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セイギの為に

今年最後の投稿になるかも…?


「…………」


 勇者連盟上層部との会議にユウが出席している中、ヒショは黙々とエントランスホールで新聞に目を通していた。新聞には先日の悪魔神によって破壊された村の事が記載されていた…


『【アー村、ウン村が突如消滅!魔王軍の新兵器か】

 2日前、ディヴィ近隣、南部にあるアー村とウン村が消失するという事件があった。調査隊の報告によると2つの村があった場所は、何かの爆発により地面が大きく削られ、周辺の森林も広範囲に渡り消滅している状態だ。これ程の広範囲による爆発は歴史上類を見ず、一部では魔王軍の新兵器では無いかと囁かれているが、勇者連盟は「不確定な情報。現在、早急な原因の究明に努めているので、確証の無い情報をあたかも真実かのように広めないで欲しい」と述べている。一方、勇者連盟ディヴィ支部長はこの事件があったにも関わらず、ディヴィ北部にあるギン王国に滞在しており、予定通り本日ディヴィに帰還する。それに対し、危機感が無いと批判の声が上がっている』


 あれ程の爆発を起こして尚、悪魔達は人間から姿を隠す事が出来ているようだ。


(…まぁ、アイツらなら隠し通すなんて楽勝でしょうけどね)


 ヒショは雑に新聞を折りたたみ、ゴミ箱へ突っ込んだ。じっくり読んだつもりだったが、ユウが会議室に向かってからまだ15分程度しか経っていない。退屈、と言う他ない。今日は他の勇者達のあまり姿は見えず、事務員達のペンをかき鳴らす音や時計の秒針が機械的に刻む音が耳障りだった。

 ため息をついたヒショはそのままソファに座ったが、無論それだけで時間が潰れるわけもない。先程まで全く気にならなかったシャンデリアの光が妙に眩しく感じる。


「…あの……ヒショ……?」


 ヒショに声を掛ける人物が一人。…まるで、太陽のような温かさを感じる声、彼女がよく知っている声だ。だが、その声は…今だけは聞きたくなかった。


「……………」


 ふいっ、とヒショはその声の主から顔を逸らした。淋しそうにしているのは声の雰囲気で何となく分かった。正直、朝よりも大分怒りは落ち着いているが、急に態度を変えるのも…何となく、気まずく思ってしまうのだ。


「ねえ…ヒショ…………」


「…………何です?バカ王子」


 …ようやく、声の主(ノゾム)は返事をもらえたが、まだ不機嫌そうな彼女の様子を伺うように、少し申し訳なさそうな顔で肩を窄めている。


「………………ごめん…何でそんなに怒ってるのかなって…俺…昨日何か…しちゃったのかなって…」


「…………まぁ、されましたね………………その…」


 …口に出来ない。昨日の事が頭をよぎる度に、彼から顔を遠ざけようとしてしまう。あの事を覚えていないノゾムに腹は立つし、恥ずかしい…という気持ちもある。だから、顔を合わせたくない。

 でも、それだけじゃなかった。彼から迫られた事を嬉しいと思う自分にイライラしているのだ。そんなひねくれた感情を、彼の優しさに甘えてぶつけてしまっている。そして、そんな自分が嫌になって…イライラする、その繰り返しだった。


「…………ヒショ?」


「……と、とにかく…今はアンタの顔を見たくないんです!ほっといて下さい!!」


 …また、やってしまった——

 そんな気持ちに見ない蓋をして、ヒショはノゾムを怒鳴りつける。ムキになって、また顔を逸らして頬を少し膨らませた…一瞬だけ、横目で彼の事を見てみる。

 …すぐに自分のした事は間違いだと気付いた。


「……ごめん…ごめんなさい…」


 ノゾムは、泣いていた。ヒショは今まで1度も彼が泣いていたところは見た事がなく、動揺と焦りで彼女の頭の中はグチャグチャにこんがらがっていく。


「ちょ…ちょちょっと……王子!何も泣かなくても…!」


「あああーー!!!!ヒショさんがノゾムさんを泣かせた!!ヒドイっす!!」


 最悪のタイミングだ。マールがトイレから戻ってきたのだ。少ないとはいえ、ヒショは周りの目が気になり始めた。それだけではなく、ノゾムの涙とマールの糾弾は意外と心にくるものがあった。まるで細く、長い針で胸を刺されている気分だった。


