運命は変わるのか
「明日空ノゾムを、殺します」
「………………は?」
頭が…ミカの言葉を受け入れられず、時が止まったように思考が凍りついた。そして、次第に…ウリルの身体が熱を帯び始めた。
「ど…どういう事!?魔王子君を殺すって!!?」
熱は衝動へと変わり、ウリルはミカの胸倉を掴んだ。だが、ミカは淡々と彼女を腕を外す。突き放されるように腕を剥がされて尚、ウリルは彼女の事を睨み続けていた…ミカの方は表情一つ、変わってはいなかったが。
「言わなくても分かっているでしょう?……それとも…貴女、もう忘れた訳ではないわよね?ディアスによる多世界災害を…」
「彼はディアスとは違う…!そもそも、殺すのは最終手段なはずじゃ…!」
「確かに最終手段の筈だったわ。けれど、それに至るところまで来てしまった…それだけよ…それに現時点では、2人は何も違わないでしょ?明日空ノゾムは覚醒と同時に暴走…危うくこの世界そのものを崩壊させるところだった…こうなってしまった以上、これが最善手と神々は判断なされたの」
「多…え?…殺す…??あはは…何を…仰っているのですか?」
そう言って、マールは困惑の笑みを浮かべた。自身の信奉する女神以上の存在である、ウリルと対等に話す彼女もまた高位な存在なのだろう。そのはず、なのに、ミカと呼ばれた彼女からは、そんな神聖な力よりも…機械的で、無機質な恐ろしさをマールは感じたのだった。すると、ミカはマールの方を向いた。
「…そう、貴女がサリエラの……そうなると、一応説明はしておかないとか…それじゃあ最初に…貴女は見た?覚醒した明日空ノゾムの姿を…」
こう聞かれたマールだったが、素直に首を横に振った。
「…その……その時、気絶していて…」
「……成程。ウリルから話を聞いてはいるけど、直接は見ていないのね」
「え?…そ、そうです……」
…ウリルの話でノゾムの状態を聞いた…マールが省こうとした部分をミカは読み取り、確認してきたのだ。それが、さも当然のように。
…彼女には嘘は決して通用しない。マールはそう直感した。
「…明日空ノゾムは、まるで獣のように暴れていた。それで、ディアスと明日空ノゾムの力は同質だと言うのも…聞いているわね。ディアスも…覚醒当初、明日空ノゾムと同じように理性を失い、暴れたの」
「え?そ、そうなんですか?」
「えぇ、ディアスはこの世の森羅万象…全ての力を拒絶する。物理的な力、魔法、神の権能…己の理性、そして世界に存在する、という事すらね」
「そ、存在ですか…?」
「少し難しい話になるけれど…世界に存在する事を拒絶する、そうすると他の世界へと飛ばされてしまうの。そして、その世界でも理性なく暴れる…また、他の世界へ飛ぶまでね…ディアスはそうだった。仮にあそこでウリルが止めなければ、彼もディアスと全く同じ事になっていたでしょうね」
「それでは…多世界災害って…」
「……神々の権能すら無力化してしまうディアスの力…我々も、神々も全力で止めようとしたけれど…ほぼ全てが、無駄だった。十…百以上の世界が、滅茶苦茶に破壊されたわ」
「………………」
「それでも、神々は必死に策を練りディアスを止める事に成功した。けれど、アイツは『無』になっていた。努力や労働をしなくても寝床と食がある、それだけの理由で悪魔側についてしまった…そんな時よ、ディアスと同質の『超人』が発見された…」
「それが…ノゾムさん」
「散々辛酸を舐めさせられた…これ以上、同じ誤ちをする訳にはいかない。だから、彼の観察のためにウリルが派遣された。おかげで今回は…多世界災害を、未然に防げる」
「ノゾムさんを殺して…ですか?」
マールの絞り出すような声に、ミカは少しだけ表情を変えた。それがマールへの詫びの気持ちなのか、若しくは無実の青年を殺す事への戸惑いなのか…僅かな変化だったが、彼女の思いの丈を知るにはあまりにも充分だった。
…しかし、彼女の意思は揺るぎない。
「…必要な犠牲、よ。無数の世界、無数の人間を救うため…」
…ミカが言い終わる前だった。マールとミカの間へ、ユウとヒショが割り込んだ。その目には、滾るような怒りと…決意が湧き上がっていた。
「…大勇者、それから…ヒショ?よね…どういうつもり?」
「…………王子様は、殺させません」
「……はぁ、何を言い出すかと思えば…」
目付きが、変わる。ミカは戦闘態勢に入ったのだ。彼女の変化は戦い慣れていない人間でも気付く程に鋭い圧を放っていた。しかし、勇者達は一歩も引かない。
「…納得出来ません。王子様は私の声に反応してくれました。暴走は、もう止まったはずです…」
「…………何も、分かっていないわね。明日空ノゾムが次に目を覚ました時、それはこの世界の終わりを意味するわ。彼は貴女達と強い繋がりを持っているようだけど…きっと、それすらも拒絶する」
「………私は、王子様を…信じてます」
「…警告します。そこを退きなさい。これ以上、邪魔をするようなら…」
敬語に戻ったミカ、淡々と仕事をする為に変えたのであろう。その時、ユウは後ろへ振り返った。
「聖女様!このままで、いいんですか…?」
「わ……私は…私は…」
「…サリエラの聖女…貴女は『理解』しているでしょう?」
マールの手はブルブルと震えている。恐怖、葛藤…良い答えを出そうとすればするほど答えは遠のいていくようで、呼吸が荒くなっていく。
「私は………サリエラ教の…聖女だから…」
「聖女様……」
「…だから…サリエラ様の意思なく…言う事を聞く気にはなれません…!」
震える声で、マールが呟いた。心底呆れたようにミカは目を細める。
「ミカ…お願い…神々と連絡する時間を…っ!!」
ウリルが叫んだ瞬間、ミカは彼女の目の前まで距離を詰め顔へ手の平を向けた…光と衝撃がウリルを襲う——
彼女の体は大きく仰け反り、今にも倒れそうになる…朦朧とする意識の中で、ミカへ手を伸ばした。
「ミ……カ………」
「……ウリル…少し寝てて…」
…ユウは静かに剣を構え、マールも力を高め始める。もう、話し合いの余地は、無かった。
「…天士が相手だからこの程度で済ませました。貴女達の場合、命を奪う事も…容赦なく、行います」
脅しでは無い、そんなの見れば分かった。だが、それがどうしたと言うのだ!すかさず、ヒショが啖呵をきった!
