
「………うん」
魔王子も笑顔を返すが、その表情に光は灯っていなかった。
「………………」
「……………………」
「…どうかしたのですかぁ?2人揃ってボーッとして」
ヒショはピリピリとしたオーラを出していた。朝食を終え、3人は外に出て準備運動を行っていた。普段この時間は、和気あいあいと笑い声が飛び交っていたが今日は全くと言っていい程それが無く、淀んだ雰囲気が漂っていた。
「ご、ごめんなさい…その…色々あって…」
魔王子は素直に謝るが、声に張りが無くボソボソと話していたことがヒショを苛立たせたが、同時に彼に対して違和感のようなものを感じていた。
「……?アンタ何かあったんですか?…そういえば朝大声出してましたけど…」
「あ、あの…王子様は怖い夢を見られたみたいで…」
ユウは魔王子の代わりに説明するが、彼の話にまだ納得しきっていないことが顔に出てしまっていた。
「……ふーん」
ヒショは彼女の顔を見て目を細める。
「まぁ、いいですけど。アンタしっかりしなさいよ〜これからもっと大変な目にあうわけですからね〜悪夢ぐらいでビビってたら埒が明かないですよ〜」
ヒショは魔王子の胸に拳をグリグリと当て始める。2人は愛想笑いをして、ヒショから離れたところで準備運動の続きを始めた。
(…絶対違う……何か…おかしい気が……)
ヒショも魔王子に対して異様な違和感を覚えていた。
「よし…準備運動も終わったか?」
3人が準備運動を終えて水を飲んでいるところにエスピアが腕を組んで近づいてきた。
「はい!もうバッチリです!!」
元気よく返事をするユウ。すぐに魔王子も大きく首を縦に振った。エスピアは少し魔王子を見ると、少し怪訝そうな顔をする。
「お前さん…朝から体調が良くなさそうだが……本当に大丈夫か?無理はするなよ……」
「…ありがとうございます。でも体調は問題ないですから…大丈夫ですよ!」
魔王子はいつものように笑ってみせる。それを見てエスピアは「そうか」と言って笑い返すが、どこか不安そうに彼を見ていた。
「えっと…お師匠様!今日はどんな修行を…」
ユウは話を切り替えようと少し大袈裟な身振りをした。彼女は何故か心のどこかで魔王子に今朝の事を深く聞いてはいけないような気がしていた。それはエスピアとヒショも同じだったようで、直ぐに話が切り替わる。
「あぁ、そうだったな…今日は…2人に勝負をしてもらいたい」
「勝負…ですか?」
「そうだ、どちらかが気絶するか降参するまで戦ってもらう。お互い前とは比べ物にならない程強くなっただろう…今自分がどの程度の物なのか知れる機会を作りたくってな」
魔王子とユウはお互い目を合わせてた後、エスピアに向かって大きく頷いた。
「…お師匠様ー!この辺で大丈夫ですかー!?」
「おーう!大丈夫だー!2人とも、準備が出来たら言ってくれー!」
そうして、2人はエスピアが指定した場所に立ち、かなり緊張した面持ちでユウは剣を、魔王子は拳をゆっくりと構える。
「「……………」」
緊張のあまり始まる前から2人は息は乱れ、身体中にガチガチに力が入っていた。情けない姿にエスピアとヒショは揃って頭を抱えた。
「…とりあえず、深呼吸をしろ」
エスピアに言われるがまま2人は深呼吸をする。少し落ち着いてきたようで、身体もリラックスした状態になっていく。それを見たエスピアは大声で叫んだ。
「後3つ数えたら試合を始めろ!!!!3…」
「えぇ!?そんな急に!?…わわわわ…」
驚きながらも2人は慌てて構えを取った。
「2…1…始め!!!!!!」
「っ!!!」
エスピアの合図と共にユウは魔王子へと一気に間合いを詰め剣で突こうとするが、いつの間にか魔王子は彼女の後ろに回り込んでおりそのまま後方へ飛び距離を取られてしまった。