「わ、分かりました!分かりましたって!!私もムキになり過ぎてました!!ほら、これで仲直り!これでいいですね!?」


 ヒショは慌ててノゾムの手を握った。彼は咳き込みながらも小さく、何度も頷いている。さっきまでカンカンに怒っていたマールも、2人が握手するのを見てニコニコと微笑み始めた。


「うんうん!みんな仲良くッスよ!!……ところで、何であんなに機嫌が悪かったんスか?」


「……!な、何でもいいでしょう!?ほら、この話はもう終わり!!」

(……………今度、また王子に酒飲ませてみよ…)

 

 ………あまり、懲りていないヒショであった。


 握手をした後のノゾムとヒショの会話は、最初こそ少しぎこちなかったが、すぐに元の雰囲気へと戻っていた。

 そこから更に15分、3人は他愛もない話をしている中、ユウがこちらに向かって歩いてきた。3人は出迎えようと椅子から立ち上がろうとする…が、何故かその後ろに外へ出ていったはずのウリルがおり、ノゾムとマールは揃って首を傾げた。ユウはあまりにもピッタリな2人の動きに思わず吹き出しそうになったが、ヒショのまるで汚物を見るような冷たい視線にその気持ちは凍りついてしまった。


「……アンタ、やっぱり邪魔しに行ってたんですね…」


 ヒショの皮肉にウリルは拗ねた子供のように唇を尖らせた。


「邪魔じゃないよ〜みんなの役に立ちたいな〜って…」


「……それだけ?」


「お?察しがいいね!実は…みんなに手伝って欲しい事があるんだ」


「手伝い…?」


 するとウリルは一瞬真剣な表情に変わると、周りの様子を見始めた。そしてノゾム達に向き直った時には、またいつもの笑顔に戻っていた。


「…外に出よっか」


 ウリルはノゾム達を勇者連盟支部の外へ連れ出し、すぐ側の大通りを早歩きで進み始めた。ノゾム達は少し不思議に思いながらもその後をついていく。


「……ウリルさん?俺達に手伝って欲しい事って一体…」


「…そろそろいっか〜」


 くるり、とウリルはノゾム達に振り返った。その顔は少しだけ眉を顰め、そこからは憤りを感じさせた。もちろん決してノゾム達への怒りではなく、寧ろ彼女はノゾム達に同情しているようだった。


「…………ディヴィの支部長…魔王子君が悪者だって、でっちあげようとしてる」


「…えぇ!?」


「本当は私一人で何とかしようとしたんだけどね…時間が無さそうだし、君達にも関係ある事だからね」


「こ…この街の勇者連盟の支部長が何で…?」


 ノゾム達が衝撃を受ける中、ユウは暗い顔で下を向いていた。

 ウリルとユウの様子はただならぬもので、ヒショも真剣に話に耳を傾けだした。


「ここの支部長は武具工場も幾つか経営してる。魔王子君…というより、君達全員のやろうとしている事が気に入らないんだと思う」


「……なんか、ムカつきますね…で?私達に何をしろと?」


「…………うん、今から作戦を教えるよ。最初に言っておくけど…実行は夜だ」


*************************


「お疲れ様でした。支部長」


「うむ、留守番ご苦労だったな」


 馬車から降りてきたディヴィの街の勇者連盟支部長を、事務員達が出迎える。出世のために笑顔で深く頭を下げる者達もいれば、明らかに冷めている者達もいた。

 だが、支部長は全く気にしない。ただ部下達に頭を下げさせるだけで支配欲は満たされ多幸感を覚えられるからだ。とても機嫌の良さそうな顔で支部へと入っていった彼とその後を歩く事務員達を見届けるやいなや、残されたやる気の無い者達による悪口大会が始まった。


「本部出身のエリートだからってほんといっつも偉そうだよな」


「そうそう。口を開けば権力と金持ち自慢。金があるなら整形でも行けば?って感じ」


「確かに!…そう言えばアイツの経営してる武具工場の製品、粗悪品がしょっちゅう混ざってるって聞いたけど…そのせいで起きた死亡事故も隠蔽したみたいな噂も立ってるわね。ま、アレならやりかねないけど」


