鎬を削る
「………機構に異常はありません。」
「……そうか………」
運命神は深刻そうな面持ちで目を閉じた。彼らはノゾム達と別れた後、月へと向かった。そこに住まう女神、サリエラと会い彼女の権能が正常に稼働しているかを確認するためだ。
彼女に限らず、神々の権能は他世界からの侵入者を防ぐ役割がある。というのも、神々は他の世界からの介入や、世界同士での繋がりが作られる事を極度に嫌っているためである。そういう意味でもノゾムは例外中の、例外なのだ。
結論から言えば、サリエラの権能は完璧に機能している。だからこそ…運命神は頭を抱えた。
「…我々が持ちうる全ての力を使い、女神サリエラの権能を構築した。だが…悪魔達の介入を止める事は出来なかった…」
「………それだけ、悪魔達は力を付けている…」
「由々しき事態だね…」
発言こそ飄々としていたが、ウリルの顔には明らかな焦りの色が浮かんでいる。悩ましそうに腕を組む彼女は、意を決したように運命神へ目配せをした。
「……どうか…したのかい?ウリル…」
「運命神…一つだけ案があるのだけど……人手を増やしたらどうかな?」
運命神は目を細める。そしてウリルの提案を聞いたミカは、険しい顔で彼女を睨んでいた。
「……まさか彼を…?」
「お?ミカ察しがいいね!彼ならこの状況を打開出来ると思うんだけど…」
ウリルは自信満々な様子で言ったが、彼らの表情は和らぐどころか、さらに厳しいものになっていた。
「ウリル、それはダメだ。これ以上、彼に負担はかけられない」
運命神は首を横に振った。それでも、ウリルは諦めきれない様子で反論する。
聡明で寛容とはいえ、仮にも最高位の神である彼に軽々しく反論するなど、ウリル以外には決して出来ない…ミカは彼女に呆れつつも、どこか羨ましく思っていた。
「それは…まぁ…そうだけど…でも、ハッキリ言って私だけじゃ彼らを守りきれるか分からない。っていうか、私も他の仕事が山積みだし…」
「なら私が手伝うわ…それで充分でしょう?」
「え〜?でも彼らからしたらいきなり殺しに来たヤバい奴を信用出来るのかな〜?」
「…………」
おどけた態度で煽られ、ミカは怒りで両手をブルブルと震わせていた。今にも殴りかかろうとする様子であったが、運命神が咳払いをすると、彼女は渋々拳を下におろした。
2人共、天界の使い達の中でも特筆して優秀な存在なのだが、どうもこういうところがある。それは運命神にとって若干、悩みの種だった。
「………彼には申し訳ないが…もう手段を選ぶ時間もないか……」
運命神がそう呟くと、2人は同時に彼の方を向いた。
「決まりだね…」
「………仕方ない…か…」
ミカは手を叩いた。その音が異空間に響くと、先程まで機能を停止していたサリエラが目を覚ました。
「……!ミカ様…?その…機能はどうでしたか?」
「………正常。完璧な状態と言っても過言ではありません」
その言葉を聞いて、サリエラは胸を撫で下ろした…が、それを見たミカは激しく怒り出した。
「何を安心しているの!?むしろこれはあってはならない事態よ!?悪魔達は私達の想像以上に力を付けている…!落ち着いている暇なんてないわ!」
「まぁまぁ、そんなに怒ると小じわが増えるよ?」
…後ろから声をかけてきたウリルに、ミカはアイアンクローで迎え撃った。ウリルの煽りにいい加減我慢が出来なくなったのだろう、それを表すように彼女の口角が痙攣を起こしていた。
「……何?その言い方、まるで最初から小じわがあるみたいな言い方するじゃない?」
「だって、私の前だとなんかずっと険しい顔してるし…!いだだだ!?」
「貴女がぁ余計な事ばっか言うから、そーいう顔になっているのだけれど…?というか…貴女の方が…歳上でしょうが…!!」
「……2人とも…」
ヒートアップする2人を運命神が諌めた。仕方なく、ミカは乱暴にウリルから手を離す。苛立ちが消えずウリルを睨み続けるミカと、一方でなんにも気にしていなさそうな様子のウリル…運命神は無意識に、ため息をついていた。
「……サリエラ、もうこの一件は君の手には負えない。我々も協力する事を約束しよう」