「あぁそうですか…それじゃあ…死んでも退くか!バーカ!」
ミカは苛立ち、眉間に皺を寄せる。そして、徒手空拳の構えを取った。
「っ………何故そこまで…例え、貴女であっても許す訳には…!」
「…関係ないですよ。私がどうとか…アンタらがどうとか…ただ…アイツには、王子には…魔王になってもらわないと困るんです!!あのバカ王子を死なす訳にはいかない!!」
パリンッ!!!
…ガラスが割れる音。ヒショの眼鏡が粉々に割れ、地面へと落ちる。ミカが…何かした、訳ではなかった。彼女も突然の事に目が点になっていた。と、言うより、その場の全員が驚き固まっていた。
「………ヒショさん…大丈夫ですか?」
「…見える。視力が…戻ってる……」
ビュン!と3人の間を風が吹き荒れた。ミカが構えを解いた3人の間をすり抜け、ノゾムの元へ猛スピードで飛び出したのだ!更に、彼女の腕に稲光が走り、眩く光り輝く…それで終わりでは無い、ノゾムを一撃で仕留めようと彼に近付けば近付く程、輝きを増していく。
「王子様!!!!」
「王子!!!!!!!!」
「ノゾムさん…!!!」
「………」
ミカの拳がノゾムに届く直前、彼は目を覚ます…
「…………?どちら…様?」
「…え???」
惚けきった彼の声に、ミカは腕どころか全身が脱力し、ノゾムの目の前で顔面から転んでしまった…辺り一体が緊張感から解放され、そこに残ったのは呆けた王子と顔面が土に埋まった天界の使者…3人の視線は一気に冷めたものへと変わるのだった。
…その後、
「………………………」
「……ミカ〜…魔王子君に何か言う事…あるよね?」
気まずそうにミカは俯き手をモジモジとさせていた。だが、ノゾムは彼女には目もくれず、コップに注がれた水を睨んでいた。そして、恐る恐るコップの水を口へと運んでいく…
「………っ!!がホッ…!ゲホッゲホッ…!…ごめん…飲めない…痛くて……飲めない」
ノゾムは口元を裾で拭きながら、空のコップをユウへ手渡した。ユウ達は心配そうに喉元を触る彼を見ていた。ウリルも、不安そうに彼を見つめている。
「暴走の影響かもしれないね…水は生命にとってとても重要なもの、それすら…『拒絶』しているのかもしれない…今は無理せず、安静にしていればまた喉を通るようになるよ」
「…………ごめんなさい」
「謝らなくたっていいさ…理性を取り戻せただけで充分だからね!」
…ウリルは彼を気遣うが、依然ノゾムの顔には笑顔は戻らず、あまりにも大きな恐怖心に苛まれているようだった。今度はユウが口を開いた。
「…王子様、事情は天士様から聞いています。独りで…抱え込まないでください…あんまり、お役には立てないかもしれないですけど…でも、その…力になりたいんです」
「……『超人』が発動した時、自分の大事にしてるものとか…そういうの全部が、消えていくような感覚があって…今でも、その感覚が残ってる。怖いんだ…」
「………ノゾムさん。何があっても私達が側にいるッス!だから、一緒に!頑張ろう!」
「…………………ありがとう」
ノゾムは静かに微笑んだ。やっと笑顔が戻ったと、ユウ達は安堵で顔がほころんでいた。それも束の間、ふとヒショが立ち上がると、キョロキョロと周囲を見渡し始めた。
その時、周りの空間が瞬く間に変貌した。仄暗い世界、だが…まるで、美しい星空の中にいるように、周りには無数の小さな光が煌めいていた。幻想的な雰囲気にユウとマール、そしてノゾムも目を奪われていたが、ヒショは一人、じっと遠くの一点を見つめていた。そこには…人影があった。
「………………アイツは…!」
「…………」
その人影の存在に、ノゾムも気付くと妙にソワソワしているウリルに耳打ちした。
「あの人……誰なのか知ってる?」
「……あぁ、よく知ってる。あの方は…最高位の神、その一柱…」
……運命神、シリウス。