「何それ!?ひっどい話!!ホントゴミねアイツ」


「そういえば聞いてよ!この前他から来た勇者の人がさぁ、アイツ見て『新種のオークかと思いました』って言ってて笑い堪えるのマジ大変だった!」


「…チラチラ私の胸見てくるあのセクハラ親父…さっさとくたばらないかしら」


「…………ふふ」


 言いたい放題語り合う事務員達をニコニコと眺めている青年がいた。ユウを会議室まで案内した事務員だ。1人の女性事務員はふと、彼の事が目に入り訝しんだ様子で右手を腰に当てた。


「あなた、アイツに何も思わないの?」


「いえ、思うところはありますよ。ただ…」


「……ただ?」


「…多分、あの方ももう終わりです。それまで好きなようにさせてもいいかなと」


「はい?それ…どういう意味?」


「………ふふふ」


 …青年は静かに微笑むだけだった。


*************************


 ——その夜。


「…お疲れ、交代だ」


「おーう、後よろしく」


 ディヴィ支部の別館、見張りに交代の時間がやって来た。別館、とは言ったが現在はディヴィの支部長が私物化している…というのが実態なのだが。

 先程まで見張りをしていた男は仕事からの解放感に浸りながら気持ちよさそうに伸びをする。しかし、今来た男はとても怠そうにため息を垂れ流した。


「…いいよなお前は。仕事帰りに美味い酒が飲めて、ワンチャン可愛い女の子もいる…俺も昼番にしてもらおうかな…」


「まぁ、いいんじゃねぇの?そしたら女の口説き方、教えやるからよ」


「…へいへい。よろしくおねがいしまっす、センパイ」


 …ガサガサッ!


 すぐ近くの草むらから物音が聞こえた。軽口を叩いていた2人は直ぐ様仕事の顔に切り替わり、手に持った槍を構えた。


「誰だ!!?」


「………………………………」


「…動物か?」


 ………………


「……う…う〜ん…………」


「だ、大丈夫?起きれる?」


「……え?」


 人の声だ。だが、敵意があるようには思えない。男達は草むらを掻き分け、声の出処を探し始める。すると、草むらに入って僅か5m程のところに、倒れた女性とそれを介抱する女性の姿が見えた。

 男達は顔を見合せ、武器を降ろすと小走りで2人に近付いた。


「……大丈夫か?」


「は…はい…この子酔っ払っちゃって…そしたら変な方に歩き出して、気付いたらこんなところに…」


「………そうかい」


 男達は目を丸くした。自分達へ振り返り事情を話す女、中々…どころか途轍もない程の美人であった。顔も体付きも…完璧、としか言いようがない。眼鏡から覗く宝石のような瞳、肩から足先に描かれた美しい流線型の輪郭…女慣れアピールをしていたはずだった昼晩の男も彼女にすっかり目を奪われ、うんもう1人泣く子いる俺なんでかなぁうんどうする144たじたじになっていた。


「な、成程…大変でしたね……お嬢さん?大丈夫ですか?立てますか?」


「………………ううん〜…」


 ……介抱されていた女も、それはまた素晴らしい。もう1人よりは華奢な体付きでとても可愛らしかったが、どこか聖者のような荘厳な雰囲気も持っていた。

 きっとどこか高貴な家系の生まれなのだろう、これ程の女性と出会う事などもう二度と無いかもしれない…昼晩の男は心の底でほくそ笑む。


「…仕方ありません…救護室をお貸ししましょう。あそこならベッドもありますので…貴女も見たところ、そこまで体調は宜しくなさそうですし…」


「え?えぇ…すみません、実は私もあまり気分が優れなくって……」


「やはりそうでしたか!こんなところでか弱いお嬢様だけでは危険ですから!さ、どうぞこちらへ…」


「まぁ!こんな親切にしていただけるなんて…ただ…厚かましいようですが、一つお願いしたい事が…」


 背を向けた男を眼鏡の女が呼び止めた。男は意気揚々と振り返る…


「鍵、寄越しなさい」


「…は?」


 男はハッとした。もう1人が、いない。つい今も仰向けに寝ていたのに。


「ぐげっ!!?」


 後頭部に衝撃を受けたのと同時に、男は意識を失った。ついさっきまで介抱されていたはずの女が、彼の背後に立っていたのだ。彼女の手刀によって男は白目を向いてうつ伏せに倒れ込んだ。


