蜘蛛と蛇
…ラフレ姫に連れられたまま、かれこれ2時間が経過した。それでも、目的地にはまだ到着せず、一行は船に揺られていた。その間もラフレ姫は船頭から身を乗り出し、前を恐ろしい程の険しい剣幕で見つめている…
「……アンタ、いい加減にしなさいよ。何にも説明せず連れてきて…少しぐらい事情を説明したらどうなんです?」
我慢の限界に達したヒショがラフレ姫に詰め寄った。ヒショの剣幕もそれはそれは怖かったが、ラフレ姫は一切怯む事も驚く事もなく4人の方へ向き直った。
「…そうですね……申し訳ありません…改めて、私はコルデ王国、国王の娘『ラフレ』と申します…皆さんに着いてきていただいたのは、私の故郷コルデ王国を救っていただきたいのです…!」
「………ギン国王様にもその様な事を言ってましたよね?…具体的に、何が…」
ユウがそう言った途端、ラフレ姫の手にぐっと力が入る。
「…コルデ王国は最近まで平和に暮らしていました…国民は皆…手を取り合って…毎日を過ごしていました…ですが、2週間前の事でした。コルデ王国を記録的な…歴史上、類を見ない程の寒波が国を襲いました…!我が国は一年を通して寒冷な島でしたが、被害は私達の想像を絶しました…周辺の海域に氷塊が無数に現れ、船を出すこともままならず…草木すら凍り付き農作物も全て…」
「…自然現象じゃないですか…それを私達にどうしろと…」
「……問題はその後でした…国民は突然、狂った様に食料を奪い合うようになったのです…!!私は早急に兵士達に情報を集めさせました。すると…『あそこの家は食料を沢山備蓄している』、『上流階級達は自分達に黙って食料を隠し持っている』…そんな根拠の無い噂を鵜呑みにして近隣の民家や倉庫を襲っていたのです…!」
「………まぁ、食料が少なくなれば…そういう事も…」
いつの間にか、ラフレ姫は血の気の引いた顔で両肩を抱き震えていた。余程の恐怖を味わったのだろう…だが、ノゾムは少し疑問に思った。会ってほんの数時間程度ではあるが、彼女からは並外れた胆力を感じていた。確かに、愛する国民が豹変した事に恐怖はしただろう…だが、あれ程に顔色を悪くするとはノゾムには思えなかった…それ以上の…何かがあった様に思えたのだ。
「…国民を止める為に、ギン王国の力を借りようとしたの?本当に…それだけで?」
「……………」
ノゾムの問いに、ラフレ姫は何も答えない。だが、この場合…沈黙は肯定に等しい。すると、ノゾムの問いの意味を察したヒショが更に追求し始めた。
「…いくら国民全員が暴れだしたからって、それは自分の国の事…直ぐに他所へ力を借りるとは思えない…自分達の力じゃどうしようも無い事があったんじゃないんですか?…」
…ヒショからの鋭い指摘。するとラフレ姫は震える声で話し始めた。
「………ほんの数日前でした。国民が…人だけが凍り付き、氷像の様になっていったのです…!!」
「人間…だけ…?」
「………つまり、魔法の類って事ッスか…」
…ノゾム達に何か強烈に嫌な予感が頭をよぎる。ある1つの切っ掛けによる、民衆の暴走…そして…国の崩壊…喉の奥に綿が詰まったような、そんな気持ち悪さを一行は覚え始める。
「…………ねぇ、異変が起きる前…他所から誰か来ませんでした?」
ヒショの質問に、ラフレ姫は少し目を見開いた。そして静かに頷く。心当たりはあるようだった。
「…寒波が来る少し前、国王…父上に2人の男が謁見にやって来ました…父上は彼らに何の疑問も抱いていないようでしたが……私と兄上には…毛先まで凍えるような悪意を!あの2人から感じたのです……特に、小柄な男の鋭い目つき…まるで…蛇のような……」
………一行の嫌な予感は的中してしまった…彼女の王国に牙を向けたのは、間違いなくあの悪魔達に他ならない。直接、戦った訳では無い。それでもその力の片鱗は充分見た……最悪、だった。
「…………悪い事は言いません…戻りましょう。今回ばっかりはどうしようもない…」
「そ、そんな…!何故!?」
ヒショの両肩を掴んだラフレ姫だったが、彼女のやるせない表情にするすると力が抜けていく。そして、ユウ達の方に顔を向けた…ヒショよりもハッキリとはしていなかったが…皆、似たような顔をしていた。
「………あの者達は一体…何者なのかご存知なのですか?」
「悪魔…って言ってた…俺も詳しい訳じゃないけど…とんでもない奴らなのは確かだよ」
「…大勇者と魔王の息子でも歯が立たないって言えば分かって貰えますか?」
ラフレ姫は顔から血の気が引いていくのを感じた。途端に全身が脱力感に見舞われ、今にも倒れそうになる。ユウが慌てて彼女を支えた。
一方で、マールは口元をモゴモゴさせながら何度も首を傾げていた。何か引っ掛かる事があるらしい。彼女は、人差し指を立てヒショに尋ねる。
「でも…何で悪魔達はコルデ王国に目をつけたんだろう?何か…引っ掛かるんスよね…」
「あ?そんなの偶然………ちょっと、待ちなさい…その…変な2人が来たってのは…いつの事でしたっけ?」
突然、顔を強ばらせたヒショ。直ぐに彼女はラフレ姫に問いかける。
「………2週間程、前です」
「———ッ…」
ヒショは言葉を詰まらせると、わなわなと震えだした。先程以上の焦燥具合にユウ達は顔を見合せた。
「…ヒショさん、どうしたんですか?」
「……わ、私達が…ギン王国に来たのも…丁度…2週間前……でしたよね?…いくら何でも……タイミングが合いすぎてる…………!」
「………もしかして…悪魔達の狙いって…」
「コルデ王国じゃなくって…」
「俺達……?」
ノゾムがそう口にした途端、ヒショはキッとノゾムを睨むと、ずかずかと彼の直ぐ前まで歩み寄った。
「…もっと言えば、アイツらの狙いはアンタよ。王子…!」
「…………俺…を?な、何で……」
「アンタのその力…悪魔の中にも快く思っていない連中もいるはず…ディアスという存在は…悪魔からしても異常過ぎるんです…!それがまた増えるなんて…先手を打とうと考える奴がいてもおかしくはない…」
すると、話を聞いていたラフレ姫が突如としてヒショに掴みかかった。
「そ…そんな…!皆様に救いを求めたのに…それも仕組まれたものだと!?その為だけに…国民は…父上は…私を逃がしてくださった兄上も利用されたと…!!?」
声を震わせ、今にも零れ落ちそうな程涙を目に溜めて取り乱すラフレ姫。彼女に何度も揺さぶられても、ヒショはじっと彼女の事を見つめていた…ラフレ姫と再び目が合った。
「……汚い奴ら。国を丸々一つ、人質にとるなんて…」
「…ヒショ……っ!?」
ノゾムが声を出そうとした瞬間、ヒショは手で彼の口を塞いだ。彼の言いたい事はとっくにお見通しのようだ。彼女は半ば諦めた様子で、小さな、ため息をつく。
「…行くんでしょう?バカ王子……」
「……勝てるかどうかじゃない。俺の…せいだから」
「……………バカ…」
追い風が彼らの背中を押す…余りにも冷たい追い風が。




