償い
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「……運命…神…?」
「うん…もっと言えば、その最高位の神々のリーダー格。魔王子君の事、申し訳なさそうにしてはいたけど、まさか直接来るなんてね…」
ウリルはリラックスした様子でそう言うが、一方のミカは露骨に動揺した様子で運命神の事を眺めていた。
「う、う…運命神……様…?何故…ここに?」
震えた声を出しながら膝を着こうとするミカを、運命神は静かに制止した。
「………運命神様?」
「…御苦労だったね、ミカ。そのままで、大丈夫。君に責任は無いよ」
「そ、そのような事…!」
「君はただ、職務を全うしようとしただけだ。責任は我々にある。危うく…無辜の命を奪うところだった…だから、直接謝罪する必要があった。そうだろう?」
「……………」
ミカはちらり、とノゾムの方を見た後に複雑そうな表情で運命神の後ろへ移動した。その間も、運命神は目線を一切動かすことなく、ノゾムの事を見つめていた。
神と言うに相応しい、厳かな立ち姿。だが、その神々しさですら隠しきれぬ程、彼の視線からは悲しみと罪悪感のようなものが滲み出ていた。ノゾムはそんな彼の視線耐えかね声をかけようとした…が、先に口を開いたのは運命神だった。
「明日空…ノゾム……申し訳なかった。この一件は、我々神のの早合点と不手際が起こした事だ。最高位の神々を代表して謝罪する」
「……そんな…俺は…貴方達に怒ってなんか…」
ノゾムは困惑した表情を浮かべる。すると、ヒショが彼を押し退け運命神の前に立った。彼女は口角を痙攣させ、その鋭い視線からは底が見えない程の怒りを感じさせる。運命神は少しだけ、目を細めた。
「運命神……何をいけしゃあしゃあと…!!」
「君は……そうか、ウリルの言っていた『ネイツ』の…」
『ネイツ』…その名前が運命神の口から出た途端、ヒショは運命神の胸倉を掴んだ!
ミカは驚きヒショを引き剥がそうと2人に近づこうとするが、運命神はそんな彼女に目配せをして足を止めさせる。向き直った運命神の目に入ったのは息を荒くし全身を怒りで震わせているヒショの姿だった…
「…お前が……お前達が…あの人の名前を口にするな!お前達のせいで…あの人は…」
果ての無い怒りは、段々と悲しみに変化していた。ヒショの震えは力無く…小刻みなものへ変わり、荒い息の合間に小さく啜り泣く声が混ざり始めていた。
運命神は静かに目を閉じると、優しく彼女の手を解いた。そして…ゆっくりと頭を下げた。
「…君にも、謝罪しなければいけなかったね……すまなかった…」
「……今更よ…あの人が生き返るわけじゃない……何度謝られても…許す気にはならない…」
未だ荒い息を鎮めながら、ヒショは運命神から顔を背けた。顔を上げた運命神は怒る事も悲しむ事もなく、真っ直ぐ、彼女の姿を見続けていた。
「………構わない。我々は君達に謝り続ける、例え赦しを得られなくともだ。我々が君にしてしまった事はそれ程の事だと、理解しているつもりだ」
運命神の言葉は、傍らから見ていたノゾム達にも真剣である事は伝わってきた。だが、ヒショは再び声を荒らげた。
「はぁ!?お前達がちゃんと仕事してればあの人も…王子も苦しむ事なんて無かったのに!?それで謝るだけで満足して…!どこまでバカにすれば気が済むんです!?」
それでも、運命神の表情は変わらなかったが、何か気付きを得た様子で運命神は言葉を返した。
「…そうか、君は……転生する以前の明日空ノゾムを救えなかった事、彼が死に…天国へ行く魂を悪魔達に奪われた事…ヒショ、君の怒りは彼女だけに起因するものではなかったのだな」
「…ヒショ……」
ノゾムに名前を呼ばれたヒショは、紅潮した顔を隠すように、俯き彼から目を逸らした。ノゾムの方は呆けた顔で首を傾げていたが。
「…天士様…」
「ん?どうかしたのかい?」
ユウが小声でウリルに話しかけた。ユウは怪訝そうにヒショとウリルの顔を交互に見ると、口元をウリルの耳元へ近づけ疑問を話し始めた。
「えっと…『ネイツ』って一体誰なんですか?ヒショさんからそんな名前、一度も聞いた事無いんですけど…」
すると、ウリルは少し黙った後に、こう答えた。
「それは…私の口からは言えない。でも、きっと…彼女自身の口から話してくれるはずだよ。それだけ…彼女の存在を語る上で…大事な人なんだ」
「………ありがとう…ございます」
少しだけ、モヤモヤした気持ちを残したまま、ユウは礼を言うのだった。
…しばらく間を置いて、運命神が口を開いた。
「……悪魔達はこれから明確に君達を狙い行動してくるだろう。我々は全力で君達を保護しよう…だが、限界はある。特にディアスは我々でも止める事は不可能だ」
「…………本当に、ディアスは貴方達の力すら通用しないんですね…」
ノゾムの言葉に、運命神は小さく頷いた。
「…感情的な言葉は意味を為さない。客観的な事実を言えば、文字通り『神越魔』そう呼ばざるを得ない怪物だ」
「……『神をも超えた悪魔』…俺も…ディアスみたいになるかもしれないんですか…?」
不安を見せるノゾム。しかし、運命神は淡々と頷いた。
「何も手を打たなければ、そうなるだろう。逆に手を打てば…あんな風にはならないさ。だが、その『手』を用意するのは我々ではなく、君自身だ」
「…………………」
頭の中で、答えを探し続ける。けれど、焦りと不安がノイズとなりままならなくなる。考える程、かえって思考は纏まりがなくなり視界が暗くなっていく。
…ハッとして、前を見た。運命神が指をさしていた…ノゾムを…ではなく、彼の後ろを。
「答えなら…そこにあるだろう?」
ノゾムは振り返る。優しく、少し泣き虫な勇者。ぶっきらぼうなようで誰よりもお人好しな、命の恩人。活発で他者の為に命を賭すことも厭わない、聖女。彼は、目を大きく見開いた。
「…………みんなの事?」
「…ディアスには同族意識など欠片もない。友はおろか、愛する者もいない。でも、君は…違うだろう?」
「………ありがとうございます。神様」
…運命神は、小さく微笑んだ。
「では…そろそろ行くよ。ミカ、ウリル…戻ろうか」
背を向ける運命神、だが、ノゾムは彼を呼び止めた。
「神様…一つだけ、聞いてもいいですか?」
「……何だい?」
「…悪魔の親玉が言ってたんだ…『あの世に送られた魂は世界の構成するエネルギーに変えられる』って…それは…本当ですか?」
「………それは…事実だ」
「じゃあ…僕の…お母さんも……もう…天国にはいないんだね…?」
「…………残念だが…すまない…既に君の母親は…」
…その答えにノゾムは喉を詰まらせる。そして、絞り出すように…じっとりとした悔しさを吐き出した。
「……そう…なんだ……仕方の無い事なのは…分かるけど……でも……もう一回…もう一回だけ……あの人の笑顔が…見たかったな…」
勇者も、魔族も、聖女も、天の使い達も、そして、神ですら…今のノゾムに送る言葉を見つける事は出来なかった。