「お、おい!お前は何者…がえっ!!?」


 もう1人の見張りは武器を構えようとする…が、その時には既に女の姿は無く、僅かな隙に彼の背後に移動していた。そのまま、彼女は男の後頭部目掛けて手刀を放った。男は、女の姿を認識することも叶わず気絶した。


「……………ここも無い…」


「…ヒショさん、鍵は見つかった?」


 気絶した男達を草陰へと引きずり、眼鏡の女ことヒショは彼らの体を調べ始める。そして、もう1人の女…マールはこそこそと周りに人がいないか監視していた。


「…おっ?あった〜!」


「……作戦成功ッスね…」


 ヒショは嬉しそうに、見つけた鍵を指で摘み上げて小刻みに揺らしていた。一方のマールは複雑そうな表情でヒショの指先で揺れる鍵を見ていた。


「やぁ!さすが、仕事が早いねぇ〜」


 いつの間にか、彼女達の前にウリルが立っていた。その後ろには少し冷めた様子のノゾムが。ニコニコと笑うウリルに対して、マールの口からとうとうため息が飛び出たのだった。


「……ウリル様、こんな強盗まがいな事をして大丈夫なのですか?仮にも神に仕えるものが…正義であるべき神徒の私達が…こんな………」


 …真剣な表情で語ったマールの言葉に、ウリルは不思議そうな顔で首を傾げるだけだった。


「…?正義?神も私達も、この世界の秩序のために動いているだけさ。いわば世界を存続させるための機構(システム)なんだ。だから、神は絶対的な正義じゃないよ。そうじゃなきゃ、人間は()()()()()()()()()()()からね」


「…………ウリル様……」


 淡々とそう答えるウリルに、マールはそれ以上何も言わずに重苦しい顔で俯いた。

 なぜ()()()()はいつもこうなのだ…ヒショは心底呆れた表情で舌打ちをするのだった。


「…これだから、神々は…」


「……『人は悪』これは悪魔達だけじゃない、神々でも同じ認識さ」


 ウリルが呟いた。それを聞いたマールは驚いたように顔を上げる。


「っ!な…!?」


「…本当さ、人間はどの世界にも多かれ少なかれ存在しているけど、必ず一度は大規模な争いをしている。個人を見ても他者を慈しむ心すら、悪意に変えてしまう事だってある。ディヴィの支部長も、きっとそんな()()()()の人間なんだと思う……」


「…そんな………」


「……でもね…」


 今にも泣きそうなマールの頭をウリルは撫で始めた。優しく、ゆっくりと…まるで母親のような手つきで。


「…だからこそ、君達のような()()()()()()()()()()()が美しく見えるんだ。少なくともその思いは、悪いものじゃない。だから、大丈夫」


「……!ありがとう…こざいます」


「…さて、次の作戦に移ろうか」


 ……ウリル達が向かったのは、もちろん別館。なのだが…


「……な・ん・で…屋根の上に!!?」


 ヒショがキレた。ウリルとノゾム達が来たのは、何故か別館の屋根の上だったのだ。だが、ウリルはまたしてもニコニコと笑っているだけだった。


「何でって、ちゃんと説明したけどな〜」


「で!も!ここじゃなくてもいいでしょう!?」


「よし!そろそろ作戦は第2フェーズに入るよ!魔王子君、マールちゃん、準備はいい?」


「話を聞け!!!!」


 ウリルに殴りかかるヒショをノゾム達が必死に止めている間、ウリルは杖に意識を集中させる。すると、杖についた宝石から映像が流れ始め…映ったのは椅子に座るディヴィの支部長だった。彼は机の上で忙しく手を動かし、資料を整理しているように見えた。


「…!?な、何です…これ?」


「私達がいる真下の部屋の映像さ。リアルタイムで映ってるよ」


「この下に……あのオッサンが…」


「………そろそろだね」


 支部長は机の資料を中にしまう…と突然、椅子から立ち上がった。扉に向かって何かを叫ぶとガチャリ、と扉が開いた。


「失礼シマス!」


 あからさまに棒読みな挨拶をしながら、ユウが部屋に入ってきた。扉を閉め支部長の前に立った彼女は、反り返るほど背筋を伸ばして腕もピッタリと体の横につけている。真剣な雰囲気を出そうとしているのが、かえってとても嘘くさかった。


