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目覚め

 

「あーもう!ほんっとにムカつきますねぇ!!」


 額に青筋を立てながらヒショは青空に向かって怒鳴り散らす。しかし、この怒りはウリルへ届く事はなく、彼女の叫び声は虚しく空に溶けたのだった…

 叫び続けて少し気が済んだのか、ふぅ、とヒショは息を漏らした。そして、また直ぐに空を見上げて目を細めた。今度は何も言わず、じっと一点を見つめている。


「………ねぇ」


 ヒショはそう3人へ呼びかけると、その見ているところを指さした。ノゾム達も彼女の指したところへ目を凝らすが、何も見えなかった。


「…ヒショさん……?何も見えないですよ…?」


「…………いや…何か…光って……」


 ノゾムの言う事を信じ、ユウはさらに注意深く目を凝らす…確かに本当に小さくはあるが、雲ひとつない青空にただ一点、赤黒く光る星があった。澄み渡る晴天に似合わぬ、あまりにも禍々しい色。ユウは…妙な胸騒ぎを覚えた。


「…あの、気の所為ッスかね?……あの星…大きくなってないっスか…?」


 …マールの言った通りだった。今の今まで点のように小さかった星は、より禍々しさが色濃くなり…大きくなっていた。その時、何かに気付いたヒショが叫んだ。


「違う…!?()()()()()()()!!!」


 ノゾム達が身構える暇もなく、赤黒い星は轟音を響かせながら彼らの目の前に着地した!正体を確認しようとするも、大量の砂煙が巻き上がっており姿は見えない。しかし、直ぐに赤黒い光が放たれその姿は顕になった…!


「…げっ!?」


 ヒショはその姿に顔を青ざめる。光より現れたのは漆黒の鎧を着た銀髪の青年。しかし、その目は鮮血のように赤く、鋭い視線が果てしない敵意を物語っていた。何より目に付いたのは彼の後ろにいる…竜だった。その竜も漆黒の鱗に身を包み太く鋭い爪が地面に食らいついている。


「……久しいな…ヒショ」


 青年は首をならしながらそう言った。ヒショは返事は返さず、ゆっくりと後退りノゾム達の後ろまで下がってきた。彼女を庇うようにノゾムとユウは一歩前に出ると、素早く構えをとった。


「貴方は…誰ですか!?その竜は…まさか……竜騎士…?」


 ユウの言葉に青年の眉がピクリと動いた。すると彼は、静かに両腕を上げた。手を少し丸め、右腕を一番高く、その少し下に左手を。その刹那、赤黒い稲妻が彼の両腕に降り注いだ!稲妻が消えると、青年の両手には藍色の槍が握られていた。


「…俺は、クレンデ…魔王六翼の一人。この邪竜と契約せし騎士…」


 自己紹介が終わると、邪竜が前に出てきた。そして、ダミ声混じりに笑い出す。


「ジャッハハハハハ!!お前が先代魔王の子か?あんまり迫力がねぇなぁ!」


 しかし、クレンデは邪竜を無視しノゾムへ槍を向けた。


「…先代魔王の子、そして大勇者。お前達の旅はここで終わりだ…!倒させてもらう…!!」


 クレンデは魔力を高めた瞬間、槍をノゾムに向かって突き付けた!ノゾムは、彼の動きは目で追うのがやっとであった。クレンデの槍撃をノゾムはもろに受けて大きく後方へ飛ばされてしまう。


「王子様!!!」


 ユウはクレンデに斬りかかろうとするが、すかさずヒショが呼び止めた。


「アンタ!気を付けなさい!コイツは、魔王軍でも指折りの…いえ、最強って言っても差し支えない男!!」


「な!!?そういうのは先に言って…きゃあ!?」


 クレンデはユウに向かって槍を振った。槍自体は彼女に当たらなかったが、槍の先端から魔力が溢れ出し波動となって彼女を襲う!慌てて彼女も剣に魔力を纏わせ受け止める…ことは叶わなかった。2人の魔力量の差はあまりにも大きかった。どうにか近くにいたヒショへのダメージは免れたが、ユウは魔力の波に吹き飛ばされてしまった。


「……ぐっ!?」


 再びクレンデが槍を構えようとすると、体から力が抜けていく感覚があった。そして段々と、体が絞めあげられるように動かなくなっていく。


「お2人共!今です!!」


 マールが叫んだ。クレンデは彼女の聖域魔法によって力が削がれていたのだ。その声を聞いた2人はありったけの魔力を高め、クレンデへ強烈な攻撃を食らわせる——


「……チッ」


 …そうはいかなかった。邪竜は黒翼を羽ばたかせ空に飛んだ。そして、マール目掛けて赤黒い炎を吹き出した!マールは間一髪のところで避けるが、2人の攻撃が当たる前に聖域魔法が解除されてしまった。クレンデは再び魔力を高め、2人の同時攻撃を難なく受け止めてしまった。


