海風に運ばれて
運命神達が立ち去った後、ノゾム達は北にある『ギン王国』へと向かっていた。
…だが、そこにはいつもの和気藹々とした雰囲気は全くと言っていいほどなく、モヤモヤとした空気が一行の周りに漂っていた。
「…あの……王子様…?その…大丈夫ですか…?」
「………………」
その原因、と言うべきだろうか。ノゾムは理性を取り戻してからというもの一向に笑顔を見せず、寧ろ時感が経過するにつれてその表情は更に陰鬱なものへと変わっている。
返事はなかった。ユウは息を小さく長く吸う。ノゾムが一番大変なのは理解しているが…すっかり困り果てたものだ、ユウは横目でマールを見た。彼女も悩ましそうな目でノゾムを見ている。すると、マールはユウの目線に気付き、目を合わせた。2人は頷き合うと、俯き歩くノゾムの目の前に立った。4つの足が目にとまり、彼は足を止める。
「……わっ!?ど、どうしたの…?」
「もう…それは王子様ですよ!ずうっと俯いて…らしくないですよ…」
「そうッス!ノゾムさんはやっぱり笑顔が一番似合うッス!いつも通り…」
「…無神経ですねぇ…揃いも揃って」
ヒショが突然口を開いた。苛立った様に鋭い目で2人をじっと睨んでいる。彼女はいつも何かにつけて怒ってばかりいるが、今回は怒りの毛色が違った。いつもより静かにも関わらず、いつも以上に怒っているように見えたのだ。
「……王子はたった1人で神を超越した力を手に入れてしまった…それだけならまだ良かったでしょう…でも…よりにもよって、その力は下手をすればディアスのような化け物に成り下がるシロモノ…不安になるのも無理はないでしょう?少しはコイツの立場になって考えたらどうなんです?」
2人は何も言えず、ヒショから目を逸らした。一方で、ノゾムはキョトンとした顔でヒショの顔を見つめている。自身の心境をここまで見透かされている、しかもヒショに。彼は心の底から、驚いていた。
彼の呆けた顔を見て、ヒショは少し表情を緩ませた。無論、嬉しかったからでは無い。納得がいかず、いつも通りの、怒りを見せ始めたからである。
「…何です?私がアンタの事を理解してたのが、そんなに驚くような事でしたか?」
「…………うん」
「……王子のそういう所、嫌いじゃないですが…大っ嫌いです」
「………どっちなの…」
ムスッとした顔でノゾムから背を向けるヒショ。微笑ましい彼女の態度にノゾムは笑顔を取り戻す…が、それも長くは続かなかった。彼はまた険しい顔に戻り、自分の両手をじっと眺め出す。
「………………みんながやられて…そうしたら、段々何も考えられなくなって…頭の中も全部…真っ黒になって…」
ポツリ、ポツリと、ノゾムはあの時の事を話し始める。いつの間にか、見つめていた両手が凍えたように震えている。そんな彼の事を、全員が口元を締めて見つめていた。
「…怖かった……あの時の俺は…誰かを傷付ける事にこれっぽっちも躊躇してなかった…ウリルさんも襲ってたんだよ…?あのまま殺してたかもしれない…もしかしたら……みんなの事だって…!」
「………王子様…」
「……あの感覚を…ディアスって人も持ってるなら…何で…何も思わないの?分かんないよ…!…………僕は…どうすれば…」
彼の苦しみは痛い程、伝わってくる。然れども彼にかける言葉は無く…ただただ、3人は彼の傍にいる事しか出来なかった…
——数時間後…
「…見えましたね。あれが『ギン王国』ですよ」
ヒショが遠くにある街並みを指差した。3人が顔を上げると、そこには壮観な景色が広がっていた。ありとあらゆる建物が白く塗装され、街が海辺にあるという事もありキラキラとした清涼感を覚える。皆、目を輝かせ心做しか早足になっていた。
そこから数分歩き、一行は『ギン王国』に辿り着いた。遠くからでも素晴らしい景観であったが、近くで見てもやはり素晴らしい。背の高い街路樹達が海風に吹かれて心地よさそうに揺れている。ユウとマール、そしてノゾムもワクワクした様子で街並みを楽しんでいた。すると、一行の横を通り過ぎようとした少女が、興奮した様子で彼女達に近づいてきた。
「ねー!ねー!もしかして…おねえさんって、だいゆーしゃさま?」
「え?…あはは、バレちゃいました?」
「うわー!!やっぱり!だいゆーしゃさまだ!!すごいすごーい!!ほんものだ!」
少女は無邪気にはしゃぎ始め、近所中に響くような声で騒ぎだした。するとどうだろう、道行く人々は次々に一行の方へ振り向き、彼女達を囲い始めた!