「うん、渡した鍵で無事に入れたみたいだね」


「…ウリル様。やっぱり普通に話をして入れてもらえば良かったんじゃ……」


「さぁここからが正念場だよ!2人は窓から侵入して机の上の資料を取ってくるんだ」


「………はぁ」


 まるで話を聞く気がないウリル。ガックリと肩を落とすマールにヒショは彼女の背中に手を当てて静かに慰めるのであった…


「このような夜更けにどうかなさったのですか?大勇者殿」


 支部長は警戒した様子でユウを見ていた。昼の会議で2人には決して埋まらない溝がある事は双方共理解していたはず、それなのに、こんな時間にやって来るという事はなにか企んでいると思うのは当然だ。実際、企みがあっての事ではあるが。


「…いえ!この街に滞在させていただいているのに支部長にご挨拶しないのは失礼にあたると思いまして!見張りの方に頼んで入れて頂きました!!」


「…成程」

(…そんな嘘がバレないとでも?……しかし、田舎娘の割には中々のジョウダマじゃないか…まぁ、少し胸の大きさが足りないがな…せっかくだ、この小娘のお遊びに付き合ってやるか)


「…そうだったのですか!大勇者殿がここまで誠実な方だったとは!!結構、結構!!」


 褒め称えるように支部長はユウの肩を何度も叩く…痛みは別に無い。だが…そんなはずないのに、なんか彼の手から変な液体が出ているような気がした。とにかく不快で仕方なく、ユウは薄らと顔を強ばらせていた。


「あ、ありがとう…ゴザイマス!」


 すると、彼女の目に映り込むものがあった。支部長の後方、少し空いていた窓の外からノゾムとマールが顔を覗かせていた。ユウはすかさず笑顔で口を開く。


「支部長!私は少し誤解していたみたいです!」


「…と言いますと?」


「はい!この街の方から聞きました!支部長はその地位に違わぬ人を見る力がある方だ、と!」

(本当は性別への偏見が酷い時代錯誤男って聞きましたけどね…)


「ほう…」


「そ、それに武具の生産工場をいくつも所有していて、勇者連盟にも大きく貢献している、とも聞きました!とてもスバラシイ人なのだと感激してしまいました!」

(その工場のために私達を悪者扱いしようとしてるんですよね…全部知ってるんですからね!!)


「ハッハッハ!大勇者殿にそこまで言われるとは鼻が高い!」


 彼女の言葉がおべっかなのは支部長もとっくにお見通しである。だが例え演技であっても、勇者連盟の中で最上と言っていい地位にいる大勇者が自分を褒めている、というのは事務員達に頭を下げさせる事より遥かに優越感を感じる事だった。ここから段々と彼の悪癖が出始めた。


「ふむ…私も勘違いをしていたようです。大勇者殿がこれ程気持ちの良い方だったとは!実は、ギン王国から手土産に酒をいただきましてなぁ…どうですか?この酒と共に夜が開けるまで勇者連盟の今後について語り合う、というのは」


「い、いえ!ありがたい申し出ですが、この後他の勇者の方と予定が…ひゃっ!?」


 ユウは突如臀部に不快な感覚を覚え、反射的に体が跳ねた。支部長が彼女の尻に触ったのだ。ユウの悲鳴を聞いて、支部長は彼女から手を離す…と、思われたが、手を離すどころかその手つきはさらにいやらしさを帯びていく。ニタニタと気色の悪い笑顔を浮かべる支部長の顔が、不快さに拍車をかけていた。


「…………っ!!!!」


 怒り任せにユウは剣の柄に手を掛けようとしたが、視界の端にいるノゾム達が目に止まった。音を立てないように慎重に机を漁るノゾムの背中と、こちらに向かって言葉を発さないながらも、必死に腕でバツ印をつくり訴えかけてくるマールの姿。

 この男は不快だ、当たり前だが途轍もなく不快だ。だが後ろで頑張る2人のために何としても注意を引かなければ。この男が調子に乗っているのは、寧ろチャンスなのだから。


「あの…何故、お、お尻を…触っているのですか?」


 怒りで肩を震わせながらも、必死に笑顔をつくるユウ。彼女が反抗してこないのを見て、支部長は益々調子に乗り始めた。


「いやぁ、女性の大勇者というのは異例ですからねぇ…とはいえよく鍛えられていますね!やはり大勇者に選ばれるだけはある!」


「…………ハハハ」

 