「………この程度か?」


 クレンデは鼻で笑った。そして、彼は膝を曲げると空へ向かって大きく飛び上がった!それに合わせ、邪竜は彼の下へ潜り込み、自分の背中へ乗せた。黒き竜と騎士…凄まじいプレッシャーだった。


「…これは……マズイかも……」


 邪竜は再び炎を吹き出した!マールはヒショを抱きかかえ走り出し、ノゾムとユウはジャンプし炎を避ける…が、その機を逃さんとばかりにクレンデは邪竜と共に2人へ急接近してきた!無防備な2人をクレンデは槍で薙ぎ払い、そのまま2人は地面に叩きつけられる…


「おい、邪竜…お前はヒショ達の相手をしろ」


「…あ?」


「あいつの隣にいる妙な魔法を使う女…あれは残していたら厄介だ」


「……ふん」


 クレンデは邪竜の背から飛び降りると、うつ伏せに倒れるノゾム目掛けて槍を投げつけた!槍は彼の背中に命中し、そのまま貫通して地面に突き刺さる。ノゾムは突き刺さった槍に邪魔され身動きが取れず、槍を抜こうと藻掻くが無意味だった。


「王子様!!」


「…腐っても魔王の子か。妙な力を持っているんだな」


(……!この人、王子様の再生能力に気付いて…!)


 クレンデは再び両腕を上げた。また稲妻より槍を作り出す。ゆっくりと、威圧するように、槍を構えた。


「まずは…お前だ。大勇者」


 刹那、音速を超える速度の刺突がユウを襲う!ユウはギリギリのところで弾き返す…が、彼は止まることなく次々に攻撃を放ってくる。ユウの目には彼の槍が無数にあるように見える程、彼の槍捌きは圧倒的な速度と威力を持ち合わせていた。

 彼女も勿論、出し惜しみなどせず全力を以て戦っている。それなのに、防戦一方であった。まるで反撃の隙もなく、息を着く暇もない槍の連撃から身を守るので精一杯だった。槍を弾く度、手はジンジンと悲鳴をあげ、威力を殺しきれず体が後退していく…


「あっ…!?」


 集中力が切れた僅かなを疲れ、ユウは剣を弾き飛ばされてしまった。そして、クレンデは槍の先に魔力を集中させ、彼女に突き出した!


「…まず、1人」


 放たれた魔力は光線となってユウを襲った。光線の威力は凄まじかった。地面を抉り吹き飛ばし、その余波で後方にいたはずの邪竜すらよろけさせるほどだった。


「……………ま…だ……」


 ユウは辛うじて意識を保っていた。だが、それも長くは続かなかった。直ぐに意識を失い、膝から崩れ落ち…力無く、その場に倒れ伏した。


「勇者ちゃん!!!!!」


 ノゾムは声の限り叫んだ。だが、反応は無い。彼女の元へ…その一心で、どれだけ必死に立ち上がろうとしても、槍は抜けなかった。


「聖域…」


「させるか!バカが!!」


 マールが聖域魔法を発動しようとしたその時、邪竜は爪に魔力を纏わせ彼女を殴りつけた!魔力を高めていたからか、肉体の損壊は無かったものの彼女は気絶し、その体は宙を舞った。

 ヒショは慌てて彼女を受け止めるが、気付いた時には邪竜の口には禍々しい炎が燃え盛っていた。


「え…これ、死ぬ…?」


 極大威力の火球が2人へ向かって放たれた。彼女達を守るものは……何も、無かった。天高く、火柱が立ち上る。


「ヒショ……?マール………さん…?」


 火柱が消え、そこには地面に転がるマールと、彼女に覆いかぶさり、火傷で苦しそうに呻いているヒショの姿があった。

 …ノゾムは呆然と、目の前に広がる光景を眺めていた。不思議と涙は出ない……『何か』が込み上げてくる。『それ』は、とても身近にあるようで、絶対に近づいてはいけない…そんな恐怖を覚える…あまりにも、異様な———