「…そうしていただけると、助かります…」
礼をするサリエラに運命神は静かに頷いた。
「それでは、行こうか」
運命神はミカとウリルに声をかけた。ウリルは少し疲れたように体を伸ばすと、運命神の後ろへ移動した。ミカもそれに続く…が、急に何か思いついたようにサリエラの方へ振り返った。
「サリエラ…貴女……」
「…は、はい……?」
「…………素晴らしい信者を、持ちましたね。それでは」
皮肉交じりな言葉を残したミカ…その背後で、おちょくるようにポーズを決めるウリルに吹き出さぬよう、サリエラは耐え忍びながら3人を見送ったのだった…
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
…何も見えない程に暗く、ただ椅子と机がポツンとある空間に1人…そして1匹がだらけきったように椅子にもたれかかり、天井を見上げていた。そこに早足で何者かが近づいてきた。
「………スネイグ…」
椅子に座った男…スネイグに話しかけてきたのは、スパイドだった。彼のかけている眼鏡の奥には、生半可では無い覚悟と、計り知れぬ程の焦燥を感じさせた…スネイグはそれを面白がった。彼はゆっくりと上体を起こし、椅子から立ち上がる。
「君らしくないじゃん…どうしたの?」
「……明日空ノゾムは…『超人』だった…しかも、ディアスと…同質の…!」
スネイグは驚き目を見開いた。それと同時に納得したのだ、彼の異常な焦り具合、これ程のビックニュースならば当然だろう、と。
「そうだったんだ〜…通りで神々があの子の周りをウロチョロしてたんだね…でも…まさかアイツと同じだったとはね〜…」
「……あの男をこのまま生かす訳にはいかない」
「…それ、本気で言ってるの?」
スネイグは疑うように、そして少し小馬鹿にしたようにスパイドの顔を下から覗き込んだ。だが、彼は動じない…今まで見た事がない程に彼の顔は鬼気迫るものがあった。流石のスネイグも揶揄う気が失せ、真剣な顔付きに変わった。
「…何で態々、僕にそれを伝えに来たの?」
「……お前にも協力してもらう」
「………嫌だよ、メリットがない」
「タイボク王国の一件、覚えているか」
スネイグは少し間を置いて、その国の名を思い出した。侵略するべく、彼が担当していた地域である。しかし、彼はこの国にあまり価値を感じなかった。そうして放置した結果、ユウ達の手によってこの国は悪魔達の魔の手から解放されていたのだ…本人はまるで意に介していないが。現に国の名前も忘れていたのだから。
「あぁ…あの国ね?そういえば元は君が目を付けていたんだよね?ごめんね?勝手に担当奪った挙句、失敗しちゃって…でも、気付かない君も悪いよ!…ていうか、その事と何の関係が…」
「…あの一件は悪魔神様から直接任命されたものだ」
「………っ…な…!?そんな話…」
「…『聞いていない』か?お前が横取りしようと動いていたのは分かっていたからな…正直、俺もあの国にはあまり価値は感じなかった…だが、俺を出し抜いた気でいるお前を泳がしておくには丁度いいエサだった。あの方がタイボク王国の価値をどう見ていようが、人から役目を奪った挙句、失敗した事を何とも思っていないのは…感心しないだろうな?スネイグ…!」
「……………グッ…」
スネイグからは既に余裕は消え去っていた。対して、スパイドは淡々と、あくまで冷静に…彼を見下す。
「とはいえ…お前は優秀だからな…駒としては、な。だから、お前が言う事を聞く手札が欲しかったんだ…こんな時の為にな…そのためなら多少の損失は覚悟していたさ」
「僕が失敗するのも計算済みだった訳…!?」
「興味を失うのは何となく予想していた。だが、仕事を放置するような阿呆だとは…思いたくなかったがな…」
「……テメェ…!」
スネイグの精一杯の強がりも、最早なんの意味も成さない。スパイドはゆっくりと彼に近づき、肩に手を置いた。
「協力してもらうぞ?スネイグ…あんな化け物をこれ以上増やす訳にはいかない」
…それぞれの思惑が、鎬を削る。