 ユウは16年生きた中で初めて人を殺したい衝動に駆られていた。殺意が背中で大きく膨らみ暴れるのを理性で何度も押し殺す。少し遠くにいるはずのマールですらそのドス黒い怒りを感じ取っていた…支部長はそんな彼女の心の内など気にする素振りもなかったが。

 そこからまた少し時間が過ぎ、支部長は下品な笑い声出しながらようやく彼女から手を離した。すると、ノゾム達に動きがあった。音を出さないようにゆっくりと机の扉を閉め、抜き足で窓に向かっている。ノゾムの脇には紙の束が見えた。無事、でっち上げられた証拠を手に入れられたのだろう。ユウは再び背筋を伸ばした。


「すみません!!そろそろ次の予定がありますので!!!また、機会があればまたお話しましょう!!!」

 

「……そうですか…いえ、わざわざ忙しい合間を縫って来てくださった事感謝しますよ。是非また…」


 ノゾム達が部屋を出ていったのを確認すると、ユウは一礼して部屋を飛び出していった。それを見届け、足音が無くなると支部長は不機嫌そうに舌を鳴らした。


「何だったんだ?全く……田舎娘の考える事はよくわからん…む?」


 窓に近づいた支部長は目を細めた。


「先程も窓は開けていたが…こんなに開いていたか?」


 ……その後、ユウ達は無事合流した………


「あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!最っ悪ですよ!!!」


「ごめ〜ん…まさか、あんなセクハラ親父だとは思わなくって…」


 ユウは憤怒の表情でスカートや臀部をバシバシと叩いていた。流石のウリルもとても申し訳なさそうにユウに頭を下げていた。


「もう!!?聖女様!!大丈夫ですよね!?変な体液とかついてないですよね!!!?」


「だ、大丈夫ッス…一応」


「………大変でしたね。流石に笑えませんね、ホント」


 ヒショからの同情に、ユウは溜め込んでいたものが爆発し、泣き出してしまった。一方で、ノゾムは手に入れた資料を見て、静かに震えていた…怒りのあまりに、だった。


「…はぁ、ところで王子様?その資料に何が写ってたんですか?」


 ひとしきり泣き続けてようやく気持ちが落ち着いたようで、ユウは涙を拭きながらノゾムに話しかける。彼は何も言わず、資料をユウに手渡した。


「…!!?な、こ、こ、これって…」


 …資料にはいくつかの写真が貼られていた。その写真は、ノゾムが現魔王に片膝を着いている様子が写っており、あたかも彼が魔王に忠誠を誓っているように見える。衝撃的過ぎる写真に、ユウはしばらく呆然と写真を眺めていた。


「…ちょっと見せなさい……これ…」


 ヒショはユウから資料を奪い取り目を通す。最初こそとても驚いていたが、すぐに怪訝な表情に変わった。


「ウリル!この写真から感じる魔力…まさか!?」


「…ご明察。私が君達についてきたのは、()()()理由さ」


 トン!とウリルは杖を強めにつくと、写真から黒い靄のような、魔力の塊が飛び出した!それは上空で霧散していくが、ウリルが再び杖をつくと靄は形を取り戻し、その場で停止した。靄が飛び出てきた写真はただの紙切れに変わっていた。


「あの禍々しさ……まさか…悪魔の……」


「…明日の朝、支部長サマにちょっと挨拶に行こうか」


 …そう言って笑うウリルからは、思わず竦み上がってしまう程の怒りが、ひしひしと伝わってくるのだった。



 …………次の朝……



「……ない。ない!ない!!ない!!!!?」


 支部長は机をひっくり返す勢いで机の中を見ていた。次回の勇者連盟の会議の時に()()した資料がキレイさっぱり無くなっていたのだ。引き出しを乱暴に抜き取り後片付けの事など考えず一心不乱に資料を探す。だが、ない。焦りと動揺で、ただでさえ薄い髪の毛を掻き毟って引きちぎる。


「…何故だ……昨日、確かにこの中に……大勇者が来る前には……………………………………………………………………………………………………………ま、まさか」


「…やぁ。いい朝だね、ディヴィの支部長」


「!?お、お前は…!!」


 支部長が振り返ると、探していた資料を手に持ちながら入口に寄りかかるウリルがいた。彼女を指す支部長の指は力無く震えていた。先程まで自身を振り回していた感情の原因が、憐れみと…怒りの視線をこちらに向けている。端的に言えば…最悪の事態が、起きていた。