「……終わったか」


 勝負は決した。そう思い、クレンデは手に持った槍を消した…


「………がっ!?邪竜…お前…!?」


 その時、彼の体から力が抜けていき立つ事もままならず、その場に這い蹲るように座り込んでしまった。邪竜は、不遜な笑みを浮かべていた。彼がクレンデから力を奪ったのだ。


「小僧…『立場は対等』だったよなぁ?しばらく、俺の好きにさせてもらうぜ!さて、このカス共…どうぶっ殺してやろうかなぁ!?」


「ま……待て…!」


 邪竜は鬱陶しそうに舌打ちをした。


「んだよ……()()かよ。いい加減、お前のワガママにも付き合ってらんねぇよ!」


「そうじゃ…ない…!あれを…見ろ…!!」


 残された力を振り絞り、クレンデは指を差した。その先には未だうつ伏せのままのノゾムがそこにいた。邪竜は最初こそ、彼の姿を鼻で笑った。だが、直ぐに顔を顰めた。


「なんじゃ…ありゃ…?」


 邪竜がそう呟いた瞬間、ノゾムに刺さっていた槍は灰となって消え去った…

 彼は、ゆっくりと立ち上がった………


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 …いやー、魔王子君は何度見ても美少年だったな〜☆




 みんなの成長が楽しみで仕方が…な…い……!!?




 ………………………………………………っ…



 ……嘘だ。こんなに早く…………??




 …急いで戻らないと……!!このままじゃまずい!!!




 ……目覚めた………







 …………………………………『超人(イーヴィル)』が!


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※















 ………何も、感じない。






 ……何も、思わない———











「……………………うぅ……あ…がァ………」


 唸るような声を漏らしながら、ノゾムが立ち上がった。クレンデ達の顔が一気に険しくなる。

 立ち上がったノゾムの姿は…()()だった。俯いたまま口を半開きにして涎を垂れ流し、眉間に皺を寄せ…目からは光が消え、虚ろになっていた。そのまま、覚束無い足取りでクレンデ達に向かって歩いてくる…


「……おい!魔王子…!お前……一体何をした…?」


 クレンデの声が聞こえたのか、ノゾムの耳が少し動いた。そして、ゆっくりと顔を上げる。

 クレンデ達はますます警戒を強めた…何よりも異様だったのは、彼から感じる力。普通ならば、力には意思が宿っているもの。闘争心、誇り、野心…人がそんな当たり前に持つ心が()()()()()()()()()()()。長い戦歴を持つ彼らですら今まで見た事がない、虚空…

 …ノゾムと、目が合った。


「…あぁぁぁぁあがああぁあああぁ!!!!!!!」


 張り裂けるような絶叫。目を血走らせ、歯茎を剥き出しにしながらクレンデ達へ襲いかかってきた!

 邪竜は飛び上がり炎を放った。炎はノゾムに直撃する…が、彼は全く意に介さず突き進んできた!まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()


「……くそっ!」


 クレンデは槍を作り出し、ノゾムの顔面へ突き刺した!槍は命中した…それなのに、彼には全く効いてない。それどころか…槍は灰となり崩れ去ってしまった。


「な…んだと……」


 唖然としてその場に固まったクレンデに、ノゾムは右腕を大きく振りかぶり、勢い良く殴りかかった!彼の拳が当たる寸前のところで邪竜はクレンデを掴みあげ再び空へと舞い上がる。邪竜の背中へと移ったクレンデは、先程まで自分がいたところを確認したが…そこにあった光景に目を疑った。


「……捻れてる…のか?」


 空間が捻れ、裂けたような細長い穴が空中に空いていたのだ。何故こんな事になっているのか。ノゾムが、やったのだろう。傍らから見れば、なんてことの無い…()()()()()()

 クレンデは汗で全身が濡れていた。邪竜も余裕が無さそうに、目を見開いている。


「……小僧。ありゃ何だ?魔族…いや、そもそも…()()()なのか?」


「これは…ダメだ。まともに相手をするべきじゃない。俺達が持つ強弱の物差しでは計れない……くそっ…!上手く言葉に出来ない…だが…無理にでも言葉にするなら………()()は、この世にいてはいけないものだ…!」


 ノゾムは再び沈黙していた。クレンデ達はどうする事も出来ず、じっと空から様子を伺っていた。すると、ノゾムの後方に眩く、神々しい光が見え、その中から…人が現れた。


「……!天士か!?」


「………やっぱり…目覚めたんだ」


 ウリルは絶望したように呟いた。そして、クレンデ達の存在に気づくと、天士らしからぬ鬼気迫る表情で声を荒らげた。


「君達は魔王軍か!?何をしている!!早く逃げろ!!」


「逃げろだぁ!?邪竜であるこの俺に向かって…」


 邪竜はウリルの言葉に噛み付いたが、彼女の態度は一切変わらない…彼の言葉が、ただの強がりだと、ウリルは見抜いていたのだ。


「分かるだろ!?もう彼は君達の手に負えない!!このままじゃ…殺されるぞ!!!」


 あまりにも気迫の籠った雰囲気に押され、邪竜は返す言葉に窮してしまう。プライドの高い彼にとって、このままおめおめと逃げるなど言語道断。だが、同時に生物としての本能が叫んでいた…『あれは、関わってはいけない』と。