「え…?あれ?今何が起きて…」
2人のスピードは以前とは比べ物にならなくなっていた。直前までボーッと見ていたヒショは先程起こったことが目で追うことが全く出来なかった。
「はぁーーーーっ!!!」
ユウは素早く体の向きを変え、剣を上段に構えて斬りかかる…が、魔王子は自身の体を半歩程左にずらし躱してしまった。剣撃の余波で凄まじい暴風が巻き起こり、危うくヒショは吹き飛ばされそうになる。一方で魔王子とエスピアは涼しげな顔で立っていた。
「……大丈夫か?」
エスピアは心配そうにヒショの方を向く。
「…えぇ、何とか。しかし、めちゃくちゃに強くなりましたね…私でも集中しないと捉えられない…」
「ふむ……」
ヒショの無事を確認できると、エスピアは再び2人のぶつかり合いを観戦し始める。
「はぁーーーっ!はぁっ!避け!無いで!下さい!」
ユウは何度も魔王子に斬りかかるが、全てギリギリまで引き寄せられたところで躱されてしまっていた。少しユウは苛立ったのか横から薙ぎ払うように斬ろうとしたが、魔王子は再び大きく後方へ飛び距離を取ろうとする。
「…引っ掛かりましたね!王子様!」
「っ!?しまっ…!」
ユウは魔王子の着地点に先回りしており、彼が着地した瞬間に足払いを仕掛ける。僅かに反応が遅れ、魔王子は足払いをモロに受けてしまい体勢が大きく崩れてしまった。
「これで…決めます!!」
体勢を崩し仰向けに倒れそうになる魔王子へ、ユウは剣に渾身の魔力を込めて振り下ろした!
「…あれ?」
…が、剣は魔王子に届いていなかった。彼が直撃寸前のところで両手で剣を挟み、押さえ込んでいたのだ。魔王子はそのまま剣を押し返し、ユウがよろけた隙に素早く体勢を整える。
「……王子は何をやってるんですかねぇ?さっさと攻撃すればいいのに…まさか、相手の体力の消耗を狙うなんてしょっぱい作戦でも立ててるんですかねぇ?」
ヒショはブツクサと小言を言いながら腰を下ろす。エスピアはじっと魔王子を睨むように見つめていた。
「……お前さんにはそう見えるのか…」
「……え?」
ヒショはエスピアがポツリと言った言葉が、自分に向けられたものなのかただの独り言か分からず困惑する。結局、エスピアがそう言った意図が分からず返答はしなかった。
「………………」
その後もユウは果敢に攻撃を加えていくが、魔王子は全て躱していく。だが、ユウに攻撃を与えるチャンスがあったのにも関わらず、魔王子は一切攻撃をしなかった。流石に見かねたエスピアが何かを言おうと1歩前に出たその時だった。
「ば…バカにしないで下さい!!!!!!!!」
ユウは激昂し、森全体に響く程の声で叫ぶ。魔王子は驚きのあまり思わず構えを解いていた。よく見ると、ユウは泣きそうになっていた。
「………勇者ちゃん?」
「…王子様、貴方がとっても優しい方だっていうのは分かってます…だから、私…貴方に甘えてばっかりで…だ、だけど…今は……今だけはそれじゃダメなんです!私が傷付くのがそんなに怖いですか?今の私がちょっとの攻撃でやられる程、弱く見えますか?…お願いです王子様…私も一生懸命頑張って強くなったんです!だから…私を信じてください!!!全力でぶつかってきて下さい!!!!」
しばらくの間、静寂が広がった。魔王子はじっとユウの顔を見つめていた。エスピアはよく言ったと言わんばかりに笑みを浮かべている。
「うん……そうだよね、ごめんね…勇者ちゃん……俺、傷付けるのが怖かったんだ……それが仲間なら尚更でさ…でもそれは言い訳で戦うことから逃げてるだけだよね……ごめん…」
段々と魔王子の魔力が膨れ上がっていく。
「勇者ちゃん……」
「…はい」
「本気で行くよ」