「………ウリル…様」


「やだなぁ…今更、かしこまらなくてもいいよ。もう君は、詰んでるんだから」


「………っ」


「…この資料は魔法によって偽装されていました。ですが、これ程精巧なニセモノの写真はこの世界の魔法では作れない…」


 支部長は目を大きく見開いた。ウリルの後ろからユウが歩いてきたのだ。彼の頭にあった点と点が線になるように繋がっていく。


「!!大勇者!!!貴様が昨日ここに来たのはやはり!」


「…昨日貴方の後ろで私の仲間が資料を探していたんです」


 ユウがそう言うと、扉からノゾム達が姿を現した。支部長は我慢の限界に達し声を荒らげる。


「お、おのれ!!田舎娘がぁ!!!」


 ユウに掴みかかろうとする支部長にウリルは杖を突き付ける。彼の首元に当てられた杖、その先端に付いた宝石からは烈火の如く滾った魔力が溢れ出ていた。歯軋りを繰り返しながら、支部長は小さく両手を上げる。


「…いつ、どこで悪魔と契約した?」


 …ウリルの出した低い声に支部長は息を飲んだ。彼女の怒りは爆発寸前、爆炎が薄い膜によって辛うじて封じられているようなものだ。最早、彼には黙秘する事も許されない。


「……せ、先代の魔王が討たれる……数週間前だ…工場の業績が悪化していて…ここで悩んでいた時に…」


「………悪魔達から手を借りて、工場の拡大を計った、と…」


「そ、そうだ!お、俺が持つ全ての工場にはだいたい1000人の人間が働いている!そいつらを路頭に迷わす訳にはいかない!アイツらの将来を保証するのが経営者としての責務だ!く、苦渋の決断だった!得体の知れない奴の力を借りるなど…お、お前達に何が分かる…!!」


「………魔王軍に勇者連盟の情報を売っていたのも、クジュウの決断だったんですか?」


「………………え?」


 ウリルが杖を下げると、今度は天井に向かって杖を振り上げた。すると…写真から黒い靄が抜け、その紙には魔王軍宛に勇者連盟の情報書く支部長が写し出された。また別の写真にはその見返りであろうか、金品や宝石を受け取り下卑た笑顔を浮かべる支部長の姿が写っていた…


「こ、これは…?」


「……君は自分の意思では無いとはいえ、悪魔の存在を他者に知らせてしまった。それは重大な契約違反さ…その分の代償がここに載った、って事だね」


「あ……………あぁ……」


「…この写真は、ちゃんと勇者連盟に報告させてもらいます。王子様に濡れ衣を着せた事も全部!」


「…………う…おぉ…」


 支部長は頭を押えながら呻き声を出し始める。ユウ達は最初、悪事がバレた絶望に心が埋もれたものだと思っていたが、様子がおかしい。彼は苦悶の表情で頭を振り乱し、その場を小さく旋回し始めたのだ。よく見れば白目を向いている…あまりにも異常な光景だった。