「本当だ!!大勇者様だ!!!」
「本物だ!サイン下さい!!サイン!!!」
「歴代でも珍しい女性の大勇者…そのご尊顔を直接この目で見れるとは…ありがたや…」
押し寄せる人の波。ユウ達は盛り上がる住民達に周囲を完全に取り囲まれ全く身動きが取れなくなってしまった。
何とか応対しつつもその場から抜け出そうとする一行だったが、彼女達の元に集まった住民の数があまりにも多く、抜け出す事など到底出来そうにもなかった。すると、遠くの人混みをかき分け数人の人影が一行に近づいてきていた。その人影を確認した人々は途端に静かになり、こそこそとその場を離れ始めた。
「どいたどいた!怪我人が出る前に解散するんだ!」
「…おぉ…本当に大勇者様が…」
そこに現れたのは鎧をきた集団だった。その最前列にいる髭を蓄えた男は、騒動の中心にいたのが本物の大勇者という事を確認すると、軽く咳払いをしてユウへ握手を求めてきた。
「ようこそ大勇者様!我が『ギン王国』へ!我々は誇り高き国衛騎士団…そしてワタクシが団長を務めている者です!以後、お見知り置きを…」
「はい!えっと…すみません…お騒がせしてしまって…」
「いえ!貴女のような有名人であれば仕方ありませよ!大勇者様のご活躍はこちらでも広く知れ渡っていますし…」
談笑するユウと騎士団長だったが、遠くから1人の騎士が2人の元へ駆け寄り、片膝をつき始めた。
「騎士団長!大勇者様!お話の途中に失礼します!」
「…何かあったのか?」
「……国王が、大勇者様とお会いしたいと…なので白に連れてこいとの命令が…」
「そ、そうか…大勇者様…旅の疲れがある中、申し訳ありませんが…よろしいでしょうか?」
「………はい…」
こうして、一行は騎士団に連れられ、国王の元へ向かったのだった。
「よくぞいらっしゃいました!大勇者様!」
「お待ちしておりました!!」
「ようこそ!ギン王国へ!!!」
城に到着した一行は、とても熱烈な歓迎を受けながら白の中へと通された。
4、5人が横に並べるほど大きな階段を上ると、他の部屋よりも一回り大きい扉が目の前に立ちはだかる。兵士がその扉を開けると、空色の絨毯が続いたその先に、朗らかな笑顔の男が玉座に座っていた。あまり威厳は無さそうだが、この国の王のようだ。
「おぉ…貴女が…ようこそ!このようなところまで足を運んでいただきありがとうございます!」
満面の笑みで国王は一行に近付いてくると、両手を差し出し握手を求めてきた。ユウは少し緊張したように手を差し出す。
「国王様、初めまして。勇者連盟大勇者、ユウです。そして、後ろにいる方達が私の仲間の…」
「えぇ!噂には聞いておりますよ!先代魔王の子を率いていると…?もしかして…この方が…?」
国王は目を丸くした。無理もない、フードを被ったノゾムは一目見ただけでは何処にでもいる…顔立ちの整った、人間の青年にしか見えないのだ。すると、ノゾムはフードを脱ぎ、額の魔族の証を見せた。再び、国王は目を丸くした。
「!?…ほ、本当に魔族の…いやはや、なんと頼もしい…」
国王はノゾムにも握手を求めてきた。断る理由はない、ノゾムは握手に応じた。その手は日焼けなのか褐色に焼けており、ポカポカとするような優しい温かみがあった。ゆっくりとノゾムから手を離した王は、いそいそと玉座へと戻っていく。
「……いい人、なのかな…?」
「…多分」
少し戸惑いながら、一行は玉座へと歩いていった。すると国王は顔を引き締め、声を張り上げた。
「改めて、よくぞいらっしゃいました!大勇者様のご活躍このギン王国、国王の耳にも入っておりますよ!大勇者に任命されたや否や、あっという間に魔王軍幹部を2体も撃破し、アイン島に封印されていたという巨人も打ち倒したと…!」
「あはは……ありがとうございます…」
「…それだけではなく、勇者連盟ディヴィ支部の支部長の悪事も暴いたとか…」
国王の声色が変わった。急な変化にユウの背筋がピンと伸びる。
「はい…そうです……」
ユウは静かに答えた。すると、国王は顔を顰めて項垂れる。その顔からは悔恨の思いを強く感じさせるものだった。
「…申し訳ありませんでした、大勇者様…一国の王ともあろう者が、あの様な痴れ者の企みにも気付けぬとは…痛恨の極みです」
「あぁ…会談したとか新聞に書いてありましたね?」
「えぇ……この国には勇者連盟支部が無く、どうしても魔族の対策が充分に回らず…しかし、こんな結果になるとは…」
国王は今度は頭を抱えるように項垂れた。それを見たノゾムとユウは顔を見合わせ、小さく頷いた。
ヒショは心底嫌な予感がした。だが、もう止める事は出来ない。流石に長い付き合いになったのだ、もう2人がどういう性格なのか、とっくに分かりきっている…いい加減面倒事に巻き込まれるのは慣れてきたが、それでも…ヒショは気怠そうにため息をついた。横にいるマールは…ヒトの気も知らないで、ニコニコと笑っていた。
「国王様!あの…良ければ…ここに滞在してる間だけでも、お手伝いしましょうか?」
国王は目玉が飛び出そうな程に目を開き、玉座から飛び上がるように立ち上がった。
「よ、よろしいのですか!!!?こ、このような矮小な王の為に…何とお優しい…!!兵士達よ!召使いに城内の空き部屋を掃除させろ!大勇者様達に寝室をご用意するのだ!」
「はっ!!!」
王の号令を聞いた兵士達は即座に玉座を飛び出して行った。そして王は涙を流しながらユウの手を握り、何度も頭を下げ始める。
「ありがとうございます!ありがとうございます!良ければお食事もこちらで用意させていただきます!それから、魔族と戦闘になればその分の報酬もちゃんと支払わせていただきます!本当にありがとうございます!本当に…うぅ……」
「は……ははは…」
王の勢いに、ただただ圧倒されるユウなのであった…