魔王子は静かに構えを取る。その目からはとてつもない圧を感じる。ユウは目の前にいる存在が魔王の血を引くものだと目を合わせただけで思い知らされたような気がした。
「……これこれ♡」
本気で戦おうとする魔王子を見て、ヒショは笑っていた。その笑顔は魔族そのものだった。
「……っ!!」
魔王子は一瞬のうちに3メートル近く飛び上がり、そのままユウに向かって殴り掛かった。ユウは間一髪のところで横に飛び回避する。魔王子の打撃は地面に直撃し、地面は大きく抉れていた。
「……何て力…やっぱり魔王の子…なんですね……」
ユウが魔王子と出会って1ヶ月以上経っているが、彼女は初めて彼に対して恐怖を覚える。だが、それ以上に本気の彼と戦えることを嬉しく思っていた。
「なら…私も全力で…!?」
そういい切る前に魔王子はユウの目の前まで大きく間合いを詰めており、彼女の腹部に向かって打撃を放った。避ける暇なく、ユウは咄嗟に腕に魔力を纏わせ防御するが、完全に勢いを殺すことが出来ず後方に吹き飛ばされてしまった。大したダメージでは無かったが、受け止めた腕がビリビリと痺れていた。
「今度はこっちの番です!」
ユウは魔王子と間合いを詰め一気に斬りかかる。魔王子は素早く身構え攻撃に備えるが、突如彼女の姿が見えなくなってしまう。
「……左か!」
ユウは斬りかかる直前に左へ回り込んでおりそのまま右から払うように斬ろうとする。魔王子は左腕で受け止めようとするが、彼女の渾身の一撃は左腕を切断し吹き飛ばしてしまった。そのままユウは魔王子の息付く暇もなく何度も剣を振るが彼には全て避けられてしまい、最後には剣を右手で受け止められ腹部に強烈な蹴りを入れられてしまった。蹴られたところを抑えユウは片膝を着く。だが直ぐに剣を地面に突き立て立ち上がった。その間に、魔王子の左腕は完全に治っていた。
「……ハァ…ハァ」
「……ハァ……ハァ」
2人とも息が上がっていた。そろそろ決着がつくだろうとエスピアとヒショは固唾を飲んで見守る。
「……勇者ちゃん、次の一撃で決めさせてもらうよ」
魔力が彼の右腕に集約されていく。恐ろしいまでの力を感じユウもありったけの魔力を身に纏わせる。
「…王子のヤツ…何する気なんです?」
ヒショはエスピアに尋ねる。
「…武器や肉体に魔力を纏わせる時、その魔力が大きければ大きい程、纏わせる物に相応の強度が必要になる。強度が無ければ、反動によって武器であれば粉々に壊れ二度と使い物にならなくなり、肉体であれば一生かかっても直せない傷になりうる……だが、魔王子の再生能力なら……」
「………そのデメリットを無視できると…」
魔王子の右腕からは黒々とした魔力が溢れていた。一方でユウも体中から煌々とした魔力が溢れている。彼の本気の一撃をユウは真正面から受け止める気であった。理由はあまりにも単純、せっかくの彼の本気を彼女は最後まで全身で感じて、その上で勝ちたかったからである。
「……………来てください!!!」
剣を構えユウは叫ぶ。魔王子は思いっきり右腕を振りかぶりユウへと撃ち放った。
「ロード……フィスト!!!!」
魔王子の一撃はユウはおろか後ろに生えていた木々諸共真っ黒な魔力の渦の中に巻き込み薙ぎ倒してしまった。彼の右腕は複雑に折れ、真っ黒に焼き焦げていたがあっという間に元に戻っていた。
「勇者ちゃん!!!大丈夫!?」
急いで魔王子はうつ伏せになっていたユウを抱き上げる。返事こそ無かったものの息はあり、怪我も負っていたが軽症であった。
「………たった1ヶ月でこんなに…」
ヒショは2人の余りの成長ぶりに若干引いていた。
「…………正直、想像以上だったな…」
何故か2人を育てたはずの本人も困惑していたのだった。
「……はぁ、負けちゃいました…」