「…やっぱこうなるよねぇ…」


 刹那、黒い靄が支部長を包み込んだ!完全に彼の姿は覆い隠され、中からは骨が砕けるような、痛々しい音が聞こえてくる。時々混じる支部長の呻きが生々しさを加速させる。

 やがて、音が聞こえなくなり段々と靄が晴れていく…そこには、筋骨隆々の大男が立っていた。


「……誰?」


「これ、もしかして支部長!?悪魔の奴らこんな事も出来るんですかぁ!?」


 皆口々に驚きの声をあげる中、廊下から叫び声が聞こえてきた。


「見つけたぞ!!!お前ら昨日はよくも…て、なんじゃこのバケモノ!!!?」


 廊下から走ってきたのは、昨夜鍵をチョウダイした見張りの男達だった。騙し討ちをしてきたヒショ達にひどくご立腹だったが、怪物と化した支部長を見て顔色を変えた。


「…支部長と一緒に私達も消して証拠隠滅って感じかな…街に被害が行くとマズイな…ねぇ君達!近隣の人達に避難を呼びかけてきてくれない?」


「え?あぁ…今は昨日の事をどうこう言ってる場合じゃないっぽいからな!おい、行くぞ!!」


「あ…あぁ!!」


 踵を返し、見張り達は廊下を走っていった。その直後、怪物はけたたましい咆哮をあげた。


「オオオオガアアア!!!ハハハ!魔力ガミナギル!!今ナラ貴様ラヲ皆殺シニ出来ルゾ!!!」


「なんだ、理性は残ってるんだ。それじゃあ…」


 ウリルは支部長に向かって右手を出した。その手は人差し指から順に3本の指が立てられていた。


「…3秒。3秒だけ本気で相手してあげる。それで、君は負ける」


「!!?…ド、ドイツモコイツモ!!バカニシヤガッテェ!!!」


 怪物は丸太ぐらいの太さはある腕を振り回し、全力でウリルに殴りかかった…が、杖から放たれた波状のバリアに阻まれ、そのパンチはあっさりと止まってしまった。


「じゃあ…行くよ」


 …ドンッ!!!!!


 …ノゾム達が瞬きをする間に、ウリルの槍の如き蹴りが怪物の腹部に直撃していた!!4人がその状況を頭で理解する暇もなく、2発目の蹴りが放たれ怪物は野外に吹き飛んでいく。


「1……」


 地面に対し、並行に凄まじい速さで吹き飛んでいく怪物。だがウリルは彼が来る方向へ既に先回りしており、飛んできた彼を天高く蹴りあげた!


「2...…」


 今度は上空へ吹き飛んでいく怪物。雲の近くまで飛ばされた怪物は微かに目を開けると…そこにはウリルが魔力を高めながら待機していた!


「!!!!!?」


「3!!!!!!!」


 絶大な威力の魔力球をぶつけられ、怪物は抵抗する事など一切出来ずに大地へと落ちていく…


「ア…ガ…アァ!」


 魔力球に押され、怪物はか細く叫びながら地面に直撃するのを待つだけになっていた。恐ろしい速さで地面に向かっているはずなのに、怪物にはその時間がとても長いものに感じた…


「グギャアアアアアア!!!!!」


 地面へ到達したと同時に、魔力球は大爆発を起こした。その爆発は別館に取り残された4人にも見える程だった。

 その絶大な破壊力は、怪物の絶叫すらかき消していく…


「……勇者ちゃん、あの人の動き…見えた?」


「……全く…見えなかったです」


 4人は次元が違うウリルの本気に、ただただ驚愕していたのであった…





















 あ…………アァ………


 巨大なクレーターの中心。辛うじて人の形を保っている何かが蠢いている。既にウリルもその場を去り、たった一人…帰る場所もなく、それなのにどこかへ向かおうと体を這いずらせる。先まで残っているか怪しい手足を動かす…痛みはもう殆ど感じない。


「……なんだ、まだ生きてたんですね」


「……………………アァ?」


 …もう目は潰れ、何も見えない。だが、まだどうにか音は聞く事が出来る。聞き覚えのある声だったか…そんな事も、もう分からない。


「……ぼくですよ。勇者連盟の事務をやってる…先日、大勇者様をご案内させていただいたものです」


 …ゆうしゃ、れんめい?だいゆーしゃ?

 言葉を聞き取れても、肉塊と呼んで差し支えない彼には… それが何なのか考える力など、もう有りはしなかった。


「…父は、貴方の工場で働いていました。ですが、数ヶ月前に無くなったんです。爆発事故…だったそうなのですが…」


「……ア?」


「…ですが、その事は世間には公表されず…全て無かった事されてしまいました。勇者連盟も結局、あなたの力が必要だったのでしょう。タショウの粗悪品が混ざるような工場でも…」


「……………ウゥ??」


「…大勇者様に僕は少し期待し過ぎていました。アナタを殺してくれるんじゃないかって…でも、冷静に考えればあの方は魔王を倒すために戦っている。人殺しなんて専門外だ。まぁ、何があってこうなったのかはよく分かりませんけど。しぶとい方だ…でも……これで良かったのかも知れません……だって…」


 …青年は、ナイフを取りだした。


「お前をこの手で殺せるんだから」


「…アェ?」


 青年は目を見開いて、なんの躊躇もなく






 肉塊へ、ナイフを突き立てた。






「…死ね…死ね、死ね、死ね!死ね!!死ね!!!父さんの仇!!!犠牲者達の仇!!!そうだ!!そうだ…!これが……」






 正義なんだ!!!———

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