「……逃げるぞ」


 クレンデが冷静な態度で邪竜に促した。

 …邪竜は力一杯、咆哮する。


「クソがあああぁ!!!!覚えてろ!!魔王子ィ!!!!!」


 邪竜は赤黒い魔力を纏いながら、飛びさっていった。

 …ジャマはいなくなった。ウリルが前に視線を戻す…いつの間にか、ノゾムがこちらを見ていた。目が合った…その刹那、耳を劈く絶叫が鳴り響いた。


「……このままには…出来ないよね!」


 ウリルは全ての力を解放し、杖を構え防御壁を展開する。直後に向かって突進してきたノゾムが防御壁にぶつかり、彼の動きが止まる…ほんの一瞬だけ。


「があああぁあああああ!!!!!!!」


 防御壁は瞬く間に粉々に砕け散った!そしてノゾムは、怯んだウリルの首を両手で締め上げる…


「うぅ…あぁ…!!ま…ずい…!」


 ウリルの体が段々と浮き上がる。必死にノゾムの腕を引き離そうとウリルは手を伸ばすが、それ以前に彼の手を掴む事すらままならない。凄まじい握力と自重により、意識が、薄れていく。


「ううぅ…が……あぁぁぁぁあ!!!!!!」


 ウリルの口端から泡が零れる。ノゾムは構うことなく、彼女を片手で持ち上げ地面に叩きつけた。抵抗も出来ず、されるがままにウリルの体は地面を滑っていく。だが、叩きつけられた勢いが無くなると、ウリルは弱々しく立ち上がった。ノゾムはまたも彼女に向かって走っていく。目を血走らせ、撒き散らす涎には、血が…混じっていた。


「…………明日空、ノゾム…!」


 ウリルはゆっくりと手を広げ、じっと…彼を待ち構える。恐怖はあった。今の彼なら自分を容赦なく殺すだろう、可愛かった彼がまるで怪物のように暴れているのも、見ていられない。それでも…それでもだ。


 逃げ出すぐらいなら———


「………っ?」


「…大丈夫だよ。魔王子君」


 ウリルは笑った。優しく、ノゾムを抱きしめた。


「がぁあぁあああ!!!!」


 ノゾムは止まらない。抱きついてくる彼女の髪を引っ張り、引き剥がそうと肩を掴み、身を捩って暴れる。ノゾムが動く度に、ウリルは苦悶の表情を浮かべる…それでも笑顔であり続けた。


「…怖がらないで…お姉さんは、味方さ」


「ああああぁぁぁぁああ!!!」


「………寂しかったよね?みんな…倒れて、ひとりぼっちになって、怖かったよね?」


「あぁ…あがあぁぁぁぁああぁ!!!!!!!」


「…でも、みんな生きてる。君を、独りになんかしない」


「…あ………あぁ?」


 ノゾムの表情が和らいだ。ウリルは、少し体を離す…ノゾムは、襲ってはこなかった。


「…………みんなは、直ぐに私が治してあげる。だから、もう…大丈夫」


「………………………」


 …ノゾムは、沈静した。


「…その力は…厄介なものだけど…私も助けるし、みんなと一緒ならきっと向き合え」



 …ザクンッ!!!!!


「…る………?」


 胸が…熱い、目線を下げる。


 槍が、ウリルの胸を貫いていた。


 鮮血の裏側に、くすんだ金色が見える。


 この槍…否、尾を持つ者に覚えがある。

 

 …槍が見えなくなった。

 

 視界が、揺らいでいく———


「ディ……ア……ス…!」


 倒れゆくウリルの後ろに、アイツはいた。あまりにも無機質な表情で、彼女を見下ろしていた。はぁ、と小さく息を漏らし、ノゾムの顔を覗く。

 

 獣の如き絶叫が響いた。


「があああぁああああああああああああああ!!!!!!」


 空は歪み、地が裂け…木々は悲鳴をあげる。ノゾムの力はさらに高まり…()へと、染まっていく。


 無情なる…空っぽの悪魔は、狂い叫ぶノゾムを見て……


「ンクッ…!クハハハハハハハ!!!!!!!!」


 …高らかに、笑った。

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