次の日の朝、ユウは近くにある滝に来ていた。ゆっくりと滝つぼの近くで体育座りになり、昨日の事を思い出していた。自分の成長をこれ以上無い程に実感したが、その分負けた悔しさが目から溢れそうになる。
「………こんなところにいたのか…」
ユウが振り向くと心配そうな顔をしたエスピアが彼女の後ろに立っていた。
「お師匠様?…すいません、ご心配をおかけして……」
急いで涙を拭き、ユウはエスピアに笑顔を向ける。エスピアも微笑むがまだ心配そうにユウを見続けていた。
「……昨日は見事だった。たった1ヶ月であそこまで成長出来るとは正直思わなかったぞ…………やっぱり悔しいか?」
エスピアはユウへ率直に聞いた。彼女の作っていた笑顔がゆっくりと崩れていき、顔を隠すように蹲った。
「………私、自分でもすっごく強くなれたと思ってます。でも……王子様は私よりもずっと強くなってて…」
「………そこまで極端に差があるようには思えなかったが…」
エスピアはユウの隣に座り、やんわりと彼女を慰める。その言葉はユウからすると想定外だったようで、少し顔が赤くなっていた。
「あ、ありがとうございます…でも、王子様は本当に凄かったです…特にあの必殺技!私もああいうカッコイイ技が欲しいなぁって…少し思っちゃったり……」
嬉しさのあまり彼女の語り口が段々と熱くなっていくが、エスピアの顔を見て恥ずかしくなったのか今度は段々と小さくなっていく。それを見たエスピアは真剣な顔で立ち上がる。
「必殺技か……なら、1つ伝えて置くことがあるな」
「…!はい!」
ユウも立ち上がり、背筋を伸ばす。先程までの悔しさは、既に彼女が前に進もうとする力に変わっていた。
「……あの技は魔王子の特性を活かしたものだが、やっていること自体は『無詠唱魔法』のみを使ったもの……言い換えれば基礎的なことしかやっていない。必殺技には必ず基礎が大事になってくる。技を作るのはいいが、基礎を疎かにすることは決してするな…」
「………分かりました、肝に銘じます!」
ユウの返事を聞いて、エスピアは嬉しそうに笑った。
「うむ、それでいい。……少し借りるぞ」
そう言うと、エスピアはユウが持ってきていた模擬刀を手に取った。
「技は基礎が無ければ決して出来上がるものでは無い。…逆に基礎的な動きであろうとも……」
エスピアは滝に向かって模擬刀を振り下ろす。ユウは滝の方を見ると、その一瞬の内に滝が真っ二つに割れていた!ユウは驚きのあまり目玉が飛び出そうになる。
「………………え?」
「………基本も極めれば技になる。覚えておけ」
エスピアは唖然とするユウの方へ振り向いた。
「………………はい」
ユウは師匠のとてつもない力を見せつけられ、言葉が出てこなくなっていた。
「…まぁ、あと3ヶ月もあるんだ、落ち着いてやればいい。焦ることなど何も………!?」
エスピアは途端に話をやめて、考え事を始めて手を口元に当てた。ユウは彼が何を考えているか分からず、困惑していた。
「……大勇者の儀式は何処でやる?」
唐突な質問に、ユウは戸惑いながらも答える。
「えっと…確か『リト』っていう街で行われるはずです」
「……いいか落ち着いて聞け。リトに行くためには海を渡る必要がある。船での移動に数週間、最悪1ヶ月はかかる…そして、リト行きの船が出る港町はメジハから2週間はかかるところにある……」
「………つまり」
さすがのユウも察して顔が青ざめていく。
「修行する時間は後1ヶ月程度しか無い!!」
「えぇーーーーーーーー!!!!!」
ユウの叫び声によって近くにいた鳥たちが何羽も飛んで行った。その後すぐに魔王子とヒショにもこの事実が伝えられた。
「「えぇーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」」
2人の絶叫は、天高くまで響き渡ったのであった…